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第2章
第12話 宴の中で
しおりを挟む4月下旬の某日午後。
園遊会が開催を迎えていた。
場所は「赤坂御苑」である。
東京、港区の一角に赤坂御用地と呼ばれる緑豊かな国有地がある。皇族の邸宅が集中する「皇族居住区」ともいえる空間である。その中心にあるのが「赤坂御苑」と呼ばれる庭園である。
そこでは約2000人の招待客がホストのお出ましを待ちわびていた。
庭園の中心から少し離れたところに「赤坂東邸」と呼ばれる皇族共用の邸宅があった。
そこは園遊会での皇族の控え場所として使われていた。
数仁と香子もそこにいた。
(まだ、両陛下は到着されないのか? やはり皇后陛下のご体調か……)
予定の時刻を既に20分以上過ぎている。しかし主催者たる天皇皇后は未だ到着していない。
原因は皇后の体調不良である。皇后は皇太子妃時代に精神疾患――適応障害を患い、未だ完全には回復していなかった。
(去年の園遊会でも予定の時刻に遅れられたそうだからな。定刻に間に合わせるのも難しいほどなのか……)
数仁は皇后の体調を心配していた。
皇后の公務での遅刻、スケジュールの延期はこれまでにも度々生じていた。
予定通りの行動さえままならない体調なのに、週刊誌やネットでは絶賛の嵐。
それを見て、現実の自分とマスコミが作り上げた虚像とのギャップに悩み、心を落ち込ませる。
期待が重荷になる。
それがさらに回復を遅らせる。
そんな悪循環でなければいいのだが。
数仁は、沈みそうになった気分を切り替えようと他の皇族を見る。香子は女優の様に美しい女性皇族と談笑している。
「カオちゃん、そのドレスよく似合ってるわ」
「ありがとうございます。玲子お姉様」
香子は嬉しそうな顔をする。
彼女は今日の宴に合わせて新調した淡いオレンジ色のドレスを着ている。
玲子内親王は皇嗣家の次女である。数仁達兄妹にとって「姉」も同然だった。
そして香子にとってはファッションや立ち居振る舞いの「師匠」だった。
今日の彼女は鮮やかなオレンジ色のドレスを着て、大人の雰囲気を醸し出している。彼女は数仁達より12歳年上だった。
次いで皇嗣夫妻を見る。最近は顔に疲れが滲み出ていることが多かったが、今日は気力、体力とも充実している様だ。
数仁が少し安心した時、声がかけられた。
「数仁、今日のモーニング姿、バッチリ決まってるね。ご両親もきっと喜んでいらっしゃるよ」
彼の前を歩くことになる栞子女王だ。女性にしては長身で遺志の強そうな顔立ちをしている。今日は薄いグレーのドレスを着ている。彼女も高校時代に父――有馬宮を急病で亡くしている。
「栞子姉様。ありがとうございます」
数仁は日頃から、自分が他の皇族から見守られていることを実感していた。
皇族達が談笑していると、皇后が天皇と倫子内親王に付き添われてやってきた。
やがて、皇室のメンバーは天皇を先頭に一列に並び、会場に向けて歩き出した。既に予定の時刻を30分も過ぎている。
「あ、そうそう、数仁。転ばないように気をつけるんだよ?」
「!?」
栞子女王が振り向いて言うが早いか、数仁は足元を滑らせて転びそうになる。
刹那、両脇の下から手が差し込まれ、体が支えられる。支えたのは香子だった。
「気をつけてね、お兄様」
香子は淡々と言った。
「転んだら泥んこになっちゃうんだからね?」
栞子女王が笑いながら言う。
その光景は他の皇族の笑いも誘い、その場が和む。皇后も笑顔になっている。数仁も照れ笑いを浮かべた。
午前中まで雨が降っていた。転べば泥だらけである。
(危ないところだった。モーニングが泥まみれなんて笑いものだ……。でも、皇后陛下が楽しそうに笑われたのはよかった)
数仁は気を取り直した。
会場にホスト一行が到着し、招待客の前に並んだ。
招待客も姿勢を正す。
この時の並び順は皇室内の序列を明らかにしていた。
数仁は末席の一つ前、香子は末席。
2人の立場を如実に表していた。
天皇、皇后は歩きながら招待客と歓談し始めた。その他の皇族がそれに続く。
歩きながら、倫子内親王と玲子内親王は仲良さげに談笑している。倫子内親王は淡いピンクのドレスを着ている。色合いを除けば、香子のものと似ている。
玲子内親王は倫子内親王にとってもよき「お姉さん」だった。
だから、倫子内親王と香子のファッションセンスが似ているのは当然だった。
2人は師匠を同じくする姉妹弟子なのだ。そして、かつては本当の姉妹の様だった。そう、かつては。
数仁も招待客と話し始める。誰も彼もニュースで見たことのある著名人だ。数仁は気後れしそうになりながらも声をかける。
「あなたの小説は読ませて頂きました」
「お、お読み頂き……光栄です……!」
声をかけられた和服の若い女性は緊張しながら答える。彼女は去年、ある新人賞を受賞して「高校生作家」としてデビューしたばかりだった。
「わたしと同い年の方がご活躍されるのを嬉しく思います」
香子も笑顔で声をかけた。
「あなたの4回転ジャンプ、驚きながら見ていました」
中性的な雰囲気の美少年に声をかける。彼は昨年デビューしたフィギュアスケートの選手だった。
「ご覧頂きとても光栄です」
彼は物怖じせずに堂々と受け答えする。
「今日はわたしもお会いするのを楽しみにしていました」
香子が満面の笑みを浮かべて話しかける。彼女はフィギュアスケートの大会で優勝したことがあった。
「そ、それはありがとうございます……!」
数仁に対しては落ち着いていた彼も、香子の可憐さにドギマギしていた。
やがて数仁とも縁のある人物とも出会った。
「先生、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「おお、若宮様……いや失礼しました。今は宮様でした。ご立派になられました。お父上によく似ておられます」
彼は数仁の両親と親交のあった画家だった。最近は疎遠になっていたが、それでも互いのことは忘れていなかった。
「香子様もお母様そっくりになられました」
しばし、その画家は数仁と香子に両親の思い出を語った。
「海外でのご活躍を兄妹で応援しておりました」
「あの映画での演技は素晴らしかったですね」
「新作の漫画、楽しみにしています」
野球選手、俳優、漫画家。
数仁はどの招待客とも無難に会話を交わした。
香子もアイドル顔負けの笑顔を振りまいている。初めての園遊会とは思えない貫禄だ。
数仁と香子は事前に招待客のリストを見て、会話のネタをあらかじめ考えていた。
やがて、よく知る人物と対面した。彼は英国人だったので自然と英語で話しかけていた。
日本語が堪能だと知っていたにもかかわらず。
【大学の外でお目にかかるのは初めてですね、クラーク教授】
【おお、プリンス・カズヒト、プリンセス・カオルコ。お2人の凛々しくお美しいお姿を間近にお目にかかれて誠に光栄です】
クラーク教授は興奮を隠せない様子で応える。普段の沈着冷静な姿とは大違いである。
彼は長年の日本文化研究の功績が認められ、叙勲も決まっていた。
【教授の古事記についての深い洞察、尊敬申し上げます】
【プリンセス・カオルコからそのようなお言葉を直に賜るとは……】
【古事記は我が国、そしてわたし達にとっての『創世記』の様なものですから】
香子はにこやかな笑顔で言う。
【おお、なんという深いお言葉……】
クラーク教授は皇族を見るというより、推しのアイドルを見る様な眼差しになっていた。
そして、各国外交使節団と歓談する機会がやってきた。外交官の中には、皇室メンバーにとって最重要の外国――英国の大使もいた。
【エヴェレット大使閣下。お会いできて光栄です】
駐日英国大使、ヒース・エヴェレット。ヴィンスの父である。
数仁達がヴィンスの扱いに困っていた理由がこれだった。
ヴィンスの「追っかけ」に困惑しつつも、大使の息子とあれば、ぞんざいな扱いもできなかったのだ。
【殿下。こちらこそ、光栄の至りです。殿下のことはよく息子から聞いております】
【大使夫人。お会いできて嬉しく思います】
【プリンセス・カオルコ。わたしもお会いするのを楽しみにしておりました】
【息子の申す通り、お2人が並ぶとイザナギとイザナミが再臨したかの様です】
【古事記の世界を見ている様です】
【ははは……それはどうも】
【いやですわ、奥様】
数仁と香子は曖昧に笑った。
ヴィンスは常々言っていた。
『数仁サンと香子サンはまさにイザナギ、イザナミの生まれ変わりデス!』
皇祖神たるイザナギとイザナミは一般的に兄妹神と解釈されている。
双子の皇族兄妹は、自分達がこの兄妹神に例えられることに気恥しさを覚えていた。
その後も大きなアクシデントもなく、ホストが招待客と歓談する時間は終わり、数仁と香子の初の園遊会も終わった。
◇
その日の夜。
春日宮邸。
「なんとか、無事に終わったな、カオ」
「そうね、カズ」
数仁と香子はリビングのソファに深く背を持たれかけている。
2人の顔には疲れが滲み出ていた。
春日宮兄妹が歓談した招待客には彼らの両親と縁がある者が何人か含まれていた。
そしてそれは雅人や啓が裏で動いた結果だと想像がついた。
「あの2人に感謝しないとな……」
「わたしも感謝しないといけないわね……」
数仁は今後の世間の反応が予想できた。しかし、それは大したことではなかった。今はただ、仲間の心遣いが嬉しかった。
しかし、続く事態は予想外のものだった。
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