求め続けたモノ

猫谷 一禾

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「この後私は仕事がある。カナゲはこの部屋にいろ、何かあれば世話係のイチに言え」

食事が終わり、アルセの部屋に帰ってきた。この部屋で1日を過ごせと言われた。

「はい……あの……」
「なんだ?はっきり言え」

少しイラついたような言い方にビクリとする。

「はい!あの、俺はこの部屋で何をすれば……」
「ただ居ろ」
「えと……仕事など……」
「しなくて良い、ただただこの部屋に居るんだ」
「は、はい……」

情けない顔で返事をするカナゲ。

「私が戻った時に必ずこの部屋に居るんだ」
「はい」

アルセは1度振り返ったが、早々に部屋から出ていった。カナゲはことの展開についていけなかった。そして何もしなくてい良い時間など初めてであった。ついこの前までは仕事に追われ、その前も勉強や読書、家の手伝い等何かしらしていた。カナゲにとっては何もしないが難しことなのだ。

(どうしよう……何かしてないと落ち着かない…)

戸惑うばかりで部屋をウロウロしてしまう。

(ここに居ろって事は、この部屋から出ちゃ駄目だって事だよな…あぁ~籠でも編んでないと落ち着かない…だただたここ居るって…大変だぁ。あの人は何を考えているんだよ…)

カナゲは何もする事が無いと昨日から今の状況を考え始める。

(だっておかしいんだよ。変だよ変、納得できないことばかりだよ…)

昨日初めて会ったときの情景を思い出していた。

(謝ってそれで俺が命を差し出したんだ…権力者の横暴ってよく聞く話だし、ここまでは納得できないけど何となく分かる。問題はここからなんだよな…)

地主と呼ばれる家を初めて見た。大きくてびっくりしたけど、それどころではなかった。いつ殺されるかずっとビクビクしていたからだ。

(それなのに…離れとはいえ屋敷の中に通されて湯を浴びろと言われた。しかもお世話係の人に洗われたんだ…。あのイツさん…だっけ?その人は俺の事馬鹿にするでもなく、丁寧に対応してくれた。変だよ、殺される為にここにきた人間に対してさ…)

そして、とうとう一番疑問に感じていた事を思い出して顔が赤くなる。ジッとしていられなくなり、頭をグシャグシャと掻き回し悶絶する。

(あ、あ、あんな…イヤラシイコト……これかもするって……こんな良い家に住んでるのに何でわざわざ俺なんだ?もっとこう…魅力的な人とすれば良いのに…)

フとある思いに気がつく。

(あれ…俺……嫌悪感が無い?)

何か考えてはいけない事にぶち当たった気がした。

(いやいやいやいや……恐怖しか覚えてないし…そんな、死ぬかもしれないって…そんな時に…言うこと聞く以外の選択肢なんて無かったし……いや……だよな?俺、嫌じゃ無かったなんて…無いよな?)

考えたく無いのに、1度考えてしまった事実に考えが止まらない。これからどうなるか、と考えをまとめようと思っていたはずが、違う事に心が捕らえられてしまった。カナゲは1日、赤くなったり青くなったりと忙しかった。


「帰った。よし、ちゃんと居たな」

1日グルグルとしていたカナゲはグッタリとしていて、アルセが帰って来たことも声を掛けられるまで気が付かなかった。

「お帰りなさいませ…」
「カナゲ、私が帰って来た時も挨拶をしろ」
「あ!?は、はい…」

(朝の…あれ……だよな…)

おずおずと近寄りアルセを見上げる。

(これ、本当に毎日やらないと…駄目なのかな…)

アルセが屈んで顔が近くなる。真正面から目を合わせられ、緊張してくる。

「ん」

顎をしゃくって催促される。ゴクリと唾を飲み込み覚悟を決める。

(これは、命令だ。やらなければいけないことなんだ…俺がどうこう考える事じゃ無いんだ)

ふにっと唇をくっ付ける、それは瞬きする間も無く離れる。

(やったぞ…やれば出来た)

「ふん、まぁいいか」

そんな呟きが聞こえた。
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