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はじまり
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しおりを挟む「な、何故ですか……」
「……他の者に見せるつもりは無い」
(いや、その前に……俺、結婚するの?本当に?)
「あの……結婚…とは……あの……お互いの…」
「誓っただろ、あの時に。カナゲは私に命をも差し出した…それがそうだ。それ以上があるのか?」
(ん~~~。そういう解釈に……なるのか……)
何を言っても駄目だと悟った。しかしながら、はいそうですね、とはいかないのである。
「しょ、正直に申しまして……かなり…困惑しています……。そういう心積りでここに来た訳ではありませんし……あの……俺は……どうすれば良いのですか?」
「そのままで良い。何も変わらずそのままで」
「……本当ですか?……俺は……その…生涯誰かと一緒になるつもりはありませんでした。なので……その……伴侶と言われましても……」
「カナゲ……私が言っているのだ。何もしなくて良いと、当主である私が…」
「………………」
酷く困惑した顔でアルセの顔を見つめる。
(確かに、俺の居場所は……もうここしか無いだろう…あの家には戻れないと思う…。いくら成長したとは言え、無一文で放り出されたらあの時と同じで路地裏で生活するしか無い……)
なんと無力なのだろうかと己の掌をじっと見る。
(この手にしている物は……何も無い…)
虚無感に襲われ足元からガラガラと何かが落ちていく。何も無くなってしまった。否、最初から何も無かった。
(俺は……何を頑張っていたんだろう……)
「カナゲはここで、何不自由なく過ごせば良い」
「何不自由なく……」
(籠の中なのにか?)
酷く歪んでいる人物に目をつけられてしまった。カナゲはこうなる運命だったのではないかと幼い頃の自分を嘲った。
(親切心なんか……出したばっかりに……)
「それでは……俺は……貴方の伴侶になるしか道は無いのですね……ここで……何もせずに……」
「………………」
カナゲの瞳が暗く閉ざされていく。
「そうなんですね……」
(結局……俺は…自由というものを手にすることが出来ない運命なんだな……そうか……)
「……俺は……世間知らずです。旦那様の足を引っ張るかもしれませんが……」
「そんな心配はしなくて良い。私の隣に居るだけで良いんだ…生涯、ここにいて欲しい…」
(生涯……命尽きるまで…………そうか、だからこの人に命を預けたあの俺の誓いは、あながち間違っていなかったんだな…)
アルセの顔を見て自分の掌を見る。このまま横になって眠ってしまいたかった。
(あぁ……疲れたな…………寝たい……)
「それでは……旦那様のおっしゃる通りにします」
「っ!!そう、か……そうか!」
普段、感情を見せないアルセの瞳が輝き出した。
「欲しい物はあるか?何でも言ってくれ……あぁ…違う…そうじゃなくて……悪い……こんなにすぐ良い返事を貰えるとは思っていなかったから……。いや、分かっている……心を開いているわけでは無い事くらい私も分かっている。最初は窮屈な思いをさせるだろうが、何十年とたってここが住み良い場所になれば、と思ってな……」
「お気遣い……ありがとうございます。あの……何だか……疲れてしまって……その…休憩をしても…」
「あ、あぁ……横になれ」
「ありがとうございます」
(権力者に嫁ぐなんて話、良くあることじゃないか……なんの後ろ盾もない俺が…暴力を振るわれるわけでもないし…良い……話なんだろうな……)
「今日はもう休め、明後日の為に明日もゆっくり身体を休めろ」
(食べることに困ることも無い、服も綺麗な物を着れる、屋根のある家で隙間風もない……生きていくのに、充分じゃないか……今までを思えば……)
「羽目を外した自覚はある。だが…カナゲはもっと色をつけられる……もっと綺麗になる…」
やけにゆっくりと髪を撫でられる。
「これから……楽しみだな…カナゲ……」
(逆らえない笑顔って……こういう事だ……)
「……おやすみなさい」
遠い何十年の先の事など考えられなかった。考えたくなかった。カナゲは今ある幸せの形を拾い集めて自分は幸せ者だと思い込もうとしていた。
(幸せじゃないか……俺は…………。やりたい事も、目的も、夢もないんだから…そう、ただ必死に生きてきただけじゃないか……)
薄く目を開けて目の前の自分の指先を見る。
(何がしたいんだろうな……俺は……)
今のままで良いじゃないかと、楽して生きられるんだからと、考えては心が重たく感じるカナゲ。ふぅっと一息吐き考えることを辞めた。
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