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第2章
第11話 メジャーデビューの地ならし
しおりを挟む「園遊会」――
それは天皇、皇后が主催者となって各界の著名人、功労者を饗すパーティーである。
春と秋の年2回開かれ、政財界の要人、芸能人、スポーツ選手、日本駐在の各国外交官ら約2000人が招かれ、酒食が振る舞われる。
また、招待客はホスト――天皇や皇族と歓談する機会も与えられる。
今年の春の園遊会にはホストに新たなメンバーが加わることになっていた。
「数仁君とカオちゃんも園遊会に出るんだよね?」
千華子は嬉しそうに尋ねた。
「うん、そうだよ」
「ええ、そうよ」
双子の皇族兄妹はほぼ同時に答えた。
ここは大学内のカフェ。つい先日オープンしたばかりである。
数仁といつもの4人組の他に、今日は珍しく香子も一緒だ。数仁達が講義の空き時間にカフェに寄ったら、偶然、香子と鉢合わせしたのである。
千華子は香子もおしゃべりに引き込んだのだった。
高校時代から、この6人が一同に会することはあまりなかった。
「やっと『推し』のメジャーデビューが見られるよ」
久美がワクワクしながら言った。
「『推し』って……お前推し活やってるつもりかよ?」
雅人が呆れぎみにツッコむ。
啓も眉間にシワを寄せる。
数仁と香子は黙っている。
アイドルなどの「推し活」は、他人の「推し」への攻撃につながることもある。
特定の皇族を「推し活」の対象にすることはデリケートな問題を孕んでいた。
「心配すんなって。アタシは他人の『推し』をサゲたりしないよ」
久美が際どいことをサラッと言う。
微妙な空気が流れ、その場を沈黙が支配する。その沈黙を破ったのは……
「数仁サン、香子サン、珍しいデスね、お2人ガ一緒なのハ」
……独特なイントネーションの日本語だった。
全員が声の方を向く。茶色の目を輝かせた金髪の男子学生が立っている。
「「ヴィンス君」」
数仁と香子が同時に男子学生の名を口にする。
彼の名はヴィンス・エヴェレット。英国からの留学生である。
彼は数仁と香子の熱烈なファンだった。
大学内で数仁達兄妹を見かけると、事あるごとに話しかけてきた。
数仁達も内心では引きつつも、ある理由から塩対応もできなかった。
2人は彼に、敬称で呼ばなくていいと伝えてある。
「お2人ハ園遊会に出られるのデスね。凛々しイお姿ガ目に浮かぶ様デス」
「ははは……」
「うふふ……」
数仁と香子は苦笑している。
「賑やかなそうですな」
そこに深みのある声が響いた。
白髪で青い目の老紳士が立っていた。
「クラーク先生……」
会話に割り込まれたヴィンスが一瞬、顔をしかめる。
エド・クラーク教授。日本文化の研究者で古典や神話の研究に業績を残している。日本滞在歴も長く流暢な日本語を操る。
「確かに、お2人ご一緒なのは珍しいですな」
クラーク教授は数仁達に会釈する。数仁達も立ち上がって会釈する。
「お2人にわたしの講義を受講して頂けるのは光栄です。もっとも、あの程度のことは既にご存知かも知れませんが」
「いえ、クラーク先生の講義はいつも啓発されます」
数仁と香子はともに彼の一般教養「比較神話学」の講義を受講している。もっとも2人の席は離れていた。
因みに香子は国語国文学科に在籍している。クラーク教授もここの所属だ。
ヴィンスがおずおずと尋ねる。
「あノ、お写真ヲお撮りして宜しイでしょうカ?」
「「どうぞ」」
数仁と香子は気軽に写真撮影に応じた。
ヴィンスは感激した様子でスマホを向ける。
その姿を見た瞬間、クラークの顔に羨望の色が浮かぶ。
啓はそれを見逃さなかった。
「おォ、お2人ガ並ぶト、まるデ神話の……」
うっとりとしたヴィンスが何か言いかけた時。
「ごめん……僕、研究室に呼ばれてたんだった……」
「ごめんなさい……わたしも学生課に行く用事があったわ……」
数仁と香子は逃げる様にその場を離れた。その不自然な態度に一同が不審な顔をする。
「あァ、伝説の二柱の生まれ変わりヨ……」
つぶやきながら、2人の後姿をヴィンスは眩しそうに見送った。
クラークも無言で感慨深げに見つめていた。
啓はヴィンスとクラークの様子をじっと観察していた。
◇
皇族兄妹と2人の英国人が去ったあと、雅人達は何やら思案にくれていた。
「親父のコネでなるべく数仁が話し易そうな相手を推してみたが、何人送り込めたかな?」
雅人が悩ましそうに言う。
「ウチの親父も各方面に働きかけはした。ただ、独りでは限界がある」
啓も悩ましい口調になる。
千華子はただ無言で聞いている。
雅人達は園遊会の招待客について話していた。
園遊会の招待者の人選は宮内庁が各省庁に依頼する。大臣や議員の意向が働くこともある。まさに「大人の事情」が働く世界である。
雅人の父親は自動車メーカーの社長である。監督官庁の国土交通省とはコネがある。そのコネで人選にある程度は意向を反映させることができる。
一方、啓の父親は国会議員であるが、大臣などの政府の役職についておらず、各省庁への影響力は小さい。
雅人と啓は父親を通じて園遊会に、数仁が話し易そうな人物、あるいは数仁に好意的な反応を示してくれそうな人物を送り込もうとした。
2人は数仁が初めての園遊会で見映えよく振る舞えるための「地ならし」に心を砕いていた。
数仁にはただでさえ「逆風」が吹いている。せめてもの「援護射撃」だった。
「テレビ報道の方は心配しなくていいと思うよ。数仁は今回デビューだから、それなりに注目するだろうしね。地上波テレビ業界は基本、皇室全体をヨイショする報道しかしないよ。週刊誌と違ってね」
久美は淡々と話す。
「確かに。週刊誌みたいに倫子様をアゲるために数仁をサゲたりしねぇよな」
雅人が皮肉な言い方をする。
倫子内親王を称賛するために皇嗣家や数仁を非難する。それはここ数年の週刊誌業界の報道姿勢だった。
インターネット世論もそれに同調していた。
「一応、ウチの親にも数仁を見映えよく撮る様に頼んでおいたよ」
久美の両親はテレビ局でそれなりの地位にある。
「できる『地ならし』はした。あとは殿下の頑張りに期待するしかない」
啓は静かに言った。
「数仁君なら大丈夫。きっと上手くいくよ。カオちゃんも一緒だし。世間の見方もきっと変わるよ」
千華子が明るい口調で言う。
「そうかも知れねぇな」
「そうかも知れない」
「きっとそうだよね」
「うん、そうだよ」
4人は何かを信じる様にうなづき合った。
◇
啓は次の講義に向かう途中もずっと考えごとをしていた。
(結局、俺達がやっているのも『推し活』か……)
園遊会のための「地ならし」なんて、若造がやることじゃない。
例えコネがあっても。
本来ならこれは、宮内庁がやるべきことだ。
未来の天皇のため、晴れの舞台を整えるのは彼らの責務だ。
しかし、親父の情報では彼らは特に殿下に配慮した動きは見せていない。
一体、宮内庁の存在意義とは何なのか?
そんな疑念が頭から離れなかった。
彼の父親は「皇室尊重派」の国会議員である。地道に活動しているが、与党内では目立たず、影響力も小さい。
啓と数仁は小学校以来の付き合いだった。
彼の父親は自分の息子を数仁と同じ小学校に入学させ、側で支えさせようとしたのである。
啓は自分の役割を理解していた。だから大人になった以上は数仁にも敬語を使うのは当然と考えていたのである。
(今回も週刊誌はいつもの様に当て擦するだろう。例え殿下がどれほど立派に振る舞まわれても。そしてネットでは狂った様に誹謗中傷の嵐が吹き荒れる)
啓は園遊会後の週刊誌報道とネット世論の反応が容易に予想できた。
(宮内庁はアテにならない。対策があるとすれば……)
園遊会後の「逆風」から数仁を守るために、啓は密かな決意を固めていた。
◇
その日の夜。
春日宮邸。
数仁と香子はとりとめのない会話をしていた。
「また、いつもの調子だな」
「妃殿下がゴリ推ししたことになってるわね」
リビングのテーブルの上には数冊の女性週刊誌。記事には、『春日宮様、園遊会に参加して学業は大丈夫?』、『春日宮様の園遊会参加に皇嗣妃様の影?』などのタイトルが踊っていた。
園遊会への参加は成年した皇族の義務という訳ではない。平日の開催なので、学業を理由に断ってもよかった。
「未来の天皇をプロデュースするため、皇嗣夫妻が数仁を園遊会に参加させた」というのが週刊誌業界の「定説」だった。
だが、実際は数仁が参加するのは天皇の意向だった。倫子内親王を通じて「なるべく早いうちから数仁に多くの経験を積ませたい」との考えが伝えられていた。このことは香子には話していない。
「こっちには……『春日宮様に倫子様の前を歩かせたい皇嗣妃様、必死の工作か?』と書いてあるぞ」
「皇室内の序列を知らないのかしら? そんなの逆立ちしたって無理よ」
会場には天皇、皇族は一列になって入場する。その順番は皇室内の序列を反映する。それによれば数仁は最後尾の一つ前、香子は最後尾である。
「それはそうと、お前衣装の準備は大丈夫か?」
「大丈夫よ、試着も済ませてあるわ」
「僕と違ってお前は服に金がかかる。遠慮はするなよ」
「ええ、そうするわ」
香子は今回の園遊会のために衣装を新調していた。
高校在学中から手配していたが、意外に時間がかかり、仕上がりはギリギリになってしまった。
念の為、母の衣装をサイズ直ししたものも用意していたのだが、敢えて新品を着ることにこだわった。
(下手に倹約すると、どこにしわ寄せが行くかわからないわ)
あることをきっかけに、香子は倹約は美徳にならないと思う様になっていた。特に衣装については。
(わたしがお母様の衣装を着たら、『兄貴も父親のお古を衣装を着ろ』とか言われかねないわ……)
香子は週刊誌とネット世論の反応が予想できた。
「お前は無理に出なくてもよかったんだぞ」
「わたしが出なかったら、あなたは末席じゃない」
「悪いな、カオ。また『2人セット』だとからかわれるな」
数仁が済まなそうな顔をする。
「そんなの、今に始まったことじゃないでしょ」
香子は気にした様子もなく応える。
数仁と香子は生まれてからいつも、マスコミに露出する時は2人セットで扱われてきた。学校の入学式、卒業式で取材を受ける時も一緒だった。
初めは香子が数仁のおまけの様な扱いだった。今や世間の扱いは逆転し、「兄は妹の人気のおこぼれで生きている」と思われていた。
今はもう、幼い頃の様に2人べったりということはない。それでも互いを半身の様に感じていた。双子という出自、幼くして両親を亡くした境遇、そして未来の天皇とその妹という立場は、自然と2人の絆を強くしていた。
「栞子姉様に色々と振る舞いを聞いておくかな」
園遊会で数仁の前を歩く栞子女王のことである。彼女は有馬宮家の長女で数仁達より20歳年上である。
「そうね、それがいいわ。特にアピールの仕方とかね」
香子は納得した表情で言った。
「そうだな。いつまでもアピールが苦手とは言ってられないな」
香子のアピール力は兄よりずっと上だ。それこそ役者かアイドル並みである。
数仁も自分の不人気、その理由の一端はアピール力の不足にあると思っていた。
園遊会デビューはそれを改善するいい機会かも知れない。
無論、皇族は人気商売ではない。しかし、将来、国の顔として皇室外交を担うことだってある。
そう考えれば「自分を良く見せる」のも必要なことなのだ。
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