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第12話 美青年がいきなり宣言! やっとつながるプロローグ
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「その娘に罪はないぞ」
声は、私の正面にある回廊からした。
さっきまで誰もいなかった回廊に、ひとりの長身の男性が立っている。
館内の部屋から、この中庭へ通じる回廊の渡り廊下へでたのだろう。
この人は、私をとりかこんでいる男たちとはちがい、黒い服ではなかった。
上等そうな紺色の上着を身につけている。
17世紀か18世紀くらいのヨーロッパの服装といった雰囲気だ。
この場にいる黒装束の5人がかぶっているフードも、青年の服にはない。
だから、まっすぐな髪は輝く黄金色、りりしい切れ長の目は澄んだブルーだと、すぐわかった。
――誰?
青年は悠然と、こちらに歩いてくる。
「ロエル様!」
男5人が全員、ささーっと頭をさげる。
様づけで呼ばれているし、この世界の、身分の高い人なんだろうか。
それとも――。
この人も、不思議なうさぎ、ティコティスを『聖兎さま』と言ってあがめている団体の幹部、ファンクラブの会長や副会長みたいな人なんだろうか。
会員番号が1ケタだから、2ケタや3ケタの人たちの先輩にあたるとか。
うーん……。ロエルと呼ばれた人が、この世界で高い地位にある人なのか、それとも単にティコティスを神聖視している人たちのなかでは比較的高い地位にある人なのか、ここにきたばかりの私には皆目わからない。
ただ、黒づくめの5人がなんというか、あやしげなムードをただよわせているのにひきかえ――。
ロエルと言う人は、まっとうな若者といった雰囲気。
年は20代中頃ぐらい?
私より少しだけ年上といった感じ。
それに、黄金色のまつげにおおわれた切れ長の目といい、スッとした鼻すじや形のいい唇といい、かなりの美貌の持ち主だ。
彼は、中庭に通じている回廊の渡り廊下から出て、どんどんこちらに近づいてくる。
ロエルと呼ばれた青年は、私と5人の男たちをみつめ、言った。
「この娘に罪はない、その理由を説明しよう」
初めて会う、いま現れたこの人が、私は罪人ではない件に関して、どんな理由を知っているというのだろう。
彼がいったいなんと言うのか気になって、私はゴクリとつばを飲みこむ。
紺色の服を身にまとった青年は、5人の男たちに宣言するように、はっきりと言った。
「こいつは、オレの婚約者だ」
……はい?
私、誰とも婚約したことなんて、ないよ。
この世界にとばされる直前。初めてできた彼にはフラれてるし。
その彼氏とは婚約とか結婚とか、そういう話や雰囲気には、一切なっていなかったし。
……それどころか、デートを複数回した程度の関係のまま、別れを切りだされたくらいだ。
そんな私に降ってわいた婚約話……じゃなかった、知らない男性からの、まさかの婚約者宣言!
動揺を隠せない私は、言葉を発することができないまま、口をぱくぱくしちゃってる。
でも、動揺しているのは、私だけじゃなかった。
黒づくめ集団は、ロエルと呼ばれた青年の発言にざわめく。
ひととおりザワザワとしたあと、5人のうちのひとりが言った。
「……たしかに、ロエル様と、その妻になられる方ならば、泉のあるこの庭に入る資格を持つどころの話ではありませんよ。しかし――」
黒装束の男は、ロエルという青年に対し、引き下がらなかった。
いどむような口調で、くいさがる。
「……そんな話、聞いていませんぞ」
「そうだ、そうだ」と他の4人の男たちがさわぎだす。
私も心の中では、今回ばかりは黒装束五人衆とおなじことで、さわいでいた。
(そうだ、そうだ。私だって、私に婚約者がいたなんて話、聞いてない!)
――それなのに、なぜ、この人は私を自分の婚約者だと嘘をついたりするの?
青年は真正面から私をじっとみつめていた。
初めて会う人のはず――あたりまえだ。私はこの世界にきたばかりなのだから――なのに、どこか懐かしい人をみるようなまなざしで。
澄んだブルーの瞳が、まるで「この場は自分にまかせてくれないか」と語りかけてくるみたいだ。
――ひょっとして……。
この人は、私を助けようとしてくれてる……の?
ティコティスが、かつて、見ず知らずの子どもが聖域である泉に入ってしまったのを助けようとしたように――?
この世界での決まりごとでの、「泉に入ってもいい人物」であると、まわりを納得させるために、彼は嘘をついている……?
私の予想は、私に一方的に都合のいい、単なる想像なだけかもしれない。
この人が、私を自分の婚約者だと、いつわりを語ったのには、何か別の事情があってのこと、なのかもしれない。
ロエルと呼ばれた青年の真意がみえずにいる私。
その横で、黒ずくめの男のひとりが言った。
「ロエル様、あなたと結婚したいと望む娘は大勢いるでしょう。しかし、あなたはこの世界の誰とも結婚する気はないと言いつづけておられる。社交界では、もっぱらの評判ですよ」
この人、独身主義者なの? それなのに急に私を婚約者って言っちゃったの!?
それでもって、出た!!
「社交界」というセレブっぽいワード。
……昔のヨーロッパみたいな世界での社交界といったら、やっぱりドレスを着て馬車に乗って舞踏会でダンス……等々ってイメージだけど。
黒装束の人の言う社交界でしょ。
うーん。彼が言う社交界は、うさぎさんを熱狂的に好きな人たちが方々からつどい、社交の輪をひろげる会……なのかもしれない。
いくら超高性能とはいえ、ティコティスがくれたのは、翻訳機。
日本語以外の言語を日本語で表現するんだから――どうしても訳が微妙ないいまわしもあるかもしれない。
たとえば『うさぎしゃん、なんでこんなにも、うんとかわいいのかしら会』じゃ、会の名前があまりに長いし、言うのも聞くのも、書くのも読むのも訳すのも恥ずかしいネーミングだから、翻訳機が勝手に略して……。
「うさぎ『しゃ』ん、なんで『こ』んなにも、『う』んと『か』わ『い』いのかしら」→「しゃこうかい」。
それを私が耳で聞いて『社交界』だと思ったとか。
うん! ありえ――る、のか?
いやいや、さすがにそれはムリがありすぎ。まずないでしょ。
(だいたい、うさぎずきの会が「うさぎしゃん」部分を略すなら、「うさ」にするよね、普通。略して「しゃ」の部分しか残さなかったら、どんな生物を愛好している会なのか、わからなくなっちゃう)
こんなふうに私が、黒ずくめの男の言った「社交界」は、本当に私がイメージする昔のヨーロッパの社交界なんだろうか……と疑問に思っていると……。
べつの黒ずくめの男が、こんなことを言いだす。
「ロエル様、あなたのお父上も、あなたとこの娘が結婚することに反対していない――と、おっしゃるつもりか」
ロエルと言う青年は、人助けのために私を自分の婚約者だと言った可能性があるなか、いきなり親は反対してないのかうんぬんの、つっこんだ話になってる。
反対してないなら、してないって証拠だせよ的な雰囲気で問いつめられたら、どうしよう。
ロエルという青年は知的で聡明そうにみえるけど、それでも話にボロがでてきちゃうかも。
だって、私と彼はいま会ったばかりのあいだがら。
しかも、私のほうはかろうじて青年の名が「ロエル」で「この世界の人」らしい……ということはわかったけど、この人は私の名前さえ知らないはず。
私がティコティスに自分の名前を教えたときは、この人も黒ずくめの集団もいなかったもの。
婚約してるのに名前も知らないって不自然すぎない? (この国には、女性は結婚するその日まで、家族以外の男性に名前を教えてはいけない風習がある、なんてことでもないかぎりは)
私は自分の正面に立っているロエルに、そっと視線を送る。
(……私を助けるために、婚約者のフリなんて……やっぱり、いくらなんでも無謀すぎるよ)
だって私たち、婚約しているフリをするには、あまりにもおたがいのことを知らなさすぎる。
そんな事実が、私をあわてさせるなか――。
ロエルの青い瞳が私をみつめかえす。
『大丈夫だ。オレにまかせてほしい』
そう告げているような、強い意志を持ったまなざしだ。
彼は周囲に向かって静かに、けれど、堂々と言いきる。
「ああ、この娘がオレの婚約者だというのは、もう決まったことだ。かつて父がいろいろ言ってくることはあるにはあったが……いまは誰も反対していない」
このロエルという人は、演劇人か何かなのだろうか。
サラリといま思いついた設定で嘘をついたとは、とても思えないほどの、自然な演技。
言葉をつむいでいるうちに、ふと、私とのこれまであったいろいろなこと (出会い、恋に落ち、周囲から反対――問題を乗り越えて、いまふたりはいっしょにいる) を思い返している。
そんな雰囲気まで、にじませていた。
(実際は出会ったばかりなのにも、かかわらず!)
そこへ、だいぶ小さくなっているけど、光の中から懸命に話す声が聞こえてきた。
「ロエルが言ってることは、本当だよ~! 唯花はロエルの花嫁さんになる子なんだよっ……――」
そう言い残して、ティコティスを飲み込んでいた光はシュンッ……と消えた。
「せ、聖兎さまぁーっ!!」
黒ずくめ集団のおたけびもむなしく、その言葉を最後に、ティコティスの声は、まったく聞こえなくなった。
(……ティコティス、最後の最後までありがとう……)
私は、どうかティコティスが無事、自分の世界にもどれますようにと願う。
黒ずくめの男たちは、聖兎さまのご帰還で胸にポッカリ穴があいてしまったような空虚さを感じる――といったムードで、ささやきあう。
「聖兎さまとロエル様。ご両名とも、この娘はロエル様の婚約者だと言っている以上、この場は我らがひくしか……」
「くっ……、しかたがない」
「聖兎さまもお帰りになってしまったしな。……誰かさんのせいで……」
男たちは、しぶしぶこの場はひきさがろうって感じだ。
チンピラのモブキャラクターだったら「ちくしょう、おぼえてやがれ」って言ってるところだろう。
……というか、最後の「誰かさんのせいで」って、この私に対するあてこすりだよね。
フードで目がかくれてるけど、チラッと私のことみるそぶりしたよ。
イヤミな人だなぁ。
――何はともあれ。黒装束の5人は、四方にある回廊のうち、私からみて左がわの回廊の渡り廊下へと移動していく。
この世界にとばされた1日目から、なんだかやっかいな人たちにからまれて困ちゃったけど、この5人が退出してくれるようなので、ホッとする。
緊張の糸が一気にゆるみ、心が軽くなる。
見ず知らずの私を助けてくれた金髪の青年にお礼を言おうと、口をひらきかけた、その瞬間。
彼は自分の右手でグイと私をひきよせる。
(っ…………!!)
声は、私の正面にある回廊からした。
さっきまで誰もいなかった回廊に、ひとりの長身の男性が立っている。
館内の部屋から、この中庭へ通じる回廊の渡り廊下へでたのだろう。
この人は、私をとりかこんでいる男たちとはちがい、黒い服ではなかった。
上等そうな紺色の上着を身につけている。
17世紀か18世紀くらいのヨーロッパの服装といった雰囲気だ。
この場にいる黒装束の5人がかぶっているフードも、青年の服にはない。
だから、まっすぐな髪は輝く黄金色、りりしい切れ長の目は澄んだブルーだと、すぐわかった。
――誰?
青年は悠然と、こちらに歩いてくる。
「ロエル様!」
男5人が全員、ささーっと頭をさげる。
様づけで呼ばれているし、この世界の、身分の高い人なんだろうか。
それとも――。
この人も、不思議なうさぎ、ティコティスを『聖兎さま』と言ってあがめている団体の幹部、ファンクラブの会長や副会長みたいな人なんだろうか。
会員番号が1ケタだから、2ケタや3ケタの人たちの先輩にあたるとか。
うーん……。ロエルと呼ばれた人が、この世界で高い地位にある人なのか、それとも単にティコティスを神聖視している人たちのなかでは比較的高い地位にある人なのか、ここにきたばかりの私には皆目わからない。
ただ、黒づくめの5人がなんというか、あやしげなムードをただよわせているのにひきかえ――。
ロエルと言う人は、まっとうな若者といった雰囲気。
年は20代中頃ぐらい?
私より少しだけ年上といった感じ。
それに、黄金色のまつげにおおわれた切れ長の目といい、スッとした鼻すじや形のいい唇といい、かなりの美貌の持ち主だ。
彼は、中庭に通じている回廊の渡り廊下から出て、どんどんこちらに近づいてくる。
ロエルと呼ばれた青年は、私と5人の男たちをみつめ、言った。
「この娘に罪はない、その理由を説明しよう」
初めて会う、いま現れたこの人が、私は罪人ではない件に関して、どんな理由を知っているというのだろう。
彼がいったいなんと言うのか気になって、私はゴクリとつばを飲みこむ。
紺色の服を身にまとった青年は、5人の男たちに宣言するように、はっきりと言った。
「こいつは、オレの婚約者だ」
……はい?
私、誰とも婚約したことなんて、ないよ。
この世界にとばされる直前。初めてできた彼にはフラれてるし。
その彼氏とは婚約とか結婚とか、そういう話や雰囲気には、一切なっていなかったし。
……それどころか、デートを複数回した程度の関係のまま、別れを切りだされたくらいだ。
そんな私に降ってわいた婚約話……じゃなかった、知らない男性からの、まさかの婚約者宣言!
動揺を隠せない私は、言葉を発することができないまま、口をぱくぱくしちゃってる。
でも、動揺しているのは、私だけじゃなかった。
黒づくめ集団は、ロエルと呼ばれた青年の発言にざわめく。
ひととおりザワザワとしたあと、5人のうちのひとりが言った。
「……たしかに、ロエル様と、その妻になられる方ならば、泉のあるこの庭に入る資格を持つどころの話ではありませんよ。しかし――」
黒装束の男は、ロエルという青年に対し、引き下がらなかった。
いどむような口調で、くいさがる。
「……そんな話、聞いていませんぞ」
「そうだ、そうだ」と他の4人の男たちがさわぎだす。
私も心の中では、今回ばかりは黒装束五人衆とおなじことで、さわいでいた。
(そうだ、そうだ。私だって、私に婚約者がいたなんて話、聞いてない!)
――それなのに、なぜ、この人は私を自分の婚約者だと嘘をついたりするの?
青年は真正面から私をじっとみつめていた。
初めて会う人のはず――あたりまえだ。私はこの世界にきたばかりなのだから――なのに、どこか懐かしい人をみるようなまなざしで。
澄んだブルーの瞳が、まるで「この場は自分にまかせてくれないか」と語りかけてくるみたいだ。
――ひょっとして……。
この人は、私を助けようとしてくれてる……の?
ティコティスが、かつて、見ず知らずの子どもが聖域である泉に入ってしまったのを助けようとしたように――?
この世界での決まりごとでの、「泉に入ってもいい人物」であると、まわりを納得させるために、彼は嘘をついている……?
私の予想は、私に一方的に都合のいい、単なる想像なだけかもしれない。
この人が、私を自分の婚約者だと、いつわりを語ったのには、何か別の事情があってのこと、なのかもしれない。
ロエルと呼ばれた青年の真意がみえずにいる私。
その横で、黒ずくめの男のひとりが言った。
「ロエル様、あなたと結婚したいと望む娘は大勢いるでしょう。しかし、あなたはこの世界の誰とも結婚する気はないと言いつづけておられる。社交界では、もっぱらの評判ですよ」
この人、独身主義者なの? それなのに急に私を婚約者って言っちゃったの!?
それでもって、出た!!
「社交界」というセレブっぽいワード。
……昔のヨーロッパみたいな世界での社交界といったら、やっぱりドレスを着て馬車に乗って舞踏会でダンス……等々ってイメージだけど。
黒装束の人の言う社交界でしょ。
うーん。彼が言う社交界は、うさぎさんを熱狂的に好きな人たちが方々からつどい、社交の輪をひろげる会……なのかもしれない。
いくら超高性能とはいえ、ティコティスがくれたのは、翻訳機。
日本語以外の言語を日本語で表現するんだから――どうしても訳が微妙ないいまわしもあるかもしれない。
たとえば『うさぎしゃん、なんでこんなにも、うんとかわいいのかしら会』じゃ、会の名前があまりに長いし、言うのも聞くのも、書くのも読むのも訳すのも恥ずかしいネーミングだから、翻訳機が勝手に略して……。
「うさぎ『しゃ』ん、なんで『こ』んなにも、『う』んと『か』わ『い』いのかしら」→「しゃこうかい」。
それを私が耳で聞いて『社交界』だと思ったとか。
うん! ありえ――る、のか?
いやいや、さすがにそれはムリがありすぎ。まずないでしょ。
(だいたい、うさぎずきの会が「うさぎしゃん」部分を略すなら、「うさ」にするよね、普通。略して「しゃ」の部分しか残さなかったら、どんな生物を愛好している会なのか、わからなくなっちゃう)
こんなふうに私が、黒ずくめの男の言った「社交界」は、本当に私がイメージする昔のヨーロッパの社交界なんだろうか……と疑問に思っていると……。
べつの黒ずくめの男が、こんなことを言いだす。
「ロエル様、あなたのお父上も、あなたとこの娘が結婚することに反対していない――と、おっしゃるつもりか」
ロエルと言う青年は、人助けのために私を自分の婚約者だと言った可能性があるなか、いきなり親は反対してないのかうんぬんの、つっこんだ話になってる。
反対してないなら、してないって証拠だせよ的な雰囲気で問いつめられたら、どうしよう。
ロエルという青年は知的で聡明そうにみえるけど、それでも話にボロがでてきちゃうかも。
だって、私と彼はいま会ったばかりのあいだがら。
しかも、私のほうはかろうじて青年の名が「ロエル」で「この世界の人」らしい……ということはわかったけど、この人は私の名前さえ知らないはず。
私がティコティスに自分の名前を教えたときは、この人も黒ずくめの集団もいなかったもの。
婚約してるのに名前も知らないって不自然すぎない? (この国には、女性は結婚するその日まで、家族以外の男性に名前を教えてはいけない風習がある、なんてことでもないかぎりは)
私は自分の正面に立っているロエルに、そっと視線を送る。
(……私を助けるために、婚約者のフリなんて……やっぱり、いくらなんでも無謀すぎるよ)
だって私たち、婚約しているフリをするには、あまりにもおたがいのことを知らなさすぎる。
そんな事実が、私をあわてさせるなか――。
ロエルの青い瞳が私をみつめかえす。
『大丈夫だ。オレにまかせてほしい』
そう告げているような、強い意志を持ったまなざしだ。
彼は周囲に向かって静かに、けれど、堂々と言いきる。
「ああ、この娘がオレの婚約者だというのは、もう決まったことだ。かつて父がいろいろ言ってくることはあるにはあったが……いまは誰も反対していない」
このロエルという人は、演劇人か何かなのだろうか。
サラリといま思いついた設定で嘘をついたとは、とても思えないほどの、自然な演技。
言葉をつむいでいるうちに、ふと、私とのこれまであったいろいろなこと (出会い、恋に落ち、周囲から反対――問題を乗り越えて、いまふたりはいっしょにいる) を思い返している。
そんな雰囲気まで、にじませていた。
(実際は出会ったばかりなのにも、かかわらず!)
そこへ、だいぶ小さくなっているけど、光の中から懸命に話す声が聞こえてきた。
「ロエルが言ってることは、本当だよ~! 唯花はロエルの花嫁さんになる子なんだよっ……――」
そう言い残して、ティコティスを飲み込んでいた光はシュンッ……と消えた。
「せ、聖兎さまぁーっ!!」
黒ずくめ集団のおたけびもむなしく、その言葉を最後に、ティコティスの声は、まったく聞こえなくなった。
(……ティコティス、最後の最後までありがとう……)
私は、どうかティコティスが無事、自分の世界にもどれますようにと願う。
黒ずくめの男たちは、聖兎さまのご帰還で胸にポッカリ穴があいてしまったような空虚さを感じる――といったムードで、ささやきあう。
「聖兎さまとロエル様。ご両名とも、この娘はロエル様の婚約者だと言っている以上、この場は我らがひくしか……」
「くっ……、しかたがない」
「聖兎さまもお帰りになってしまったしな。……誰かさんのせいで……」
男たちは、しぶしぶこの場はひきさがろうって感じだ。
チンピラのモブキャラクターだったら「ちくしょう、おぼえてやがれ」って言ってるところだろう。
……というか、最後の「誰かさんのせいで」って、この私に対するあてこすりだよね。
フードで目がかくれてるけど、チラッと私のことみるそぶりしたよ。
イヤミな人だなぁ。
――何はともあれ。黒装束の5人は、四方にある回廊のうち、私からみて左がわの回廊の渡り廊下へと移動していく。
この世界にとばされた1日目から、なんだかやっかいな人たちにからまれて困ちゃったけど、この5人が退出してくれるようなので、ホッとする。
緊張の糸が一気にゆるみ、心が軽くなる。
見ず知らずの私を助けてくれた金髪の青年にお礼を言おうと、口をひらきかけた、その瞬間。
彼は自分の右手でグイと私をひきよせる。
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