15 / 93
1部
第14話 フィアンセのフリでキスまでする必要ってある?(1/2)
しおりを挟む
異世界についた当日から、なりゆきでロエルという青年の婚約者のフリをすることになっちゃうなんて。
いきなりの大役をすんなりこなせず、あわあわしてる私をロエルはおもしろそうに目をほそめ、みつめているけど……。
(私だけじゃなくて、ロエルだって、私が婚約者のフリをちゃんとできなきゃ困るんじゃないの?)
「ロエルっ……!」
黒い服を着た男たちに聞かれては、まずいようなことをうっかり言ってしまわぬように、私は彼の名前だけをつぶやいた。
――なのに、ロエルときたら。
ますますおかしそうにわらったあげく、ちいさな声でささやいた。
「ユイカってずいぶん純情なんだな。……すきだよ、そういう初々しい反応」
……ちょっと、何言ってるのよっ……。この人って、けっこう軽い? こんな、女たらしっぽいセリフをすんなり言えちゃうなんて、実はかなりの女ずきなんじゃない? 『実は』というほど、ロエルのこと知ってるわけじゃないけど……。
長身で細身のイケメンで、たとえこの人が本当は恋愛や異性になんの関心がなかったとしても、女の子のほうが放っておかなさそうな雰囲気ではあるけど。
あ、黒ずくめの男が言ってた、『あなたはこの世界の誰とも結婚する気はないとおっしゃいつづけている』。
あの言葉はもしかして――。
ロエルが結婚する気がないのは、いろいろな女の子とたくさん恋を楽しみたいから?
この国の女子も、よその国も、それどころか他の世界からきた女子も、とりあえず女子ならみんな、一度はくどいておこう……みたいな。
……でも、困っている私を助けようとしてくれているのは、事実だし。(それを大義名分にして、私のことからかってるだけ……じゃないよね?)
キザなセリフを言ったからといって、即、女とみれば手あたりしだいの遊び人……みたいな印象を持つのも、よくない。性急すぎるかも。
この世界にやってきたばかりの私には、黒ずくめの集団が、この世界で結構な権力を持っている、国の中枢ともつながっているような組織や結社なのか。それとも、ご近所のやっかいさんレベルなのか、皆目わからないし。
むしろ、これから暮らしていくしかないであろう世界で、ご近所のやっかいさんレベルの集団のほうが手ごわい場合だって充分にありえる。
だって、よっぽどのディストピアにきちゃったとか、個人で大それた悪事を働いたり危険とみなされる行為をするとかでなきゃ、国の中枢ともつながっているような権力者たちの集団に、一般人が目をつけられることって、なかなかないだろうけど。ご近所のやっかいさんは――。
日々暮らしていくうえで、さけてはとおれないときがあるだろうし。
さいわい私の借りたアパートは、近所の人たちもいい人が多くて、トラブルはないけど、友達から聞いた話では、結構しんどい案件が複数あったらしい。
だから私もアパート選びには慎重になった。
自分の声の大きさを気にして、壁の厚さだけにこだわっていたわけじゃない。
もとの世界にもどれないのなら――。私が現代日本で、不動産屋さんのサイトで情報をチェックし、クチコミサイトにも目をとおし、ひとり暮らし歴のながい友人に貴重なアドバイスをもらったり、実際に物件をいくつもめぐったり……に、費やした多くの時間(仕事が忙しいときは睡眠時間を犠牲にしてまで)は、なんだったんだろうという気にもなるけど。
そう、あんなに慎重になってお部屋さがしした世界に、私はもどれない。
池の精霊さんの話じゃ、私はもとの世界で『死んだわけじゃないけど、存在自体が消えちゃった』らしいから……。
いまの私は、イケメン青年に抱きしめられてドキドキしてる場合じゃないほど、重く受けとめるべき問題が山積みの身の上なのかも。
でも、そう思ったところで現にいま、私がロエルに抱きしめられつづけているのも、まぎれもない事実――。
ずいぶんながく抱きしめられているけれど、それは、この中庭がひろいせい。
それと、黒ずくめの例の五人は、あいかわらず、ゆっーたりとした歩調で、中庭から回廊に向かっていた。彼らはまだ、ここから姿を消していない。
……ということは、私はとうぶんロエルに抱きしめられたままということ? とうぶんって、いったい何分くらい!?
やばっ、なんだか私、頭のなかがグルグルしてきた。
昔、学校の朝礼で倒れてしまったときと似た感覚。……目がまわりそう。
私の様子に気がついたのか、ロエルがささやく。
「ユイカ。大丈夫か?」
気づかうような声音に、やっぱりこの人は悪い人ではないんだと思ってしまう。というか、いまはそう思いたい。知らない土地で味方が誰もいないのは、やっぱり心がめげそうになってしまう。
私はできるだけ明るく返事をした。
「……た、たぶん平気……」
もうちょっとでも元気だったら、大丈夫と答えていただろうけど、頭がボーっとしているせいか、たぶん平気としか言えなかった。
ロエルがそっと耳うちする。
「あとほんのすこしだけなら待てるか? すぐにあの男たちを帰らせるから」
……ロエル、これ以上何をする気なの?
疑問に思いながらも、私はロエルを信じてうなずいた。
私の耳もとで彼はそっとささやく。口調がついさっきまでの真剣なものから、うんと軽めのものになったのは、なにかしらの作戦があってのことかもしれない。
「ユイカ、あんなにがんばってオレのことを抱きしめかえそうとしてくれてたのに、もう、あきらめてしまったのか? まったく、きみはどこまで恥ずかしがり屋なんだ」
……えっ、その話題をいま私にふるの? とも思ったけど、たしかにロエルを抱きしめかえそうとしてもそれができなかった私の両手は、ぶらんとさがったままだった。
「ごめんなさいっ、私……」
ロエルはすこし芝居がかったくちぶりで言う。
「あやまることはないさ。きみのかわいい手がオレの背にふれてくれたら、それはよろこばしいことだ――。だが、せっかくなら、オレは背中よりも唇できみの手を感じたい」
……へっ、唇……?
なんでいきなりそんな話になるの!?
背中に手をまわすのも恥ずかしくってできなかった私に、よりによって唇でなんて――。
(さらにハードルがあがっちゃってるじゃない。さげて、さげて!)と目でロエルに訴える。
彼は私が何を言いたいのか、瞬時に理解したようだった。
ニコリとほほえんでから告げた。
「オレは前言撤回なんてしないよ。もじもじ動くきみの手をみていたら、唇で直接にふれたくて、しょうがなくなった」
……しょうがないもなにも、手と唇がふれたら、それはもうキスになってしまう。
そして、私がロエルにキスされたからといって、婚約者である証になるっていうわけではないし。
いきなりの大役をすんなりこなせず、あわあわしてる私をロエルはおもしろそうに目をほそめ、みつめているけど……。
(私だけじゃなくて、ロエルだって、私が婚約者のフリをちゃんとできなきゃ困るんじゃないの?)
「ロエルっ……!」
黒い服を着た男たちに聞かれては、まずいようなことをうっかり言ってしまわぬように、私は彼の名前だけをつぶやいた。
――なのに、ロエルときたら。
ますますおかしそうにわらったあげく、ちいさな声でささやいた。
「ユイカってずいぶん純情なんだな。……すきだよ、そういう初々しい反応」
……ちょっと、何言ってるのよっ……。この人って、けっこう軽い? こんな、女たらしっぽいセリフをすんなり言えちゃうなんて、実はかなりの女ずきなんじゃない? 『実は』というほど、ロエルのこと知ってるわけじゃないけど……。
長身で細身のイケメンで、たとえこの人が本当は恋愛や異性になんの関心がなかったとしても、女の子のほうが放っておかなさそうな雰囲気ではあるけど。
あ、黒ずくめの男が言ってた、『あなたはこの世界の誰とも結婚する気はないとおっしゃいつづけている』。
あの言葉はもしかして――。
ロエルが結婚する気がないのは、いろいろな女の子とたくさん恋を楽しみたいから?
この国の女子も、よその国も、それどころか他の世界からきた女子も、とりあえず女子ならみんな、一度はくどいておこう……みたいな。
……でも、困っている私を助けようとしてくれているのは、事実だし。(それを大義名分にして、私のことからかってるだけ……じゃないよね?)
キザなセリフを言ったからといって、即、女とみれば手あたりしだいの遊び人……みたいな印象を持つのも、よくない。性急すぎるかも。
この世界にやってきたばかりの私には、黒ずくめの集団が、この世界で結構な権力を持っている、国の中枢ともつながっているような組織や結社なのか。それとも、ご近所のやっかいさんレベルなのか、皆目わからないし。
むしろ、これから暮らしていくしかないであろう世界で、ご近所のやっかいさんレベルの集団のほうが手ごわい場合だって充分にありえる。
だって、よっぽどのディストピアにきちゃったとか、個人で大それた悪事を働いたり危険とみなされる行為をするとかでなきゃ、国の中枢ともつながっているような権力者たちの集団に、一般人が目をつけられることって、なかなかないだろうけど。ご近所のやっかいさんは――。
日々暮らしていくうえで、さけてはとおれないときがあるだろうし。
さいわい私の借りたアパートは、近所の人たちもいい人が多くて、トラブルはないけど、友達から聞いた話では、結構しんどい案件が複数あったらしい。
だから私もアパート選びには慎重になった。
自分の声の大きさを気にして、壁の厚さだけにこだわっていたわけじゃない。
もとの世界にもどれないのなら――。私が現代日本で、不動産屋さんのサイトで情報をチェックし、クチコミサイトにも目をとおし、ひとり暮らし歴のながい友人に貴重なアドバイスをもらったり、実際に物件をいくつもめぐったり……に、費やした多くの時間(仕事が忙しいときは睡眠時間を犠牲にしてまで)は、なんだったんだろうという気にもなるけど。
そう、あんなに慎重になってお部屋さがしした世界に、私はもどれない。
池の精霊さんの話じゃ、私はもとの世界で『死んだわけじゃないけど、存在自体が消えちゃった』らしいから……。
いまの私は、イケメン青年に抱きしめられてドキドキしてる場合じゃないほど、重く受けとめるべき問題が山積みの身の上なのかも。
でも、そう思ったところで現にいま、私がロエルに抱きしめられつづけているのも、まぎれもない事実――。
ずいぶんながく抱きしめられているけれど、それは、この中庭がひろいせい。
それと、黒ずくめの例の五人は、あいかわらず、ゆっーたりとした歩調で、中庭から回廊に向かっていた。彼らはまだ、ここから姿を消していない。
……ということは、私はとうぶんロエルに抱きしめられたままということ? とうぶんって、いったい何分くらい!?
やばっ、なんだか私、頭のなかがグルグルしてきた。
昔、学校の朝礼で倒れてしまったときと似た感覚。……目がまわりそう。
私の様子に気がついたのか、ロエルがささやく。
「ユイカ。大丈夫か?」
気づかうような声音に、やっぱりこの人は悪い人ではないんだと思ってしまう。というか、いまはそう思いたい。知らない土地で味方が誰もいないのは、やっぱり心がめげそうになってしまう。
私はできるだけ明るく返事をした。
「……た、たぶん平気……」
もうちょっとでも元気だったら、大丈夫と答えていただろうけど、頭がボーっとしているせいか、たぶん平気としか言えなかった。
ロエルがそっと耳うちする。
「あとほんのすこしだけなら待てるか? すぐにあの男たちを帰らせるから」
……ロエル、これ以上何をする気なの?
疑問に思いながらも、私はロエルを信じてうなずいた。
私の耳もとで彼はそっとささやく。口調がついさっきまでの真剣なものから、うんと軽めのものになったのは、なにかしらの作戦があってのことかもしれない。
「ユイカ、あんなにがんばってオレのことを抱きしめかえそうとしてくれてたのに、もう、あきらめてしまったのか? まったく、きみはどこまで恥ずかしがり屋なんだ」
……えっ、その話題をいま私にふるの? とも思ったけど、たしかにロエルを抱きしめかえそうとしてもそれができなかった私の両手は、ぶらんとさがったままだった。
「ごめんなさいっ、私……」
ロエルはすこし芝居がかったくちぶりで言う。
「あやまることはないさ。きみのかわいい手がオレの背にふれてくれたら、それはよろこばしいことだ――。だが、せっかくなら、オレは背中よりも唇できみの手を感じたい」
……へっ、唇……?
なんでいきなりそんな話になるの!?
背中に手をまわすのも恥ずかしくってできなかった私に、よりによって唇でなんて――。
(さらにハードルがあがっちゃってるじゃない。さげて、さげて!)と目でロエルに訴える。
彼は私が何を言いたいのか、瞬時に理解したようだった。
ニコリとほほえんでから告げた。
「オレは前言撤回なんてしないよ。もじもじ動くきみの手をみていたら、唇で直接にふれたくて、しょうがなくなった」
……しょうがないもなにも、手と唇がふれたら、それはもうキスになってしまう。
そして、私がロエルにキスされたからといって、婚約者である証になるっていうわけではないし。
0
お気に入りに追加
686
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる