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第2章
第15話 友情と世間体
しおりを挟む発端は「週刊パスト」という週刊誌に掲載された「春日宮様、飲酒疑惑?」と題した記事だった。
内容として「熱愛事件の夜、春日宮が飲酒していたのではないかとの疑惑が持ち上がっている。しかし、飲酒を裏付ける証拠はない」とするものだった。
要するに内容とは正反対のタイトルで読書を誘導する、いわゆる「見出し詐欺」、「釣り記事」だった。
ところが、タイトルだけ見て中身を読まない層に響いて、「春日宮の未成年飲酒疑惑追求!」、「未成年飲酒禁止法で刑事告発すべき!」とするインターネット上の署名運動まで盛り上がってしまった。
こうなると大学当局も放置できず調査が行われた。飲み会に同席していた今井教授の証言もあり、直ぐに数仁の潔白は明らかになった。
大学は、「当日飲酒していたのは20歳以上の学生と顧問だけである」旨を発表したが、「大学が春日宮に忖度して未成年飲酒の事実を握り潰した」と勘繰る者が続出した。
「数仁、ごめん。親に頼んでなんとかしてもらうから……」
責任を感じた久美は親のコネでテレビ局を動かし、ニュース番組で「熱愛事件」の現場となった居酒屋を取り上げさせた。
〈ええ、あの日は春日宮様はお酒は飲まれていませんでした。ウチは学生さんにアルコールを出す時は、必ず学生手帳とかで年齢確認してますから〉
番組の中で居酒屋の店長は明言した。
〈近くに春日宮様がいたのは分かりました。気になって見てましたけど、ソフトドリンクしか飲まれていませんでした。冗談でお酒を勧められても断っておられました〉
当日、居合わせた別の客もそう証言した。
このニュース番組で飲酒疑惑はひとまずは解けた。
ネット署名運動も立ち消えになった。
しかし、「春日宮は脇が甘い」という印象を世間に与えてしまった。
◇
飲酒疑惑事件が一段落したある日、教室で数仁は久美から話しかけられていた。
「実はこないだの件で、うちの両親がアンタに謝りたいって言ってるんだけど……」
久美はバツの悪そうな顔をした。
「いいよ。あれはもう済んだ話だし。それにご両親にも色々動いてもらったし」
数仁は気にも留めてないかのような様子だった。
「いやー、それがさ。うちの婆ちゃんがものすごい怒ってて。『宮様にご迷惑をかけるとは何事だ。お前は我が家の面汚しだ。お前を殺してあたしも死ぬ』とか大騒ぎになってさ」
久美は弱りきった口調で話した。
「うちの婆ちゃん皇室を大事にしてるからアンタに迷惑かけたのが許せなくて。それで婆ちゃんをなだめるためってのもあるし。アタシの親、マスコミ関係だから娘のやらかしに責任を感じてて。それで詫びを入れに行くことになったってワケ」
数仁は黙ってその話を聞いていた。
「事情は分かった。話を聞くよ」
数日後の週末、数仁は宮邸に久美とその両親の訪問を受けた。
数仁が応接室に入るなり久美の両親は立ち上がって深々と頭を下げた。
「殿下、この度は娘が大変なご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません!」
「ほら、お前も頭を下げろ!」
父親が久美の頭を下げさせる。
「とりあえずお顔をお上げください。ささ、まずはおかけください」
その様子に数仁は驚いてソファへ座るよう促す。
久美の両親が座ると数仁は茶を勧めた。言われるまま茶を飲んで少し落ち着いたのか、久美の父親は自分の想いを語り始めた。
「……実はうちの娘は高校で殿下の学友になった時、とても喜んでいたんです。家族にも『未来の天皇と友達になったんだ』とか『名前で呼び合う仲なんだ』とか自慢していました」
横で聞いていた久美が照れ臭そうにしている。
「ネットや週刊誌で殿下の悪評が乗ると『ふざけるな、いい加減なこと書くな!』と憤慨していました。親戚の集まりでも殿下の本当の姿を伝えようとしていました」
それを聞いた数仁は先日、久美の弟と出会った時のことを思い出していた。父親の語る久美の姿が想像できた。
そして、高校在学中のあるSNS投稿も思い起こさせた。
◇◇◇
高校2年のある時。
数仁の「成績不振」や「孤立」が盛んに週刊誌やオンラインメディアで取り上げられていた時だった。
〈成績不振なんてデマだ! ウチの高校じゃ成績は公表されない。本当の成績なんて本人と教師以外に知らない!〉
〈クラスで孤立なんかしてない! 文化祭だってみんなを引っ張ってた!〉
そんなSNSの投稿があった。
そしてそれには生徒手帳の写真が添えられていた。
そのボロボロになった生徒手帳の表紙に彼は見覚えがあった。
――あれは久美のものだ。
数仁は確信した。
久美は見バレ覚悟で数仁を擁護する投稿をSNSに上げていたのだ。
◇◇◇
そうだった。久美は前からそういう人間だった。
数仁は胸がじんわりとするのを感じていた。
「わたしたちも職業柄、皇室に関する様々な情報に触れています。殿下のお立場も少しは理解しているつもりです」
数仁は久美の両親がニュース番組の制作に影響力を及ぼせられることは聞いていた。
「ニュース番組ではご尽力頂き、ありがとうございました」
「いえ、あれぐらいは当然の責任です。わたしたちも娘には日頃から『殿下にご迷惑をかけるようなことはするな』と戒めていましたが、親として至らない限りで、申し訳ございません。せめてものけじめとして、娘には今後一切殿下とは関わらせないようにさせます!」
父親は強い口調で言った。それを聞いた久美は俯いて体を震わせた。
黙って話を聞いていた数仁は柔和な表情を作り、はっきりと言った。
「いえ、それには及びません。今回の件はもう済んだことです。久美さんは僕の大切な友人です。こんなことで失うのは残念です」
それは数仁の本心だった。
たった一度、ハメを外したくらいで友達を切れるものか。
身バレ覚悟でネットの暴力に立ち向った友を。
「しかし、それではわたしたちの立場が………」
久美の父親が恐縮する。
「では、久美さんには今後禁酒をしてもらい、他は今まで通りということでどうでしょう?」
数仁が提案する。
「殿下がそう仰るなら……」
久美の父親はそれ以上は何も言わなかった。
「では、そういうことで。いいね、久美」
それを聞いた久美は安堵の表情を浮かべてうなづいた。
◇
久美達が帰ったあと、応接室で数仁は香子に向き合っていた。
「カオ、お前の考えは分かる。付き合う相手を選べと言いたいんだろう?」
香子は黙って数仁の顔を見つめていた。
数仁は香子の顔を真っ直ぐに見据え、はっきりと言う。
「これくらいのことで友達を切る訳にはいかない。久美もこれに懲りて少しは大人しくなるはずだ。それに……」
何かを悟った様な表情で付け加える。
「彼女と一緒にいたからといって、これ以上僕の評判が下がるとも思えない」
「あなたがそれでいいなら好きにすればいいわ」
香子はそれだけ言うと応接室から出て行った。
◇
週明けの月曜日。香子は大学の廊下で久美に声をかけられた。
「香子ちゃん、今回の件は本当にごめん。香子ちゃんがいつも数仁の評判を気にしてたのに、アタシが台無しにする様な真似して、ごめん!」
深々と頭を下げた。
「これからは何があってもアイツを守るから。テレビの報道だったら、親のコネ使ってでもアイツに不利にならないようにさせるから。だから、香子ちゃんも何か困ったことがあったらアタシに相談して」
それを聞いた香子は笑みを浮かべた。
「もういいわ。ありがとう久美さん。カズはいい友達を持ったわね」
そう言って自分が講義を受ける教室へ向かった。
◇
史学科の講義がある教室。久美が雅人に報告していた。
「ちゃんと香子ちゃんにも謝ったよ」
「許してくれたか?」
「多分ね」
「香子ちゃん、普段は数仁に素っ気ない態度だけど、裏じゃすげぇ心配してるからな。きっとSNSや週刊誌もチェックしてるだろうしな」
雅人は「その場面」を実際に見たことはなかった。しかし、日頃の香子の言動から、当然把握しているものと思っていた。
「皇族ってのはみんな自分達の評判を気にしてんだよ。なあ? 啓」
側にいた啓に声をかける。
「そうだな。皇族方の中にはSNSや週刊誌を気にして心を痛めておられる方は多い」
彼の父親は国会議員だけあって、それなりに精度のある宮内庁の内部情報を入手できた。
「それにしても窮屈なもんだよな、皇族ってのは。自分の行動だけじゃなくて、友達のやらかしまで気にしなきゃならねぇんだからな」
雅人は椅子に上体を預けながら、ぼやくように言った。それを横で聞いていた千華子は呆然とつぶやいていた。
「窮屈ってこういう意味だったの……?」
『やれやれ。窮屈なもんだね、皇族は』
彼女は高校時代、誰もいない放課後の教室で、数仁の口から漏れたつぶやきを思い出していた。
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