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第15話 フィアンセのフリでキスまでする必要ってある?(2/2)

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≪約60字あらすじ・主人公・唯花は異世界についた当日から、この世界の青年、ロエルの婚約者のフリをすることなりキスを迫られるが……≫

「……唇で直接って、そこまでする必要あるの?」

 黒ずくめの男たちに聞かれないように、私は一言だけ、小さな声で細心の注意をはらってロエルに言った。
 言われたほうのロエルは、なぜわざわざそんなことを聞くのか意外だといったくちぶりで答える。

「必要があるのかだって? あるよ、いま言っただろう。オレの唇はきみにふれたくなった。それはオレの唇がきみを必要としてるってことだ。……さあ、まずは、右の手からふれるよ」

 サラリとした口調で、強引に話をすすめているけど、これは、ロエルの「婚約者のフリをする」計画の一環なんだよね。
 でも……、まずは右の手って、左の手もするつもりで言ってるの?

 まさか当初の目的を忘れて、みるからにイケメン慣れしてしてなさそうな私をからかって、おもしろがってるわけじゃないよね。
 半信半疑の私を、青い瞳がじっとみつめている。
 真剣なまなざしにドキリとする。

(……本気なの? ロエル)

 ロエルは私の右手をひきよせ、手のこうに自分の唇をそっと落とした。羽毛でなぞられたのかと思うほど、繊細なふれかた。

「んっ、ロ……ロエ、ルっ!」

 手にくちづけなんて、初めてされた。
 彼の唇は想像よりやわらかく、そしてあたたかかった。
 さっき、初めてロエルに抱きしめられたときも、体が過敏に反応してしまったけど――。いままた、私はロエルによって、体をピクンッとふるわせられてしまった。動揺をかくしておけない、自分の体がうらめしい。

――手にやさしくキスされただけなのに、なんで体が燃えるみたいに熱くなってるの? 私、ヘン……。どうしちゃったの……。

 私の手から唇を離さないまま、ロエルは私の目をみつめる。大きなふたつの青い瞳が、私をとらえて離さない。

(ロエル……どうしてこんなこと……)

 彼が何を考えているのか――。本当に私を助けよう思ってこんなことを仕掛けてきたのか。それとも、私をからかっているのか。
 どちらなのか、いくら考えてもわからず、途方にくれているうちに、彼は私の手から唇を離してくれた。

「……ロエル……」

 ほっとした私が、彼の名を言い終わるか終わらないところで、今度は彼の顔が私にちかづいてくる。

「――ユイカ」

 吐息を感じるほど接近した距離から名を呼ばれ、それから、私は自分の唇にあたたかな感触を感じた。
 ついさっき知ったばかりの、ロエルの唇のぬくもりを唇でも感じる。
 右手のあと、左手もくちづけされたらどうしよう……となら、さっき思ってしまった。(ロエルが「まずは……」なんて、おもわせぶりなことを言うせいで)

 ……だけど。
 右手のあと、いきなり唇にキスされるなんて――。
 私は、びっくりしすぎて、目を大きくみひらいてしまう。

(……唇にキスするなんて、私、……き、聞いてないから……!)

 顔をそむけてこれ以上キスされないようにしよう。
 そう思ったときにはもう遅かった。私の顔はロエルの大きな両手でつつみこまれていた。乱暴な手つきじゃ全然ないのに、私の頭部はロエルの手でしっかり固定されちゃってる。
 逃げられない状態で、唇同士がぴったりかさなりあったまま――。何秒たっても、ロエルの唇は離れない。

 キスされていることに、激しく動揺したままの頭で、いつ彼が私の唇を解放してくれるのか、考える。
 さっき私の手にくちづけたときよりは、はやく離してくれる? それとも、おなじくらいの時間、待てばいいの?

 ある程度時がたてば、さっきとおなじようにロエルは自分の唇を私から離してくれる――。そう信じた私は、甘かった。
 ロエルは、私と唇をかさねたまま、上唇と下唇のあいだから舌をすべりこましてきた。

(……な、何……っ! んっ……!!)

 私の唇が、あたたかく、ぬるっとした感触のもので、なぞられる。それがロエルの舌なんだと気づいたときにはもう――キュッとむすんでいたはずの私の唇はひらかされ、彼の長い舌に侵入されていた。

(いくら婚約者のフリでも……こんなの、だめ……)

 頭ではわかってるのに、ロエルの舌先に口のなかをさぐられていくうちに、私の体から力がどんどん抜け落ちていく。
 体に力が入らないまま、ロエルの舌は、私の口中をいやらしくうごめく。

「……はぁ……あっ……ロ……エルッ……んんっ……」

 歯ぐきの裏までなぞられて、奇妙なくすぐったさに私がとまどっていると――。今度は、ロエルの舌が私の舌をいじりだす。誘うようにからみつき、ぴったりとまとわりつく。
 ロエルにとらえらえた私の舌は、彼のペースにさんざん翻弄されたあと、だんだんと飼い慣らされていく。

 初めは、抵抗しなきゃとちゃんと思ってた。
 私の舌は、迫ってくる彼の舌から逃れようと必死だった。――でも、せまい口のなか、どんなに避けようとしてもすぐに彼の大きな舌につかまってしまう。ロエルの舌は生け捕りにした獲物を放すまいとする野生の獣のように、けっして私の舌を逃がしてくれなかった。
 そのくせ、獣とちがって、つかまえた私の舌を絶妙な舌の動きで、やさしく追いつめていく。

「……ふぁ……っ!」

 私のなかに眠っていた感情、キスを……というか男の人の舌を気持ちいいって思う気持ちをひきだしていく、なまめかしい舌使い。
 そんなに激しくからませてこないで、これ以上私をヘンな気持ちにしないでって、さんざん思わせた、そのあとに――。まるで目のまえに置いた好物をおあずけにするように、わざと舌を引っ込めた。
 ついさっきまで、どんなに逃げようとしても絶対に放してくれないで、私を煽っていたのに……。一方的に未知の感覚を教えこみ、私を慣れさせたあとで、その感覚をとりあげて、意地悪く私を焦らす。

 そう、ロエルの舌は意地悪だ。
 私が、またロエルの舌に、口のなかを征服されたいって思うように……。それを私自身に自覚させるために、焦らしているんだ、きっと。
 いまの私は、ロエルの舌に責められることを待ちこがれている――? そんなこと、認めたくない。

 私とこの人は会ったばかり。おたがいのこと、ほとんど何も知らない。
 そんな相手とのキスに思いきり興奮してるなんて……私らしくない。
 もっと冷静にならなきゃ……と自分に言い聞かせていると――。

 ロエルがふたたび、私の舌に自分の舌をねっとりとからみあわせる。
 キスで自分を見失いかけるなんて、私らしくないと思ってから、数秒しかたってないはずなのにもかかわらず、……私の舌は、ようやくつづきをしてくれるロエルの舌を、もう拒むことができなくなっていた。
 待ちわびていた本当の恋人とのキスのように、彼の舌を受けいれてしまう。

(本当に、どうしちゃったの、私。こんなの、もう婚約者の『フリ』をするため――じゃない。私自身がロエルに激しくキスされたがってる……?)

 ロエルの舌に、自分の舌や口のなかだけじゃなくて、体の芯から熱くほてらされていく。
 やがて、ロエルの舌に誘われるまま――。おずおずとだけど、彼にあわせて私の舌も動きだす。

 からみあう舌と舌。
 息苦しさのなかで、全身が甘く、しびれて、ジンジンしてくる。

 ディープキスの経験なんて、これが初めて。
 私の舌の動きは、キスの上手いロエルにとっては、ものすごく稚拙なもののはず。
 初めてでも上手な子もいるのかもしれないけど、私は「下手なんだろうな、私のキスって……」と、自分でもわかってしまう。……だって、ロエルのリードにまかせて、ただただ一生懸命に動くだけの、いまの私のキスなんて、色っぽさとか、大人の女性の妖艶さとか、皆無だと思う。……なのに。

 ロエルの舌がいま、私の舌のつたない動きを悦んでいるのが、なぜだかわかる。
 頭じゃなくて、心と体で――。

 ロエルの舌の動きがますます激しくなり、おたがいをむさぼるような濃厚なくちづけになる。
 気持ちよくて、快感のあまり目がジワッと潤んでくる。目が熱く濡れて、いまの自分は涙目になっていると気づく。

(こんないやらしいキス、知らない。教えられても、私、困る――。)

 キスをするまえからフラフラだった体は、いまやもっとフラついてきている。
 ロエルは、私がもう彼のキスから逃げられないことを知ってなのか――。彼は私の頬をおおっていた自分の手を下におろすと、キスでのぼせた私の体を自分の体にひきよせた。

 ロエルが体をささえてくれ、私の足も腰もグンとらくになる。
 そのおかげで体のフラつきを心配することなく、キスだけに集中できる。――こんなことを瞬間的にでも思ってしまい、自分の心の変化にとまどう。

 ロエルの舌は、「とまどう必要なんてない。オレに身をまかせればいい」とでも言うかのように、私をすいつくしていく。私の身も心もすべて食べてしまうくらいの、いきおいだ。私の体のほてりも、ますます加速する。
 そうして、私が彼とのキスにおぼれて……どれくらい時間がたったころだろうか。

(……キスがこんなに気持ちいいものだって、ぜんぜん知らなかった。でも、とけちゃうみたいに気持ちよすぎて、このままじゃ私――ロエルの腕のなかで、キスしながら意識を失ってしまうかも……)

 いまや、ロエルのくちづけにすっかり酔わされた私が、

(んんっ、……あっ、私……もうっ、だめ……っ!)

 そう思ったとき――。
 ふいに、本当にふいに、ロエルが私から唇をスッと離し、つぶやいた。

「……いったか」

「え、……何? ロエル――」

 彼から解放された私の口は、新鮮な空気をめいっぱい吸えるよろこびよりも、唇も舌も、もう彼にふれていないことに、名残おしさを感じてしまう。
 ロエルは私にやさしく言った。
 そのおだやかな口調は、いまのいままで激しくくちづけをかわしていた男性のものとは思えないほど、紳士的だった。

「ようやく、あの五人が帰ったようだ」

 ……あの五人が帰った……?
 あ! 本当だ。

 私とロエルがキスをしているあいだに――、いつのまにか黒ずくめの五人の男たちは中庭から姿を消していた。
 それでロエルは唇を離して、「いったか……」と、つぶやいたんだ。

 そう、だから「いく」は「行く」ってことよね。
 頭が朦朧もうろうとしてたから、一瞬ぽかんとしてしまった。

(……それにしても……)
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