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7の扉 グロッシュラー

意外と忙しい日常の、隙間

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灰色の、雲。

固定された薄雲の前を追いかけっこをしながら通り過ぎて行く、白の雲、濃灰の影。


あの、少し明るく見える綿菓子の背後には空が、在るのだろうか。
濃い、深い、夜の紺色の空が。




あの祭祀の後に「空」が見えたという話は、聞かない。

やはり、特例だった様だ。


ここ最近の祭祀でも、空が見えたという記述は無かった。

そう、図書室で研究を少しずつ進めている私は、同時に祭祀の歴史も調べていた。
青の本は古い、島の両端の祭祀しか知らないから。

幾つか本を借りてきて、相談しつつ、古い祭祀と新しい祭祀を比べていたのだ。
しかし多分、その「古い」と「新しい」の間に一定期間スッポリと抜け落ちている所がある様な気がする。もしかしたら、無いのかもしれないが「徐々に変わった」痕跡が見当たらなくて、急に新しい神殿の礼拝堂での祭祀に変更されているのだ。


「その当時の事、知ってる人なんていないでしょうしね………。」

少なくとも、生きている人では。



「まーた、考え事?」

向かい側の朝が眠そうに訊く。

「まぁね。…………結局、空は見えないなぁと思っただけ。まあ、青の本の言う通りならそのうち祭祀を重ねれば見えるのかもだけど。」

フカフカのクッションから起き上がった朝は、欠伸をしながら迷惑そうな声を出した。

「あんた、またあの騒ぎ起こすつもり?」


朝に踏まれていたブランケットを膝に掛けつつ、応戦する。

「ちょっと、酷くない?良かったでしょ?は、で。」

まぁ、石は爆けたしちょっと問題はあったけど…………。

私の心を読んだ様に、朝は言う。


「ちょっとどころじゃ、無いけどね…。」


また眠そうに丸くなる朝。

出窓の両端に座る私達は暖かいブランケットを分け合いつつ、まったりとした夜の時間を過ごしている。

こうして、ゆっくりと朝と話をしているとつい昔に戻った様な気になってしまう。
いつだって私は朝に、独り言で話しかけていたしきっと朝も聞こえなくても返事をしてくれていたのだろう。


改めてそう考えると、朝が扉について来てくれて本当に良かったと、思う。

なんだか普通の猫ではなかったのだけど、子供の頃からずっと一緒の私の家族。
こうして知らない場所で、異世界で当たり前の様に過ごしているけれど。

私の「日常」がに「居る」からだ。



「ありがと。朝。」

「なによ。急に。不吉ね。」

クスクスとその予想通りの言葉に笑っていると、寝室の扉が開く。


何処へ行っていたのか、金の石のお帰りだ。


「おかえりなさい。」


私の言葉に少し目を大きくしたが、直ぐに細めると私の様子を確認しつつ、ベッドに腰掛けた。


きっと少し違う様子の私を心配しているのだろう。


心配する事、無いのに。



私には、二人がいるし。

ベイルートさんも。
今日は何処かに行ってるみたいだけど。

さっき覗いたら、ロココカップの中は空だった。
また偵察へ行ってくれてるのだろうか。



もう少し、寝る前にまったりしようとそのままお気に入り棚の物を眺めつつ、視線を移して行く。

その時、すっかり後回しになっているものが、目に入った。

ヤバ。
枯れないよね??


「うーん?土?あんな灰色の砂みたいなのだと可哀想だな………。」

「どうした?」

急にブツブツ言い出すのはいつもの事だが、少し焦りがある私の様子に気焔が立ち上がった。

「うん、大丈夫………。」

そう言いつつも考え事をしている私を一度立たせると、自分が出窓に座り、その上に私を座らせる。


朝が「あーあ」と言う顔をしてダイニングへ行ってしまった。
狭く無いと思うんだけど。
そう思ったけど、気を遣ってくれたのだろう。
そのまま、膝の上で悩んでいた。



うーん?
どこか、探しに行った方がいいよね?


「………どうした?」

いつもの様に私の髪を梳きながら、そう言う金の石。


うーん。
場所、ねぇ?

金髪…………
私の、作った服………

私の作った服の、胸元が緩い方を着ている気焔。

その、胸元の紐を弄りつつグロッシュラーの景色を順に考えていく。



でも…………。

「やっぱり、神殿かなぁ…………。」


もし。
この枝を、植えるとしたら。


チラリと目をやる、一番下の段で収まっている二本の木の、枝。
あの、森のおじいさん達に貰った木の枝だ。

きっと、植えたら何か素敵な事が起こりそうな気がするんだけど。


しかしこちらに来てから何かとバタバタしていたし、植えるのに良さそうな場所なんて、見ていないからすっかり忘れていたのだ。
花壇か何か、あれば思い出したと思うんだけど。


ここグロッシュラーの土地は、何で出来ているのか灰色の石灰の様な砂の様な、あまり木が育ちそうもない土地だ。
昔は緑があったと言うが、土地からして変わってしまったのだろうか。

その前提で考えた時、土は無理だとしても水が無いと困る。水と言えば、川はある。

そして私が知っている水場と言えば、小さな池だ。
それに旧い神殿の周りはお堀の様になっていて水が豊富だ。もしかしたら、少し土が違うかも知れない。


うーーーん?


「コラ。いい加減にしろ。」

ぐい、と、また頬を挟まれ目の前に現れた金の、瞳。
心配の色が浮かんでいるのを見て、少し胸がキュッとした。

そんなつもりなかったけど。

でも、心配させてしまった様だ。

「ごめん。あのね………。」

暖かい腕を外そうとしたがそっと挟まれている割に外れない。
諦めてそのまま、話す事にした。


「あの、枝なんだけど。」
「ああ。」

そのまま抱え直され、夜の明かりに金髪がよく見える様になる。

「やっぱり、綺麗。」

「………依る。」
「あ、ごめん。」

「それでね、おじいさん達は「なんかいい所に植えてくれ」って言ってたんだけど、ここって木が無いじゃない?まぁ、草とか花も無いんだけど。」

そうしてつらつらと私が何故、旧い神殿が良いと思ったのか説明していく。

少し何か考えながら聞いていた気焔は、話が終わると割とすんなり頷いてくれた。珍しい。


「なら、今度また行ってみるか?」
「えっ。いいの?」

ぐっと、下から覗き込まれる。

「どうせ駄目と言うても勝手に行くのだろう。なら、一緒の方がいい。」
「うっ。」

何も言えない。

しかも、ぐっと身体を倒して私を覗き込んでくる、その金の瞳が窓からの明かりに物凄く、キラキラと光って………。


この人、分かってやってるわけじゃ、ないよね?


少し、角度を変えてキラキラが変化するさまを愉しむ。

たまに思うけど。
この瞳、、出来てるんだろう?
石、だしなぁ。

なってるんだろ…………?



思ったよりも、近かったらしい。

ぐっと、その吸い込まれそうな瞳に文字通り吸い込まれそうに近づいていた事に気が付く。
それがそのまま揶揄うような色に変わった瞬間、
何かに背を押され唇が触れた。

「きゃ、ご、めん。」

珍しくクスクスと笑う気焔の周りを飛ぶ、悪戯っぽい小さな焔の球。
きっとコレが私の背を押したに違いない。


「なぁに?………もう!」

揶揄われたのが解って、プリプリしながらベッドへ逃げる。


もう!

なんか…………。最近……………。


もう!


言葉に出来ない、胸の中のムズムズがこそばゆくて恥ずかしい。
なに、これ。
…………もう!




枕を抱えジタジタして、一頻りベッドを転がっていると側に気配がする。

見ると、足元の端っこに腰掛けてその私の様子を見て、またなんだか楽しんでいるのが判るのだ。


「知らない…………。」

もう、ホントに知らないんだから!!


「すまん、だがお前のその姿を見ていると、な。」

「…………なに。」
「分からぬ。しかし。」

なんだか考え込んでしまった、金の石。


その様子を見てこの前の話を思い出す。
気焔も、成長しているのだ、ということを。



そうか。

気焔はきっと、揶揄っているつもりはないんだ。
「なんかよくわからないけど、楽しい」とか、かな?
まぁ、楽しみを提供出来てるなら、いいの、か………?


考え込んでしまった金髪を、自然と撫でる。

折角、笑ってたのに。
また、笑って?

見せて?

その、金の瞳が嬉しそうに、細められるところを。



その、私の心の呼び掛けに対して彼は返事はしなかった。

けれど、また私の頬をぐっと挟んで「はめめほ」とか私が言っているのを見て、笑う。

「むぅ。」

「さ、寝るか。明日、特に予定はない。行くか?」
「うん。」

ほっぺたを摩り、横になった気焔の隣に潜り込む。

ふぅ。

明日は、お出かけか。
楽しみ!



「あまり浮かれ過ぎるなよ。」

お小言を子守唄がわりにするのも、私くらいだろう。
いつもの安心する場所に収まった私は、直ぐに眠りに落ちていったのだった。




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