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8の扉 デヴァイ

震え

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開いた、その隙間から滑り込んだ私達。

勿論、本部長はブツブツと何かを呟きながら奥へ消えて行ったし。

ベイルートも何処かへ飛んだ。
千里は、一応まだ足元だ。

流石に初めて入る、この空間に一人は心細い。

チラリと紫の眼を確認して頷くと、足元に気を配りながらも、少しずつ奥へ進んでみる事に、した。



う……わ。
ここも、凄…。


見るからに重要そうな本がみっしりと並ぶ様は中々圧巻である。

本棚の上部には、厚みのある小さな本や所謂本の形態をしている物が多いが、下部に納められている物は本の形でないものが多い。

厚紙を束ねた様なもの、大きさが様々な紙や板、中にはまじない道具の様なものも見える。

そのどれもが魅力的で、何かが込もっていることを直感で感じた私は物凄く触りたかったが、きちんと我慢していた。
その、一つ一つが余りにも。
存在と、力を主張していて触れたならば何かが起こる事は必然だと感じられるからだ。


危ない、危ない………。
流石の私もこれ勝手に触ると事件が起こりそうな事は、判るよ…。
ウイントフークさん、何処かな………?

きっと内緒でここに居るに、違いないのだ。

少し進むとポツンと置かれた椅子が目に入り、とりあえず腰掛けて休む事にした。
なんだか落ち着いて、少し考え事をしたかったのだ。


何しろ私には気になる事が、沢山あった。

勿論、図書館という心躍る場所と膨大な本の数、一日中どころかずっと居ても飽きないであろうこの場所に浮き足立つのも事実である。

しかし、それよりも。

「震える」

という、ウイントフークの言葉。

それが気になっていた私は、この狭い空間の落ち着く棚を見上げながらじっと考えて、いた。
そう、この場所では一つも本は落ちていなかったからだ。


ここだけ…揺れないのかな………?

白い、棚に静かに収まっている本達は青の本でなくとも喋り出しそうなものばかりだ。

その何かが宿るものに囲まれている所為なのか、この空間が心地よい狭さだからか。
外の広い空間で感じていた所在無さや、少しの寂しさとやるせなさが薄らいだ気がして徐々に身体が椅子に馴染んでいく。


どうしてなのだろうか。

この図書館に入ってから感じていた、この言い様のない感情、伝わって来る何かの想い。

時折微弱に震えていたこの場所も、ここに入ってからは何故だか落ち着いた様である。
もしかしたら。
この場が、落ち着いてきたのかもしれない。

その、揺れだっていつもじゃないのかも、しれない。

余震が、落ち着いてきたのかな…………。



少しウトウトとする感覚、私の世界との地震とその震えが混じって、そんな気持ちに、なった頃。

足首を撫でるフサフサに、ふと我に返った。

うん?

って。

「浮いてる」んじゃ、ないの??


ぶっちゃけ、「デヴァイ」がなんなのか、何処にあるのか、外はどうなっているのか、これが大きなまじないなのか。

「答え」を知っている訳ではないが漠然と「浮いた」空間にある不思議なまじないの国だと思っていた私。

しかし、それならば地面、地球と繋がってはいなく地震が起きることの説明はつかない。

うーん?
地面?
あるの??

それともやっぱり。

「この空間そのもの」が。

打ち震えて、いるのだろうか。
それともこの場所、「図書館」だけが。

震える、の………?


ここへ来てから揺れを感じた事は、無い。
しかしフェアバンクスの空間は、切り離された感があるので「こちら側」だけ揺れていたという事も、考えられると思った。

あそこは「私の」空間でも、ある。

なんとなくデヴァイが生き物の様に思えてきた私は、自然にあちらとこちらの違いが、分かっていた。
多分、性質、在り方が。
なんとなく、違うのだ。


立ち上がり千里を呼んで、膝に抱き再び腰掛ける。
そのまま艶のある毛並みを撫でながら、ボーッと考えて、いた。

いや、感じていたと言う方が、正しいか。


規則正しく動かす手の動きと、そこから感じる程良く硬い毛並み、柔らかな息遣い。

本物の動物の様なその感触と、そこから伝わる温かさと色、「生きている」感覚と同調するこの場所の雰囲気。


少しずつ、自分を拡げ始めた私にはやはりこの図書館は生きている様な気がしてならない。

それが図書館だけなのか、それともこの世界全体なのかはまだ、分からないけど。
初めて「震える」感覚を体感してから、この場所のがなんだか染み込んできた気がしたのだ。

なんとなく今が、「悲しい」こと、変化してきたこと、ずっとここに「在る」こと。

意外にも、この場所は。

扉の世界の中では、一番「生きている」のかも、しれない。


何かを感じ取りたくて、全身から自分をドッサリと降ろした私は、ただ光の粒子を。
そう、たっぷりと注がれて有り余っている自分の中のあの色を、この場所全体へ流し始めたのだ。




全身から「ザン」と流れ出、落ちる星屑と波紋の様に広がる私のカケラは、この禁書室から飛び出して勿論図書館の中を転がり始めていた。


水が侵食して行く様に、通路の間を進む星屑。

きっと誰も、気付いてはいない。
好都合だ。

見られぬうちに、仕事を片付けよう。


人が居ない場所を選んで、本を拾い集め書棚に戻していく。
傷んだ本は、染み込んで補修する。
なんなら力の足りなくなっている本達にも、キラキラを補充して明日からまた誰かの助けに、楽しみになれる様に。
ぴっちりと、満たして並べ嬉しそうな本達を確認してまた星屑を延ばしていく。

どこまで続いているのか、分からない。

端に何があって、どうなっているのかも分からないけれど。

それが、「なに」であっても私の星屑ならば届くし満たされた場所と満たされていない場所があるなんて嫌だ。
なにしろ、この空間に拡がることを決めた私はどんどん星屑を転がして行った。

どこまでも、隅々まで。

どれも、なにも、取りこぼさない、様に。



この感覚は、あれに、似ているな?


いつの間にか静かに凪いだ、白い空間にいる私はグロッシュラーで自分を拡げ「みんな」を探していた時のことを思い出していた。

あの、時も。
こうして自分を拡げて、みんなを探したのだ。

誰も、誰一人として取りこぼすことが無い様に。

そう、揺り籠にも、あの大地にも協力してもらって探した。
あの時と、同じ感覚。


それに行き着くと、やはりこの空間も「生きている」事が分かってきた。

何が、どうなって、どう存在しているのか、それは分からなくとも。

やはり、この世界も他と同じで「全体の中の一部」なのが解る。

その大きな全てを含む「なにか」は分からなくとも、どの扉の世界もやはり大きな世界の中の一つで、其々が其々に、時を重ね変化してきたこと、それだけは。

解るのだ。


「おい、コラ。大丈夫か?」

パチンと途切れる感覚、星屑がさあっと捌けるのが分かる。

「なんだ、いい所だったのに。」

千里の不満そうな声で、パッと戻る現実。

「むん?」

パッチリと目を開けると、落ち着く書棚と白衣、少し呆れた茶の瞳が、見えた。

どうやら目を閉じていた事に、今、気が付いた。

そして、今まで居たのが自分の中の、空間だったことも。


道理で………白くて、虹色の星屑がキラキラ拡がっていくのはめっちゃ綺麗だったもんなぁ…。
てか、そもそも本棚も何も、無かったし?

「ん?あれ?でも?…片付いちゃった、かな??」

「あ?また、何かやらかしたのか?」

「そうかもな。」

「え?………どうだ、ろう??」

「なにしろとりあえず、出るぞ。」

迷いなく私の腕を取ったウイントフークは、目的のものが見つかったのだろう。
アッサリとこの場を出る選択をした事で、それが判る。

とりあえず私も、外を確認したい。

今のところ、騒ぎになっている様子は無いけれど。


立ち上がると同時に、すぐに離された手。
辺りの本に「また来るね」と言いつつしっかりとこの光景を目に映す。
自分の中で、確認する様に。
そうしなければならない、となんとなく思ったのだ。

そうして既に先を歩いている白衣を追って、本棚の間を進んで行った。

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