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第2章
第13話 現代に蘇る神話
しおりを挟むきっかけは園遊会の翌日、英国大使館が公式SNSへ載せたコメントだった
「春日宮数仁王殿下と香子女王殿下、兄妹お揃いで、まるでイザナギノミコトとイザナミノミコトの様でした!」
これを見て世間は思い出した。数仁と香子が生まれた時、2人はイザナギとイザナミの生まれ変わりと騒がれたことを。
その投稿に合わせるかの様に、今度はある留学生がSNSに数仁と香子の画像をアップした。
2人はその中で、イザナギとイザナミの格好をさせられていた。
背景には天御柱を連想させる太い柱。数仁に至っては天逆鉾まで持たされていた。
それは2人の写真を勝手に加工したコスプレ写真といってもよかった。
そこには、ただ一言添えられていた。
「蘇る古事記の世界」
この投稿には次々とコメントが付いた。
「まさに神話の再現!」
「2人は兄妹神の生まれ変わり!」
「これぞイザナギとイザナミの再臨!」
この画像はたちまち拡散した。SNSだけでなく、個人ブログ、動画投稿サイトに氾濫した。インターネット界で「バズった」のである。
ネットで春日宮兄妹が話題になるとテレビ局もこれに目を付けた。
テレビ東洋ではある外国人のインタビューが紹介された。それは――
「わたくしも園遊会で両殿下にお会いした時、イザナギとイザナミの様に感じました!」
クラーク教授が興奮気味に答える映像だった。
ある意味無節操なテレビ業界は、数仁を「アゲる」ことになっても視聴率が稼げればいいと考え、2人の宣伝に力を貸す形になった。
一方、週刊誌は例によって数仁を当て擦る記事を書き、SNSでは数仁への誹謗中傷が溢れた。
しかし今回の「イザナギ・イザナミブーム」はそれらのネガティブ・キャンペーンを一時的に押し流したのである。
普段は皇室に興味を持たない層の関心を引いた。
「春日宮兄妹はイザナギとイザナミの生まれ変わり」、そのイメージが大衆に大ウケしたのだ。
数仁と香子はこの現象に沈黙していた。
幼い頃の2人は、双子らしい仲の良さがあった。だから、この兄妹神に例えられても何の抵抗もなかった。
しかし、思春期になると、それに変化が訪れた。
古事記の国生み神話とは、男女一対の神が夫婦の契を交わすことで日本の国土を生み出すというストーリーである。
成長に伴い、その意味を理解すると2人は強烈な羞恥心を覚えたのだった。
「カオ、おおきくなったら、けっこんしよう!」
「うん、やくそくだよ、カズ!」
その上、幼い頃に交わした無邪気な約束が蘇っては2人の精神をなぶった。
たがら自分達がこの兄妹神に擬せられた画像を見せられるのは、この上ない辱めだった。
しかも表立って不快感を示す訳にもいかない。イザナギ、イザナミは皇祖神であり、それを否定するのは皇室の自己否定につながるからだ。
まさに、逃げ場のない羞恥プレイだった。
イザナギ・イザナミブームによって2人の大学内での注目度も高まっていた。
「カズ、あなたと一緒に、先輩から古典の朗読会に誘われたんだけど……」
「別に構わないが、題材はまさか……」
「そのまさかよ」
「…………」
「汝が身は如何になる?」
「吾が身は成り成りて、成り合わざるところ、ひとところあり」
「吾が身は成り成りて、しかるに成り余りたるところ、ひとところあり」
「吾が身の成り余りたるところを以ちて、汝が身の成り合わざるところを刺し塞ぎ、しかるに国をつくり生む。如何に思ふ?」
「しかり、よきかな」
朗読会の題材は古事記、イザナギとイザナミの台詞は無論、数仁と香子である。
「しくあらば、吾と汝、この天御柱を生き廻り会いてしかるに、みとの麻具波比せむ!」
半ばヤケクソになった数仁は、朗らかな声で読んだ。
それを聞いた香子も吹っ切れた様な清々しい表情になって続けて読んだ。
「あやによしえ、おとこを」
数仁も笑顔でそれに続く。
「あやによしえ、おとめを」
数仁はふわふわとした気分で周囲を見渡す。
ヴィンスもクラーク教授も感動に堪えない、という表情をしている。
雅人は無表情だ。
千華子は何か感じ入った様にうんうん、とうなづいている。
啓はなぜか申し訳なさそうな顔をしている。
そして久美は内心を見透かした様にニヤニヤしている。
あの時もそうだったな、と高校時代の勉強会を思い出す。
久美は古文でも日本史でも、質問と称してセクハラまがいのウザ絡みをしてきた。それこそ男子中学生の様に。
『せんせ~、天武天皇は兄に妻を寝取られたってホントですか~?』
『せんせ~、道鏡は座ると膝が3つあったってどういう意味ですか~?』
『藤原頼長は日記にムフフな趣味を書いてたってホントですか~?』
『後白河法皇の側近はBL仲間だったんですか~?』
数仁はそれらのセクハラ質問を軽くいなしていた。
『せんせ~、イザナギの言った〝成り余りたるところ〟の意味教えてくださ~い!』
しかし、古事記がネタになるとどうしても顔を赤くして答えられなかった。
(久美はお見通しだったんだな、僕の弱点を)
数仁は妙に悟った様な気分になっていた。
古事記の国生み神話は神々の行為であり、嫌らしさはない。男女の結び付きを感じさせたとしても。
だから、研究者も学生も卑猥さどころか、神秘さを見出している。
古事記は皇族のたしなみである。その朗読を拒否するのは皇族の自己否定である。
『エロいと言うヤツが一番エロい』
とは、使い古された常套句である。
しかし、数仁も香子も頭では分かっていても、兄妹揃って人前で古事記を読まされるのは、公開羞恥プレイに他ならなかった。
それは双子の兄妹皇族にしか分からない苦悶と言えた。
2人はまったく知らないことだったが、この「イザナギ・イザナミブーム」は、啓がプロデュースしたものだった。
バズる投稿をした留学生はヴィンスだった。
ヴィンスは数仁と香子の熱烈なファンだったので利用するのは簡単だった。ヴィンスは父親にも2人をイザナギとイザナミの再来に思わせる投稿をさせた。
そしてヴィンスが投稿した画像は彼が撮影した写真を加工したものだった。
(週刊誌やネットの悪意を打ち消すには何かインパクトのあるアピールが必要だ)
啓はそう考えて実践した。数仁達兄妹が幼少期によく兄妹神に例えられていたことを利用した。今や2人がそれを嫌がっているのを知りつつ。
【ヴィンス、両殿下のご活躍のためです。何とぞご協力願いたい。ご協力いただければ……】
【ハジメ、両殿下の秘蔵のプライベートショットを提供頂けるのは本当なのですか……!?】
啓はクラーク教授が香子の「隠れファン」であることも見抜いて、仲間に引き入れた。
【教授。僕はプリンセスのファンクラブと縁があります。教授も会員となれば様々な写真を入手することも可能です】
【ハンダ君、本当かね、それは!?】
【ちょっとテレビのインタビューで園遊会の感想をつぶやいていただければ、教授も会員です】
【分かった。やらせてもらおう】
【ようこそ。今日からあなたも『近衛』の一員です】
「近衛」――それは香子のファンクラブを示す隠語だった。そして「近衛」を束ねるのは啓だった。
「近衛」は大学内に秘密結社的な結束で広がっていった。
なお、啓が久美を通じてクラーク教授を取材するようテレビ東洋に働きかけたのは言うまでもない。
こうして園遊会後、世間の反応は、概ね数仁に好意的なものになった。
数仁と香子は恥ずかしさで悶え死ぬ寸前になっていたけれども。
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