上 下
3 / 40
第1

2話

しおりを挟む
 従業員用ドアから裏に引っ込んだナノはドキドキする心臓を服の上から押さえていた。肩に力が入り、指先が微かに震えている。

(び、びっくりした…話しかけてくんなよっ)

ふぅ~~と細く息を吐く。

(やっぱり…知らない人に話しかけられたり…急に触られたりするのは…苦手だな……)

ナノは暗い顔で物思いにふけた。

「あぁ!終わったかい?」

女主人の明るい声が掛かる。

「悪いねぇ~大丈夫だったかい?」

「はい、ガラスは…」

「あぁ、預かるよ。休憩にするかい?…いや、何か顔色が良くないねぇ……よし、もう大丈夫だから今日は帰りなっ」

「え、でも…お店…忙しんじゃ…」

「だーい丈夫!ナノの仕事は仕込みと皿洗いだろ?新規の客はもぅ入ってこないから。皿洗いなら私だってやるさ」

「悪いです…せめて、自分の仕事は…」

「つべこべ言ってんじゃないよ!ナノはもう少し自分の体を大事にしなさい!」

「……はい……ありがとうございますシュガーレさん」

「良いってことよ。ゆっくり休みなさい」

シュガーレ・フドー、この食堂の女主人の名前でここフドー食堂を取り仕切っている。シュガーレの旦那のストム・フドーは厨房で忙しく汗を流している。フドー食堂は女主人の明るい人柄と料理の美味さで繁盛していた。
シュガーレはナノに明るく笑い体を休めるように促した。

ナノは女主人のシュガーレに言われた通りこの建物の2階にある自室に行った。
部屋に入ると自然と深く息を吐く。パタンと扉を閉じると目の前に緑色の光が飛んできた。その光に微かに口元をゆるめると肩の力が抜けた。

「ただいま、ラシュー」

声をかけられた指先ほどの小ささの丸い緑の光だった浮遊物は少しずつ形を変えていく。それは手のひらよりも少し小さな人の形に変化した。

「シュガーレさんが僕に気を使って早く帰っていいって、言ってくれたんだよ」

人型に変化した緑の光の浮遊物は輪郭こそ人型であるが表面は淡い光を発し、薄い緑のままであった。妖精と呼ばれる光るそれらは誰にでも見えるものではなかった。ナノは幼い頃から何故かこの緑の光が見えていた。そしていつもナノにくっ付いて来ていた。それらは話はしないが何となく言っていることが伝わってきた。

「僕が早く帰ってきて嬉しいの?」

人型の背中には蝶の様な羽が生えている。その羽をパタパタと動かしナノの顔周りを飛び回っている。

「ふふっありがとうラシュー。僕は君が居てくれるから寂しくないんだよ。ただいまと言える事が嬉しいんだよ」

ナノは両手のひらをおわん型にしてラシューへここにおいでと差し出し落ち着かせようとした。

「今日は大きな人にいきなり声を掛けられてびっくりしちゃったよ…ん?大丈夫だよ……ちょっと怖かったけど大丈夫だった…」

ナノの表情が穏やかなものから影をさし出す。

「僕は…本当に……役立たずだ……はぁ……」

ため息をついて被っていた帽子を取る。一日中被っていた窮屈さから解放されて軽く頭を振る。そんな様子のナノにラシューは慰めるかのように、また飛び回る。

「ラシュー……今日声を掛けてきた人は…綺麗な顔をしていたよ……見て…僕の顔……もぅ……どうしようも無い事は分かってるけど……分かってるんだけど……時々ね……時々………やっぱりどうしようも無くやるせなくなるんだ」

寂しそうに、悲しそうに微笑む。
その顔には額と左の目の上に傷跡があった。右上から斜めに一本線が2箇所。ナノは指先でその傷跡をなぞりザラザラとした感触を確かめるように指を滑らせる。

「痛みは無くなるんだね……あんなに痛かったのに…消えてくれてもイイのに……消えてくれない」

気だるげな息を吐き出し目の前にあるベットに座る。ナノの部屋はこじんまりとしているがベットと机、椅子があり満足している。持ち物も少ないのでサッパリとした印象だ。ただ、あまりにも物が少ないので生活感があまり感じられない。

「あぁ……体がだるくなって来た……やっぱりまた来るかも…熱が出るとシュガーレさん達に迷惑が掛かるんだけど…はぁ……本当に役立たず」

ナノが自虐的に呟くとラシューはナノの肩に乗り小さな手で頬を撫でてくれる。

「ありがとうラシュー……僕が今生きてるのはラシューのお陰だよ。本当に……僕のそばに居てくれてありがとう」

目を細めて人差し指でラシューの頭を撫でる。ポスンと後ろに倒れてベット転がる。両腕を投げ出し天井を見上げる。

「僕って……いつまで生きてられるんだろう…」

モソモソと寝転がったまま大きめの服を脱ぐ。ノースリーブの下着になりじっと左腕を見る。

「シャワー浴びなきゃ」

見慣れることない自分の左腕。上腕から手首まで火傷のあとがあり、左の手の甲にも続いている。モソリと起き上がりシャワーを浴びに行く。ナノの部屋には狭いがシャワーが付いていてこの体を他の人に見られることがない。ノースリーブの下着も脱ぐと背中が露になる。その背中にも傷跡があるがこちらは火傷跡ではない。ムチで打たれた跡が両手で数えられるほど着いている。それは脇腹にも数箇所見えた。
キュッと蛇口コックを捻りシャワーを出す。お湯になるまでの間にズボンをノロノロと脱ぐ。今度は右足のふくらはぎにも傷跡があった。

「今日のあの大きな人は……綺麗だったな…僕みたいな醜い跡なんて……きっと無いだろうな…」

ザーと頭からシャワーをかぶる。まだ少し冷たかったが熱がくすぶり出している身体には気持ちよかった。熱が出る前に冷たいシャワーを浴びることが良くない事は分かっているが、この傷跡を見るとどうでも良いような気分になってしまうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[完結]兄弟で飛ばされました

猫谷 一禾
BL
異世界召喚 麗しの騎士×捻くれ平凡次男坊 お祭りの帰り道、兄弟は異世界へと飛ばされた。 容姿端麗で何でも優秀な兄と何でも平均的な弟。 異世界でもその評価は変わらず、自分の役目を受け入れ人の役に立つ兄と反発しまくる弟。 味方がいないと感じる弟が異世界で幸せになる話。 捻くれ者大好きです。

さむいよ、さみしいよ、

moka
BL
僕は誰にも愛されない、、、 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 人を信じることをやめた奏が学園で色々な人と出会い信じること、愛を知る物語です。

おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。 「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」 「おっさんにミューズはないだろ……っ!」 愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。 第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

僕がサポーターになった理由

弥生 桜香
BL
この世界には能力というものが存在する 生きている人全員に何らかの力がある 「光」「闇」「火」「水」「地」「木」「風」「雷」「氷」などの能力(ちから) でも、そんな能力にあふれる世界なのに僕ーー空野紫織(そらの しおり)は無属性だった だけど、僕には支えがあった そして、その支えによって、僕は彼を支えるサポーターを目指す 僕は弱い 弱いからこそ、ある力だけを駆使して僕は彼を支えたい だから、頑張ろうと思う…… って、えっ?何でこんな事になる訳???? ちょっと、どういう事っ! 嘘だろうっ! 幕開けは高校生入学か幼き頃か それとも前世か 僕自身も知らない、思いもよらない物語が始まった

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

処理中です...