上 下
397 / 1,636
8の扉 デヴァイ

千里

しおりを挟む

目の前に拡がる靄、形になってゆく幾つかの、もの。


それを腕組みをして見守るウイントフーク、意外と冷静なシリー。
しかし握りしめられた手から、驚いていない訳じゃない事が、分かる。

金色はそのままいつもの様に、壁際で事の成り行きを見守っている様で。

それを見て安心した私も、何が出てくるのか、ワクワクが勝ち始めた。


怖くは、ない。

それよりも、気持ちのいい靄が増えるこの空間、舞う私の蝶。

なんだか幻想的にすらなってきた、この「祈りの空間であったろう」場所に、「何が出てくるのか」という期待。

抗える、筈もないのだ。


そうしてまず、中でも一番大きな靄が二つ、形になり始めた。


「わ………。」

結構、大きいんだけど………?

しかもそれは、徐々に其々が人一人よりも大きなものに、なって。
実体を伴うにつれ、靄に色が付き「白」と「黒」に分かれ始めた。

そうしてどんどん露わになる、白と黒の毛並みと光る、四つの眼。
まじないなのか、その「スピリット」だからなのか。

背の高いウイントフークを優に超える、その素晴らしく美しい、大きな獣。
それは。

「豹?」

「かしら?」

豹なんて、動物園でチラリと見た事があるくらいだ。
しかしそれに似た大型の、動物が二頭。

真っ白な方は青い宝石の様な眼で、少し藍に似ていると思ってしまう「その色」。
真っ黒な方は。
金の、美しい眼で。

うーん、でも。
には、似ていない、かな?


その二頭が、力の籠った眼を爛々と光らせながらも悠然と座る様は、中々に圧巻なのだけれど。

でも?
うん?さっき?

「手伝う」って、言ってたよね?


私が混乱しているうちに、他にも靄が実体化した動物がいた。

気が付くと、床を走るリスの様な小動物、小鳥が上を飛んでいて。
どちらも現実ではあり得ない「色」をしているので、「スピリット」だという事が判る。
それに。
シリーの背後にある棚の横からチラチラと顔を出している、小人の様なもの。
あれも、「スピリット」なのだろうか。

どう見ても、「小人」なんだけど………。

しかしシャットの畑にいた、あの子達よりは幾分大きい。
どうやら警戒して隠れている様なのだけど、あんなにチラチラと顔を出していたら。
「見つけて下さい」と言っている様な、ものだ。


他にも何かいないかと、ぐるりと見渡し目を凝らしたが、どうやら後は靄が漂うのみの、この空間。

私の肩に乗っていたあの子は、動物達を見ながら「こんなものかな」と言っているし「そうだな?」と既に普通に答えているウイントフークがいる。

てか、誰か説明してくれないかな??

「こんなもの」って?
どんなものなの?



「さて、と。この二つが表向きの用事を済ませられれば後は何でもいいだろう。は。殆ど、誰も来ないだろう?」

「そう思うね。」

極彩色の狐と、普通に会話しているウイントフーク。
しかし内容を聞いても、全く何の話をしているのか。
分からないのは私の頭の所為ではないと、思いたい。
どう、考えても。

説明が足りないと、思うのだけど。


しかし、見ているだけでも楽しいこの空間を観察して二人を待っていた私。

どうせ、事が済む迄は。
説明なんて、して貰えないに決まっているからだ。


靄から出来上がった動物達は、あの狐の周りに集まっていてウイントフークと何やら会議中だ。
いや、多分話しているのはあの二人だけなのだけど。


金色は相変わらずで、私はシリーが心配になって近づいていた。

朝がいたから、動物が話す事には慣れているかもしれないけれど。

この、次の扉にまで一緒に来てくれて。
その上、おかしな事ばかり起こる、私の周り。

勿論、これで終わりじゃない事は「私は」分かっていて。

シリーは。

私の、事を。

どう、思っているのだろうか。


しかし意外にも、近づく私に向けられる飴色の瞳に変化の色は見えない。
どうやら、「危険人物」認定は避けられた様だ。

「………大丈夫?」

きっと私の「大丈夫」のニュアンスを感じ取ったに違いないシリーは、少し眉を下げ頷いただけだ。
そうして優しく笑うと「楽しいですね。」と、言った。


あれ。
意外と、イケるクチなのかしら…?

シリーは私が「なんなのか」は、知らないよね?
うん?
「青の少女」っぽいのは、解ってるか………。


まあ、彼女が変わらないのなら。

それはとても、有り難い、事で。


「将来、絶対ザフラと一緒に住める様にするからね!」

心の中でこっそりと誓う、靄の中。

そうしてやっと「一緒に来てくれて、ありがとう。」と言えたのだった。




「よし、じゃあ始めるか。」

「ん?」

「誰がどこをやるの?」

「ああ?それは………」


ん?
なんか?

おか、しくない??

ウイントフークの掛け声で、振り向いた私が見たものはお屋敷の主人と使用人達の、姿。

「うん?」

なんで?

「え?まさか?」

「その、まさかよ。いい例が、に。いるでしょう?」

「えーーーー??」

しれっと朝が尻尾で指しているのは、壁際の金色だ。

と、いう事は?


思わずシリーを、見た。

同じ様に「ですかね?」という顔をしているシリーが可愛い。
いや、それは置いといて………。

「ちょ、ウイントフークさん!いい加減説明して下さいよ!最初から!はい、どうぞ。」

そう言って、椅子は無いが私の前の床を指し示して。

「そろそろいい加減にして下さいよ」という顔をして、腕組みをしたのだった。




しかし私の要望に反して、説明を始めたのはさっきの狐であった。

広い、荒れた部屋の真ん中にちょこんと座る、その姿は。
それだけ見れば、中々可愛いのだけど。


そんな事を考えつつも、急にスラスラと話し始めたその狐の話を、くるりと向き直って聞き始めた。

「私の名は千里せんりだ。ここのスピリットと呼ばれるものたちを纏めている。は、元々は「名」は無いのだが。人間達はそう、呼んでいる様だな?」

そう言ってウイントフークを見上げた千里せんり
対するウイントフークは頷きつつも、さっきと同じ様にイストリアの名を出した。

ここで「母さん」って、言ってくれてもいいんだけどね…?

説明しながらも私の顔を読んだのだろう、チラリと見た後はこちらを見ない様に話しているのが分かる。

私に説明してるんじゃ、無かったっけ??

「どこまで話した?え?そうか?………そうか。いや、は。フェアバンクスの屋敷跡だ。」

「全然ですよ」の顔を貼り付けていた私に、そう説明し始めたウイントフーク。

確かにそれならば。
「この状態」なのも、頷ける。

「ああ、そうですよね、そう言えば。」

「そう、俺達はフェアバンクスの後継ぎとして、銀に入った。まぁお前は元々養子扱いだが、俺とも親戚の設定だからな?ややこしくなるから、あまり余計な事は言うな。そしては。数代前から引き上げラピスに移っている為、こうなっている、という事だな。しかし。お陰でスピリットが住んでいる。」

「お陰で」って?

「そうなんですか??」

思わずあの子に、目が行くけれど。

素知らぬ顔をして、フサフサと尻尾を揺らしている。

「ここは少し特殊でな。誰も住まなくなって長い為、デヴァイから少し外れた場所に空間が移動している。まあ、「はみ出してる」って事だ。確かスピリットが存在するには、清浄な気と一定のまじないが満ちている場所である必要がある。少し離れた事でコイツらが住みやすい環境になっている、という事だな。」

「昔はもっと普通に居た、とイストリアは言っていた。それも本で読んだだけらしいが。まじないが落ち、あそこが澱んできたんだろうな。俺も暫くぶりに行った時、驚いた。そうして色々な部分がズレ始めている。こいつらがここにこれだけ残っているのは、奇跡としか言いようがないな。」


うーん?

しみじみと頷きながら辺りを見渡しているウイントフーク。

辺りの靄は大分薄くなってはいるものの、形にならずともふよふよと漂って「それ」がスピリットであろう事が分かる。

結局?デヴァイが「神の一族」とか言ってるくせに、逆に穢れてきて住みにくくなってるって、こと?


ウイントフークの話を聞いている間も、私の視線はずっとあの子に注いだままで。

丁度、「その考え」に辿り着いた時に。

くるりと向き直り、私に向かって頷いた、千里。


その、アーモンド型の瞳は。

ああ、あれだ。

あの、悪戯者の、眼。

なんとも不思議なその深い紫の眼は、毛並みと同じ様に金色が混じって、見えて。
少し怖い、色にも見える。


この子が、何を意図して「ああした」のか。
何故私達を受け入れたのか。

きっと、「善意」とかそんなものではない事は、分かる。


でも、多分。
「ここが変わって、穢れてきた」、それは。

「本当のこと」なのだろう。


直感的に、思う。


うん、ここにあの子達が居るのは、分かった。

で?

なんで?
その、スピリット達が?

人間の姿に、変化してるの………?

スピリットって?
結局、なに??


私がそこまで考え、その不思議な紫の眼をじっと見ていると。

「覚えてたか。」

そう、千里が言って。

「そこまで馬鹿じゃないんだけど?」の顔をした私は、そのまま話を聞く体勢を整えたのだった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

処理中です...