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高等部のころ
《32》
しおりを挟む夏休み、人の少ない校舎で講習を受けたあと寮に帰ってくる。希望者のみで行われる授業をこなし何とか武藤の家に帰らない理由を作る。
「ふぅ……外の陽射しがキツイ…」
夕に紹介された店に行ってから数日が過ぎていた。校内や寮では央歌や進を見かけていない。残っているのかどうかも知らない、ただあの店に行けば会えるような予感はしていた。
(会いたいのかな……僕は……)
普段の自分の姿をまるで知らない三井とは気が楽に話せた。では普段を知っている央歌ではどうだろうか、風紀の人の学校とは違う姿を目撃して里葉は後ろめたい気持ちが芽生えていた。
(フェアじゃないって思うのは……変かな…)
自分だけが知っている、どうにもきまりが悪い。
(よし、今日も行ってみよう……あの陽射しが陰ってから…)
窓の外にチラと視線を向ける、ウンザリするような青空だ。モヤっとする気持ちとは裏腹でいっそ清々しい程だ。
夕方、陽射しは緩やかになったが熱が籠った空気感は変わらない街中。また不安になる裏通りを通って例の店まで歩いてきた。店の前まで来るとやはり見上げてしまう。一度入っているにもかかわらずドアを開けるのに躊躇してしまう。店内の雰囲気に慣れないせいもあるが、いて欲しいといて欲しくない、会いたいけど会いたくない。相反する気持ちを持っているからであった。
カランカラン
何度か聞いた鐘の音を鳴らして店内に入る。
「いらっしゃいませ」
穏やかな声、三井さんだった。
「あ、サトくん。また来てくれて嬉しいよ」
里葉の顔を見てすぐに名前を言ってくれた。里葉は会釈をしながらこの前と同じ席に座った。
「こんにちは、サトくん」
「こんにちは……僕のこと…覚えてるんですか?」
「っ……もちろん…」
今日もまだ店内は人がまばらにしかいなかった。
「僕、地味だから…それにあんまり存在感ないし…接客業って凄いですね」
里葉は純粋に感想を述べていた。
「え、サトくんのそれは…真面目に?」
「?それ?……ってなんですか?」
(なんの話しだろう…)
「すみません、僕…世間知らずで…」
(恥ずかしいな……言ってること、分からないなんて…僕、読解力ないのかな…)
「いや…夕くんの心配していた理由が分かったような気がしてね…この間はちゃんと帰れたかな?」
「はい、大丈夫でした。……でも、ちょっと怖かったから、かなり早歩きだったかも…」
恥ずかしそうに指の背で鼻と口元を隠している。里葉の俯き加減の顔はほんのり赤らんでいた。
「サトくん……おじさん…ちょっと心配になってきたよ…」
「え!?僕ですか?……迷子になんてならないですよ……」
「あぁ……うん……今日は誰か知り合いと一緒に帰ってみてはどうかな?」
「知り合い……ですか…あ、この間のジュース美味しかったです。またピンクグレープフルーツジュース頼んでもいいですか?」
「はい、かしこまりました」
(ふぅ……やっぱり頼りなく見えるよな…ちょっと身長伸びても子供扱いされるのは変わらないかぁ)
カランカラン
店のドアが開いた、ガヤガヤと数人が入って来た。この間より早い時間だったが話声で分かってしまった。
(あ、今日はもう来た……山岡くんと進たちだ…)
里葉は今日の自分の服装をチラリと確認した。悩んで悩んだが、普段の飾らない格好にしてみた。ジーンズに肘まで隠れる大きめのTシャツ、髪型も学校では軽く整えて真ん中で分けているが、今は無造作だ。後ろめたさから、ここには飾らない、偽りのない自分自身で来ようと一大決心をして来たつもりだったが体を小さくしてしまう。
(ヤバい、なんか……恥ずかしい…)
この間は片手で顔を隠していたが、今日は両手の手首でこめかみを押さえてカウンターに両肘をつく。
「オータ今日も注文お願い」
「いいよ」
(え、また山岡くんがこっちに来るの?)
ドキドキと胸の鼓動が早くなる。そんな時に丁度三井さんに話しかけられる。
「はい、ピンクグレープフルーツジュースです」
「あ、ありがとうございます……」
恐る恐る手を出して受け取る、か細い声しか出なかった。
「こんにちは三井さん。注文お願いします。えーとコーラが3つにジンジャエール1つとメロンソーダ1つお願いします」
「はい、かしこまりました」
そう言って三井さんは忙しそうにその場を離れてしまう。里葉は自分がこの場に存在していないと思い込もうとした。
「やぁこんにちはサト。数日ぶりだね?ここ最近は来てなかったよね?」
「…………」
(お、お、覚えてるんですか~)
「おーい。聞こえてるでしょ?俺オータ、覚えてる?」
「……は、い」
「つれないなぁ……こっち見てよ~」
「いや……」
(無理だ、やっぱり無理だよ~!どうしよう、心臓壊れそうだっ!)
「サトくーん」
何とか打開策として少し顔を上げて正面からほんの少しだけ央歌の方に顔を動かし会釈をした。
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