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第2
22話
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今日のフドー食堂はとても騒がしい。延期になっていた騎士団の打ち上げが行われているからだ。
あれから宣言通りにシュシュルは毎日ナノの顔を見に来た。辞めてくれとどんなに訴えても辞めてくれなかった。自分は王子では無い、迷惑だと言っても聞いてくれない。シュシュルは甘い言葉で必ず治します。と別れ際毎回言うのだ、まるで自分自身に誓うように。
「はぁ……洗い物が終わらない…」
ついつい文句が口から出てしまう。永遠とグラスが運ばれて来る。次から次から空になったグラスが。そして中身を入れて店内に運ばれて行く。これの繰り返しだった。ナノは騎士団の打ち上げに裏方として初めて参加した。女将に散々断られたが、微力でも良いのでなんとか手伝いたいと粘ったのだ。
(ほんのちょっと後悔だ…)
ナノは聞いてしまったのだ、料理人たちが話しているのを…
”明日は騎士団の打ち上げかぁ…”
”気合いを入れないとな”
”金をたくさん落としていってくれるが…いや、あんな大仕事、たくさん落として言ってくれなきゃ割に合わない”
驚いた、彼等が愚痴を言う姿など見たことがない。その彼等が愚痴を言っている、これは一大事だ。ナノは謎の使命感に駆られ、鼻息荒く女将に交渉しに行ったのだった。
そして現在、ちょっと早まったと思っている。
「はぁ……飲み過ぎじゃないのかな…口から溢れちゃうよ…」
「大丈夫です。溢れませんよ」
独り言のつもりで言っていたはずが返事を返されてしまった。
ガチャン
「っ!!!」
「あ!すみません…割れてしまいましたか?」
「びっ……大丈夫です。強めに当たっただけなので……何故ここに……」
「もちろん!ナノニス様のお顔を拝見しに」
「っ!シー!シー!……ちが、誤解されます。辞めてください」
「大丈夫です。周囲は確認済みです。それに…貴方様のような尊い手で洗い物など…その手で洗ったグラス…私は気軽に飲み食いなど出来ません」
(何言ってるんだろう…この人)
「はぁ……」
「手伝わせて下さい」
「は!?な、何言ってるんですか?困りますよっお客さんに手伝われるって、どういう事ですか!戻って下さい。副団長さんなんでしょ…」
「だからですよ…こんな飲みの席ではね、私の様な上の立場の者がいない方が部下たちは心置き無く飲めて騒げるんですよ。私は会計担当でいれば部下たちは、より喜びます」
「……だからって…僕の手伝いとか…しなくても良いじゃないですか」
騎士団副団長シュシュル・フレイザーは優しくナノを見る。そしてしみじみ語り出す。
「本当に…あの小さかった王子が…こんなに大きく立派に成られて…私は感無量です」
(……面倒臭いな……)
「違うって、何回言えば分かってもらえるんですか?はぁぁ…」
「私はね…本当にナノニス様に感謝をしているのです。どちらかと言うとちゃらんぽらんとしてた私が、副団長にまでなれました…」
(語り出してしまった…僕は洗い物があるのに…)
「……もしかして…副団長さんは酔ってますか?」
「ナノニス様の健気さに酔っております」
(酔っ払いだ、これ……)
「ナノニス様は尊いです。私の心根を改心させただけでなく、今城下町でなんと噂されているかご存知ですか?天使ですよ!天使……当たり前です!」
「え?」
「犯罪組織を壊滅に追いやり、命をとして王都の外れで爆弾を爆発させた天使様、と。王都の者の命をお救いした尊い方と言われております」
ナノは目を見開いて固まる。まさか自分がそんな過大評価される日が来ようとは思ってもみなかった。天使などと呼ばれていると知り、恥ずかしくなる。
(な、何それ…この人、変な人だし…大袈裟に言ってるんじゃないのかな)
ナノは赤くなった顔を見られたくなくて一心不乱に洗い物と向き合う。
「ナノニス様、洗い物は…長くするとお辛くないですか?」
「……手袋してるから、大丈夫です。もう良いでしょう?戻った方が良いです」
「私はね、絶対にナノニス様のお怪我を綺麗さっぱり治して差し上げます。これは私の騎士の誇りを掛けて誓います」
(全然聞いてくれない…)
「今、色んな魔法士を調べております。ご安心下さい、周囲に気付かれるようなヘマは致しませんので」
「魔法士…」
(母様もたまにしか診て貰えないのに…)
ナノは母の姿を思い出し、寂しく笑う。
「夢物語ですね…」
聞こえるかどうかの小さな声で呟いていた。シュシュルはその呟きを拾っていた。急にナノの手を取り握り締める。
「え、え、濡れますよ」
「ナノニス様、私が、私が必ず…夢物語を叶えます。もう下を向かなくて良いように、傷を治しこれからの新しい人生を生きていくのです。この国である必要はありませんよ…私はどこまでもお手伝いします」
(国を出る…)
そんな選択肢はナノの中に今まで無かった。
「あぁ……でも天使を国外に逃がしてしまったと…私は後ろから刺されるだろう…しかし、甘んじて受けようその試練を!」
「ん?副団長さん?」
「あぁ…あんなに小さかった手が…大きくなられましたね…うぅ……私は感無量です」
「もう戻ってください。手を離してください。洗い物が洗えないじゃないですか…」
ナノはそのまま少しの間、酔っ払った副団長の相手をするはめになってしまった。グラスを運んできた従業員に離してもらうまで。
そんな中でナノの心に小さな光が灯った。
(僕は…必ずしもこの国で生きる必要は…ないんだ…。顔を上げることが…この先…あるかもしれないんだ)
それは小さな希望の光
あれから宣言通りにシュシュルは毎日ナノの顔を見に来た。辞めてくれとどんなに訴えても辞めてくれなかった。自分は王子では無い、迷惑だと言っても聞いてくれない。シュシュルは甘い言葉で必ず治します。と別れ際毎回言うのだ、まるで自分自身に誓うように。
「はぁ……洗い物が終わらない…」
ついつい文句が口から出てしまう。永遠とグラスが運ばれて来る。次から次から空になったグラスが。そして中身を入れて店内に運ばれて行く。これの繰り返しだった。ナノは騎士団の打ち上げに裏方として初めて参加した。女将に散々断られたが、微力でも良いのでなんとか手伝いたいと粘ったのだ。
(ほんのちょっと後悔だ…)
ナノは聞いてしまったのだ、料理人たちが話しているのを…
”明日は騎士団の打ち上げかぁ…”
”気合いを入れないとな”
”金をたくさん落としていってくれるが…いや、あんな大仕事、たくさん落として言ってくれなきゃ割に合わない”
驚いた、彼等が愚痴を言う姿など見たことがない。その彼等が愚痴を言っている、これは一大事だ。ナノは謎の使命感に駆られ、鼻息荒く女将に交渉しに行ったのだった。
そして現在、ちょっと早まったと思っている。
「はぁ……飲み過ぎじゃないのかな…口から溢れちゃうよ…」
「大丈夫です。溢れませんよ」
独り言のつもりで言っていたはずが返事を返されてしまった。
ガチャン
「っ!!!」
「あ!すみません…割れてしまいましたか?」
「びっ……大丈夫です。強めに当たっただけなので……何故ここに……」
「もちろん!ナノニス様のお顔を拝見しに」
「っ!シー!シー!……ちが、誤解されます。辞めてください」
「大丈夫です。周囲は確認済みです。それに…貴方様のような尊い手で洗い物など…その手で洗ったグラス…私は気軽に飲み食いなど出来ません」
(何言ってるんだろう…この人)
「はぁ……」
「手伝わせて下さい」
「は!?な、何言ってるんですか?困りますよっお客さんに手伝われるって、どういう事ですか!戻って下さい。副団長さんなんでしょ…」
「だからですよ…こんな飲みの席ではね、私の様な上の立場の者がいない方が部下たちは心置き無く飲めて騒げるんですよ。私は会計担当でいれば部下たちは、より喜びます」
「……だからって…僕の手伝いとか…しなくても良いじゃないですか」
騎士団副団長シュシュル・フレイザーは優しくナノを見る。そしてしみじみ語り出す。
「本当に…あの小さかった王子が…こんなに大きく立派に成られて…私は感無量です」
(……面倒臭いな……)
「違うって、何回言えば分かってもらえるんですか?はぁぁ…」
「私はね…本当にナノニス様に感謝をしているのです。どちらかと言うとちゃらんぽらんとしてた私が、副団長にまでなれました…」
(語り出してしまった…僕は洗い物があるのに…)
「……もしかして…副団長さんは酔ってますか?」
「ナノニス様の健気さに酔っております」
(酔っ払いだ、これ……)
「ナノニス様は尊いです。私の心根を改心させただけでなく、今城下町でなんと噂されているかご存知ですか?天使ですよ!天使……当たり前です!」
「え?」
「犯罪組織を壊滅に追いやり、命をとして王都の外れで爆弾を爆発させた天使様、と。王都の者の命をお救いした尊い方と言われております」
ナノは目を見開いて固まる。まさか自分がそんな過大評価される日が来ようとは思ってもみなかった。天使などと呼ばれていると知り、恥ずかしくなる。
(な、何それ…この人、変な人だし…大袈裟に言ってるんじゃないのかな)
ナノは赤くなった顔を見られたくなくて一心不乱に洗い物と向き合う。
「ナノニス様、洗い物は…長くするとお辛くないですか?」
「……手袋してるから、大丈夫です。もう良いでしょう?戻った方が良いです」
「私はね、絶対にナノニス様のお怪我を綺麗さっぱり治して差し上げます。これは私の騎士の誇りを掛けて誓います」
(全然聞いてくれない…)
「今、色んな魔法士を調べております。ご安心下さい、周囲に気付かれるようなヘマは致しませんので」
「魔法士…」
(母様もたまにしか診て貰えないのに…)
ナノは母の姿を思い出し、寂しく笑う。
「夢物語ですね…」
聞こえるかどうかの小さな声で呟いていた。シュシュルはその呟きを拾っていた。急にナノの手を取り握り締める。
「え、え、濡れますよ」
「ナノニス様、私が、私が必ず…夢物語を叶えます。もう下を向かなくて良いように、傷を治しこれからの新しい人生を生きていくのです。この国である必要はありませんよ…私はどこまでもお手伝いします」
(国を出る…)
そんな選択肢はナノの中に今まで無かった。
「あぁ……でも天使を国外に逃がしてしまったと…私は後ろから刺されるだろう…しかし、甘んじて受けようその試練を!」
「ん?副団長さん?」
「あぁ…あんなに小さかった手が…大きくなられましたね…うぅ……私は感無量です」
「もう戻ってください。手を離してください。洗い物が洗えないじゃないですか…」
ナノはそのまま少しの間、酔っ払った副団長の相手をするはめになってしまった。グラスを運んできた従業員に離してもらうまで。
そんな中でナノの心に小さな光が灯った。
(僕は…必ずしもこの国で生きる必要は…ないんだ…。顔を上げることが…この先…あるかもしれないんだ)
それは小さな希望の光
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