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5の扉 ラピスグラウンド

事件の始まり

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この、腐った世界。

無知な民から搾取する事しか考えていない魑魅魍魎と化した老害共が。
旧世界がいつまでも続くと考え脳が腐り、新しい世界を受け入れられない残念な生き物。

そう、奴等は残念な生き物なのだ。

それを変える為なら多少の犠牲もそれは尊い。
それを出し抜いて俺達が新しい世界へ旅立つ。そう、奴等の箱舟を使って。

きっとそのための出会いだった黒い、石。
この万能の石を使って創り上げた万能のブラックホール。全てを飲み込み、そして救う。
そう、やるしか無いのだ。

もう、…………俺にはその道しか残されていないのだから。















冬の祭りの次の日も、私達は祭りの片付けと冬支度の続きをしていた。

玄関扉のリースの赤い実を取ってシンプルなリースに。
掃除の手が回っていなかった所を綺麗に。
教会も飾り付けはそのままだが、通路に敷いてある絨毯を朱赤から紺に白のラインの物に変える。

周りを一層掃き清め、新しい年に向かって行く為に準備をする。

冬の間に年の終わりを納め、諸々終了すると新しい年になり、改めて春から本格的に一年が始まる、というザックリとした感じらしい。
一応年始は来るんだけど春始まり、っていうのは学校とかと似ていると思う。

私はというと、そのまた明くる日も冬の間に作っておこうと、ドライやポプリ、スワッグを作ったりラッピングしたり。

そのまた別の日は少し寒さが緩んだので、様子見がてら森へ行き老木達に「この前会えなくてごめんなさい」と言いつつ、村で干魚をもらって帰って来たり。

ベイルートから2店舗目が決まった、と話石で連絡が来て「冬の間に話を詰めるぞ。」と言われ、約束をしたり。出向いたり。
相談室で相談を聞いたり、空いた時間にティラナへ置いて行くぬいぐるみを縫ったり、ウイントフークの所へ行ったり。

程よく忙しい日を送っていた。春に向けて準備する事は沢山あるからだ。


そして冬の寒さが深まったある日。 

久しぶりに相談室にマリアナとラインがやって来た。あの後会っていなかったので気になっていたし、ラインが大きくなっているのに驚いた。

小さい子の成長はホント早い。
私は来た途端メロメロだったので、相談室を案内せずに教会のホールで話をする事にした。
他に誰もいなかったのでマリアナもその方がいいと言ってくれたからだ。

多分、今日はかなり寒いので教会を訪ねる人も少ないだろう。
しかし、どんな話なのだろうか。
マリアナの顔は最初に相談に来てくれた時より更に、暗い。

何があったんだろう?


しかし暗い表情を押さえ込むようにマリアナは気丈に話し出す。
静かな教会の中で私は信じられない言葉を耳にした。


「母が…………。私の母が今度はラインの石を奪おうとして…。」

「えっ?まだご実家ですよね?」

母?…この前盗られたのは向こうの家族だったはず…今度は自分の母親?
どういう事?

やはり辛そうなマリアナにゆっくりでいい、と話しその間に思考を巡らせる。
自分の母親にそのような仕打ちをされて、また家で安心して暮らせるのだろうか。
しかしそれ以上に驚く事を彼女は話し始める。

「あれからは、石を出来るだけ身に付けるようにしていました。ラインも大きくなってきましたし、こうしてネックレスにしていれば大丈夫くらいになって来たのです。あの日私は少し用があって家を出ていて…帰ると母に頼んでおいたラインの様子を見に行きました。静かだったので寝ているかな?と思いそうっと部屋に入ると、既にラインの石を母が…………。」

「…………。それで取り返したんですか?」

ラインは今、石を付けている。

首から何か下がっているのでそうだろう。
私の言葉に頷くとマリアナは続けた。

「私が驚いて声を上げるとすぐテレクが来ました。すると母は何事も無かったように微笑んで部屋を出ようとするのです。テレクが捕まえてくれて、母に話をしましたが様子がおかしくて。何やら全く人が変わったようになっていたのです。」

何故石を持っているのか聞くと「この子の為」の一点張りで、まるでそれが良い事のように逆に諭されるのだそうだ。
いつもと違う様子におかしく感じたテレクは父親と協力して、母を観察した。
すると色々調べるうちにどうやらいつもと違う露店で買い物をしている事が判り、そこが妙だと感じた。

「母はいつも決まった店でしか買い物をしないのです。食べ物は信頼出来る所から、と言うのが口癖でうちも農家なのでその辺は拘っていました。でも、いつもは行かない様な少し様子のおかしい店だったようで…………。」

しかも何やら試食のような物を食べるのを見た時、決定的におかしい事に父親が気付いた。自分の妻が、そのような店で買い物をする事もおかしいと感じたが、更にそれを口にした事で確信したらしい。
家に帰る妻について行き、そのまま買い物した食材を取り上げ調べるといつもと違うものがあった。

「私が確認しました。父だけじゃ分かりませんから。見た事のないハーブがあってお嫁に行ってから使い出したものかな?とも思ったのですが、テレクが…………。」
「テレクさんが?」

「それは惑わせのハーブだと。」

「えっ?惑わせのハーブ??」

何だろうそれは。

テレクによると、そのハーブは一般的には栽培されていない。
テレクは昔畑を教わったおじいさんに教えてもらったのを覚えていたそうだ。

おじいさんはハーブや野菜の研究をしていて、きちんと紙に書いて残してあり絵も見せてもらったのだと言う。だから、覚えていた。 

「惑わせ」という所に興味を惹かれ、一度育ててみたいと実は密かに思っていたそうだ。
葉の形、茎の色、独特の匂い。
変わったハーブだ、と気にもなっていた。
テレクも中々のハーブオタクらしい。

ただ、その時おじいさんは「危険だからもう作られていない」と言っていたのだそうだ。


それ、森の長老じゃなかろうか?

そんな事を思っている私の膝にラインが乗ってくる。慣れてきたのだろう、とても可愛い。
そのまま抱っこして話を聞く。

「その後父とテレクは母を部屋にとじこめました。私はそこまでするのか、と言ったのですがハーブの効果が切れるまでまた補給されると同じ状態だと言われて…………。恐ろしいのが、日常生活を送るに当たって困る事はほとんど無いのです。私も石を取られるまで全く気付きませんでした。ただ、いつもの考え方が変わるというか…何か取り憑かれている、若しくは怪しい者を信じているようでした。その露店に行かなければならない、と何度も暴れていたようで…。私はラインと一緒に近づかないように言われていました。」

一ヶ月はその状態だったらしい。

一家の母親が長い事その状態なのは相当大変だったろう。
マリアナの始めの暗い様子が腑に落ちる。
しかしその甲斐あって、回復してきていて今は殆ど元通りのようだ。
ただ、父親が心配して外出はさせていない。
本人はその露店の事を覚えていなかったからだ。
もう少し様子を見る事にしたらしい。
賢明な判断だ。

「良かった、回復されてるんですね…。ホッとしました。でも、どうして…。」

「そうなんです。そもそも食べ物に関して用心深い母が何故その露店に行ったのかが分からなくて。とりあえずうちは母が休んでいた間の冬仕事で手一杯で調べる事もできなくて。まず教会に相談しておけば気をつけていてもらえるかな、と。」

相談するにも家族のデリケートな問題だ。
そこで思い出してくれた事が嬉しい。

私はマリアナにお礼を言うと、念の為ラインの石を見せてもらう。
おかしくなった時の母親が何らかの影響を与えていないとも限らない。

しかし、石はウイントフークがチェックした頃と変わり無いように見える。
まぁ私もプロじゃ無いけどこの子達が大丈夫って言ってるから大丈夫だ。
腕輪に近づけて様子を見る。

「念の為に浄化しておくわ。」

「お願い。」

藍にお願いしておけば完璧だ。

石をラインに返して、心配ない事を告げるとマリアナには心が落ち着く効果のポプリを渡す。

「教えてくれてありがとうございます。マリアナさんはテレクさんとおうちの事をお願いします。まだしばらく油断できません。露店の事は私の方で調べてみます。ラインもいるし、マリアナさんは無理しちゃダメですよ。」

「大丈夫、ありがとう。少しホッとしたわ。いつも頼り切っちゃってごめんなさいね。」

なんの。頼ってもらえて嬉しいです。

心配させないように微笑み、マリアナ達を送り出す。

扉を開けて見送ると外は存外綺麗に晴れ渡っている。


空気はこんなに冷えて、澄んでいるのに何だか怪しい空気が忍び寄る気配にぶるっと震えた。








さて。何から調べよう? 

調べたい事は2点。
露店の詳細。南の広場だと言っていた。

そもそもテレクの家は東門のそばだ。
南の広場だと反対側になる。基本的に近い方の広場が生活圏の筈だ。

何故南の広場まで行ったのだろう?

「惑わせのハーブ」。
これは長老に聞きに行った方が早いかもしれない。ただ、ウイントフークに聞いてから行こう。二度手間が無さそうだ。
何となく手がかりを持っていそうな気がするし。

さて、どっちから行こう??


「お姉ちゃん、ご飯だよ!」

ティラナの美味しい誘いにパチっと思考が途切れ、先に腹ごしらえをする事にしたのは言うまでも、ない。




「そうだな、とりあえずウイントフークの所じゃないか?」

食事中報告を兼ねてハーシェルに話す。

今日は私が出かけないと言ったので、今気焔は何処かに行っている。
ウロウロ南の広場へ行くのは無理だ。

「僕もそろそろ行こうかと思ってたんだが。でもな…。」

何かの途中らしいハーシェルが考え込んでいると、タイミングよく気焔が姿を現した。
また窓から帰ってきたようで、居間から入ってくる。
「お兄ちゃん寒そう」とティラナに言われて服を冬仕様にした。
またアラビアンナイトになってたからね。

そう、ティラナは思いの外自然に気焔を受け入れていた。子供だからか、あまり不思議には思っていないようでそういうものだ、と感じているのかもしれない。

やっぱりこの子は大物だ、と私がニヤニヤしてモグモグしていると気焔が居間から話石を持ってきた。ウイントフークのものだ。

この人いつから話を聞いてたんだろ??

気焔が私に寄越してきて、ちょっと力を込める。するとまた、もくもくして姿が見えてきた。

「何だ?お揃いで。」

「あ、ウイントフークさん今日暇ですよね?」

失礼な事を言う私に構わず、中断された事に文句があるらしいウイントフークは「ちょっとそのサンドイッチを持って来い」とか言っている。
それは全然構わないので、昼食後にお邪魔する事にした。

ウイントフークさんの分、残せるかな?今日も美味しいし?

ティラナを褒めながら、私は美味しくサンドイッチをお代わりした。




「今日はどこ行ってたの?」

お土産のサンドイッチを無事包んで、ウイントフークの所へ出かける。

気焔はその時々でどこに行っているか教えてくれる時もあるし、内緒の時もある。
まぁ、私もちょっと聞いてみるか程度で聞いてるからいいんだけど、あんまり聞くとお父さんみたいかな??私もウザがられる?!

いや、ハーシェルがウザいわけじゃないんだけど…………。

1人ぐるぐるしていると、今日は教えてくれた。

「森じゃ。あの後また黒いのが出てるか、確認に行ってきた。」

「え?ほんと?それで、どうだった?」
「いや、吾輩が見た所今は無い。ザフラにも確認してきたが見ていないようだの。しかしこの前からそう経っとらんからな。それでかもしれん。」

確かに間隔としてはまだ出ない、という事かも知れない。だとすれば穴が何個もある、という事は避けられそうかな?


見慣れてきた家の間を歩いて行く。
家々は赤の飾りを外して紺と白になっており、うちと同じく新年の支度をしているようだ。

その様子を見ながら進んで行くとウイントフークの家が近くなったところで閃いた。

あ。南の広場が近いじゃん。

「ねぇ、気焔。ちょっと寄って行かない?」

私の顔を見て察したらしい気焔は「寄るのではなくわざわざ行くのだろう。」と細かい事を言っているが、2人でウイントフークの家を通り過ぎる。
もう少し行けば、すぐに南の広場だ。


「怪しい露店」としか聞いていない私は、広場から伸びる路地に着くとコソコソと近づいて行く。
路地の角まで来ると、頭だけ出して広場を覗き込んだ。


「ん?無いね?」

そこにはいつもの広場があるだけだった。
お祭りで見知った店舗しか出てなく、怪しげな人もいない。
ぐるりと見渡して確認する。

「いつも居るわけでは無いのだろう。」

そう気焔が言って、私の手を引いて引き返す。

そのまま大人しくウイントフークの所へ連れて行かれた。

あーあ、ちょっと見たかったのに!




ウイントフークの家はいつもと変わらない外観だった。予想通り、冬の祭りも新年も関係ないらしい。

「お邪魔しまーす!」

最近はそのまま入る事にしている。
どうせ返事は無い。

いつもの通路を潜り抜け、部屋に出た。

今日は冬晴れだから、いくらか明るいな?


部屋をぐるりと見渡すと朝がソファーで寝ていた。
最近、ここが家化してるんじゃないかと思う。

ウイントフークが来るまで私も座って待とう。
そういえば…………。

ズラリと壁に巡らされている棚の、中央。
前から気になっている奇妙な箱を見て、ふと思い出したのだ。黒い穴。赤い石。

色は違うけど、なんか効果は似たようなものじゃなかったかな?

黒い穴が本当にブラックホールか分からない。
しかし確かウイントフークが…………。

「コラ。それに触るんじゃない。油断も隙もないな、お前は。」
「あ。」

バレたか。

サッと手を引っ込めて振り向くと、スッキリしたウイントフークが立っている。
私が来てからきちんとしたのか、爽やかな白衣はまだシワ一つない。

「前もこれを見ていたが、何か気になるのか?」

「うーん。森に開いてる穴と近くないかなぁと思って…………。」
「は?!森に闇の穴だと!?」

え?闇の穴って何?

顔色を変えたウイントフークに驚く。

私が???になっていると、気焔が答える。
気焔は穴を見た筈だ。

「闇の穴、か。おそらく近しいものだろうが。しかし凡そ人が開けられるような穴では無かったがな。いずれか…。」

その言葉を聞いたウイントフークは徐ろに箱を持ってソファーに座る。
私達にも手招きすると、向かいに座らせ赤い石が入っている箱を開けた。

箱の外観からしてもそうだが、赤い石もおどろおどろしい雰囲気を醸し出していて見るからに怪しい。

普通の石ではない。

ウイントフークが赤い石に少し触れた。
すぐに手を離すと、箱の上に黒い靄が浮かぶ。

その靄が段々大きくなるとみるみるうちに子供の頭くらいになった。

「ちょっとそこのアレを取ってくれ。」

指差されたのは紙束が積まれた一角。
その上から数枚紙を取る。それを受け取るとウイントフークはその穴に無造作に入れた。

「え?」
「ほう。」

気焔は感心しているけれど、手品?
黒い靄に入れられた紙は、もうどこにも見えない。
「え~??」と言って靄の周りをぐるっと見ている私をお構いなしに、ウイントフークは気焔に訊ねる。

「こういう事か?」
「おそらく。」
「今のところ問題は?」
「無いようだが、これが出る事自体まずいじゃろ。」

何やら話している男達を放っておいて、私はまだ靄の周りをじろじろ観察していた。
しかし、黒い靄以外は何も、無い。

どうなってるんだろう?

「「おい!こら!」」

つい手を伸ばした私の手を気焔に掴まれ、2人に怒られる。

2人ともめっちゃ顔が怖いんですけど…………。

「お前、これが何か解ってないのか?!死にたいのか全く…………。」
「え?死ぬ?…………だって説明してくれないと解らないですよ。」

ちょっとぷりぷりしていたらそれどころじゃないとまた怒られた。
じゃあ早く教えて下さい。

「これは私が作った小さな闇を作る箱だ。どうやって作ったのかはまぁ割愛する。お前に聞かせるような事じゃないからな。…この赤い石に触れると、込めたまじないの量によって黒い靄が出る。さっきわたしが少し触れたくらいで、あの程度だ。お前達は絶対触るな?」

………はい。解りました。

珍しくからかいの無い真面目な顔で説明されたので真剣に聞く。
そして、その話の続きは恐ろしいものだった。

「基本的にわたしは道具を作った時に、失敗したが普通に処理するのが難しいものなどをこれで処分している。入れた物は、戻らない。消える。永遠に何処かにな。ただ、気焔が見た穴というのがこのソファー位の穴だった。それは確実に…生き物、人間を入れる為のものだろう。」

え…人間を入れる? 

「ブラック…ホールに?」

「お前、何故それを…?」

「知っている?」と言うウイントフークに、なんと答えていいのか分からない。

また口に出てた?


部屋の空気がシンとして、耳鳴りがする。

私がブラックホールを知っているのがまずいのか。
私を見て固まるウイントフークを私もじっと見る。

こういう時は真剣に答えないと怒られる。
何と言ったものか、迷ったが知っている事を言ってみるしかない。

「ブラックホール、って内緒ですか?」

私達の世界では、学校で習いますけど…。
物凄くまずい発言をした空気。

なんで?


すると、ウイントフークは思考を纏めるようにお茶を入れ出した。

几帳面に測り分けられたガラス瓶から、ポットにコロコロと糞が入れられる。
その光景を見ながら私は何がまずかったのか考えたが、やはり分からない。

「まぁ、飲め。で、お前は何故その言葉を知っている?意味も知っているのか?」

私の向かいに深く腰掛けると、カップを揺らしながら訊ねる。
先程よりは落ち着いているが、私が何を言うのか見定めようとしている気配だ。
眼鏡の奥の茶色の瞳がじっと私を見つめている。

まさかのここで危険人物認定?困るな。

ウイントフークの協力は必須だ。
私は頭をフル回転させたが結局素直に答えるのが1番だという事に落ち着いた。

どうせ、すぐボロが出る。取り繕っても。

「私のいた世界では、普通に知識として学校で習います。実際に見た事はないですけど。とても遠くにあるので。私が持っている知識としては「何でも吸い込む穴」です。光すら、吸い込むとか。」

その説明を腕組みして聞いていたウイントフークは、そこまでくると「はぁーーーっ。」とため息を吐いてお茶を飲み干した。 
そして座り直す。

「ヨル。お前は本当に未知の存在だが、そうだよな、そんな筈はない。そうだったらもう…………いや、まぁいい。」

なんだい。そこまで言うなら教えてよ。

とりあえず安心した風のウイントフークを見て私も安心する。
何らかの疑いが晴れたのだろう、とりあえずは良かった。そして、注意もされた。

「お前、それを外で言うなよ?ブラックホールなんて知っている奴は絶対に危険視される。強大な力を持った石でしか作れない、禁忌のまじない道具だ。そしてその存在を知るものも限定されている。ハーシェルだって知らない事だぞ?…多分、気焔が森で見た穴はそれだ。この箱はその簡易版みたいなものでこんなの可愛いものだが、これはこれで危険な代物である事に変わりはない。決して触らないように。」

「そして、一番の問題はお前の持つ石レベルであればそれが作れる、という事だ。分かるな?」

それは、私が疑われるし、狙われるという事だ。

そう言ったウイントフークは箱を棚に戻すと、「一体誰が…………。」とブツブツ言いながら部屋の中を歩き始めた。

こうなると長いので、私も放っておいてブラックホールについて考えていたがふと本題を思い出した。
そう、「惑わせのハーブ」について聞きに来たのだ。
すっかり忘れていた。

「あの…………、ウイントフークさん?もう一つ聞きたい事があるんですけど?」

「?なんだ?」

明らかにまた面倒事だろう、という顔のウイントフークだが仕方が無い。
もし、知っていれば何か教えてくれるだろうし注意する方法も知ってそうだ。

「惑わせのハーブ、って知ってますか?」

すると、持っていた本を「パン!」と勢いよく閉じてソファーになだれ込む。

珍しい。こんな感じのウイントフークは。


「お前、俺を殺す気か。」

何だか俺になってるし。

「もう閉店したい気分だが、聞かなきゃならんだろうな。その内容だと。」

ため息をまた吐いて、再び座り直す。

「で?」と言われたので話を続ける。
ついでにポットから自分でお代わりを注ぎながら。

「この間、ラインの石を取り返したじゃ無いですか。それがまた、取られそうになったんです。」

一連の流れを説明していくと段々ウイントフークの頭が下がってきた。

始めは額に手を置き、そのまま肘が膝につき、ついには手も下されて項垂れたような形になっている。
ウイントフークには気の毒だが、知っているであろう態度を見てほっとする。
手がかりがすぐ見つかるのは正直ありがたい。

私は順調に全てを説明した。


しかし、全てを聞いたウイントフークの口から出たのはアドバイスですら無く、私の行動を縛るものだった。

「気焔。もうヨルはあまり外に出すな。森は絶対に止めろ。広場の店もわたしが調べるから、お前達は関わるな。」

そう、気焔の方を見て真剣に話している。

私の事なのに。何故だ。

「カンナビーが出てくると逆に尻尾を掴みやすいかもな…………。」何やらブツブツ言っている。

「カンナビー?」
「いや、忘れろ。これは…………。」

また1人の世界に入ったし。

とりあえず、今日は終了という事だろうか。
すると朝がするりと私を撫でてソファーから降りた。

「今日はもう帰りましょ。待ってても無駄だし。」

朝がそう言うなら、確実だ。

渡し忘れていたサンドイッチの袋をテーブルに置いて、私達は部屋を後にした。





「ねぇ。何だか外出禁止令出されて終わった気がするんだけど…………。」

「まぁそうね。」
「そんな、身も蓋もない…………。」

夕暮れの街を歩きながら、収穫があったような、無かったような複雑な気分である。

冬の夕暮れは早く、空の朱が深いのが救いか。
寒いととても綺麗に見える。

3人の影が面白い。
長い気焔の影が少し朧げに揺らいでいるのが楽しくて3つの影を眺めながら家に帰った。




「ただいま!」

ん?暗いな。

ハーシェルさんは教会かな?
出かける予定は聞いていない。

そのままダイニングの灯をつけて居間へ入る。
ハーシェルが居眠りしている訳じゃない事を確認すると、とりあえずコートを掛けようと教会との通路へ向かう。

一応帰宅を告げようと教会の扉を開け、覗くと相談室から話声が聞こえた。
きっとハーシェルだろう。そのまま扉を閉めコートを掛けた。

あれ?
ティラナのコートがある。

普段、家にいない時はルシアのところに行っているか、教会にいるかの2択。
しかし教会にはいなかった。ルシアの所は近いけど、コートは着ていくはずだ。

胸騒ぎがして「ティラナ?」と呼びながらもう一度居間とダイニングを探す。

いない。

急いで2階へ駆け上がる。
ティラナの部屋から灯りが漏れているのを見てホッとした。
良かった、でも珍しいな2階にいるのは。

「ティラナ?」と呼び掛けながら扉を開けようと廊下を進むと
ガダッ
と大きな音がして「!!ん!」声にならない声が聞こえた。

「ティラナ!」

物凄く嫌な予感がする。
廊下を小走りに勢いよく扉を開けると信じられない光景が目に入った。

あいつ。あいつだ。

私を纏わり付くような目で見たあいつ。気焔に黒い石にされたはずのあいつだ。
その不気味な死んだはずの男がティラナを抱え、今、正に窓から逃げようとしている。


        ふざけるな。


その瞬間私の怒りは瞬時に頂点に達した。

「気焔!追いかけて!!」

数歩の距離だが一瞬で自分が間に合わない事を悟り、気焔に命令する。

「しかし、」と言って私を振り返る気焔に

       「行け!!!」

と再度命令して自分も窓へ走る。
だがやはり間に合わない。
後少しなのに手が届かない!

男が飛び降りるのと気焔が追いかけるのが同時だった。
私はそれを確認すると、すぐさま階段を駆け下りティラナの部屋の下へ向かうがティラナの部屋は入り口の反対側だ。
やはり着いた時には誰もいない。

「ああ!」

悔しさに拳をきつく握り大声を上げていると屋根から朝が飛び降りてきた。

「今追ってもらってる。気焔もついてる。大丈夫よ。」と私を宥める。

でも。

…………。なんで?絶対許せない。

自分の中にいろんな感情が渦巻いて、沸騰しそうだ。
こんな時に泣く暇なんてないのに勝手に涙が出てくる。

悔しい、悲しい、怖い、心配、何故?私のせい??

「とにかくハーシェルのところに行くわよ。少しは拭きなさい。」
「ゔん。」

グシャグシャの顔を構わず袖で拭って、2人でハーシェルの所に急ぐ。
事は一刻を争うのだ。


すぐに教会の表から勢いよく扉を開けて叫んだ。

「ハーシェルさん!」

相談者がいるかいないかは最早、私の頭の中には全く、無かった。








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