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8の扉 デヴァイ
森のお風呂
しおりを挟む「フンフンフフ~ン♪」
荷物箱から、適当に着替えを出し洗面室へ入る。
「わ、ぁ。」
昨日、自分で創った筈なのだけど。
青々と茂る葉がやんわりと天井から下り、奥は朝の森の雰囲気。
朝露すら付いていそうな葉と、奥の木々の間の靄、少し肌寒い空気が「森の中です」という空気を漫然と醸し出している。
「何これ、期待以上。」
ブルリと震えた全身は、朝の空気の寒さの所為かまじないの出来の所為か。
どちらもだろう、と思いながらもとりあえず「あの人」の様に蛇口を捻ってお湯を溜めることにした。
そう、のんびりしている時間はない。
側に設えられた棚に服を置き、着替えを用意する。
洗面台へも化粧水やらを色々設置して、とりあえずは支度ができそうだ。
私は、お化粧をする訳じゃないから。
そう、用意する物はない。
うーん、でもここでは。
何れ、した方がいいのだろうか。
ま、パミールとトリルもしてなかったし大丈夫でしょ…。
そう、とりあえずはお風呂、お風呂。
奥のシャワー室はガラス張りである。
ちょっと、恥ずかしい気もするけど。
まあ、誰かいる訳でもない。
チラリと奥の木々の間を確認して、蛇口を捻ると気持ちの良いお湯が出て来る。
まじない万歳だよ………。
そう思って、さっき確認した森の奥の事を考え始めた。
あそこって。
私の、まじない空間ならば。
私も、入れるよね??
朝が入れなくて、千里は、入れる………。
うーーーん??
チラリと、もう一度確認する。
大丈夫、千里はウイントフーク達と、きっと食道の筈だ。
多分、物は食べないんだろうけど。
うん?
あの子達と同じで、私の「なにか」を食べてるの??
でもスピリットじゃない、って言ってたよね?
やはり、謎が多い。
でもきっと、気焔があっちに行ったから。
なんとなく、話は付いているだろうと思う。
狐の姿なら、一緒に寝ていい、とか?
外に出る時は、あの「海賊の親分」みたいな千里?
うーん、ウイントフークさん何か突っ込んでくれるかな………。
気焔はアラビアンナイトみたいだったけど。
千里もここ、デヴァイにはあまりいないだろうという風貌の「海賊の親分」風な外見だった。
まあ、服は着替えればいいとして?
あの、髪?
髪色は、まじないの強さも表す。
私が知っている珍しい髪色は、ベイルートだけだ。
あれ?
ベイルートさんは?
どこに調べに行ってるんだろう…。
ウイントフークさん、知ってるよね…?
髪色の事も含め、多分本部長ならば。
上手いこと、考えてくれるのだろうけど。
うーん、なんか隠さなきゃいけない事、多いな…。
私の「そっくり」の件含め、なんだか内緒事が多いのは気の所為じゃないだろう。
仕方が無い事なんだけど。
「うーん。」
とりあえず、シャワーを終えてガラス扉を開けた。
「うっ、ちょっと寒い。」
バスタブへは数歩の距離だが、裸なので寒い。
「うう~、あっ、熱、っ。」
急いで入ろうとしたら、意外と熱かった。
蛇口から出るお湯だと思って、油断していたのだ。
温かくなっている、マーブルの白いバスタブ、ツルリと磨かれたその石の感触が素肌に気持ちいい。
「………ぁあ~~。」
いかん。
乙女らしからぬ声が出てしまった。
でも、仕方が無いと思う。
昨日も、沢山まじないを使ったし。
まあ、好きな事だから楽しかったけど。
そのまま、バタンと寝ていたらなんだか狐が大人になってるし?
気焔は、何も言わないし。
また、今日もここを創るのかな?
うーん、それはそれで、楽しみ…。
ゆったりと脚を伸ばせるバスタブ、気持ちのいい朝の空気。
上を見れば緑が見えて、奥には朝靄の森だ。
気持ちよくない、訳がない。
「あ。」
そう、言えば。
バスタブに凭れ、上を向いていた首を起こし窓を、見た。
明るいと、思ってたけど。
相変わらず曇ったその窓は、やはり外は見えずただ明かりだけをこの森へ注いでいて。
「でも………外、じゃないよね?まじない………だよね…?」
自分で言って、首を傾げる。
後で拭いてみようっと。
そう決めると、再び頭を預け緑を眺め始めた。
グロッシュラーでも、シャットでも、緑は無い。
ラピスには寄り道したけれど。
ゆっくり、緑を眺めるのはやはり久しぶりな気がする。
うーん、やっぱり外は。
森?
でもここが森だし?
それなら何がいいかなぁ。
花畑………違うな。
海…いや、無し。
空?うーん、それもいいけど………。
なんだろうか、森から眺めるなら。
やっぱり、あの白い壁、ぐるりと囲まれた中に見える青い街並み。
森の木々達に見送られて、帰り道を歩く、あの。
ああ、でも帰りたくなっちゃうかなぁ………。
まずい。
目頭が、じんわりしてきた。
バシャバシャとお湯で顔を撫で、大きく深呼吸をする。
「ふーーぅ。」
ん?
「あれ?」
まさか??
「あら、まあ、おやおや。」
「えっ!なんだ、朝かぁ…びっくりするじゃん…。」
「流石に男性は無言で入らないでしょうよ。まあシリーもノックするだろうけど。それにしても………。」
「ねぇ。」
「ねぇ、って何よ。」
「だって………。」
「まぁね。できちゃってたんでしょう?」
「………うーん、うん。」
そう、顔を洗って目を開けて、正面にある窓を見たら。
あの、懐かしい景色が色鮮やかに。
目の前に、拡がっていたのだ。
「懐かしくなっちゃうから止めようって、丁度考えてた所だったんだけどさ………。」
「成る程ね。おかしいと思った。」
「でしょ?どうしようか…。」
「まあ、いいんじゃない?このままで。景色としては、綺麗だし?」
「………うん。そうだね。」
それに。
一度でも、創ったこの懐かしい青の景色を自分で消せるとは、思えなかった。
まじないだと、解ってはいるけれど。
「さ、早く着替えしちゃいなさい。シリーが忙しそうだから、私が代わりに来たのよ?」
「そっか。ごめんごめん。」
「まぁお風呂だからね。こうなる事は。分かってたわ。」
うん、私もこの森のお風呂をさっさと終わらせられるとは。
思って、なかったよ…。
朝が扉を閉めた事を確認して、バスタブから出る。
フカフカの毛足のマット、用意されたタオル。
「うん?ちょっと待って、ここには。「タオル」が、あるんだ?!」
いや、毛足を見るとちょっと違うのかな?
でも、今まで使っていた拭き布とは。
明らかに、違うし??
これか?
贅沢の、片鱗??
いや、着替えだよ着替え。
再びボーッとしていた事に気が付き、急いで着替えをして洗面台の前に立つ。
綺麗に並んだ小瓶を選んでいると、徐ろに喋り出したものがいた。
「今日は乾燥してるわよ?昨日、顔を洗わないで寝たでしょう?」
「………。」
まさか………。
とりあえず、しっとりの方の小瓶を手に取り馴染ませる。
なんとなく口を開くのを躊躇って、そのまま保湿までする。
そうして今日の髪型を、考えていると。
「ここでは。ハーフアップよ、みんな。」
「う、ひゃっ!!」
「なぁに、失礼ね?自分で「髪型をチェックしてくれる鏡」って、言わなかった?」
やっぱり………。
気の所為、じゃ、なかった……………。
話しているのは、鏡なのか、鏡の周りの石なのか。
見事な青の石が縁取っているその楕円の鏡は、何故だか楽しそうに私の髪型について語り始めた。
ここでの、「女の子の流行りの髪型」について話してくれているらしいのだけど。
でもこれ、いつの情報………。
ハーフアップの他は、纏め髪や縦ロールなのか巻き髪のやり方、夜会の時のおめかし用の髪型など。
まさか、前のこのお屋敷の時の?
なんとなく想像してみるその髪型は、どれも少し古臭いような気がする。
でも、親切に教えてくれてるのに、言えないけど………。
しかし、これからずっとこの鏡なのだ。
早めに、相談が必要だろう。
そう、毎朝忙しい時に。
鏡から、ダメ出しをされる訳にはいかないのだ。
「ねぇ、ちょっと相談なんだけど……。」
そうして私は一頻り鏡に「今はいつなのか」、「お屋敷を創り変えること」、「私のよくする髪型」などを教えて、髪型のチェックをしてくれる様にお願いすると。
ふと、「あの人」の事も知っているかもしれないという考えが過ぎる。
けれど、急いでいる事も、思い出した。
それはまた、後の方がいいだろう。
お風呂のお湯を抜き、チラリと窓の景色に目をやる。
うん。大丈夫。
そうして鏡に「後でね」と言うと、急いで朝食へ向かったのだった。
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