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1章

第3話 わたし、心配されてるようだけど……(1/3)

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 突然、肩にかけているバッグから、音が鳴りだした。
 このメロディはスマホの電話着信音。

 通話の相手は、友達のめぐみ
 スマホから響く恵の声は、ちょっと興奮ぎみ。……何かあった?

『紗季音っ! 紗季音の引っ越しって、たしか今日だよね?』

「うん、そうだけど……」

『今って、もうアパートの部屋?』

「まだだよ。今、アパートの真ん前まできたところ。中にはまだ入ってないけど。――どうかしたの?」

 スマホから聞こえてくる恵の声は、せっぱつまった早口。普段の彼女は、のほほんとしているのに……。
 疑問に思うわたしに恵は質問する。

『確認したいんだけど、紗季音が今日から暮らす予定のアパートの名前って――』

「ここのアパートの名前は、『沢樫荘』だよ。大家さんの名字が沢樫さんなんだって。……って、あれ? わたし、アパートの名前なら、恵にもう話してるよね」

 『沢樫荘』――アパートの名前が『さわがしそう』→『騒がしそう』なんてダジャレみたいだと気づいたわたしは、さっそく恵に教えたはず。
 そう、たしかこの前2人で、いい感じの和カフェへ入ったとき。こんな感じで……。


「今度わたしが住むアパート、『さわがし荘』っていうんだ~。でも騒音問題はなさそう。不動産屋さんが『住人同士で騒音トラブルになったという話は一度も聞いていませんし、大家の沢樫さんにとってアパート経営は副業。このアパートに住んではいません』って言ってたから。きっと壁が厚い、丈夫なつくりの建物で防音がしっかりしてるんだろうね」

 わたしの話を聞いた恵はキャッキャッと笑っていた。
 恵はダジャレとか回文とかあいうえお作文が昔からすきな子だった。
 ご機嫌なようすで、恵はわたしに言った。

「さわがしくないのに『さわがし荘』って! ……でも住民トラブルがないっぽいなら、賃貸としては優良物件なんじゃない? 大学に通うのに便利で、アパートの外観も紗季音の好みだったんでしょ。よかったじゃない!」

 そのあと恵は、「日本中のアパートの名前を調べれば、他にもダジャレになってるアパートがザクザクでてくるかも~!」って笑顔で話してたはず。
 なのになんで今日の恵は、なにやらシリアスな雰囲気なの?
 スマホを手にしながら、先日、和カフェで交わした恵との会話を思い返してみたけれど――。彼女が深刻になる理由がさっぱりわからない。

『実はね……』

 スマホごしに恵の、言いづらそうな声が響く。
 わたしは、意識を耳に集中させ、身構えた。

『あたし、紗季音の住むアパートの名前を聞いた日からネットで、他にもおもしろい名前のアパートってないかなって、いろいろ検索してたの』

(はいっ? 『実はね……』って重々しく切りだしたから、いったい何を言われるのかと思ったけど――。おもしろい名前をしたアパートを調べたいって話なら、もう聞いてるし……)

 まさか、恵……。「ネットで調べたら『さわがし荘』より、もーっとおもしろい名前のアパートがたくさん、みつかったの。残念ながら、『さわがし荘』って、国内レベルでみれは、そこまで おもしろネーミングじゃないよ」
とか
「『沢樫さん』は、『樫沢さん』よりもめずらしい名字だけど、全国的にみれば沢樫さんが大家やってる『さわがし荘』って、けっこうあるよ。だから特別レアなネーミングってわけじゃなかったよ。残念だけど」とか――。

 そういうこと言いだすつもり?
 もしそうなら、かなり拍子抜けしちゃうけど……。どうなんだろう。
 わたしはとりあえず恵の話に口をはさまず、彼女の声に耳をかたむけることにした。

『それでね、おもしろい名前のアパートを検索してたら……。なんというか幽霊とか心霊とか、動物霊とか――とにかく人間以外のものがあらわれる怪奇なアパートの情報がまとめられたサイトが……関連記事として頻繁《ひんぱん》に表示されるの……。ヘンだな、ヘンだな。どうしてなのかなと思っていたら――』

「思っていたら?」

 恵の話に、ひとまずは口をはさまないつもりだったのに、気がつくとわたしは彼女の言葉をくりかえしていた。……だって、気になるんだもの。話の先が!

(というか、この話の流れって――もはや、悪い予感しかしないんですけど)

 恵は話を続けた。
 残念ながら、わたしが感じた よくない予感は当たってしまう。

『沢樫荘には、霊がでてくるアパートだって評判があってね……。不気味な現象を恐がって、住人はみんな短期間で解約しちゃうらしいの。紗季音……、いくら名前がおもしろくっても呪われてるかもしれないアパートなんて――』

 霊? 不気味な現象?
 住人はみんな短期間で解約?

 不動産屋さん、そんなこと全然話してくれなかったよ!?
 ここに住むのは学生がメインだから、引っ越す人が多いとは、チラリと言っていたような気がするけど。
 あと、この町はとても治安がよくて1人暮らしの女性も多いって、不動産屋さんは言ってたのに。

 ――でも、怪奇現象がたびたび報告されるなんてことは、賃貸希望者に言う義務は不動産業の人たちにはないんだ、きっと。
 霊がでたとネットに書きこんだ人も、不動産屋さんには心霊現象を訴えることなく、解約したのかもしれないし。

 今日からわたしにとってはお城となってくれるはずのアパートが、『怪奇! 呪いのアパート』としてネットに晒されてるなんて……。
 そんなこと、知りたくなかった。

『……紗季音』

 スマホから不安げにわたしの名を呼ぶ恵。
 彼女がわたしの身を心配してくれているってことが、その声音から伝わってくる。

『もし、霊が出没するアパートって情報が本当だったら、うちに泊まりにきてね。紗季音が怪奇なアパートの賃貸契約を解約して新しい1人暮らし先をみつけるまで……うちから大学に通えばいいよ』

 恵の家から? うーん。恵の親切なこころづかいには感謝だけど、1日2日のお泊りならともかく、怪奇現象を理由に何日も友達の家にやっかいになるわけにもいかない……。東京と神奈川の都県境、多摩川付近にある恵のご自宅、下宿屋さんってわけじゃないし。

「ありがとう、恵。でもたぶん大丈夫だよ。『心霊物件でした』っていうのは、ネット上でのウワサでしょ?」

『……でも、用心するに越したことはないっていうか……。もし、もしもだよ、幽霊が本当に出没するとして、紗季音が恐ーい霊にとりつかれでもしたら……』

「恵ってば、心配性だなぁ」

『あたしが心配性っていうか……。ほら、朋枝ともえが1人暮らし始めたときのこと、思いだしちゃって――』

 朋枝はわたしと恵、共通の友達。朋枝は2年前、大学1年生になったのを機に1人暮らしを始めたんだけど……。

 朋枝いわく、自分1人しかいないはずのマンション(朋枝はアパートではなくマンションを借りてた)の自室で、不思議な現象と思わしき出来事が続いたそうだ。
 マンションの住人の中に小さな子どもはいないのに、夜中、子どもの声が聞こえる、まさか座敷わらし? 座敷わらしなら害はないような気がするけど悪寒おかんが……などなど。

 元々やせていた朋枝は、新生活が始まって1ヵ月もしてないうちに、さらにやせてしまい、友達みんな、彼女を心配していた。
 でも、結局朋枝はすっかり元気をとりもどすことができた。

 あれは、5月の連休が終わったころ。2年前のゴールデンウィーク明けの時期。
 なんでも朋枝は、近所の神社におまいりに行ったそう。
 自発的に行ったわけではなくて、高校時代の友達に御朱印集めをしている子がいて、その子に連れられて行ったらしいんだけど。
 とにかく、神社に行ってからは、心霊現象と思わしき出来事はピタリと止んでくれたそう。

 元気をとりもどした朋枝は、
「神秘的な力とか、私はあんまり信じてないんだけど、いいリフレッシュになったみたい。今から思えば先月の私は1人暮らしのストレスで、かなり疲れてて……それで自室でヘンな現象が起きてるような気になってたのかも」
 と話していたはず。

 以来2年間、朋枝がふたたび不可思議な出来事を話すことも、やつれて元気がなくなっちゃうこともなかった。
 だから、わたしは今まで忘れていた。心霊現象が起こるといわれている、なにやら物騒な物件を、それと知らずに借りてしまう場合があることを。

 スマホごしに話しかけてくる恵は、今のわたしが2年前の朋枝のように怪奇な出来事に悩み、やつれてしまわないか、不安になってるみたい。
 友達思いの恵をこれ以上心配させたくない。
 できるだけ明るく、わたしは恵に告げる。

「『沢樫荘は心霊物件』ってネットのウワサがあるなら……。わたし、アパートの中に入る前に、ここの近所の神社におまいりに行っておくね。念のためというか、用心するに越したことないというか」
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