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第1

17話

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 ここはナノニスの部屋、熱で倒れた彼をここまで運んだ副団長シュシュル・フレイザーがベッドに寝かせた彼の手をずっと握っている。ずっと探していた彼の手を握りしめる。成長してからの彼を近くで見た事がなかったからすぐに気が付かなった。しかも、まさか食堂で働いているなんて想像も出来なかったから。

「生きておられた…やっぱり…生きて…」

「ナノは…本当に王子様なのかい?」

「はい。このお方は、第5王子のナノニス・ミリテジ様です。こんなお労しいお姿で…さぞ、大変な思いを…」

「なんで、なんでその王子様の捜索を直ぐに取り辞めちまったんだい。この子は功労者なはずだろ?おかしいじゃないか」

「……女将、あまり詳しく知らない方が、身のためです。この件は……口外なされない方が…」

「んな事分かってんだよ!まるで王子様が死んでてくれなきゃ困るみたいな御触れを出してさ…私はこの子は巻き込まれた貴族かお金持ちの子だと思ってたんだよ。まさか王子様とは…頭に過ぎったさ…けど、葬儀をされてんだよ?それを黙って見てるなんて…思わないじゃないか。私だってあの事件の時に古城の傍を通ってんだよ。爆発に巻き込まれた子だと思ったんだよ」

「女将は…気づいておられましたよね?それでは、何故…黙っていたのですか?」

「この子が…名前しか名乗らなかったんだよ。家族はいないって、忘れたって……何か事情が有るんだろうよって思うだろ?王子様である可能性なんて…何回も考えたさ。だけど、この子が嫌がってるんだよ?しかもあの怪我…もしも王家絡みだとしたら、命に関わることかもって思っちまうだろ?だから、知らないフリをしたんだよ。気づいない振り…それくらいしか、この子にしてやれることって無いだろ?」

「そうですか…」

言葉短に頷いたシュシュルはナノニスの顔をじっと見る。握っている手を時折撫でて、自分の頬に当てて、ナノニスの体温を感じる。ちゃんと生きている証として。

「捜索の打ち切り、早すぎじゃないのかい?そんなに大事に思ってんだったら…諦めが早すぎやしないかい?副団長さん」

「諦められる訳ありませんよ。実際、最近まであの古城の目の前で野営を行っておりました。瓦礫の後始末と言ってね…この王都の隅々まで手掛かりを探していましたが…魔法士、医者と話を伺ったんですよ…。ナノニス様は手当をキチンと受けていますよね…なぜ?」

「…………はぁ……正規の医者じゃないんだよ」

「成程、納得しました…」

シュシュルは自分が痛いような顔でそっと優しくナノニスの髪を撫でる。

「この方の怪我の具合は…」

「酷いもんだよ。あんたは…事実を知るべきなんだろうね……背中、鞭で打たれた跡があるよ。あと顔の怪我…おそらく魔物の爪じゃないかって医者が…そんで足、刺された傷がある。そんでもってその火傷のあとだよ!火傷だけなら巻き込まれたって分かるけど…その背中だよ……訳ありだって、言ってるようなもんじゃないか。この子が熱を出す度に…私は涙が出てくるよ」

「ナノニス様……俺の力不足のせいだ……必ず、必ず魔法士に診せます。全て治します」

「魔法士ってのは……そんな凄いのか……出来るなら是非やっておくれよ」

シュガーレは話していて我慢が出来なくなり、顔を背けて手をヒラヒラ振る。

「……ちなみに、今…この王子様が生きてたって知られるのは…不味いのかい?」

「それは…辞めた方がよろしいかと……」

「この子、このままここで働かせるのかい?ここに置いてといて…良いのかい?」

「……ここは安全だと、思います」

出来るなら自分が引き取って心身共に癒してあげたい。しかし、騎士団と近いところにいるのはナノニスの為にならないだろう。ナノニスの死去を知らせた時の屋敷の人の反応。彼の屋敷の使用人はあまり質が良いとは言えなかった。彼に寄り添う人物はいないのか…。ずっと床に伏せっているナノニスの母、ララン。彼女は最近はずっと寝ているようだ。ナノニスが幼い頃より彼女の関心は子供に向かなかった。彼女にとっても子供という存在はカードの一枚というだけなのだろう。

「それにしても、副団長さんは随分この子にご執心なんだね」

「はい、今の俺が副団長でいるのは…ナノニス様のお陰なんです。この方は俺の恩人です」

「でもこの子は城育ちじゃないんだろ?それくらい私でも知ってるよ」

「だからです。とても素直で素敵な笑顔をお持ちでした。邪心など欠けらも無いとても純粋な方です」

シュシュルがまだ若い頃、騎士団に入りたての頃だった。新人はナノニスの屋敷への定期連絡を仕事のひとつとしていた。その担当がシュシュルだった。その頃のシュシュルはミリー城の中で行われる笑顔の下の本当の狙いや足の引っ張り合い、駆け引きや企み、はかりごとに辟易していた。精神的にどっと疲れ、自分は騎士団には向かないのでは?とまで考えていた時期だった。そんな時、純粋なナノニスに定期的に会い、心が洗われるようだった。シュシュルが屋敷に行くと門の中で待ってくれているのだ、シュシュルを見つけると笑顔で手を振ってくれる。ナノニスはとても寂しかったので、騎士の来訪を心待ちにしていた。外の話を開きけるのが嬉しかったのだ。シュシュルはそんなナノニスに、この方の為に騎士を続けようと思えた。彼の笑顔を守ろうと、そう思えたのだ。
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