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第34話 私、まだロエルの変身した姿をみてない!

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「ユイカは『なぜ、この世界の人間は翼あるものに変身できるのか』という質問もしていたね」

 私はコクコクと首をタテにしてうなずく。
 ロエルが、中庭でのキスや抱擁を思いださせる話題から、他の話題に変えてくれて、心底ほっとする。

 私はロエルの話を聞くことに意識を集中させた。
 室内にロエルの凛とした声が響く。

「いにしえの時代から人類は翼あるものに憧れていた。空をとべれば――。海や川をおぼれることなく渡れるし、獰猛だが飛行能力はない野獣から身をまもり、生き抜くチャンスをふやすことができる。だから人間は、翼あるものに変身するために魔術をあみだし、ながい年月をへて、翼あるものになら変身することができるようになった。
 これがこの世界での人間の進化だ。飛行能力以外でも、人の進化と魔術は切り離せないほど密接につながっている」

「……そう、だったんだ……」

 私の口から、呆然としているような声がこぼれた。
 正しくは『ような』じゃない。事実、私は呆然としていた。

 ロエルの話で、この世界は私のいた世界とは、ちがう進化の道を歩んだのだと知ってしまった。
 たしかに、せまりくる危険を、空をとぶことによって回避できるケースは、私のいた現代の世界でだって充分あると思う。
 私は、ぽつりぽつりとロエルに話す。

「……私のいた世界での人類の歴史と、ちがうようで似ている、似ているようで、ちがう、かな。私のいた世界でもね、空をとぶことは人類にとってながいあいだすっと憧れだった。いろんな時代、大勢の人が挑戦をした。かなり昔、紙で気球をつくって空をとんだ人もいたよ」

「昔の人間が、紙を使って空をとぶ?」

 この世界には気球はないのかもしれない。
 飛行機がこの世界にはまだないことは、しゃべる不思議なうさぎ、ティコティスからすでに聞いている。

 気球が人をのせて空をとんだのは、産業革命が起きるまえどころかフランス革命が起きるまえだったはず。
 だから、あっても不思議じゃないと私は思っていたんだけど、この世界にはない。もしくは――。

 この世界の他の国にはあるけれど、この国にはないとか?
 私は自分が理解している範囲で、気球その他についてしゃべった。

「うん、すごく大きくて丈夫な紙の袋をつくって中に空気より軽い気体を入れて、空にうかぶようにするの。袋の下にはカゴをつけて、人はそのカゴに乗れば鳥にならなくても空をとべる。そういうふうに、私のいた世界では、魔法の力とはちがうものを利用して空をとぶことのできるアイテムをつくろうと必死になってた時代があって……。
 いまでは人間は、空中飛行できるアイテムを使えば、大空をとべるようになった。あ、私のいた世界でも、腕に鳥の翼のようなものをつけて、空をはばたけるか挑戦した人もいたらしいけど……」

 ロエルは私の話を興味ぶかげに聞き、そして。

「もしもの話、になるが……。オレの館が天災などにみまわれ、空をとんで一時的に避難したほうがよい場合。オレはきみといっしょにとぶと約束した。だが――」

 『だが』……なんなのでしょう?

(というか、とぶ必要があるときはオレがきみと――っていうのは、天災を想定してのことだったの? この国は平和と聞いたけど、天災は多いの? それとも、ちかいうちに災害があるかもっていう、予報だか予言だかがでてるの?)

 不安になる私に、ロエルは話を続けた。

「たとえば、オレときみが館でふたりきりのときに天災が起こり、オレは変身まえに館の柱の下敷きになってしまい、もう助からない状況になったとする」

 はい? 突然何を不穏なこと、言いだすの!?
 あんまりにも唐突すぎるから、死亡フラグではなくて突発的な言葉なんだろうなって、妙な安心感すらあるほど。
 それでも、口をはさまずにはいられない。

「ちょ、ちょっとロエル、縁起でもないこと、たとえ話でも言わないでよっ」

「まあ、最後まで話を聞いてくれないか」

 あわてる私に対してロエルは冷静だ。
 彼はいったいどんなこと言うつもりなのか。
 突拍子もないことじゃないといいけど……。

「オレがきみのもとにかけつけられない、万一の場合も考えて、その気球というものをつくっておき、館に保管したほうがいいかもな。これなら空を飛行して避難すべきとき、いざとなればきみひとりでも、とんでいけるだろう」

 ロエルからみたら異世界人である私の身の安全を慮《おもんぱか》っての提案なんだろうけれど――。
 私にとっては、突拍子もないことだった。私ひとりのためにスケールが壮大すぎる。

「……うーんと、それは――」

「どうした?」

「えっとね、さっき私が話した昔の気球は、事故が多かったの。いまのもっと安全な気球のつくりかたは私、よく知らないし……。現代の気球だって火がついちゃうと逃げ場がなくて大変なことになるし。天災が起きたとき活躍する気球もあるけど――、それは逃げるためじゃなくて情報を伝えるためのもので……」

 ロエルが善意で言ってくれたことを否定するのは、もうしわけないけど、私は気球のマイナス面も伝えた。

 私は最初、気球のプラス面 (手に入りやすい材料とシンプルなしくみで人が空をとぶことができる) しか話していなかったことを反省する。
 あせってるせいで、やたら早口になってしまう。

「ユイカ」

 ふいにロエルが私の名を呼ぶ。
 今度はいったい何なのだろう? 身構えてしまう。
 ロエルは私の手をそっとにぎりしめた。

(……っ!)

 今日何度も感じたロエルの手のぬくもりをふたたび感じ、私の心臓がトクンとはねあがる。
 彼は、いつくしむようなまなざしを私にむける。

「ひとりで異なる世界にきたきみを不安にさせないためにも、たとえ死んでも、きみをまもるというべきだったな。道具にまかせるようなことは、もう言わないから安心してくれるか」

(……ロエル……)

 知りあったばかりの人なのに、私の胸は高鳴ってしまう。

(ロエルがそこまで、他の世界からきた人間を大切にしようとするのは――やっぱり過去に会ったという、私とおなじ世界からきた人の存在があるからなの?)

 ロエルは、この世界に とばされてしまった私に、とても親身になってくれている。

 気球をつくろうなんて言いだしたときは、面くらっちゃったけど。
 彼は本当に、ちょっと心配性じゃないかってくらい、私のことを気にかけてくれる。
 いまもロエルの視線は、ずっと私にそそがれたままだ。

 今日一日で、私は彼と何度、目と目があったことだろう。
 偶然の出会いにもかかわらず、私を手助けしてくれたロエルへの感謝で胸がいっぱいになる。

「ロエル――あのね、私……。この世界の、あなたの館の中庭が、私のとばされた先でよかったって、思ってる。本当にいろいろありがとう」

 お礼の言葉はさっきも言った。
 でも、感謝の気持ちがまたあふれてきたから、私は自然にありがとうと告げていた。

「オレもきみをみつけることができて、本当によかったよ……」

 ロエルは青い瞳に私をうつし、つぶやくようにささやいた。

 私はロエルへの感謝の気持ちでいっぱいだった。
 だから、ロエルの声に、ほんのりと意味深な響きが含まれていたことに気づく余裕なんてなかった。
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