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第1

1話

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 平和な国、アイーグ国に魔物が出現し始めたのは今から500年前。魔法を暴走させた魔法使いが原因だと伝えられている。人間や動物、妖精を異形のものへと変えたことが始まりだと。異形のものの歪んだ魔力が次々と魔物を生み出していると魔物研究者が発表した。歪んだ魔力が土地に溶け、土の中から魔物が出てくるのだ。
以前は森の中に多く見られた魔物。人里で見かけることなど滅多になかった。しかしこの10年の間に街を襲い、草原や街道、旅人も被害に合い始めた。
どうやら国に反する者達が魔物を呼び込んでいるようだ。

アイーグ国王族、ミリテジ家が住むミリー城があるこの王都は鉄壁の守りの中にあり魔物の影は見当たらない。特に近年、更に強化されていた。

その王都の外れにある食堂で働いている少年、名をナノと言う。彼は小柄な身体に大きめの服をいつも着ていた。左手の甲にも見える傷跡、右の目の上にもうっすらと傷跡がある。彼はその傷跡を酷く気にしていて、つば付きの帽子を目深に被って隠していた。その帽子から伸びてしまった髪が除いている。その色はまるで茶色の髪が日に焼けてしまったかのようなくすんだ橙色をしていた。

少年ナノの仕事は雑用だ。朝食の前に芋の皮むきを始める。長時間左手を使うと痺れて来てしまうので早めに始めて休み休みするのだ。その上、重いものは持てないし機敏に動くことも出来ない。裏方として食べ物の下処理や掃除、食器洗いなどまさに雑用係だった。でもナノは仕事を貰えるだけで良かった。食堂の女主人のおばちゃんには頭が上がらない。ナノの体を気遣ってくれているからだ。どうにか恩を返したいと、与えられる仕事を淡々とこなしていく。
開店前に掃除を終わらせ、昼時は裏で食器洗い。一段落着いたら遅めの昼食、そして夜に向けて下ごしらい。夜のピークが終わる頃に帰るように言われる。長時間の勤務はナノの身体には耐えられないのだ。いつも申し訳なく思いながらも無理をして逆に迷惑を掛けるのもはばかれる為、休ませてもらっていた。
そんな風に毎日を淡々と過ごし、迷惑にならないようにひっそりとしていた。


 その日はたまたま、偶然が重なっただけだった。注文をきいたり料理を出したりする接客担当の人がいつもより一人少なかった。
何故か何時もより客の入りが多かった。たまたま客が皿を割って店の人手が足りなかった。だから客が割った皿を片付けて欲しいと女主人がナノに頼むことになったのだ。いつもなら営業時間に店に顔を出すことは無かった。大勢の人の目が嫌だったから、パニックになってしまうかも知れなかったから裏で仕事をしていたのだ。
しかし申し訳なさそうに女主人のおばちゃんから頼まれてしまえば、割れた皿を片付けるぐらいは了承した。
ナノは箒とちりとりを持ってザワつく店内に裏からドアを開けて身を投じた。幸い客は皆ナノにはなんの関心も示すことなくそれぞれのテーブルごとに食事やお喋りに夢中だった。

ただ一人の男を除いて。

カチャカチャ

目視で破片が無いことを確認してサッサっとその場を後にしようとする。その時、横に人の気配を感じ声をかけられた。

「新しい子?見ない顔だね」

ひくっと喉がなった気がした。まさか誰かから話しかけられるなんて想定外だ。恐る恐るその人物を見る。

「俺はこの店の常連なんだけど…俺が知らないってことは、仕事で他所に行っていたこの半年の間に入ったのかな?」

随分と馴れ馴れしく話しかけてくる人物だった。

「あ……はぁ…」

上手く言葉が出てこずコクリと頷きながら返事をし、そのままペコリとお辞儀して会話を終了させて去ろうとする。

「あぁっと、待って待って~そんなにツレナくしなくっても良いでしょ?」

去ろうとした方向に体で邪魔をされ、行けなくされてしまう。

「君は女の子?男の子?後ろ姿じゃ分からなかったからさ~…ブカブカの服、可愛いね。何でか話しかけたくなっちゃってさ」

ニコニコとこちらが口を挟む隙も与えずに話し続ける。

「…………あの…仕事がありますから」

相手をする気は無いと態度で示し、もう一度会釈をして反対向きにその場を後にしようとした。

「待ってって…少しだけ、名前だけでも」

肩を掴まれて尚も話しかけてくる。
びくりっと肩が過剰に反応してしまった。

「おっと……ごめんごめん。そんなにびっくりしなくても…触られるの苦手だった?ごめんね」

「………いえ…あの……本当に仕事があるので」

「名前だけ、ね?」

「……他のお客様をお待たせしてしまうので」

箒とちりとりをぎゅっと握りしめて再度お辞儀をする。そのまま相手の反応を確かめずに従業員用のドアに小走りで去っていった。

「あっ…逃げられちゃったよ」

ちょこちょこっと脇をすり抜けられてしまった声をかけた男は残念そうにナノの後ろ姿を見る。

「あれぇ?副団長ナンパですか?」

「え!?ナンパ…になるのか?ただ気になった子に声を掛けただけなんだけど…ん?これ、ナンパになるな…マジか俺…」

「ぶっはは!副団長振られたんですか?」

「え、えぇ!?俺、振られたの??」

長い手を自分の後頭部に持っていきガシガシと頭をかく。副団長と呼ばれたナノに声を掛けた男は長い手足にきらりと輝く金髪の緑の瞳が綺麗な美丈夫だった。

「巷でキャーキャー騒がれる王室騎士団の副団長も振られることあるんですね。珍しいもの見せてもらいました」

「なんて事言うんだよ…本当に忙しかっただけかもしれないだろ?」

「いやいや…副団長。厳しいっすよ、その言い訳は。明らかな態度でしたよ」

先程から副団長と呼ばれる男と話しているのは、この男と同様に王室騎士団の隊員だ。親しげな話し方からわかるように隊員の中でも心を許せる数少ない仲間である。

「お前はあの子見たことある?俺と違って遠征に行ってないだろ?」

「ん~どうだったかなぁ…副団長と違って俺は食事しに来てるんで、店員さんはあんまり見てませんね~」

「おまっ……その言い方…」

ふんっと大きくため息を鼻でつくと金髪の美丈夫、副団長はボソリと呟く。

「なぁんか…気になるんだよなぁ」
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