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第11話 はじめに言いだしたのは、たしかに私だけど

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(私、自分からとんでもないこと言いだしちゃったのかもしれない)

 ……でもまさか『この国では、女性が男にキャンディを渡す場合、指で つまんだキャンディを相手の口まで運んでくれるのが一般的なんだが――』って言われるとは思ってもなかったし。

 異世界トリップした次の日の朝に、さっそく、この世界と自分がやってきた世界 (21世紀の日本) の文化、風習の違いに直面!

 とはいえ、面食らったままっていうのもよくない。
 私はもう、ロエルに自分が持っているキャンディをあげると言ってしまったんだもの。
 いまさら、やっぱりあげるのをやめるってわけにはいかない。

 私の真正面に立っているロエルは、私がいま手に持っているキャンディをもらえるものだと思っているんだから。(もらえると思ってるもなにも、私からあげるって言いだしたんだし)

 ……ここは覚悟を決めて!

 私は個包装のキャンディを包みから はがしたあと、ロエルの口元に届くように自分の手を上にあげようとした。
 そのとき、ロエルと目があった。

 ロエルの青い瞳がまばたきもせずに私をみつめている。
 私の心臓がドキリとはねあがり、動かそうとしていた手がとまってしまった。
 
(わーっ! 私ってば、これじゃロエルをすごく意識しちゃってることが、きっと本人にバレバレだよ……)

 ロエルがいま、私をじっとみつめているのは――。
 異世界のキャンディ (ロエルからみたら、現代日本のものは『異世界』から持ちこまれたものだよね) が、めずらしいからどんなものか食べてみたいからだよ、きっと。

 だって、私も昨日、この世界のお茶をだされたとき、『これが異世界のお茶なんだ……!』と、しみじみ感激したもの。
 あんまりロエルを待たせたら悪いと考えた私は、ふたたび彼の口元にキャンディを近づける。

 ロエルは背が高いから、私は手を結構上にあげなきゃいけない。
 顔だって、間近まぢかで彼を見あげるため、いつもより上を向いている。

……それにしても、いまの私とロエルの距離、とっても近いな。至近距離すぎる気がするけど、遠くからじゃキャンディが渡せないし……。

 私がああだこうだと考えているあいだも――。彼の目は、あいかわらず私のことをみていた。

(ロエルの視線、いかにも『真剣なまなざし』って感じで、緊張に拍車がかかるんだけど……)

 私はキャンディをつまんだ手を上にあげたまま、ふたたび体が固まってしまった。

 ロエルは、いいかげん早くキャンディがほしくなったのだろう。
 動かないままの私にしびれを切らしたようで、自分の体を私の体により近づけてきた。
 ……もう充分なほど近い距離に向かいあっているというのに!

 私がこのまま体の動きをとめたままだと――。
 2人の体が密着することになっちゃいそう。

 そんな予想が頭に浮かんだ瞬間。
 いままで固まっていた私の体が、ほとんど無意識のうちに動いていた。

 ただし、ロエルの口元に『エイッ!』とキャンディ近づけたわけではなくて――、彼が私のほうへグイッと体を近づけた分、私はうしろにズイッと、さがっていた。
 意識的に逃げたんじゃない。
 ロエルにキャンディをあげようと思っている気持ちが消えたわけじゃないから。

(でも、結果的に『このアメあげよっかな……。あ、やっぱ、やーめた』って意地悪してるような雰囲気になっちゃった? そんなつもりはないんだけど……)

 なかなかキャンディを渡さない私をロエルはどう思ってるのか気になって、彼の様子をみてみる。後ずさった位置のままチラリと。
 ロエルは余裕の笑みを浮かべている。

(……まあ、富豪であろう成人男性がアメ玉ひとつぶ、もらいそこねても、平常モードのままだよね、普通。雪山遭難時とかの非常事態なら、ひとつぶのアメが貴重な糖分として重要視されることもあるだろうけど……)

 『もらいそこねて』もなにも、私、ロエルにキャンディを渡す気がなくなったわけじゃないし。
 ――ただ、口元に運ぶという行為は、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 私がやってきた世界には、「女性が男性にキャンディを渡すときは指でつまんで口元まで運んであげましょう」なんて決まりや風習はなかったから、普通に私の手からあなたの手に渡したい――そうロエルに訴えようとしたとき。
 ロエルがおもしろそうにささやいた。

「もしかして、らしてる? オレのこと」

 ……じ、焦らす!? 私、ロエルを焦らしてたの?
 ロエルは、アメ玉ひとつにも こだわる、おやつ好きだったの?
 それとも――。
 キャンディをあげるときは男性の口元まで持っていくという、この国の風習を使って、異性を翻弄ほんろう (???) するような素振りをして相手を焦らす、なんというか小悪魔的な行為をしているのかと聞いているのっ!?

――どっちにしても。

「違うからっ! 私、そんなつもりじゃなくて……。ロエルにこのキャンディ、渡すつもりなのに――なんだか恥ずかしくて……」

 私は首を左右にブンブン振って否定した。

「恥ずかしい?」

 ロエルの言葉に、今度は首を上下してうなずく。

「じゃあ、じっとしてて……」

 一言ささやくと、ロエルは長い腕をのばし、私の手をやさしくつかむ。
 つかまれたほうの手は、もちろん蜂蜜のキャンディを持っているほうの手だ。

 そのままロエルは自分の体を私に近づける。
 今度は私、うしろに後ずさったりしなかった。とてもドキドキしたし、やっぱり恥ずかしかったのに、そのまま動けずにいた。

 私の手をつかんだまま、ロエルは少しかがみ、ついにキャンディを口元に近づける。
 ドドドド……と私の鼓動がはやくなる。

(……こ、この状況。もしキャンディといっしょに私の指も、口に入れられちゃったら、どうしよう……)

 私の心配は杞憂きゆうに終わった。
 ロエルはキャンディだけを、器用に唇ではさみこんだかと思うと、あっというまに口の中に放りこんでしまった。
 だから、私の指に彼の唇がふれることはなかった。

 無事キャンディを口にできたロエルは、私の手を解放した。
 どうやら、彼の目的は本当にキャンディだったみたい。

 それにしても、この世界って――。男の人にキャンディひとつあげるだけでも、私にとっては、こんなに心臓をバクバクさせるプロセスを経なきゃならないなんて……。

 私の異世界生活、はっきりいって前途多難だ。
 おまけにドキドキしすぎちゃって、ロエルに蜂蜜のキャンディの感想を聞きそびれてしまった。
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