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第1章
第4話 千華子の想いと香子の眼差し
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第4話 千華子の想いと香子の眼差し
数仁に起こされた千華子は、表面は照れ笑いをしていたが、内心はドキドキしていた。居眠り中に見てい夢は数仁との思い出が関わっていた。
それは今から1年弱前、高校3年の1学期のあるミーティング――
◇◇◇
「絶対、演劇の方がウケるよ!」
「だから、喫茶店の方が繁盛するって!」
千華子のクラスでは文化祭の企画を巡って紛糾していた。
「演劇派」と「喫茶店派」の対立である。
「あたしの自信作の脚本なんだから、絶対、面白いって!」
「演劇派」の中心は文芸部所属の女子である。彼女の書いた小説は学内でも好評だった。彼女のファンで演劇好きの男女十数名が「演劇派」を構成していた。
「オレの親から喫茶店のノウハウを教えて貰えるんだ。絶対他には負けない!」
「喫茶店派」の中心は大手カフェチェーンの役員の息子だった。過去の文化祭でも彼の企画力には定評があった。彼を支持するやはり男女十数名が「喫茶店派」を形作っていた。
どちらも校内では人気、実績が共にあるので、それぞれ十分に説得力があった。両名の熱気に押されてたの生徒も立場を鮮明にする必要に迫られていた。
文化祭実行委員の千華子は悩んでいた。
(どっちかに決めなきゃいけないけど……どっちに決めても角が立っちゃう……)
高校の文化祭の企画はクラスにやる気がなくて決まらないことも多い。しかし、このクラスは逆にやる気があり過ぎて揉めている。
(いいクラスなんだから、上手くまとまって欲しい)
千華子はこのクラスが高校3年間の中で一番好きだった。高校最後の文化祭は楽しい思い出にしたい。
このままではどちらに決まっても、しこりが残りそうだった。
話し合いでコンセンサスが得られなければ、最後は多数決になる。支持者は両派ほぼ同数。多数決でも決まらないかもしれない。
各クラスは企画を今日中に文化祭実行委員会に報告しなければならない。
もし多数決で決まらなければ、クラスの文化祭実行委員――千華子が決めなければならない。
議長を務める千華子は教室を見渡す。
そこで数仁と目があった。その目は「自分に任せろ」と言っていた。
千華子は無言でうなづく。
数仁が手をあげる。
「みなさん、ここでちょっと僕から提案があるんですが……」
皆の視線が数仁に集まる。
「演劇も、喫茶店も、どちらも大変素晴らしい企画だと思います。演劇は脚本家が実力派ですし、喫茶店はプロのノウハウが導入できます」
「演劇派」、「喫茶店派」のそれぞれの中心人物を交互に見る。
「どちらを採っても他のクラスに負けない企画になると思います。しかし、負けないだけでなく全校一番になる方法もあるのではないでしょうか?」
ここで一旦、話しを切ってクラスの反応を見る。皆が数仁に注目する。
「それは……両方のいいとこ取り、つまり『演劇喫茶』です……!」
数仁は得意気に語り出す。
「プロのノウハウを導入した喫茶店で実力派の脚本による演劇を開く。観客はそれを見ながらお茶を楽しむ」
大袈裟に身振り手振りを交えてアピールする。
「室内の配置や内装、脚本や演出を工夫する必要はありますし、両者を調整するリーダーの役割が重要になります。しかし、これなら全校人気ナンバー1が狙えます!」
最後に数仁はドヤ顔をした。
数仁は「いいとこ取り」と言ったが、要するに「どっちつかずの折衷案」である。「物は言い様」である。
両派共に100%の満足はないが、かと言って全く不満というわけでもない。日本の伝統的な解決法だった。
しかし、それを数仁が言うと不思議な説得力があった。数仁は日本の歴史と伝統を象徴する存在だったからだ。
それに、「未来の天皇が敢えて火中の栗を拾おうとした」とくれば、誰も反対し難かった。
クラスの「空気」はできあがった。
「というわけで議長、わたくしは演劇喫茶を提案いたします」
数仁は千華子に向き直る。
「春日宮君、ありがとうございます。議長としては非常に有意義な提案と考えます。それでは、今の提案について決を採りたいと思います。賛成の方は挙手願います」
千華子が神妙な面持ちで言う。
手が上がる。数えるまでもなかった。全員が賛成していた。
採決後。
「当店のコンセプトは決まったとして……リーダーは誰がいいかねぇ?」
久美が数仁をチラ見する。クラスメートの視線も数仁に集まる。数仁は無言で周りを見渡すと、観念した様に言った。
「僕がやらせてもらうよ」
言い出しっぺが責任を取るのもまた、日本の伝統である。
「では、サブリーダーはわたしが引き受けまーす!」
千華子が元気に立候補する。数仁もそれを見て嬉しそうにする。
かくして、文化祭の企画は決まった。
ミーティングが終わったあとの教室。
数仁はいつもの仲間に囲まれていた。
「なぁ、やっぱりお前が『聖断』を下した方がよかったよな?」
雅人が冗談めかして言う。
「そうそう、『臣下』に決めさせちゃいけないよね?」
久美もいたずらっぽく言う。
「それを言うなら『君主』に提案させるな、だろう?」
啓が真顔でツッコむ。
「じゃあ、これからクラスの大事な決定をする時は『御前会議』といこうぜ」
雅人が冗談とも本気ともつかない口調で言う。
数仁はただ黙って苦笑していた。
千華子はそれを離れた所から見ていた。
そして小さくつぶやいた。
「ありがとう」と。
数仁君はクラスが割れるのを防いでくれた。
みんながいい思い出を残せる様に努力してくれた。
彼の立場で迂闊なことを言えば『皇族が偉そうに出しゃばった』と周りから反発される可能性もあったのに。
何より、わたしが重荷を背負わなくて済む様にしてくれた。
千華子は、救われた気持ちになっていた。
同数だったらわたしが決めなければいけなかった。でも、正直それは気が重かった。
いつも助けて貰ってるけど、今度は本当にありがとう。
この時から、千華子は数仁へ特別な感情――確かな「好意」を自覚する様になった。
そして、
(今度はわたしが数仁君の力になりたい……!)
そう思う様になった。
◇◇◇
「あはは……居眠りしちゃった。恥ずかしい」
(数仁君の夢見てたなんて言えないよね……)
千華子は顔を赤くした。
流石に恥ずかしくなった本当の理由は口に出せない。
そして、肩を叩かれる感触を思い出してさらにドキドキしていた。
「お互い寝不足みたいだね」
数仁は苦笑する。
数仁も千華子に腕を突かれる感触が忘れられなかった。
2人とも思っていた。同じ大学に進学できてよかった。いつまで一緒にいられるかは分からない。でもあと4年間は一緒にいられる。大学院に行けばさらに、2年、4年……。
◇
昼休みの学食。
この日は珍しく、香子と雅人が2人で昼食を共にしていた。
「楽しそうね、あの2人」
ニコニコしながらパフェを食べている数仁と千華子を遠目に見ながら香子がつぶやく。
「お膳立てした俺達の苦労を分かってるのかねぇ?」
雅人がやれやれ、と言った調子で応じる。
数仁と千華子の進学先が同じになったのは2人の「お膳立て」の結果だった。
◇◇◇
数仁が進学先を決めた日の夜。
香子は数仁から進学先を聞いていた。彼女は進学先は兄に合わせると前々から言っていた。
「正化大学ね。分かったわ」
香子は素っ気なく応えた。
数仁が自分の部屋に入ると香子はスマホで電話を始めた。
「カズ、やっと大学決めたわ」
『アイツ、〝千華子と同じ大学に行きたい〟って顔してたからな。東大に行きたがってるとか言ってるヤツらに見せてやりたかったぜ』
「チカちゃんはカズに『同じ大学行こう』って言って欲しそうだったし」
『最初から千華子に聞けばよかったのによ。〝同じ大学行きたいから志望校を教えてくれって〟』
「あの子はあの子で自分から志望校を言わないし」
『そこで妹様の出番て訳だ』
「わたしがそれとなくチカちゃんから聞き出して、過去問集を買わせて……」
『勉強を教える振りして、図書室でこれ見よがしに広げさせて……』
「それをあなたがカズに教えると」
『まったく世話の焼ける兄宮様だことで』
「本当にそうね。でもチカちゃんもモジモジしてたし、どっちもどっちかしら」
『そこはまぁ、〝未来の天皇の進学先を自分が左右したら畏れ多い〟と遠慮してたということで』
「まぁ、それもそうね」
『で、俺らもやっと進学先が決まった訳だ』
「宮様が進学先を決めてくれないと『御学友』は決められないものね」
『そういうこと』
「色々世話をかけたわね。ありがとう、雅人君」
香子と雅人は示し合わせていた。2人は千華子から志望校を聞き出し、それを数仁に伝えることで彼の希望を叶えさせようとした。
「千華子と同じ大学に行きたい」という希望を。
◇◇◇
「少しは進展したかしら? あの2人」
「さぁ? どっちかが押せば一気に進むかもよ?」
「上手くいかなくても場数を踏んでもらわないと困るわ」
香子と雅人は、数仁と千華子をネタにお喋りに花を咲かせている。
実は2人は古い付き合いである。雅人の父親と数仁の父親も「御学友」の関係だった。その縁で雅人の父親は彼を数仁達兄妹と同じ幼稚園に入れたのである。
だから、雅人は数仁だけでなく香子とも親しい関係だった。
「でも、今からお妃探しなんて早すぎないかい?」
雅人がふと疑問を口にする。
「全然早くないわ。だって、誰も手伝ってくれそうにないもの。だから、自分達で探すしかないのよ。それに……」
香子の口調は真剣だった。彼女は宮内庁が数仁の「お妃探し」に動いているという話を聞いたことがなかった。
「例え好き合っていても、歴代のお妃様の苦労を思うと……みんなドン引きしちまうよな」
雅人は声のトーンを落とす。
「ええ」
香子の表情も曇る。
上皇后、皇后は皇太子妃時代、様々なバッシングを浴びていた。現在は皇嗣妃が非難の対象になっている。
将来の皇后になってくれる女性を探すのは容易ではなかった。
「でも、まぁ皇嗣殿下と妃殿下が数仁をあの高校に入れたのは正解だったのかもな」
「そうね。お妃候補……かどうかは分からないけれど、相性の良さそうな相手は見つかったものね」
数仁達の卒業した高校は堅実な家庭の女子が多いと言われていた。皇嗣夫妻にとって、数仁の高校選びは「お妃探し」の一環だった。
香子は皇嗣夫妻の意図に気付いていた。だから、数仁と千華子が仲良くなると、2人の関係を進展させようと、影で動いていたのだ。これに数仁の親友である雅人も協力していた。
(カズ、あなたが五体満足で天寿を全うしても、あとが続かなければ意味が無いのよ)
香子は兄と皇室の将来に不安を覚えていた。
現在の皇統はかろうじて首の皮一枚で繋がっている様なものだった。
数仁が妻を得て子を残せなければ、たちまち皇室は断絶の危機に陥ってしまう。
香子は数仁の性格からして、どんな縁談を勧められても断らないだろうとは思っていた。
結婚相手が見つかるだけでも感謝しなければならないことも分かっているだろう。
皇室を守るための結婚。「私」より「公」を優先する結婚。
しかし、できることなら兄には愛する女性を伴侶に迎えて欲しかった。それが権利のない、義務しかない人生の中でせめてもの救いに思えたからだ。
(だから……しっかりしてよね、お兄様)
香子は兄に、応援する様な、心配する様な視線を向けた。
数仁に起こされた千華子は、表面は照れ笑いをしていたが、内心はドキドキしていた。居眠り中に見てい夢は数仁との思い出が関わっていた。
それは今から1年弱前、高校3年の1学期のあるミーティング――
◇◇◇
「絶対、演劇の方がウケるよ!」
「だから、喫茶店の方が繁盛するって!」
千華子のクラスでは文化祭の企画を巡って紛糾していた。
「演劇派」と「喫茶店派」の対立である。
「あたしの自信作の脚本なんだから、絶対、面白いって!」
「演劇派」の中心は文芸部所属の女子である。彼女の書いた小説は学内でも好評だった。彼女のファンで演劇好きの男女十数名が「演劇派」を構成していた。
「オレの親から喫茶店のノウハウを教えて貰えるんだ。絶対他には負けない!」
「喫茶店派」の中心は大手カフェチェーンの役員の息子だった。過去の文化祭でも彼の企画力には定評があった。彼を支持するやはり男女十数名が「喫茶店派」を形作っていた。
どちらも校内では人気、実績が共にあるので、それぞれ十分に説得力があった。両名の熱気に押されてたの生徒も立場を鮮明にする必要に迫られていた。
文化祭実行委員の千華子は悩んでいた。
(どっちかに決めなきゃいけないけど……どっちに決めても角が立っちゃう……)
高校の文化祭の企画はクラスにやる気がなくて決まらないことも多い。しかし、このクラスは逆にやる気があり過ぎて揉めている。
(いいクラスなんだから、上手くまとまって欲しい)
千華子はこのクラスが高校3年間の中で一番好きだった。高校最後の文化祭は楽しい思い出にしたい。
このままではどちらに決まっても、しこりが残りそうだった。
話し合いでコンセンサスが得られなければ、最後は多数決になる。支持者は両派ほぼ同数。多数決でも決まらないかもしれない。
各クラスは企画を今日中に文化祭実行委員会に報告しなければならない。
もし多数決で決まらなければ、クラスの文化祭実行委員――千華子が決めなければならない。
議長を務める千華子は教室を見渡す。
そこで数仁と目があった。その目は「自分に任せろ」と言っていた。
千華子は無言でうなづく。
数仁が手をあげる。
「みなさん、ここでちょっと僕から提案があるんですが……」
皆の視線が数仁に集まる。
「演劇も、喫茶店も、どちらも大変素晴らしい企画だと思います。演劇は脚本家が実力派ですし、喫茶店はプロのノウハウが導入できます」
「演劇派」、「喫茶店派」のそれぞれの中心人物を交互に見る。
「どちらを採っても他のクラスに負けない企画になると思います。しかし、負けないだけでなく全校一番になる方法もあるのではないでしょうか?」
ここで一旦、話しを切ってクラスの反応を見る。皆が数仁に注目する。
「それは……両方のいいとこ取り、つまり『演劇喫茶』です……!」
数仁は得意気に語り出す。
「プロのノウハウを導入した喫茶店で実力派の脚本による演劇を開く。観客はそれを見ながらお茶を楽しむ」
大袈裟に身振り手振りを交えてアピールする。
「室内の配置や内装、脚本や演出を工夫する必要はありますし、両者を調整するリーダーの役割が重要になります。しかし、これなら全校人気ナンバー1が狙えます!」
最後に数仁はドヤ顔をした。
数仁は「いいとこ取り」と言ったが、要するに「どっちつかずの折衷案」である。「物は言い様」である。
両派共に100%の満足はないが、かと言って全く不満というわけでもない。日本の伝統的な解決法だった。
しかし、それを数仁が言うと不思議な説得力があった。数仁は日本の歴史と伝統を象徴する存在だったからだ。
それに、「未来の天皇が敢えて火中の栗を拾おうとした」とくれば、誰も反対し難かった。
クラスの「空気」はできあがった。
「というわけで議長、わたくしは演劇喫茶を提案いたします」
数仁は千華子に向き直る。
「春日宮君、ありがとうございます。議長としては非常に有意義な提案と考えます。それでは、今の提案について決を採りたいと思います。賛成の方は挙手願います」
千華子が神妙な面持ちで言う。
手が上がる。数えるまでもなかった。全員が賛成していた。
採決後。
「当店のコンセプトは決まったとして……リーダーは誰がいいかねぇ?」
久美が数仁をチラ見する。クラスメートの視線も数仁に集まる。数仁は無言で周りを見渡すと、観念した様に言った。
「僕がやらせてもらうよ」
言い出しっぺが責任を取るのもまた、日本の伝統である。
「では、サブリーダーはわたしが引き受けまーす!」
千華子が元気に立候補する。数仁もそれを見て嬉しそうにする。
かくして、文化祭の企画は決まった。
ミーティングが終わったあとの教室。
数仁はいつもの仲間に囲まれていた。
「なぁ、やっぱりお前が『聖断』を下した方がよかったよな?」
雅人が冗談めかして言う。
「そうそう、『臣下』に決めさせちゃいけないよね?」
久美もいたずらっぽく言う。
「それを言うなら『君主』に提案させるな、だろう?」
啓が真顔でツッコむ。
「じゃあ、これからクラスの大事な決定をする時は『御前会議』といこうぜ」
雅人が冗談とも本気ともつかない口調で言う。
数仁はただ黙って苦笑していた。
千華子はそれを離れた所から見ていた。
そして小さくつぶやいた。
「ありがとう」と。
数仁君はクラスが割れるのを防いでくれた。
みんながいい思い出を残せる様に努力してくれた。
彼の立場で迂闊なことを言えば『皇族が偉そうに出しゃばった』と周りから反発される可能性もあったのに。
何より、わたしが重荷を背負わなくて済む様にしてくれた。
千華子は、救われた気持ちになっていた。
同数だったらわたしが決めなければいけなかった。でも、正直それは気が重かった。
いつも助けて貰ってるけど、今度は本当にありがとう。
この時から、千華子は数仁へ特別な感情――確かな「好意」を自覚する様になった。
そして、
(今度はわたしが数仁君の力になりたい……!)
そう思う様になった。
◇◇◇
「あはは……居眠りしちゃった。恥ずかしい」
(数仁君の夢見てたなんて言えないよね……)
千華子は顔を赤くした。
流石に恥ずかしくなった本当の理由は口に出せない。
そして、肩を叩かれる感触を思い出してさらにドキドキしていた。
「お互い寝不足みたいだね」
数仁は苦笑する。
数仁も千華子に腕を突かれる感触が忘れられなかった。
2人とも思っていた。同じ大学に進学できてよかった。いつまで一緒にいられるかは分からない。でもあと4年間は一緒にいられる。大学院に行けばさらに、2年、4年……。
◇
昼休みの学食。
この日は珍しく、香子と雅人が2人で昼食を共にしていた。
「楽しそうね、あの2人」
ニコニコしながらパフェを食べている数仁と千華子を遠目に見ながら香子がつぶやく。
「お膳立てした俺達の苦労を分かってるのかねぇ?」
雅人がやれやれ、と言った調子で応じる。
数仁と千華子の進学先が同じになったのは2人の「お膳立て」の結果だった。
◇◇◇
数仁が進学先を決めた日の夜。
香子は数仁から進学先を聞いていた。彼女は進学先は兄に合わせると前々から言っていた。
「正化大学ね。分かったわ」
香子は素っ気なく応えた。
数仁が自分の部屋に入ると香子はスマホで電話を始めた。
「カズ、やっと大学決めたわ」
『アイツ、〝千華子と同じ大学に行きたい〟って顔してたからな。東大に行きたがってるとか言ってるヤツらに見せてやりたかったぜ』
「チカちゃんはカズに『同じ大学行こう』って言って欲しそうだったし」
『最初から千華子に聞けばよかったのによ。〝同じ大学行きたいから志望校を教えてくれって〟』
「あの子はあの子で自分から志望校を言わないし」
『そこで妹様の出番て訳だ』
「わたしがそれとなくチカちゃんから聞き出して、過去問集を買わせて……」
『勉強を教える振りして、図書室でこれ見よがしに広げさせて……』
「それをあなたがカズに教えると」
『まったく世話の焼ける兄宮様だことで』
「本当にそうね。でもチカちゃんもモジモジしてたし、どっちもどっちかしら」
『そこはまぁ、〝未来の天皇の進学先を自分が左右したら畏れ多い〟と遠慮してたということで』
「まぁ、それもそうね」
『で、俺らもやっと進学先が決まった訳だ』
「宮様が進学先を決めてくれないと『御学友』は決められないものね」
『そういうこと』
「色々世話をかけたわね。ありがとう、雅人君」
香子と雅人は示し合わせていた。2人は千華子から志望校を聞き出し、それを数仁に伝えることで彼の希望を叶えさせようとした。
「千華子と同じ大学に行きたい」という希望を。
◇◇◇
「少しは進展したかしら? あの2人」
「さぁ? どっちかが押せば一気に進むかもよ?」
「上手くいかなくても場数を踏んでもらわないと困るわ」
香子と雅人は、数仁と千華子をネタにお喋りに花を咲かせている。
実は2人は古い付き合いである。雅人の父親と数仁の父親も「御学友」の関係だった。その縁で雅人の父親は彼を数仁達兄妹と同じ幼稚園に入れたのである。
だから、雅人は数仁だけでなく香子とも親しい関係だった。
「でも、今からお妃探しなんて早すぎないかい?」
雅人がふと疑問を口にする。
「全然早くないわ。だって、誰も手伝ってくれそうにないもの。だから、自分達で探すしかないのよ。それに……」
香子の口調は真剣だった。彼女は宮内庁が数仁の「お妃探し」に動いているという話を聞いたことがなかった。
「例え好き合っていても、歴代のお妃様の苦労を思うと……みんなドン引きしちまうよな」
雅人は声のトーンを落とす。
「ええ」
香子の表情も曇る。
上皇后、皇后は皇太子妃時代、様々なバッシングを浴びていた。現在は皇嗣妃が非難の対象になっている。
将来の皇后になってくれる女性を探すのは容易ではなかった。
「でも、まぁ皇嗣殿下と妃殿下が数仁をあの高校に入れたのは正解だったのかもな」
「そうね。お妃候補……かどうかは分からないけれど、相性の良さそうな相手は見つかったものね」
数仁達の卒業した高校は堅実な家庭の女子が多いと言われていた。皇嗣夫妻にとって、数仁の高校選びは「お妃探し」の一環だった。
香子は皇嗣夫妻の意図に気付いていた。だから、数仁と千華子が仲良くなると、2人の関係を進展させようと、影で動いていたのだ。これに数仁の親友である雅人も協力していた。
(カズ、あなたが五体満足で天寿を全うしても、あとが続かなければ意味が無いのよ)
香子は兄と皇室の将来に不安を覚えていた。
現在の皇統はかろうじて首の皮一枚で繋がっている様なものだった。
数仁が妻を得て子を残せなければ、たちまち皇室は断絶の危機に陥ってしまう。
香子は数仁の性格からして、どんな縁談を勧められても断らないだろうとは思っていた。
結婚相手が見つかるだけでも感謝しなければならないことも分かっているだろう。
皇室を守るための結婚。「私」より「公」を優先する結婚。
しかし、できることなら兄には愛する女性を伴侶に迎えて欲しかった。それが権利のない、義務しかない人生の中でせめてもの救いに思えたからだ。
(だから……しっかりしてよね、お兄様)
香子は兄に、応援する様な、心配する様な視線を向けた。
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