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2章

第9話 これって、特別な行為にあたりますか?(2/2)

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 大学から、アパート 沢樫荘への帰り道。
 薄暗がりの大通りで、わたしと向かいあっている興恒おきつねさんに、こんなことを言われてしまう。

「美味なる菓子を私にわけあたえるため、薄暗くなるまで黒餡の苺大福が売られている店をしらみつぶしに探さずとも……そなたの真心だけで充分なのだ。今後、帰りが遅くなりそうなときは私がむかえに参ろうぞ」

 ……あれれ?
 興恒さんの中では、わたしの帰りがいつもより遅くなったのは、興恒さん(とリンちゃん)へのおみやげの苺大福を買うために、いくつものお店を渡り歩いていたから……って、ことになっちゃってる!?

 興恒さんは、今は人間の若者の姿になっているけど、キツネのあやかし。いまごろアパートでお留守番してるであろうリンちゃんは、人の言葉を話す、青い火の玉。
 興恒さんとリンちゃんは、現在わたしと沢樫荘で同居中なんだけど、人間の常識や考えは伝わらないことがままある。(ちゃんと伝わるときもある)
 
 でもわたし、今日の朝、沢樫荘をでるとき……。
 「今日は帰りが普段より遅くなるよ」「夕方をすぎても大学に残るけど、夜になる前には帰って来るね」って、興恒さんとリンちゃんに、ちゃんと伝えたはずなんだけどなぁ。
 いつもより長く大学に残るのは、料理研究部の活動日だったからだし。

 まぁ、わたしも、料理研究部で部の活動として料理やお菓子をつくっていることは興恒さんにもリンちゃんにも、まだ話してないけど。上手く料理かお菓子がつくれるようになってから、
「実はこれ、わたしがつくったの。料理研究部って、あつまりに入って練習してたんだ」
 って打ちあける予定だから。

(部に入ったことを秘密にしてる以上、興恒さんが『サキは今日、大学にいつもより長く残ると言っていたが……あれは我らに贈る黒餡の苺大福を探し求めるための策、アリバイ作りであったのだろう』と早合点《はやがてん》してしまったとしても、しかたないのかもしれない……)

 そもそも興恒さんが、わたしが料理をすることを『いろいろな意味でとても危険だ』と思っていなければ、アパートの台所でも、どんどん料理の練習するんだけどなぁ。

 わたしが黙ったまま、ああでもないこうでもないと考えていると、興恒さんがわたしにささやいた。

「約束してくれるか、サキ。今後は私に美味なるものを贈るために、帰宅が遅くなるほど長い時間をかけて、たくさんの店をまわったりはしないと……。そなたの気持ちだけでうれしいというのは、誠の言葉だ。今日のそなたが、私の神通力がおよばぬほど遠くまで行っていないのは、気配でわかっているが」

 ……興恒さん――。いろいろ、間違っています……。最後の『遠くまで行っていない』っていうのは、あってるけど。

「えっと、今日、心配かけちゃったのは本当にごめんなさいだけど、わたし、いろんなお店をまわったりしてないよ。黒餡の苺大福を売ってるお店は元々知ってたけど……最近はお休みで。でも今日は、やってたから買えたの。場所も、この大通りにあるお店だから、帰宅中の通り道だし。だから、約束以前に、わたしは――」

 わたしの話を聞きながら、興恒さんは「うむうむ」といった雰囲気で何度もうなずく。……わかってくれたの?

「わかった。サキがそういうのならば、そういうことにしよう。そなたが私のためにほうぼう手を尽くし、苺大福を手に入れてくれた。けれど、そなたがその苦労を悟られたくないと思うのならば――私もその話にのろう。『サキは帰りがけに、通り道にある店で苺大福を買った。わざわざ探してはいない』これでいいか」

「へっ? これでいいも何も、本当にそのとおりなんだけど……」

 興恒さんは快活に笑った。

「はっはっは、そうであったな。サキがリンの前でそうしゃべっても、私は話をあわせるぞ。決してリンに『サキは通りすがりに買ったと言っているが、本当は我らのために何軒も何軒も黒餡の苺大福を探してくれたのだぞ。サキの心遣こころづかい、実にありがたいものだな』などと告げたりはしない。安心せよ」

 ……安心せよ、って言われても。
 あらためて、興恒さんの謎のポジティブさに面くらってしまう。
 彼はこう続けた。

「さあ、我らが住処すみか、沢樫荘に戻ろう。ちょうど夕飯用に生地を寝かせているところだ」

 ……生地?
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