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2章

第11話 あのときの!

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「そなたは何の生地だと思うか? 当ててみよ」

 大学からアパート 沢樫荘へ帰宅中。大通りならんで歩いている興恒おきつねさんに、質問を質問で返されてしまったわたし。
 ちなみにわたしがした質問は『興恒さん、夕飯用の生地って何の生地?』。

 わたしがこう聞いたのは、そもそも興恒さんが
『さあ、我らが住処すみか、沢樫荘に戻ろう。ちょうど夕飯用に生地を寝かせているところだ』
 と言ってきたから。

 今は人間の若者の姿をしているけれど、興恒さんはキツネのあやかし。
 わけあって彼とアパートで同居しはじめて数週間がたつけれど、興恒さんは料理がとても上手。
 和食も和食以外の料理もつくれちゃう。

 うーん、興恒さんは何の生地をつくったんだろう。
 ただ、生地と言われただけでは候補が多すぎる。
 彼の頭の中には、和洋中、他にもさまざまな国の料理のレシピがあり、そのレパートリーは多種多様。

 たとえば、
『もしかして今日はイタリアンでピザとか? だからピザ生地をつくってるのかも……』
 って予想したとしても、実際は、パイ包みのシチューでパイ生地をつくってるのかもしれないし、イタリアンではなくメキシカン。タコス生地をつくってる可能性だってある。あと、生地といえば……。

(わたしは今日、料理研究部でシュークリームをつくって、そしてシュー生地が失敗しちゃったわけだけど……。甘くないシュー生地にアボカドとかエビとかサーモンとかチーズをつめた『シューサレ』もおいしいんだよね)

 あ! でも今日、部でシュー生地は「温かいうちにしぼること」って聞いた。だからシュー生地なら、寝かす必要はないはず。
 ……ということは、夕飯の候補から『シューサレ』は抜けるよね。

 それにしてもシュー生地が、火をかけたなべの中で、水とバターと粉をまぜる。それでもって、卵は火から下ろした後に入れてつくる生地だなんて、初めて知った。
 てっきりベーキングパウダー的なもので、ぷっくり膨張ぼうちょうしているとばかり思ってたのに。

 ……あれ、なんだか話が脱線しはじめてきたような。
 今のわたしは、興恒さんが夕飯用につくった生地は何の生地か「当ててみよ」って聞かれてるんだった。

「興恒さん、そのクイズ、むずかしいよ。何の生地か、もっとヒントがほしい」

「うむ、それでは――こんなヒントはどうか? 今日の夕食のために寝かせている生地とは、サキ、そなたが沢樫荘に越してきた初めての日につくったもの。それと、おなじだ」

 わたしが沢樫荘に引っ越してきた日の夕食とおなじ……。
 それって、わたしが初めて興恒さんのつくった料理を食べたときのことだ。
 あんなにおいしい夕飯を引っ越し当日に食べることができて、それを忘れるはずない。

 このクイズの正解が即わかった今のわたしの顔は、勝利の笑みをうかべているはず。
 ヒントをくれとお願いしたときとは、打って変わって余裕のある声で、わたしは言った。

「興恒さんのヒントで、簡単すぎるクイズになっちゃったよ。すぐ答え、わかっちゃった」

「そうか、簡単すぎたか」

 言いながら、興恒さんは大きな目をほそめて、実にうれしそうにほほえむ。興恒さんは機嫌がよくなると、よく目をほそめる。

 薄暗がりの大通り。街灯に照らされた興恒さんは、あいかわらず うつくしかった。
 色気より食い気のわたしでも、おもわずドキリとしてしまうくらい。
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