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8の扉 デヴァイ

それから

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目が、醒めると。

ベッドの上、他に温もりの感じない布団の中。

見上げた星図は濃紺のビロードに変化し、星の軌跡も銀色で、今が朝だという事を告げている。


あれ?
昨日?

結局、どう、なったんだっけ…………??


記憶は、無い。

金色に、包まれてからの。


ムクリと起き上がり、身体を確認してみるが多分異常は無い気がする。

ただ、一つ。

自分が、ピッカピカに光っているのが、分かるくらいである。


「えっ。」

これ。
めっちゃ、恥ずかしいやつじゃない????


「昨日充分過ぎる程、注がれました」という事を身体で表している私は、どう朝食へ行ったものかと考えあぐねて、いた。


「どうした?」

聞こえてきたのは、落ち着く低い声。

「あっ、おはよう。」

フォーレストだ。

小さな耳を揺らしながら歩いて来るその瞳は、大きな頭に付いているものは悠然としているが、下の小さな子はキラキラと嬉しそうでとても可愛い。

ベッドまで来たフォーレストを撫でながら、「フォーレストなら」と思い質問してみた。

「ねえ?って。どう、思う?」

自分の手を広げ様子を見てもらい、フォーレストの反応を待つ。

すると当然の様に上の頭がこう言った。

「満ち満ちていて。喜ばしいこと。」

「うっ、まあ、そう、だよね。うん。」

スピリットにする質問ではなかった様だ。
きっと誰に訊いても。

同じ様な答えが返って来るに違いない。


「じゃあ、ちょっと着替えるね?」

そうしてゆっくりとベッドから足を下ろすと。

足取りを確かめる様に、一歩ずつクローゼットへ向かったのだ。








それからの私達は。

実は、開き直って揃って出掛けていた。

そう、私、千里、フォーレストの、三人?と言っていいのか、どうなのか。
その三人、それぞれがそのままの姿で。

色々な場所に、行っていたのである。


「好きにしていい」と、そう言った本部長。

どこまで「好きにしていい」のか、分からなかったけれどフリジアに言われた事も、ある。

多分、私は。

「私の普通」で、いるのがいいのだと。



「そう、なるとやっぱり一緒に出歩く事になるよねぇ………?」

黒い廊下をテクテクと歩く一行、今日私達が向かっているのは青の家だ。

あれから既に、パミールやガリアの家には遊びに行った。
なにしろ直ぐに、話石で連絡をとってきた二人は二匹のスピリットに興味津々だったからだ。


まあ、千里はスピリットじゃないんだけど………ていうか、フォーレストも怪しいよね………?

勿論、その間に銀一位からの呼び出しもあったし、ブラッドフォードとの図書館の約束もあった。
しかし、何をどうしたのか本部長はアリススプリングスからの呼び出しについては上手く切り抜けたらしく、実際家には行っていない。

楽しみにしていた、図書館は勿論行ったけれど。


何か、「青の家との噂」の事でブラッドから言われるかもしれないと思っていた。
もう隠さない事を決めていた私は、もし訊かれたらそのまま正直に言おうと思っていたけれど。

ブラッドフォードは、何も訊いてこなかったのだ。
逆に、気まずい。

悶々としていた私に「そればっかりは仕方が無いわ」とあっけらかんと言うガリアに、感謝である。
友達二人に諭され、少し気持ちが軽くなった。
結局、私がどんなに悩んだって。

私があの人を好きなことは変えられないし、本当にブラッドフォードと婚約することは。

できない、からである。



つらつらと考え事をしつつも、既に大分歩いていた私達はもう青の区画の近くにいた。

見覚えのある扉、あの中には魅力的な店が並んでいる筈だ。

店用に何か買っていっちゃ駄目かな…?
後でラガシュに訊いてみよう。

そう、今日のこの訪問は。

ラガシュに呼び出されたのだが、どうやらあのメディナに言われて私を呼ぶ事にしたらしいのだ。


あの時。
私の顔を見るなり、崩れ落ちてしまったあの、おばあさんだ。

「大丈夫かな………。」

「ラガシュがいるから、なんとかなるだろう。」

「あっ、良かった!ちょっと千里だけだと不安だったんですよ………。」
「なんでだよ。」

肩で私に返事をしたのは勿論、ベイルートだ。
いつの間にか、ついて来てくれていたらしい。

未だ「答えていい事と駄目な事」の区別が曖昧な私に、ベイルートは必須だ。
気焔でも、いいのだろうけど。

その場に同席しているかは、分からない。

千里はなんだか面白がってる節があるし、フォーレストは完全に癒し担当だ。
きっと、私のことを守ってはくれるのだろうけど。


今日は多分、私の苦手な頭脳プレーが必要なのよ………。
うん。

何せ、可愛いだけでは。

駄目なので、ある。


そうして私達が扉の前に立つと、タイミングよく内側から扉が開いた。

何かセンサーでも付いていそうなタイミングで開けたのは、勿論ラガシュだ。

「お待ちしていましたよ。おや、初めまして。楽しみにしていました。」

キラリと光る灰色の瞳が、青緑の二つの頭を往復するのに忙しそうである。

「あんまりジロジロ見ないで下さい。」

そう言って、フォーレストを私の背後に隠すと。

それを見て一層ニコニコしたラガシュは、大きく扉を開き、私達を青の空間に招き入れた。




この間と同じ応接室、ここへ来る迄に。

沢山の人の、視線に晒されやって来た。

多分、フォーレストが見たいに、違いないのだけれど。
小さい子を衆目から隠す様に歩いていた私は、多少気疲れしていた。

思ったよりも、人目が多い。

前回来た時は。
寧ろ、誰も居ないくらいじゃ、なかった??


目的地の応接室に着くと、既にソファーへ座り待っていたメディナ。

きちんとこの人に相対するのは初めてである。

じっと感慨深そうに私を見つめる緑の瞳は、フォーレストとは違い、黄緑に、近い。
いや、茶が混じっているのか。

なにしろその貫禄の瞳に見据えられて、私は「ヨルと申します」と、自己紹介するので精一杯だった。


メイドがお茶を運んで来て、ラガシュが給仕をしてくれる。

どうやら青の家のメイドは、まじない人形ではない様だ。
あの、独特の雰囲気が無い。

それに、私とフォーレストの事をしっかり見て、退出したからだ。


あれは噂になるな………。

まあそれも、今更なのである。

何処の家でも珍獣扱いの私達は、その対応には慣れてきていた。


「それで。」

「は、はい。」

お茶を一口飲んで、カップを置くと。

前置き無しに、いきなり話は始まった。


青の家のお茶はスッキリしてて美味しいな?
想像通りの味だけど、各家に茶葉をブレンドする人がいるのかなぁ………?

メディナの開いた口が、動きはするが、音は発さないのを見て私の思考は関係のない事をぐるぐるしていた。


「それで、セフィラは。お前さんの、祖母という事に。なるかい?」


ズバリ要点だけを、言われ否応無しに現実へ引き戻された。

青磁のカップに注がれていた私の視線は、黄緑の瞳へ再び戻る。
その、私を真っ直ぐに見据える瞳に、嘘は吐けそうにない。

思わずチラリと肩を見た。
話せる事がバレていいのか、分からないけど。

ラガシュの所に、ベイルートはしょっちゅう出入りしているからだ。

「まあ、今更だろう。」

そう言ってピョコンとテーブルに飛び移った玉虫色は、ラガシュに向かってこう言った。


「お前の。方向性は、変わらないのか?」

「ああ。」

何やら神妙な顔の二人。
メディナはまだじっと、私を見つめている。


二人は何を隠しているのか、隠していないのかも分からないけれど隠すつもりが、無かった。


ここへ来るまでの間、色んな事を考えて歩いたけれど。

セフィラは「青の家で育った」と。
聞いている。

その恩を、嘘で返す訳には、いかないから。


そうして私はメディナにゆっくりと頷くと。

「メディナさんは。お友達、でしたか?」

そう、訊いてみたのだ。


その瞳には、いつか見た。

シャットの刺繍室で、「後悔している」と言っていた、フローレスに似た色が。

浮かんで、いたからだ。

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