暗黒騎士物語

根崎タケル

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第13章 白鳥の騎士団

第26話 I am your father

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 屋根が吹き飛び空には星が瞬いている。

 それでも昼間に比べて暗い。

 だが、誰もが新たに現れた者の姿をはっきりと見ただろう。

 それほどまでに彼女の存在感は凄まじかった。



 蛇の女王ディアドナ。



 アポフィスの神々の盟主であり、エリオスの神々と争い、魔王モデスからも一目置かれる彼女を侮る者はいない。

 強さはモデスよりも下だ。

 しかし、エリオスの神々を滅し、この世界を変えてやろうとする彼女の戦いに対する覚悟は上だ。

 クロキも彼女と戦って無傷で済む自信はない。



「は、母上……。来ていらっしゃったのですか……」



 ダハークが頭を下げて言う。

 あれほど傍若無人だったダハークでも母親には頭が上がらない。

 またザファラーダも動き止めてディアドナに頭を下げている。

 彼女の父はディアドナと同盟関係にあり、敬意を示すべき相手だ。

 クロキも剣を下げる。

 少なくとも今は戦うつもりはない。

 敵意を示す行動をするべきではない。



「凶獣の子がどれほどのものか、やはり自身の目で見たくてな、ダハーク。まあ、言いつけを守れないだろうとは思っていたがな……。まあ、予想通りだ」



 ディアドナは笑って言う。

 クロキはそこで気付く。

 ディアドナは最初からダハークをぶつけるつもりだったのだ。

 ダハークが言いつけを守らない事も想定の範囲内だったに違いない。



「うう……」



 ダハークは呻き声を上げる。

 彼女は我が子をも試していたのだ。

 ダハークが唇を噛むのもわかる。



「だが、予想外の事もあった。まさか、暗黒騎士が来ているとはな……。凶獣の血を引く者なら気になるのも当然か……。どうやって知った」



 ディアドナはクロキを見る。



「全くの偶然だよ。君達が動いている事に気付いてね、彼を利用させてもらったよ」



 クロキは2の首を見て本当の事を言う。

 テリオンの事は本当に偶然であった。

 凶獣の子がいた事すら知らなかったのである。

 

「そうか、まあ良い。そして、予想外なのはもう1つ」



 ディアドナはそう言うと白鳥の騎士達を見る。

 ディアドナの目が怪しく光る。

 その時だった。



「あっ!」

「ぐっ……」

「ああ……」



 白鳥の騎士達の身体が次々と透き通った宝石へと変わっていく。

 宝石化の邪視。

 ディアドナが使う強力な邪視である。



「そんな! みんな!」



 コウキが仲間達へと駆け寄る。

 しかし、変わり果ててしまい答える事ができない。

 邪視で無事だったのはレーナと倒れたままのギルフォスだけだ。

 ディアドナは本気ではなく、抵抗出来た結果であった。

 

「コウキ。大丈夫です。死んでいるわけではありません。落ち着きなさい」



 そう言うとレーナは立ち上がる。

 姿も依り代から遠くにいる本体のものへと変わる。

 幻術の一種だ。あえて姿を変えたのはディアドナに見せるためだろう。



「え、母様……」



 コウキは突然現れた母親に驚く。

 レーナはそんなコウキの頭を撫でると後ろに下がるように促すとディアドナを見る。



「ふん、レーナか。まさかお前までも来ているとはな。お前も凶獣の子が気になるか?」



 ディアドナはレーナに対して敵意を向ける。

 レーナはその視線を受け止める。

 ディアドナは勘違いしているが、あえて訂正する必要はないだろう。



「ディアドナ。それはこちらが言いたい事だわ。貴方がこんな所に来ているだなんてね」



 レーナはそう言って笑う。

 



「ふん、まあ良いわ……。ここで争うつもりはない。ダハークよ、撤退だ。そのうちエリオスの軍勢が来るぞ」



 ディアドナはダハークに命じるとテリオンの側に行く。



「何だ!? 何か用か!」



 テリオンは警戒して言う。

 その声には恐れを感じる。

 剣を構えているが腰が引けている。



「そう恐れるな、凶獣の血を引く者よ。最初は半信半疑であった。だが、そなたの戦う時に感じる力はまさしく凶獣のもの。今はまだ幼くてもやがてはエリオスに仇なす者となるだろう。だから、今は牙を隠しておくのだな」

「ぐぐ……」



 ディアドナに言われテリオンは唸る。

 今ディアドナと戦っても勝てないのがわかるのだろう。

 大人しく剣を下げる。



「若……。ここは引くべきです。動きましょう」



 イカヅチがテリオンに言う。



「わかっている! 行くぞ! お前達! コウキ! また会おう!」



 テリオンがそう言うと狼達が移動する。

 さすが狼というべきか動きが速い。

 ただ、最後に来た小さな女の子だけは出遅れている。



「ま、待ってくださいですう~! 獣神子様~!!」



 狼人の女の子は慌てて仲間を追いかける。

 思わず頑張れと応援したくなる。



「お前達。凶獣の血を引く者をエリオスの者達に見つからないように手助けせよ。ダハークお前もだ」



 狼達が去るのを見送るとディアドナは命令する。

 

「はい、母上……。しかし……」



 ディアドナは暗黒騎士を見る。

 心配しているようだ。

 

「大丈夫だ、母も動く。それに暗黒騎士には囮になってもらわなくてはな。良いよな、暗黒騎士?」



 ディアドナは意地悪そうに笑うとクロキを見る。



「ああ、構わない。さっさと移動したらどうだ」



 クロキはそっけなく答える。

 事件は終わりだ。

 これ以上、残るつもりはない。



「それでは後を頼むぞ、暗黒騎士」



 ディアドナとダハーク達がいなくなる。

 残ったのはクロキ達だけだ。

 レーナがいるから勘違いしている。ここにダハーク達が来ている事を知っているのはレーナだけだ。

 つまり、エリオスの軍勢が来る可能性は低い。

 慌てて離れなくても大丈夫だったのである。

 

「母様! みんなが! 宝石に!」



 コウキがレーナに言う。

 白鳥の騎士達のほとんどが宝石になってしまった。

 慌てるのも無理ないだろう。



「大丈夫よ。死んでいるわけではないのだから。解呪すれば元にもどるわ。ファナケアから薬を貰うし、サホコも呼びましょう。心配する事はないわ」



 レーナは宝石を見て言う。

 自身で戻すつもりはないようだ。

 ディアドナの宝石化の呪いは普通の人では解呪できない。

 神と同等の力を持つ者のみ



「そうですか……」



 コウキはほっと胸をなでおろす。

 これで問題は解決だろう。



「さて、自分も戻る事にするよ」



 そう言うとクロキはレーナとコウキに背を向ける。

 クロキもこれ以上ここにいる必要はない。

 コウキの成長も見る事が出来た。



「待って!」



 しかし、突然コウキが呼び止める。

 クロキは振り返る。

 そこには剣を構えたコウキがいる。

 それは戦うための構えでない、教えを乞うための構えであった。 



「何だい?」



 クロキは出来るだけ優しい声で聞く。



「あの、1つ手合わせをお願いします」



 そう言うとコウキは頭を下げる。

 

「……、別に構わないよ」



 少し悩むとクロキは答える。

 クロキは魔剣を呼び出すと構える。

 剣を持ちクロキとコウキは対峙する。



「はあ!」



 コウキが掛け声と共に剣を振るう。

 良い振りだが殺気を感じない。

 本気でない事がクロキにはわかる。

 クロキはコウキの剣を受け流した後剣を軽く振る。

 コウキは体をひねりクロキの剣を受ける。

 再びコウキが剣を振り、クロキが受ける。

 それを何度も繰り返す。

 戦いというよりも演武であった。

 やがて、両者は離れて剣を下げる。

 レーナは何も喋らない。

 ただ、見守るだけだ。



「気はすんだかい?」



 クロキはコウキに聞く。

 なぜ、手合わせを願ったのかわからない。

 だけど何か思う所があったのだろう。



「ありがとうございます……。あの……、1つ聞いてもよいですか?」



 コウキは再び頭を下げた後、顔を上げてクロキを見上げる。



「何?」

「あの……、もしかしてクロキ先生なのですか?」

「!?」



 その質問にクロキは驚く。

 コウキは剣の動きから暗黒騎士の正体に気付いたのだ。

 クロキはレーナを見る。

 レーナに驚いている様子はない。

 気付いて当然だと言いたげだ。

 クロキは観念して兜を取る。

 兜を取るとコウキが目を大きくする。



「よく気付いたね、コウキ」



 クロキは兜を脇に抱えて微笑む。

 本当の意味で再会と言えるだろう。



「やっぱりそうだったのですね……、あのどうして、自分にこんなに良くしてくれるのですか? この剣も自分のためにくれたものですよね? どうしてですか?」



 コウキは真っすぐにクロキを見る。

 それは何か求める瞳である。

 その瞳を見た瞬間、クロキは思わず口にしてしまう。



「自分は君の父親なんだ……」


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