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5の扉 ラピスグラウンド
私の、妹
しおりを挟む扉を勢いよく開けると物凄い音がしたけど、構わない。
そのまま奥のホールまで走り込む。
「ハーシェルさん!?!」
「どうした?」
ハーシェルは片付けをしていたのか小部屋から出てくる。
周りに人がいないのを瞬時に確認すると私は大声で叫ぶ。近くに寄る時間も惜しい。
「ティラナが拐われました!あの男です!私を捕まえようとした、あの!」
必死で叫ぶ私の言葉の意味は酷く曖昧だが要点だけはハッキリしている。
あの、最高に気味が悪い、人間ではない男がティラナを拐ったと。
一瞬何の事か分からないような顔をしたが、瞬時に表情が変わり、見た事のない顔をしたハーシェルが外に飛び出して行く。
「違う!もう無理です!他の…………」追いかけながら呼び止める。
教会を出て左に走ったハーシェルが戻って右にもかけて行く。どう見ても動転しているが当たり前だ。一人娘が拐われたのだ。
近くの路地まで走ると少し冷静になったのか辺りの確認をしながら戻ってきて、私に質問する。
顔は、怖いままで。
「ヨル、なんて?さっきなんて言った?」
「あの男に連れて行かれたんです。気焔をつけてるから大丈夫だとは思うけど…後は朝が猫達に追ってもらってます。」
ハーシェルが取り乱しているので私は逆に落ち着いてきた。私の肩を掴むハーシェルの手を触り宥めながら説明をする。
必死だった形相が少し和ぎ言葉が飲み込めてきたようで、気焔がついていると聞きだいぶ落ち着いてきた。
とりあえず話が出来る。
「もしかして、私のせいですか?間違えて拐われたとか…………。」
「可能性としては否定出来ないけど、そうとも言い切れない。現にティラナもあの時拐われてただろう?君が悪い訳ではない。もしそうだとしても悪いのはさらう方だ。」
ハーシェルの言葉を聞き少し安心するが、だからと言って何も解決していない。
気持ちだけは焦るのだ。
「とにかく僕は中央屋敷へ行ってくる。前回は違う、と言われたがもう許せない。直談判だ。」
「分かりました。何かあれば話石を!」
「ちょっと!待ちなさい、あなた達。」
熱くなっている所にグイッと割り込まれる。
とにかく突っ込もうとしている私達を朝が止めたのだ。
なんで?こうしてる間にもティラナが…。
「証拠は?前回突っぱねられてるのよね?ハーシェルは親戚だから大丈夫と思ってるかもしれないけど、ザフラの事もある。少し待ちなさい。今猫達が追ってる。時期報告が来るわ。しかもこの時間から行くのは無謀よ。気焔もいないのに、もし逆にハーシェルが捕まったりしたらどうするの。」
一理ある。
ハッとした私達は一度情報を整理する事にした。猫達の報告を聞いてからでも大丈夫だと、やっと少し思えた。
だってあっちには気焔がいる。
外は既に真っ暗。闇雲に探すのは無理がある。
気焔と猫達を信じて作戦を立てよう。
そう決めて私達は教会へ戻る。
まだ、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
私も落ち着かなくてはいけない。
ハーシェルにお茶を入れ、向かい側に座る。
2人とも食欲なんて湧かなくて無言でお茶を飲んだ。
やはり味がしない。
そのままお互いの持っている情報を並べて行く。
時間と共に怒りより、悔しさと申し訳なさがどんどん自分の中で膨らんできた。
「咄嗟に気焔に追ってもらって…………ごめんなさい。間に合わなくて。」
「いや。深追いすると危険だ。気焔が行ったならその方がいい。ありがとう、ヨル。」
「お礼なんて。」
ぐっと涙を堪えて質問する。
今は私が泣く時じゃない。辛いのはハーシェルだ。
「最初に会った時の、あの時の事、中央屋敷に聞いたんですか?」
「そうだ。と言うか僕の知ってる、人間を扱う所はあそこしかない。」
ハーシェルはその時も問い詰めた。
何せ始めに中央屋敷が人攫いをしている事を感知した際、直ぐにハーシェルは「自分の家族に手出しはしない」事をきちんと約束した。
それなのにティラナが拐われて、激怒して乗り込んだようだ。
しかし、フェアバンクスに否定される。うちではない、と。
正直信じたわけでは無かったようだが、引き下がるしかなかった。所詮ハーシェルも雇われだ。
そして妻に続きティラナに危害を加えられる訳にはいかない。
何にしてもそこで改めて、ティラナには手を出さないことは約束された。
「でもやっぱり怪しいって事ですよね?」
「ああ。中央以外に人攫いの組織があるとすれば、フェアバンクスにしても大きな問題だ。そこを突いて、明日屋敷に行こう。違うと言い張るなら捜索を出してもらうことが出来るかもしれない。あっちにしてみれば余所者が存在する、と言う事だからね。自分達の縄張りだ。何とかしてもらおうじゃないか。」
「そうですね…………。」
私は気になっていた。
まだ、気焔は帰ってこない。
本当ならあんなやつ一瞬で消して、ティラナを連れて帰ってくるはずだ。遅すぎるのだ。
でもハーシェルを心配させるような事は言えない。
私が動けるわけでもないし、猫達の報告を待つしかないのが酷くもどかしい。
押し黙った私を見て、ハーシェルは落ち込んでいると思ったのだろう「今日はもう2階で休みなさい」と言われる。
お茶も冷め、食欲は相変わらず無い。
ハーシェルの表情が落ち着いてる事を確認すると、
「ハーシェルさんも。ちゃんと少しでも寝てくださいね?明日、きっと大丈夫です。」
きちんと目を見て念を押す。
多分、彼は寝れないだろう。でも明日もある。
きっと見つかる。
おやすみの挨拶をして、2階へ上がる。
階段を上り廊下に出ると、あの時の怒りが沸沸と湧いてくる。
あいつ。許せない。
絶対捕まえる。
また全身に怒りが巡って身体が熱くなる。
落ち着かなければ。
少し深呼吸して、暗い廊下を見つめた。
そのまま何となくティラナの部屋に入る。
まだ窓は開け放たれたままで、月明かりが部屋を照らす。部屋の灯りは倒れて消えたまま。
いつもの可愛いティラナの部屋が全く別のものに見える。
酷く寂しく感じるその部屋で、無意識に腕輪を握った。
「大丈夫よ。」
急に話したのは、藍だ。
「そうね。私もそう思うわ。」
「気が乱れていません。無事ですよ。きちんと守っています。」
「そう。姫様はまずゆっくり休む事です。身体が元気でないと探せませんぞ。」
口々に石たちが私を慰め安心させようとしているのが分かる。
何よりクルシファーが「気が乱れてない」と言っているのだ。気炎の気配が分かるのだろう。
帰ってこない事を心配していた私はひとまずほっとする。何らかの、意図があって帰ってこないのだ。
理由が全く思い付かないが、気焔がそう判断しているなら、大丈夫。
そう、自分に言い聞かせる。
窓を閉めて、ランプを片付け部屋から出る。
少し扉を見つめると、踵を返して自分の部屋へ入った。
「おはようございます。」
朝。
階下へ行くと案の定居間の長椅子にハーシェルがボーッと座っている。
この寒いのに。
ちょっとイラッとして、棚から膝掛けを沢山持ってきて掛ける。
私を見てなんだかホッとした表情になったハーシェルはされるがままだ。
そのまま台所へ行き、火を入れる。
駄目だ。こんなんじゃ戦えない。
鍋を火にかけ、居間へ行き暖炉に火を入れる。
程よく燃えている事を確認すると、台所へ戻り簡単なスープを作る。
少し野菜を入れただけのサッパリしたもの。
出来上がるとトレーに2人分乗せて、居間へ運ぶ。昨日焼いたパンもきちんと乗せた。
ハーシェルの目の前にそれを置くと、膝掛けをめくり手を出す。
案の定、かなり冷たい。
握った瞬間私の悲しさメーターがギュンと上がり、たまらずハーシェルに説教する。
「こんなんでティラナが探せますか!駄目ですよ。ちゃんと…ちゃんと寝ないにしてもこんなに冷たくなって。風邪でも引いてハーシェルさんが寝込んでどうします?分かります…解りますけど…………。」
みるみるうちに私の目に浮かんできたものを見てハーシェルが我に帰った。
慌ててこぼれ落ちるものを掌で受け止めている。
私はそれに構わずハーシェルにスプーンとスープのカップを持たせ、台拭きで顔を拭う。
ちょっと顔が痛い。
「ごめん。僕が悪かった。だからごめんって、ヨル。ちゃんと食べるよ、ホラ。この後お風呂も入る。」
身体が冷え切っているのでお風呂は効果的だ。
ハーシェル本人からそう言い出すのを聞いて、少し落ち着いた。
鼻をかんで、私もスープを少し飲む。
じろりとハーシェルを見て小声で文句を言う。
「私たちだけで、探さないといけないんです。まず、2人とも元気じゃないと。」
そう、認めたくないが2人だけだ。
あの男が関わっている以上、他人を巻き込めない。
自然と声が小さくなった私の言葉を聞き、ハーシェルは考え込む。
きっと、同じ事を考えてるのだろう。
2人とも視線の先は同じ。
ウイントフークの話石だ。
「どうする?」「いや、どうしましょう?」
目で会話していたが、やはり私は言うべきだと思った。
だって親友の危機に知らせてくれなかったら、私だったら凄く嫌だ。
裏切られた気さえ、する。
決めると迷わず石に触れる。ハーシェルも、私の決断を止めはしない。
彼もまた、巻き込みたくはないが手はいくらでも欲しいはずだ。
私が無理矢理引っ張るのが正解だ。
もくもくしたウイントフークは不機嫌に答えた。
「何だ。昨日の今日で。まだ夜じゃないか?」
「いや、もう朝ですよ。冬の朝は暗いですからね。おはようございます。」
「チッ」
既に朝なのが気に入らないのだろう。
ウイントフークは舌打ちをすると「で?」と返してくる。
さて、どう言ったものか。
するとハーシェルが話し出した。
話し方で昨日思考を整理していた事が伺われる。
「ウイントフーク、お前黒い石の男のその後は把握しているか?朝が家に戻っていると言っていただろう?」
「ん?ああ。一応猫達に協力してもらうのと、「目」も飛ばしている。今のところ普通に生活しているだけのようだが?どうかしたのか?」
「そうか…………。いや、あいつが昨日ティラナを拐った。」
「は!?!」
珍しくウイントフークの目もまん丸になっている。
明後日の方を向いて何やらブツブツ言っているが、どうやら私達の見えない所に「目」が飛んでいるようだ。
様子を見ているに違いない。
「もう少し見てみるが、奴はまだ自宅にいるぞ?どういう事だ?!」
「「耳」も必要だったな…」ブツブツ言っているウイントフークを見ながら私達は首を捻る。
家にいる?
訳が分からない。
昨日、ティラナを拐いそのまま自宅へ帰ったのだろうか?
しかしそんな事をすれば猫達から直ぐに知らせが来るだろうし、気焔も何らかの行動をするだろう。
一体何が起きているのか。
全く状況が読めない私達は、とりあえず分担を決めた。
ハーシェルは中央屋敷へ。
まず今回の事を問い詰め、無関係を主張するなら協力を取り付ける事。
私は街中を探したかったが、止められてウイントフークの「目」で対応する事になった。
既に沢山作ってあるし、「目耳」はまだ数はないが「目」だけなら沢山飛ばせるらしい。
街中はそれに任せる事にする。
確かに気焔がいない今、私が一人でウロつくのは危険だ。
2人とも「ヨルが狙われた可能性も否定出来ない」と口を揃える。
そしてウイントフークがアンティルの家に様子を見に行く。そう、あの男の名前はアンティルだった。
すっかり忘れていたが、朝がそんな事を以前言っていた。
思い出してムカムカしていると、ウイントフークが気になる報告を始めた。
私は聞いてもよく分からなかったけれど。
「シュツットガルトに連絡が取れた。なんとかシャットへの連絡も取れそうだな。それはいいが、別件の話もしていただろう?もしかしたらそれが濃厚かも知れん。」
「デヴァイと別口という事か。」
「はっきりしないが、可能性が高い。何しろわたしの耳に入らないからな。デヴァイではない事は確かだ。とにかく今日屋敷に行ったらその辺を探ってこい。実像が全く見えん。ただ、シュツットガルトが言っていたのは「お前を凌ぐかも知れん。あの石があるからな。」とわたしよりも力の強い石を持っているまじないに長けた者を指す内容だった。カンナビーと石、と言ったら結びつくのはそいつしかいないらしい。ただ確定じゃないから名前もどこに居るのかも言わなかった。…基本あいつは巣立った者を守るからな。」
「そうか…中々だな。分かった。そのつもりで行く。ヨルには教会に居てもらうから、何かあればそちらに飛ばせ。」
「ああ。頼んだぞ。」
フッと姿が消えウイントフークが話石を切ったのだと分かる。
私は話が見えなかったので、とりあえずハーシェルにスープを飲ませてお風呂に送り出す。
私にできる事はないかと、考えながら。
そうして支度をするとハーシェルは早くから中央屋敷へ出かけて行った。
「基本的にここは黒いものは入って来れないが油断はしないように。出来るだけ家じゃなく教会に居なさい。」
ハーシェルの言いつけを守り、私は教会で留守番だ。
たまに「目」や「目耳」が現れて、ウイントフークが私の様子を確認しているのが分かる。
見守られてるのか、見張られてるのか。半々か?
ちょっと手を振ったりしながら大人しく縫い物をする。ポプリの袋だ。
手を動かしていないと落ち着かないが、縫い物は考え事も捗る。
じっと縫い物をしていると、どうしても考えてしまうのだ。
どんどんティラナとの生活が思い出され、ここに来てからの生活殆どにティラナの姿がある事が分かる。
一緒に沢山遊んで、ご飯も作って、食べて、食材にびっくりして、笑って。
眠れない夜は私の世界のお話をしてあげて、羊も数えて。
沢山、沢山ある。
違う世界に来てからの、癒し。
生活の、先生。
……私の、妹。
そこまで考えると止まらなかった。
ポプリの袋を勢いよく椅子に置き、立ち上がる。
行かなくては。
どこへ行くのかも分からないまま立ち上がり滴が落ちる前に瞼を拭う。
勢いよく振り返ると、同時に扉から朝と猫達が駆けてきた。
「依る、森かもしれない。」
私の前に着くなり朝がそう言い、他の猫達も揃って周りに座る。
「え?」
森。
でも朝からその言葉を聞いてすんなり森だと思った。
勘だ。
でもこういう時の勘は大体正しい。
「アンティルは家に居ます。」「昨日は森へ行った。」「帰ってきていない。」「森に行った奴は?」「まだだ。」
猫達が口々に話し始める。
え?家にいるけど森にもいる?なんで?
「依る。あれを人間だと思わない方がいい。気配は同じ、という事は核が同じ人間かもしれないわ。」
朝が言うには、あの黒い石でアンティルが作られているなら複数いても不思議じゃないと言う。
だから「目」が気付かずに今まで生活していたのかもしれない。
もしかしたら、同じ核を割って複数の人型を作る。
そんな事が…………?
頭を振ってその想像が当たらない事を祈りながら森に行く方法を考える。
家は、ウイントフークが行っているはずだ。
自分の直感的にも森に行きたいが、急にここから飛び出すわけには行かない。これ以上ハーシェルに心労をかけられない。
辛うじてその分別は残っていた。
ジリジリしながら考えを巡らせていると、教会の扉が開く。
入ってきたのは、ベイルートだった。
「はい。はい。大丈夫です。絶対無理はしませんから。「目耳」付けといて下さい!」
ウイントフークに話石で連絡を付ける。
ハーシェルに置き手紙を書く。
通路のコートを掴むと、ベイルートの待つ教会へまた入った。
「それにしても、ありがとうございます。」
「いや。いつも俺が呼び出してるからな。」
私は教会にやって来たベイルートをまんまと捕まえた。
元々私に少し店の事を聞きに来たベイルートを「森に行きましょう!」と半ば強引に誘ったのだ。
森に入ってしまえばトウヒや老木達に協力してもらえる。見つからずに行動する事ができるはず。
ただ、森へ同行してくれる人がいなかった。
ベイルートなら妙な事をしてくる人もいないだろうし、何よりこの人は私の味方だと思っている。あと、ベイルートは石の色からしてきっとまじない力が強い筈。
きっとピンチになっても自分の事は自分で何とか出来るだろう。
そんな訳であまり巻き込みたくはないのだが、「森まで」と自分とウイントフークに言い訳をして出る事にしたのだ。
森。
森に行かなければならないと言う気持ちは時間と共に何故かどんどん膨らんでいた。
それに、朝の言葉を聞いてウイントフークに森にも「目耳」を飛ばしてくれるように言った。
「目耳」に見つけてもらえるならそれに越した事はない。
場所がわかれば、何とかなる。
だって、向こうには気焔がいるから。
そんな事で私は私に都合よく現れたベイルートの事を全く疑っていなかった。
きっと、よく考えれば判ったのに。
この合理主義者が、何となく森への付き添いなど引き受ける筈が無い事に。
あっさり森に到着すると、少し拍子抜けした。
むしろちょっと楽しく2人で歩いて来たので、これからあいつとティラナを探す事が信じられないくらいだ。
「じゃあありがとうございました、ベイルートさん。ここからは一人で大丈夫です。」
「は?何が大丈夫なんだ?何を探しているのか知らんが、危ないから付き合うぞ?」
うーん。
ベイルートがいいと言うならいいのだろうか。そもそも見つかるかどうかが分からない。
もし中央屋敷の者と鉢合わせしたりしたら、ベイルートにいてもらった方がいいかな?でも危険はある。
色々私がぐるぐるしているうちに、ベイルートはずんずん森の奥へ進んで行く。
しょうがない。ここは諦めて、ついて来てもらおう。
心強いのも、確かだ。
ベイルートには私が少し「変わっている」のもバレているので、普通にトウヒに入り口で質問した。
特に、今日は人の出入りが多い事。
嫌な気配がする事。そう言っていた。
やっぱり。
中で何が起きているかは老木達に聞いた方がいい、と言っていたのでまずは森の中央を目指す事にした。
案の定、ベイルートは私が話をしているのを普通に見ていて、そのまま森の奥へ一緒に進む。
木々の道案内で進むので、人には会わないが気配が少し離れた所でする事が何回かあった。
本当に今日は森に人が多いようだ。
泉は大丈夫だろうか。
そのまま奥に進む。
木達がいつもより葉を多く鳴らしているのが分かる。
何かを知らせようとしているのか、ただ落ち着かないだけなのか騒めきが少しずつ不安を増していく頃、老木達の所に着いた。
「こんにちは、おじいさん達。今日は森が大変そうですね?」
「おお、待っておったぞ。」
「うむ、今日はよからぬ輩が多い。気をつけるが良いぞ。」
予想通り、人が入り込んでいるようだ。
しかも複数人。
ティラナを拐った奴なのか、中央屋敷の者達か。
おじいさん達には分からないよね…………?
「あの、女の子が来ませんでしたか?私より小さい、7つなんですけど。誰かに連れられて来たとか。」
「ふむ。いや、見ていないがの。」
「おや、しかし右端のナラが何とか言うとったんじゃ?」
「そうだったか?」
「ふーむ。ちょいと待て、ヨル。」
また、あの巨大ウェーブで聞いてくれるらしい。
ザザーーーーーーっと流れて行く。
少し待つとウェーブが返ってくる。
ちょっと上の方でサワサワすると、老木が教えてくれる。
「どうやら昨夜のうちに森に入ったようだの。」
「本当ですか?!どの辺ですかね?」
「ふむ。村ではない方のようじゃ?そなたは行かなんだろう?」
「いえ、確かめに行かなくては。道案内を頼めますか?」
「分かった。ちと待っておれ。」
そしてまた老木達は枝をサワサワさせると連絡を取ってくれる。
少し落ち着いて周りを見渡すと、老木達の側だからか森に入った頃よりも落ち着いている事に気付いた。
泉に行けばもっと癒されるだろう。
だが先ずはティラナの手がかりだ。
どんな事でもいい。
何となくだけど、近くまで行けば分かるような気がしていた。
そう、私は少し考えが甘かった。
老木達からおおよその場所を聞くと、木の葉の案内に従って人攫いの小屋の方へ進んで行く。
きっと、中央屋敷からも人が来ているに違いない。
ハーシェルが頼んだ人達が派遣されているはず。うまく行っていれば。
しかし捜索の手が増えるのと私が見つかるのとはまた違う話だ。
あくまでこっそり探さなくてはならない。
私達は用心深く進んで行く。
森の中央から大分右に逸れ、まだかと思っているといつの間にやら木の葉は止んでいて私はベイルートに手を引かれていた。
あれ?いつの間にベイルートさんに手を引いて貰ってたっけ?
全く覚えが無い事を脳内で確認した瞬間、急に身体中が騒つく。
もの凄く手を離したいがきつく握られている事に今更気付いた。
何ががおかしい。
「ベイルートさん?どこまで行くんですか?」
森の入り口などとっくの昔だ。
私の声を無視して進む背中を初めて恐ろしいと思った。
多分、いつものベイルートじゃない。
心なしか玉虫の髪は暗い緑になっている気がするし、掴んでいる手の力が、そこから伝わる何かが、彼がいつもと違う事を物語っていた。
振り解く事もできずに私達は泉の端に到着した。村とは反対側の端だ。
そして人影も見える。もしかしなくても。
あいつ。あいつだ。
蹲み込んで何かしているのが見える。
顔は見えないが、気配で分かる。
そして、私はそれを見て理解した。
自分が、ハメられた事を。
泉の前の地面には黒くて大きな穴がぽっかり空いていて、ベイルートの固く握られた手は振り解けそうに無かった。
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