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3章
手がかりになるといいのだけど
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「あ!」
ある露店に目をとめたわたしは、おもわず声をだす。
興常さんと2人で世田谷ボロ市に訪れたわたしは、すぐ目の前にみえる露店で、いろいろな置物が売られていることに気がつく。
今わたしたちが立っている、人でいっぱいの この通りは、通称ボロ市通り。
置物だけじゃなくさまざまなものが売られている。
食べものも着るものも読むものも飾るものも……。
わたしがそのお店を気にとめたのは――置物の中にキツネの置物があったから。
「あのお店、もっとよくみてみたい!」
通りが人であふれかえっている中、隣にいる興常さんに訴えてみる。
彼は「そうか」と、おだやかな口調で答えた。
わたしたちは2人ならんで、前方にある露店に一歩一歩近づいていく。
道がこんなに混雑してなかったら、サッと移動できる距離だと思うけど、なにぶんこの人だかり。
おめあての店になかなか たどりつけないものの、ゆっくりとは前に進んでいける。
今の興常さんは人間の若者の姿に変身し、大勢の人の中にまぎれているけど、彼はキツネのあやかし。
とある事情で彼とアパートで共同生活を送るようになって、8ヶ月がたつ。
あと4ヶ月後、わたしは興常さんといっしょに暮らさなくてもいい身の上になる。
興常さんにはいろいろお世話になった……じゃなかった現在進行形でお世話になってる。それだけが理由ってわけじゃなく、わたしは「興常さんがずっと探しているタヌキのあやかしをみつける」って決めたわけだけど。
それには、わたしが興常さんのことをもっと知る必要があるわけで。
(じゃなきゃ、興常さんと1年間、生活をともにしたタヌキのあやかしを探すなんて、情報が少なすぎで難易度が高すぎる)
なのに、興常さんはわたしに自分の過去をあまり話してくれない。
まったく語らないってわけじゃないけど、事細かには教えてくれない。
興常さんは、普通の人間でしかないわたし、谷沼 紗季音を「あやかしであることを忘れ、自分は人間だと思いこんでいる、タヌキのあやかし」なのだとカン違いしてるから。
(なぜ、タヌキのあやかしだとカン違いされてるゆえに、興常さんから過去のくわしい話を聞けないかといえば……――)
わたしは自分の隣を歩く興常さんに視線を走らせながら、彼がわたしに昔のことをあまり口にしない理由を思いだしていた。
「ん、サキ、どうしたのだ?」
興常さんは、わたしが彼をみつめていたことにすぐ気づいたようだ。切れ長の目でわたしをみつめかえながら、いたわるようにささやく。
「人酔いしたのであれば、少し休むか」
「……だ、大丈夫だよ」
「本当か」
「うん、本当に本当!」
わたしは極力元気で明るく聞こえるように言って、前に向かって進んでいく。
興常さんは、高い神通力を持ったあやかしにもかかわらず、なんというか……ちょっと心配性なところがあるから。
今だって、こんなにたくさんの人がいる場所なのに、わたしの視線にすぐ気づいてくれた。
なのに、興常さんは……。
わたしがいくら言葉で「わたしはタヌキが人間に変身してるわけじゃない」って説明しても信じてくれない。
興常さんは「過去の記憶を失ってしまったのならば、しかたがない。私はあせらないぞ。ゆっくり思いだせばいいのだ」ってスタンスのままだ。
――彼がわたしに過去の話をくわしくしない理由――。
興常さんとしては、昔のことを一挙に話したら、記憶喪失のわたしがパニックを起こすかもしれないと考えて慎重になってるみたい。
わたし、記憶喪失じゃないのに。
何というか……興常さんは、わたしがそれまで漠然と持っていた「あやかしのイメージ」と違って、やさしい。いっしょにいると、あたたかみを感じる。
(でもっ! でもね、興常さん!!)
わたしは自分自身をふるいたたせるため、心の中で力強く言った。
さすがの興常さんだって、離れ離れになってた恋人のあやかし本人と再会できれば……。このわたしは「タヌキが人間に変身したまま、自分がタヌキであることを忘れちゃった存在」ではないと認めてくれるはず。
ああ、誤解をとくためにも、はやく興常さんの恋人だというタヌキのあやかしの娘さんを探しださなきゃ!
それにはやっぱり「何百年も前、興常さんが恋人のあやかしと人の世で1年間暮らしていた」って部分に関する、もっとくわしい情報がほしい。
恋人と暮らしていたときもボロ市(そのときはボロ市って名称の市ではなかったらしいけど)に訪れたって興常さんは言っていた。
ということは――。
世田谷ボロ市は1578年に開かれた市がそもそものはじまりだって、和小物や和風ファンタジーがすきな恵が言ってた。
恵は年号をおぼえるのが得意だから1578年で間違いないはずだけど……。一応わたしも後で確認しておこう。わたしが聞き違えてる可能性もあるし。
それと――。
興常さんが数百年前に訪れたとき。ボロ市はすでに初開催のイベントではなかった。そう話していた。
つまり「興常さんがタヌキのあやかしと人の世で暮らしていた」のは、どんなに遅くとも1579年。それより昔のことではない――ってことになるよね?
……やっぱりヒントが少なすぎる。
あ、数百年前っていうからには、今から100年~199年前も候補から除外していいはず。
200年前からいきなり数百年前って言うかなぁとも思わなくもないけど、一応200年前までは候補に残しておこう。
うーん、候補となる年の上限と下限は今のところ決まった。
ざっくりしすぎだけど、世紀でいえば16世紀か17世紀か18世紀か19世紀。うん、ざっくりしすぎ。
やっぱり、もっと有力な手がかりとなる情報が必要だ。
隣にいる興常さんが西暦なり元号なりで、何年のことか教えてくれれば一瞬なんだろうけど、質問してもきっとまた「かつての記憶を無理に思いだそうとする必要はない。ゆっくり自然に思いだしていけばよい」と返されてしまう。
「興常さん、行こうよ」
まだわたしが人酔いで体調をくずしてしまったのかと気にしているように見えなくもない興常さんに呼びかけ、わたしたちは置物を売っている露店をめざした。
ある露店に目をとめたわたしは、おもわず声をだす。
興常さんと2人で世田谷ボロ市に訪れたわたしは、すぐ目の前にみえる露店で、いろいろな置物が売られていることに気がつく。
今わたしたちが立っている、人でいっぱいの この通りは、通称ボロ市通り。
置物だけじゃなくさまざまなものが売られている。
食べものも着るものも読むものも飾るものも……。
わたしがそのお店を気にとめたのは――置物の中にキツネの置物があったから。
「あのお店、もっとよくみてみたい!」
通りが人であふれかえっている中、隣にいる興常さんに訴えてみる。
彼は「そうか」と、おだやかな口調で答えた。
わたしたちは2人ならんで、前方にある露店に一歩一歩近づいていく。
道がこんなに混雑してなかったら、サッと移動できる距離だと思うけど、なにぶんこの人だかり。
おめあての店になかなか たどりつけないものの、ゆっくりとは前に進んでいける。
今の興常さんは人間の若者の姿に変身し、大勢の人の中にまぎれているけど、彼はキツネのあやかし。
とある事情で彼とアパートで共同生活を送るようになって、8ヶ月がたつ。
あと4ヶ月後、わたしは興常さんといっしょに暮らさなくてもいい身の上になる。
興常さんにはいろいろお世話になった……じゃなかった現在進行形でお世話になってる。それだけが理由ってわけじゃなく、わたしは「興常さんがずっと探しているタヌキのあやかしをみつける」って決めたわけだけど。
それには、わたしが興常さんのことをもっと知る必要があるわけで。
(じゃなきゃ、興常さんと1年間、生活をともにしたタヌキのあやかしを探すなんて、情報が少なすぎで難易度が高すぎる)
なのに、興常さんはわたしに自分の過去をあまり話してくれない。
まったく語らないってわけじゃないけど、事細かには教えてくれない。
興常さんは、普通の人間でしかないわたし、谷沼 紗季音を「あやかしであることを忘れ、自分は人間だと思いこんでいる、タヌキのあやかし」なのだとカン違いしてるから。
(なぜ、タヌキのあやかしだとカン違いされてるゆえに、興常さんから過去のくわしい話を聞けないかといえば……――)
わたしは自分の隣を歩く興常さんに視線を走らせながら、彼がわたしに昔のことをあまり口にしない理由を思いだしていた。
「ん、サキ、どうしたのだ?」
興常さんは、わたしが彼をみつめていたことにすぐ気づいたようだ。切れ長の目でわたしをみつめかえながら、いたわるようにささやく。
「人酔いしたのであれば、少し休むか」
「……だ、大丈夫だよ」
「本当か」
「うん、本当に本当!」
わたしは極力元気で明るく聞こえるように言って、前に向かって進んでいく。
興常さんは、高い神通力を持ったあやかしにもかかわらず、なんというか……ちょっと心配性なところがあるから。
今だって、こんなにたくさんの人がいる場所なのに、わたしの視線にすぐ気づいてくれた。
なのに、興常さんは……。
わたしがいくら言葉で「わたしはタヌキが人間に変身してるわけじゃない」って説明しても信じてくれない。
興常さんは「過去の記憶を失ってしまったのならば、しかたがない。私はあせらないぞ。ゆっくり思いだせばいいのだ」ってスタンスのままだ。
――彼がわたしに過去の話をくわしくしない理由――。
興常さんとしては、昔のことを一挙に話したら、記憶喪失のわたしがパニックを起こすかもしれないと考えて慎重になってるみたい。
わたし、記憶喪失じゃないのに。
何というか……興常さんは、わたしがそれまで漠然と持っていた「あやかしのイメージ」と違って、やさしい。いっしょにいると、あたたかみを感じる。
(でもっ! でもね、興常さん!!)
わたしは自分自身をふるいたたせるため、心の中で力強く言った。
さすがの興常さんだって、離れ離れになってた恋人のあやかし本人と再会できれば……。このわたしは「タヌキが人間に変身したまま、自分がタヌキであることを忘れちゃった存在」ではないと認めてくれるはず。
ああ、誤解をとくためにも、はやく興常さんの恋人だというタヌキのあやかしの娘さんを探しださなきゃ!
それにはやっぱり「何百年も前、興常さんが恋人のあやかしと人の世で1年間暮らしていた」って部分に関する、もっとくわしい情報がほしい。
恋人と暮らしていたときもボロ市(そのときはボロ市って名称の市ではなかったらしいけど)に訪れたって興常さんは言っていた。
ということは――。
世田谷ボロ市は1578年に開かれた市がそもそものはじまりだって、和小物や和風ファンタジーがすきな恵が言ってた。
恵は年号をおぼえるのが得意だから1578年で間違いないはずだけど……。一応わたしも後で確認しておこう。わたしが聞き違えてる可能性もあるし。
それと――。
興常さんが数百年前に訪れたとき。ボロ市はすでに初開催のイベントではなかった。そう話していた。
つまり「興常さんがタヌキのあやかしと人の世で暮らしていた」のは、どんなに遅くとも1579年。それより昔のことではない――ってことになるよね?
……やっぱりヒントが少なすぎる。
あ、数百年前っていうからには、今から100年~199年前も候補から除外していいはず。
200年前からいきなり数百年前って言うかなぁとも思わなくもないけど、一応200年前までは候補に残しておこう。
うーん、候補となる年の上限と下限は今のところ決まった。
ざっくりしすぎだけど、世紀でいえば16世紀か17世紀か18世紀か19世紀。うん、ざっくりしすぎ。
やっぱり、もっと有力な手がかりとなる情報が必要だ。
隣にいる興常さんが西暦なり元号なりで、何年のことか教えてくれれば一瞬なんだろうけど、質問してもきっとまた「かつての記憶を無理に思いだそうとする必要はない。ゆっくり自然に思いだしていけばよい」と返されてしまう。
「興常さん、行こうよ」
まだわたしが人酔いで体調をくずしてしまったのかと気にしているように見えなくもない興常さんに呼びかけ、わたしたちは置物を売っている露店をめざした。
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