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7の扉 グロッシュラー
図書室
しおりを挟む「フフッ。」
「どうした?」
「だって。あの顔。」
私は急ぎ足で歩きながらも、クスクス笑いが止まらなかった。
そう、私がシュマルカルデンに物凄くいい笑顔で「失礼します(じゃあ、さよなら!)。」と言った時の、彼の、顔といったら!
中々の傑作だったよ?鳩が豆鉄砲ってあんな感じかな?ウケる!
初めから澄ました感じで背後から挨拶してきて、言葉は少なかったが尊大な雰囲気がありありと出ていた彼。
その彼に意趣返し出来たような気がして、私は一人ご機嫌だった。
何だかランペトゥーザにも意地悪だし?この二人、知り合いかな?仲悪いのかな?
もしかしたら、銀の家同士知り合いなのかもしれない。でも、知り合いだからってあんな風に言ってもいい訳じゃない。
次第に歩くスピードを緩めながら、彼に質問してみる。やっぱり、仲は悪いのかと。
すると、意外な答えが返ってきた。
「いや。良いとか、悪いとかそこまで仲良く無い。知っている、という程度だ。」
「え?じゃあどうしてあんな言い方するの?何だか、嫌な感じ。」
私がぷりぷりしているのを興味深そうに見ているランペトゥーザ。私の質問には答えずに、私に質問をしてきた。とっても、答えにくい質問を。
「そういうお前こそ、どこから来た?銀の家に「ヨル」なんてやつはいない筈だ。」
ぐっ。既にバレた。
早くない?
でも、ランペトゥーザにそう言われるという事は、シュマルカルデンにもバレていると思った方がいいだろう。
とりあえずランペトゥーザには普通に養子だと答えておく。まぁ、縁組はしてないけどその様なものだ。…ん?でも心のお父さんはハーシェルさんだけどね………。
ちょっと振りに思い出して寂しくなったけど、その寂しさは賑やかさで掻き消された。
後ろから、あの二人が追いかけて来たのだ。
「すみません、あの………。」
パタパタいう足音と呼び止める声に、既に図書室の扉に着いていた私達は声の主に目をやる。
一人は茶のローブの先日私が部屋の前で迷っていた時、一緒に扉を開けてくれた男の子だ。
うんうん、今日も茶と青がいい感じだね?
もう一人は同じ新入生の黄のローブの子。珍しい赤毛の直毛ストレートが黄色のローブにとても映えて、少し気になっていたのだ。
瞳はグレーなのね………うん、それもまた。いい。
三人の男子の中で一番背の高い黄ローブの子が、私に向かってニッコリ笑った。
反射的に微笑んで、「ん?何これ?」と思ったけど彼の自然な微笑みにさっきまでのささくれ立った気持ちが少し、凪いだ気がする。
そしてそのままの優しい話し方で彼が話し始めた。
「これから図書室ですか?ご一緒しても?」
少し、逡巡したが同じ新入生で仲良くするのは悪い事じゃ、ない。多分。
何だかあまり色々絡むな、と言われた気がしなくもないけど私にこの笑顔を断るのは無理だ。
だって、他意が無いのは私でも分かるもの。
うん。いっか。
そこで私は「あまり絡むな」との忠告をポイと放り投げ、いつも通りにする事にした。
だって、みんな「私でいい」って言ってたもん。
そう、ただ単に面倒だから開き直っただけである。
だって、このままずっとお嬢様の振りを続けるなんて、無理だ。なら、猫かぶるだけ無駄じゃない?
一応、ランペトゥーザを見る。
多分、私の「いいよね?」の意図が分かったのだろう、彼も頷いてくれたのでとりあえずは名乗る事にした。
まずは、自己紹介からだ。銀のローブを摘み、二人に示しながら、灰色の瞳の中を観察する。
「ありがとう。私の名前は、ヨル。これ………は、まぁいいの。敬語も使わなくていい………けど、駄目かな?他の人に怒られると思う?」
ランペトゥーザを振り返り、訊ねる。少し首を捻った彼は、妥協案を示してくれた。そう、頭は固く無い様だ。
「そうだな………まぁ、ネイアがいない所だったら大丈夫じゃないか?後はさっきのシュマルカルデンか。他に規律に厳しいやつはいると思うが…。お前がそうしたいなら、場所を見てやるといい。」
ん?でもランペトゥーザは敬語使われたいのかな?
素朴な疑問が湧いてくる。
私だったら同じ年頃の同じ立場の人達が、敬語を使って一線を引いているなんて嫌だ。
でも、それが生まれた時から当たり前で急にくだけた感じになったら、嫌かな?
ぐるぐる、考える。
そしてちょっと考えたけど放っておく事にした。まぁ、投げたとも言うけど。
それは、彼と、彼等の話。ま、なる様になるでしょ。
くるりと今度は茶のローブの彼に向き直り、言い忘れていた事を伝える。
彼は少し青い瞳を大きくして、驚いていたけれど。
「この間はありがとう。あなたも敬語は無しで、仲良くしてくれる?………ていうか名前、聞くの忘れてる、フフッ。」
また、あの時の様に楽しそうな光が浮かんでいる青い瞳を見ながら私が笑うと、みんなも笑い出した。
何やってるんだろ、私達。
何かがツボに入って、面白くなった私達はしばらく図書室の扉の前で笑っていた。
「僕はウエストファーレンだ。よろしく。」
「僕はオルレアン。僕もよろしく。」
二人ともちゃんとランペトゥーザとも、目を合わせているから大丈夫そうだ。後の事は、まぁ彼らの自然に任せておけばいいだろう。
無理に仲良くするものでも、無いしね?
何だか楽しくなっていた私達が、お小言を言われるのはすぐだった。
目の前の深緑の扉が開いて顔を出したのは、ミストラスだったから。
正直、みんなで怒られるなら寧ろちょっと、楽しい。
他の子達はどう思っていたのか知らないが、私は本棚に目だけを動かしながら、そう思っていた。
私達が呼び出されているのは、図書室の中、多分ウェストファリアの部屋の近くだと、思う。
その図書室を入って右に進んだ奥に、ネイアが利用するスペースがある。
いや、それもこのお説教ついでにミストラスが説明しているんだけど。
廊下で騒いでいた事を怒られ、ついでに図書室の使い方の説明を受けていた私達。
うん、こっちが教師サイドであっちが生徒サイドね………ふむ。個人スペースもあると。ゆっくり本が読めるのはいいよね………え?早い者勝ち?そんな………早起きしなきゃ。ああ、でも礼拝の後しか開いてないのか…そりゃそうだよね。
ミストラスの説明によると、図書室の責任者はラガシュという青ローブのネイアらしい。白い魔法使いが主だと思っていた私は「えっ。」と言って注目を浴びてしまったが、仕方が無い。
きっと彼は研究しかしたくないのだろう。そう考えると、責任者なんてやる訳がないと思い直した。
そうだよ………あの人ウイントフークさんだから………。そういえばお母さんも探さないとな?
「ヨル?」
また私は一人でぐるぐるしていたのだろう、オルレアンに呼ばれてみんながセイアのスペースに移動しようと動いている事に気がついた。
「あ、ごめん。………あっちに行くのね?」
「ああ。図書は基本的に教える、と言うよりは個人で調べるのが主らしい。疑問点を質問したり、纏めたものを添削してもらったりするそうです…だ。」
イマイチ混乱している彼の言葉遣いにクスクス言いながら、本棚の森を奥へと進む。
相変わらずフカフカの厚い絨毯が、足に心地良い。
銀と黄のローブを追って、奥まで進むと突き当たりまで辿り着く前に二人が足を止めた。
右に曲がり本棚の道へ入って行く二人。私もそこを続いて曲がると、奥には沢山のセイア達が静かに調べ物をしている姿が見えた。
「う……………(わぁ…………)。」
思わずまた口を塞いだ私は、三人から目配せをされたけどみんながこれを見ても声を出さないのは、凄いと思う。
口を抑えたまま、きっと目だけでも煩い私は目立たない様にキョロキョロする。
広~い!
何これ!奥にこんな場所あったんだ!
丸く、切り取られた青の絨毯とそれに合わせて周りを囲み並ぶ、本棚の列。
周りを高い本棚に囲まれたその広いスペースは、表からも見えにくく、さながら秘密の勉強場所の様に見えた。
入り口からは想像できない、静かな広い、空間が広がっている。
その、主通路から曲がった本棚の奥には一部だけ本棚が無く広くなっている場所があり、2、3人が並んで座れる様な机が幾つか並んでいる。全部で十程度だろうか。机も丸い絨毯に合わせて綺麗に並び、高い本棚に囲まれているので落ち着いて調べ物が出来そうだ。
でも、落ち着いた灯りのこの、落ち着いた雰囲気。眠くならないか心配になるのは、私だけじゃないと思いたい。
また奥に続く本棚の更に奥にも、一人がけの机と椅子が見えて奥の席はゆっくり読みたい時や、一人での調べ物に最適だ。
そこかしこに本を持ったセイアがいて、図書を採っている人が多いのだなぁと改めて感心する。
みんな、研究しに来てるのかな?ここにいる人達はデヴァイから来てるんだよね………?他のラピスからの子達はいないの?
そもそも、何しに来てるんだろう?
キョロキョロしながらそんな事を考えていると、見知った顔と目が合った。
前に食堂で手伝ってくれた、白い人だ。
いや、白い人はちょっと失礼かな?だって白が凄くハマってるんだよね………。
ランペトゥーザ達も、銘々本棚の本を手に取りどんな物があるか検分を始めたらしい。
私はその白い人と目が合ったので、伸ばしていた手を引っ込め向かって来る白い彼を待っていた。
明らかに、私に向かって歩いていたから。
……………。
いや、うん、話しかける、べき?
何か用があるのかと待っていた私は、目の前の棚から本を抜き出しパラパラとめくり始めた彼を、眺めていた。
いや、もしかしたら自意識過剰だったのかもしれない。私に用事じゃ無かったのかもしれないし?
ちょっと、そう思ったけどチラリと彼の瞳が私に向かって動いたのを見てしまった。
やっぱり。
きっと、また助けてくれるつもりで側にいるのかもしれないな?
そんな事を思いつつ、折角なので色々聞いてみる事にする。多分、この彼は上級生だろうから。
「あの…………?」
小さな声で声を掛けると、やはり彼は私に手助けをするつもりだったのが分かる。
「何でも聞いてください」と目で言うその薄茶の瞳を見ながら続けた。
「この間はありがとうございます。私は銀のセイアでヨル、新入生です。よろしくお願いします。…色々、伺っても?」
何だか嬉しそうに変化した彼の表情を見ながら、声を掛けて正解だったのだと分かる。
本を棚に戻しながらフードを外し、彼も名乗る。
そう言えばさっき廊下でもあの二人はフードを脱いで名乗っていた。私も脱ぐべきだったろうか。
でもランペトゥーザはそのままだったよね…また身分的な話かな?
後で確認しようと思いつつ彼の話に思考を戻す。
大丈夫かな?ちょっと前半聞いてなかったけど…。
確か「ダーダネルス」と名乗った彼は図書室で自分が研究している内容を話してくれていた。
私が質問したがっている事が分かったのか、自分の調べている内容や他にどんな事が主に研究されているのか、かいつまんで話してくれる。
「古語は勿論、歴史や運営に関しての歴史もあります。主に資料を使っての研究になりますから、どうしても歴史や古語をやる者が多いです。古語が出来ないと、読めない文献が殆どなので。」
「あ………そうか………。」
そういえば、そうだ。
青の本が喋ってくれたからすっかり、頭から抜けていたけれど私は基本的にここの本が読めないと思っていた方がいいだろう。
勉強しなきゃ、駄目だよね………あの本が通訳とかしてくれないかな…?
もしかしたら、あの本の声が他の人に聞こえなければ不可能では無いかも、しれない。
でもそれもどうよ、って感じだよね。全部、本任せ?駄目だよね…。まぁやるしかないか…。
ちょっと今後を考えてゲンナリしたけど、文字が読めるに越した事はない。
「古語じゃない本も、ありますか?」
何冊か手に取り、めくった本はどれも読めない文字だった。ダーダネルスは頷くと、私を手前の書棚に案内してくれる。どうやら手前には簡単な本が並んでいる様だ。確かにちょこちょこ、読める背表紙がある。
「ふぅん………あ。」
うわぁ………「予言の書」って書いてあるよ…………。アレかな?アレだよね?
初めて見たけど…………。ここでは普通に置いてあるって事?
今迄は口にしてはいけない秘密だった、予言に関しての本が堂々と棚に収まっている様子を見て、何だか不思議な気持ちになる。
「予言ね…………。」
「予言の書は原文の方がいいと思いますよ。」
「………原文?」
くるりと振り向くと薄灰色の髪がキラリと光って見えた。
この人も結構銀髪っぽいんだよね…………。
ダーダネルスも割と背が高いと思う。多分、シュマルカルデンよりは、低いけれど。
見上げた髪が灯りに透けて、とても綺麗だ。
思わず自分のフードを下ろし、髪を手に取る。
結構、近い。
「似てますよね、色。」
そう、私が自分の髪と、彼の髪に視線を移し比べているとダーダネルスは大袈裟に手を振ってこう言った。
「………恐れ多い。そこまでの美しい銀髪ではありません。」
あ。ヤバ。ちょっとサムいスィッチ入っちゃった。
そういえば食堂でも、かなりのお嬢様扱いをされてプルプルした事を思い出した。あの、居た堪れない感じ………。
ヤバい。話題を変えよう。そう、予言よ、予言。
「えっと、原文?ですか?」
そう、自分で質問してそういえば以前ウイントフークが「原文だと幾つか解釈がある」と言っていたのを思い出す。
あの、ウィールの寮で聞いた新しい解釈。それはこうして研究しているセイアやネイア達も辿り着く内容なのだろうか。それとも「ウイントフークだから」なのだろうか。
どうせなら両方比べてみた方が、分かりやすいかな?まぁ、今通常言われているのは私が滅びか何かだって言う話だし。うん、別のやつも借りよう。
そうして私は幾つかダーダネルスに質問しながら、これからの図書室ライフについての環境を整える事にした。
注意点は幾つかあって、「基本的に研究は図書室で」「テーマを決めたら室長に報告」「複数での研究は可だが分担を決めて報告」「禁書室へはネイア同伴」等等。
その他「騒がない」「飲食禁止」など細かい所もあったが、基本的には普通の図書館とそう変わらない。
ただ、その物凄く気になる「禁書室」について聞くと、まさかの返答が返って来た。
「禁書室はウェストファリアの管轄です。まずラガシュに話を通せば伝えてくれると思います。」
え?まさか?「あそこ」が禁書室?
いや、もしかしたら他に部屋があるのかもしれない。
でも、「まさかこの部屋の右手ずっと奥とかじゃないですよね?」と私が聞くと「何故それを?」と怪訝な顔をされてしまったので、その件はまた本人に聞いてみる事にしようと横に置いておいた。うん。
そしてあまりダーダネルスを拘束するのも悪いので、お礼を言ってその後は一人で探す事にした。
気になるものは沢山あるし、すぐに決まるとは思えない。それに、礼儀正しく少し後ろに控えていられると物凄く気になるのだ。
何だか心配そうな顔をされたので、「何かあればまたお願いします。」と言ったら、少し安心した様だけど。
そうして一人になった私は、ニヤニヤしながらゆっくりと本棚を蟹歩きしていた。そう、完全に素に戻っている。
フカフカする絨毯をゆっくりと確かめながら、目は素早く棚の上を滑らせる。沢山の本からタイトルを探すのは得意だ。
まぁ、字が読めればだけど。
いっぱいあるなぁ~。どれにしようか。でも、この辺は全然分かんないな?あの、辞書みたいな物って無いのかな…………。ティラナみたいに、一つ一つ字を書いて教えてくれる人いるかな?
思わず、鼻歌を歌っていた私。
少し暗い、図書室でまさか自分から小さな光が出ているなんて、思っていなかった。
それよりも私は気になるものを、見つけてしまっていたからだ。
そう、奥の本棚にひっそりと収まっているあの、本。
何だか光ってない?あの本。キラキラが溢れてるみたいな?まじないの本かな?
もしかして…………「青の本」かな?
そう、その本は奥の奥、一番端にある本棚の、しかも最下段で存在をアピールしていた。
ただ、近づくに連れて私は気まずい事実に気がつく事に、なる。
その「青の本」が出している金平糖の様なキラキラが、私に向かって流れて来ている事に、気が付いた。
そして、実は私が金平糖になっている。
いや、キラキラは私から溢れているのだ。
何これ?!ヤバくない?
どうしよう?めっちゃ目立つんだけど!?
気が付いて自分をよくよく見ると、身体全体からポロポロと金平糖の様な小さなキラキラがあふれ出しているのが、分かる。
それと同じか、少し小さい星屑があの本から溢れて私に流れ込んでいるのだ。
え?どっち?あっちから、こっち?
こっちから、あっち??
キラキラの、始まりがどちらかは判らないがこのままではまずいのは確実だ。
図書室は、薄暗い。物凄く、目立つ。
誰かが通路を通ったら。
多分、あの遠くの主通路からでも分かるだろう。
とりあえず奥に向かい、本を抜き出し手に取った。
やはり、本は青い。
開いていないが、青の本で間違い無いだろう。本を胸に抱くと、少しキラキラは治った気がするが私自体は全然、光っている。
どうしよう。気焔、呼んだ方がいい?
ベイルートは図書室に入ってからいないし、朝も何処かへ行ったまま。
混乱した私は、とりあえず、まだキラキラが溢れる本を開いた。
もしかしたらキラキラが、ここから出てるのかもしれないと、思って。
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