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第五十一話 変な話

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「宮部、すみませんね。返すの遅れて」

 要件を切り出してきた浜中は、中指で眼鏡をくいっと持ち上げた。その仕草だけで有能そうに見える。「夏休み明けでも良いかと思いまして」と正直に話してくれたわけだが、浜中は手ぶらで肝心の物が無かった。

「シュノーケルは?」

「教室に置いてます。さっき覗いたら、原井さんしかいなかったもので、鞄ごと置いてきました」

 さっき、ということは、僕が松岡から逃げているときだろう。なんとタイミングが悪いことか。すれ違いというやつだ。でもそれなら、教室に松岡の姿は無かったことになる。厄介者が居ないことがわかったし、教室に戻ろう。

 ――それしても、浜中はなんで教室に留まらなかったのだろう。

「浜中は、菅野先生に呼ばれてたの?」

 問えば、「ちょっと呼ばれましてね」と浜中は答えた。

「どうやら勝手に忍び込んだこと、ばれていましたか。まあ、バレーボール部の目の前で堂々と倉庫に入りましたから、仕方ありませんね」

 忍び込んだ、と言ったのは、体育館の地下倉庫のことだろう。最近なにかと話題に上がってくる地下倉庫、興味が無いわけがなかった。

「どうだった?」

「どう? なにがですか?」

「地下倉庫だよ。ほら、怪談話、知ってるだろ?」

 「怪談」と復唱した浜中が目を逸らす。考え込むように口元に手を添えると、「特には、ですね」と続けた。

「菅野先生も言っていましたが、本当に物置ですよ。どれもこれも錆びていましたし、粗大ごみの山でした。確かに、薄暗くてじめっぽいので不気味ではありますが……。あそこは……、見た感じそれだけですね」

 つらつらと述べる様子に偽りの気配は感じなかった。どうやら浜中は、オカルト話に興味があるタイプではなさそうだ。肝試しとかをしても怖がらない人間だろう。お化け屋敷に挑戦するなら相方として呼びたいくらいだ。

「しかし、あの地下倉庫はかなり年季モノですよ。扉の建付けが悪くてなかなか開かないし、壁とか床に罅が入っていて、所々にテープで補修していましたし」

「ん? テープ?」

「はい。罅を塞ぐみたいな形で銀色のテープが張られていました。もっとも、それになんの意味があるのかはわかりませんが」

 首を傾げた浜中は、不思議そうに眉を上げて疑問を顔に浮かべていた。現物を見ていないが、壁面の罅にテープを張る意味があるのだろうか。雨風が入ってくるならともかく、地下の建造物だから風は吹いてこないはずだ。話を聞いただけでも、確かに変だと思える。

「まあ、宮部も用が無いなら近づかないほうが良いでしょうね。次は怒られますよ……。さて、自分は陸上部の後輩に用がありますので、これにて。シュノーケルは宮部の机の上に置いていますので」

 浜中が右手を上げたのを別れの挨拶として受け取る。僕も「じゃ、また」と左手を軽く上げたあと、教室に戻るべく浜中に背を向けた。

「宮部」

 呼ばれたから、「なに?」と顔を振り返した。浜中は、唇を引っ込めていた口をゆっくりと開いた。眼鏡のレンズの下で、瞳が左右に揺れる。

「……変わりは、ないですか?」

「……ん? なんの話?」

「……いえ、なにもないのなら、大丈夫です。では」

 意味深な言葉を最後に、浜中は離れた。なんだあいつ、と浜中の背中を見送ったけど、すぐに飽きたから、僕は教室に戻ろうとした。

 振り返ったのは、なんとなく。

 しんと静まった廊下には誰もいなかった。それは至って普通のことだったから、僕はなにも気にすることなく教室に戻った。
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