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第四話 ミコト、気がついたら手が出ていた(あと足も出る)

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 如月深琴が通っている中学は、どこにでもあるような普通の学校だ。目立った特徴は無く、近況で変わったことといえば、一年から頭角を現していたサッカー部のエースによって全国大会への出場が決まった事。

 そして、生徒の一人が事故によって瀕死の重傷を負ったくらいだ。

「如月ィィィ、お前何勝手に死にそうになってんだぁ?」

 奇しくも、この場にはその二人が同時に居合わせていた。

 叫んでいるのがサッカー部のエース。

 そしてそいつに壁際へと詰め寄られているのがミコトだ。

 復学の挨拶でクラスに赴くと、放課後に人気のない校舎裏に呼び出されたのだ。向かってみればすぐさまこういった構図になったのである。

「お前が道路に飛び出しやがったせいでこっちが妙な目で見られたじゃねぇか! この落とし前はどうしてくれんだっ、あぁぁっ!?」

 クラスメイトから慕われ、教師陣からの評判もすこぶる良いとされているエース君。もっとも、その話は両親から聞かされた話であり、今はそんな素行など微塵も感じられない形相でミコトに乱雑な言葉を叩きつけていた。

(世界は違えど、この手の輩というのはいるものだな)

 対してミコトは、どこまでも冷めた様子でエース君を見返していた。

 ──如月深琴の事故は、友人との帰宅中に不注意から道路に飛び出したことによる交通事故。運悪く衝突したのが大型トラックであり、即死してもおかしくはない重傷を負ったのだ。

 通報したのは、同行していたエース君。しかし、今の彼からはミコトを気遣うような気配は全くない。むしろ、あのまま死んでくれていた方が良いとばかりの言動がちらほらとある。

(まぁ、携帯端末スマホの履歴を見れば予想はできたしな)

 深琴の事故はおそらく、原因はこのエース君だ。荒い言葉を吐き出してはいるものの、彼の表情には焦りの色が含まれているのをミコトは見逃さなかった。おそらくは、深琴ミコトが余計な事を喋らないように、恐怖という釘を刺そうとしているのだ。

 事故の衝撃によって、深琴のスマホは画面が大きく割れてはいたものの、奇跡的に使用することができた。機密ロック機能も顔認証で解除。

 スマホの使い方を学ぶ意味で色々と弄っているうちに、ミコトとエース君の間で交わされたやり取りの記録に至った。だがそこにあった内容は、正直見るに耐えない内容であった。

 まさしく誹謗中傷のオンパレード。この国の常識に疎いながらも間違いなく、このエース君によって、如月深琴は『イジメ』を受けているのだと理解できるものであった。

(なんとなく察していたが……少々お人が良すぎるぞ、深琴よ)

 きっと如月深琴は他者を気遣うことができる優しい少年だったのだろう。言葉だけではなく実際の暴力も受けていたのは想像に難くない。しかもエース君だけではなく、その取り巻きと思わしき誰かしらにもだ。

 あまりの酷さに如月夫妻りょうしんにエース君がどのような人物かを確認したが、品行方正な人間像しか聞き出すことができなかった。一瞬、彼らの耳やら目が節穴かと思ったが、あるいは両親を心配させないがために、それらを全て深琴が己の内側に止めておいたのだ。

「舐めてんじゃねぇぞ! 聞いてんのかテメ──」

 ゴッ!

「……ハッ!? つい勢いで殴ってしまった」

 鼻息荒くさらに強ってきたエース君が気持ち悪くて、ついつい手が出ていた。反射的ながらも、あまりに切れ味がある右フック。両足から生じる力を腰の回転で増幅し拳へ伝える見事な一撃であった。

 ──ちなみに、エース君の話は「落とし前」の辺りから右耳から左耳へとほとんど聞き流していたりする。

「まぁいいか。もとよりこうする・・・・つもりであったし」

 結果オーライだと気を取り直す深琴の前で、よろめきながらも立ち上がるエース君。当たりどころが悪かったのか、倒れた拍子に強くぶつけたのか、整った鼻の穴から血が溢れて実に滑稽であった。

「てめっ、このっ」
「おいおい、先ほどまでの調子の良い威勢はどうしたんだ? まさか、無抵抗の者だけしか殴れない愚図で愚鈍な愚昧ではあるまいな」
「き、如月の癖に歯向かってんじゃねぇぇぞぉ!」

 良い一発を喰らってなお、薄っぺらいプライドは保っていたようで。拳を振り上げたエース君がミコトに襲いかかる。技術も何もない、力任せの大ぶり。運動部で鍛えているだけあって勢いだけは中々だが、強いて褒める点と言えばそれだけだ。

 ミコトは向かってくるエース君に向けて一歩を踏み込む。それだけで振り上げられた拳は目標を失う。まさか近づいてくるとは思っていなかったのか、エース君自身も大いに惑う。

「やはり愚昧に違いなかったな」

 エース君の顔面を掴むと、ミコトはそのまま地面に叩きつけた。校舎裏であり下がコンクリートで舗装されていない地面で良かった。でなければ、エース君の後頭部はパックリ割れていたかもしれない。


 もっとも、衝撃そのものはかなりあったようで、エース君の意識は飛び掛ける。

「くっ……そ……。如月の分際で……」

 ──バキンッ。

 ミコトの手が顔から離れると、怒りの表情を滲ませるエース君。朦朧としながらも感情で痛みを感じにくくなっているのか。だが、彼が再び立ち上がるよりも早くに、太い木の枝が折れたような乾いた音が響いた。

 ズキンと、後頭部のそれとは比べ物にならないほどの激痛が右足から伝わる。

 何事かと目を見やれば、自身の右脛の上にはミコトの足。加えて、足を起点にした位置から己の足先が通常ではあり得ない方向に向かって伸びていた。
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