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第14話 フィアンセのフリでキスまでする必要ってある?(1/2)

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 異世界についた当日から、なりゆきでロエルという青年の婚約者のフリをすることになっちゃうなんて。
 いきなりの大役をすんなりこなせず、あわあわしてる私をロエルはおもしろそうに目をほそめ、みつめているけど……。

(私だけじゃなくて、ロエルだって、私が婚約者のフリをちゃんとできなきゃ困るんじゃないの?)

「ロエルっ……!」

 黒い服を着た男たちに聞かれては、まずいようなことをうっかり言ってしまわぬように、私は彼の名前だけをつぶやいた。
 ――なのに、ロエルときたら。
 ますますおかしそうにわらったあげく、ちいさな声でささやいた。

「ユイカってずいぶん純情なんだな。……すきだよ、そういう初々しい反応」

 ……ちょっと、何言ってるのよっ……。この人って、けっこう軽い? こんな、女たらしっぽいセリフをすんなり言えちゃうなんて、実はかなりの女ずきなんじゃない? 『実は』というほど、ロエルのこと知ってるわけじゃないけど……。
 長身で細身のイケメンで、たとえこの人が本当は恋愛や異性になんの関心がなかったとしても、女の子のほうが放っておかなさそうな雰囲気ではあるけど。
 あ、黒ずくめの男が言ってた、『あなたはこの世界の誰とも結婚する気はないとおっしゃいつづけている』。

 あの言葉はもしかして――。
 ロエルが結婚する気がないのは、いろいろな女の子とたくさん恋を楽しみたいから?
 この国の女子も、よその国も、それどころか他の世界からきた女子も、とりあえず女子ならみんな、一度はくどいておこう……みたいな。

 ……でも、困っている私を助けようとしてくれているのは、事実だし。(それを大義名分にして、私のことからかってるだけ……じゃないよね?)
 キザなセリフを言ったからといって、即、女とみれば手あたりしだいの遊び人……みたいな印象を持つのも、よくない。性急すぎるかも。
 この世界にやってきたばかりの私には、黒ずくめの集団が、この世界で結構な権力を持っている、国の中枢ともつながっているような組織や結社なのか。それとも、ご近所のやっかいさんレベルなのか、皆目わからないし。

 むしろ、これから暮らしていくしかないであろう世界で、ご近所のやっかいさんレベルの集団のほうが手ごわい場合だって充分にありえる。
 だって、よっぽどのディストピアにきちゃったとか、個人で大それた悪事を働いたり危険とみなされる行為をするとかでなきゃ、国の中枢ともつながっているような権力者たちの集団に、一般人が目をつけられることって、なかなかないだろうけど。ご近所のやっかいさんは――。
 日々暮らしていくうえで、さけてはとおれないときがあるだろうし。

 さいわい私の借りたアパートは、近所の人たちもいい人が多くて、トラブルはないけど、友達から聞いた話では、結構しんどい案件が複数あったらしい。
 だから私もアパート選びには慎重になった。
 自分の声の大きさを気にして、壁の厚さだけにこだわっていたわけじゃない。

 もとの世界にもどれないのなら――。私が現代日本で、不動産屋さんのサイトで情報をチェックし、クチコミサイトにも目をとおし、ひとり暮らし歴のながい友人に貴重なアドバイスをもらったり、実際に物件をいくつもめぐったり……に、費やした多くの時間(仕事が忙しいときは睡眠時間を犠牲にしてまで)は、なんだったんだろうという気にもなるけど。
 そう、あんなに慎重になってお部屋さがしした世界に、私はもどれない。
 池の精霊さんの話じゃ、私はもとの世界で『死んだわけじゃないけど、存在自体が消えちゃった』らしいから……。

 いまの私は、イケメン青年に抱きしめられてドキドキしてる場合じゃないほど、重く受けとめるべき問題が山積みの身の上なのかも。
 でも、そう思ったところで現にいま、私がロエルに抱きしめられつづけているのも、まぎれもない事実――。
 ずいぶんながく抱きしめられているけれど、それは、この中庭がひろいせい。

 それと、黒ずくめの例の五人は、あいかわらず、ゆっーたりとした歩調で、中庭から回廊に向かっていた。彼らはまだ、ここから姿を消していない。
 ……ということは、私はとうぶんロエルに抱きしめられたままということ? とうぶんって、いったい何分くらい!?
 やばっ、なんだか私、頭のなかがグルグルしてきた。

 昔、学校の朝礼で倒れてしまったときと似た感覚。……目がまわりそう。
 私の様子に気がついたのか、ロエルがささやく。

「ユイカ。大丈夫か?」

 気づかうような声音に、やっぱりこの人は悪い人ではないんだと思ってしまう。というか、いまはそう思いたい。知らない土地で味方が誰もいないのは、やっぱり心がめげそうになってしまう。
 私はできるだけ明るく返事をした。

「……た、たぶん平気……」

 もうちょっとでも元気だったら、大丈夫と答えていただろうけど、頭がボーっとしているせいか、たぶん平気としか言えなかった。
 ロエルがそっと耳うちする。

「あとほんのすこしだけなら待てるか? すぐにあの男たちを帰らせるから」

 ……ロエル、これ以上何をする気なの?
 疑問に思いながらも、私はロエルを信じてうなずいた。
 私の耳もとで彼はそっとささやく。口調がついさっきまでの真剣なものから、うんと軽めのものになったのは、なにかしらの作戦があってのことかもしれない。

「ユイカ、あんなにがんばってオレのことを抱きしめかえそうとしてくれてたのに、もう、あきらめてしまったのか? まったく、きみはどこまで恥ずかしがり屋なんだ」

 ……えっ、その話題をいま私にふるの? とも思ったけど、たしかにロエルを抱きしめかえそうとしてもそれができなかった私の両手は、ぶらんとさがったままだった。

「ごめんなさいっ、私……」

 ロエルはすこし芝居がかったくちぶりで言う。

「あやまることはないさ。きみのかわいい手がオレの背にふれてくれたら、それはよろこばしいことだ――。だが、せっかくなら、オレは背中よりも唇できみの手を感じたい」

 ……へっ、唇……?
 なんでいきなりそんな話になるの!?
 背中に手をまわすのも恥ずかしくってできなかった私に、よりによって唇でなんて――。

(さらにハードルがあがっちゃってるじゃない。さげて、さげて!)と目でロエルに訴える。

 彼は私が何を言いたいのか、瞬時に理解したようだった。
 ニコリとほほえんでから告げた。

「オレは前言撤回なんてしないよ。もじもじ動くきみの手をみていたら、唇で直接にふれたくて、しょうがなくなった」

 ……しょうがないもなにも、手と唇がふれたら、それはもうキスになってしまう。
 そして、私がロエルにキスされたからといって、婚約者であるあかしになるっていうわけではないし。
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