暗黒騎士物語

根崎タケル

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第13章 白鳥の騎士団

第6話 宿場町サレリア

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 宿場町サレリアは聖レナリア共和国から馬車で一日の距離にある。
 歩いていくのならもっと時間がかかるだろう。
 元は旅商人の野営地から始まった場所がそのまま街になったのである。
 夜は視界が悪く、また魔物が多く出没するので身を守れそうな場所で一時的に旅の者達は野営をする。
 だが、野営に適した場所はそう多くはない。
 サレリアはそんな数少ない野営が出来る場所に出来た場所だ。
 始まりは聖レナリア共和国が商人等の要請で宿泊施設を作ったのが始まりだ。
 管理のために市民が常駐し、さらに宿泊施設を作った事で街となっていった。
 正式な住民は聖レナリア共和国の市民であるが、非市民で住み着く者もいる。
 聖レナリア共和国から離れているためか、市民と非市民の境が緩く、外街と同じ雰囲気だ。
 もっとも、この街にいる者の多くは旅人で住民は宿屋等の旅人相手に商売をする所は同じである。
 サレリアは農業に適した土地ではなく、特に大きな産業もないので、旅人が落とすお金が唯一の収入源である。 
 街道で事件が多発し旅人がいなくなればサレリアの街はすぐにもなくなってしまうだろう。
 コウキ達は今夜の宿を求めてそんなサレリアへとやってくる。
 


「久しぶりのサレリアだな」

 コウキの横にいるネッケスが窓から街を見る。
 少し出発するのが遅かったので既に夜になっている。
 国によっては夜の間は城門を閉めている事が多いが、サレリアは旅人の事情も考えて夜でも門を開いてくれる。
 もっともサレリアは聖レナリア共和国のような城壁はもっておらず、エルドのようにみすぼらしいものしかない。
 城門を通らなくても入る事が出来そうであった。
 馬車は城門を通るとまっすぐ進む。
 コウキもネッケスのように外を見ると宿屋が立ち並んでいるのが見える。
 宿屋に隣接して飲食店も多く、旅人が多く入っているのかにぎやかであった。
 馬車は進む、目指しているのはサレリアにある白鳥の騎士団の支部である。
 騎士団は魔物から街道の安全を守る義務があるので、こういった宿場町には騎士団の支部があったりする。
 支部には外から来た任務中の騎士のための宿泊所も兼ねているので今夜はそこに泊まる予定であるはずだった。
 支部には数名の騎士達が常駐している。
 支部長が外から来た騎士達を出迎える。
 隊長のヒュロスと補佐役のホプロンが挨拶をして馬を預けると巫女達も馬車から降りて支部所に入る。
 だが、コウキ達は外で待機をしたままだ。

「休めと言いたいが、巫女様がおられる。ホプロン卿達は交代で見張りをするように。俺はフリョン卿達と共に街を巡回する。良いな」

 隊長であるヒュロスは騎士ホプロンにつげる。
 こういった街には衛兵がいるので従騎士が見張りをすることはなく休む事が許される。しかし、今回は護衛対象がいるので野営の時と同じように見張りをしなければならなかった。

「わかりました。隊長殿」

 ホプロンは胸に手を添えて敬礼をする。
 その声は不満のようであった。
 しかし、隊長はヒュロスであり、ホプロンは命令を渋々と聞く。
 遠征であれば夜は交代で見張りをする事もある。
 コウキにとっては初めての事であった。
 サレリアの夜が始まろうとしていた。



「さてと飲みに行くか」

 ヒュロスはそう言って笑う。
 巡回という事にして遊びに行くつもりなのだ。
 それに気付いていたのでホプロンは渋い顔をしたのである
 サレリアには旅人相手の酒場や、奥に行ったところには娼館もあるので遊ぶ所は沢山あった。

「良いのですか隊長殿」

 側にいる騎士フリョンが聞く。

「構わないだろうよ。実際に巡回も兼ねているからな。うるさい副団長殿もいないのだから、楽しむ事にしよう」
「確かにそうですね」

 フリョンも笑う。
 ヒュロスとフリョン、それに騎士2名が同行している。
 どちらもヒュロスとは長い付き合いだ。
 実力はあるがヒュロスと同じで素行不良。
 飲みに行くのも一緒である。
 表通りには多くの人が行き交っている。
 ヒュロス達を見ると目を反らす者もいる。
 おそらく真っ当な者ではないのだろう。
 騎士を警兵と同じような存在だからだ。
 ただ、騎士は警兵と違い、捜査等は行わない。
 騎士の仕事は基本的に魔物退治であり、治安維持ではないのだからだ。
 もっとも、目の前で犯罪が行われていたら別である。
 
「さて、どうしましょうか? いつもとこに行きますか? それとも別の店に? 俺達ならどこでも歓迎されると思いますがね」

 騎士の1人が言う。
 白鳥の騎士はモテる。
 優秀であり、貴族の出の容姿が良い者が多いので妻になりたがる娘は多いのである。
 昔は妻帯禁止であったが、今は解禁されている。
 また、妻になれなくても一晩の愛人でも良いという娘さえいるのだ。
 女性の給仕が多い店に行けば向こうから寄ってくるだろう。

「そうだな……」

 ヒュロスは悩む。
 ここに来るのも初めてではない。
 良い店も知っている。
 普通の旅人ならばかなりの高級な店だ。
 もちろんヒュロスは騎士という身分を利用してただで飲む事にしている。
 高名な白鳥の騎士に文句を言える者等いないのだから。

「おや、騎士様じゃないですか、どうですかうちの店に来ませんか?」

 歩いていると露出の多い恰好をした女が声をかけて来る。
 中々の美人だ。
 いつもいる店にもいないような女であった。
 女は蠱惑的な笑みをヒュロスに向けている。
 
「へえ、中々いない女ですね。隊長殿、どうしますか?」

 騎士の1人が聞く。
 ヒュロスは少し悩む。
 悩むのは少し気になる事に気付いたからだ。

「そうだな、折角美人が声をかけてくれたんだ。行かせてもらおうか」

 少し悩んだ後ヒュロスは女の店に行くことにする。

「はい、こちらです騎士様」

 女に案内されてヒュロスは店に行くことにする。
 予想通り、表の通りから奥に行った店だ。
 奥の外れは市民権を持たない者の店が多い。
 本来なら表での客引きはしてはいけないはずだが、サレリアでは守られない事が多い。
 そして、本来なら違法である娼館が多かったりする。
 いつも堅苦しい生活をしている騎士の中にはこういった遠征でくつろぐ者もいる。
 ヒュロスもそんな騎士の1人だ。
 騎士団はある程度の息抜きも認めているが、ヒュロス達は息を抜きすぎである。
 しかし、貴族の出身者でもある者としてはあまりにも質素な生活には耐えられない。
 こうなるのも仕方がない事であった。
 もちろん、能力がなければ認められないだろう。

「さて、そろそろ良いだろう。何が目的だ?」

 ヒュロスは剣に手をかけて聞く。

「えっ、何の事でしょう?」

 女は明らかにうろたえた表情で聞く。

「はあ、一度痛い目に会っているからな。お前みたいのには敏感なったんだよ。まやかしの魔術を使っているな。俺の事をよく知らなかったみたいだな」

 ヒュロスは睨んで言う。
 女は幻術に似た何かを使っている。
 破幻の瞳を持つヒュロスにはそれが見破れるのだ。

「これは失敗したね……。折角、操ってやろうと思ったのに、出て来なお前達。蛇の女王様に血を捧げるよ」

 女が言うと路地裏から武器を持った者達が出てくる。
 その数は10名、隠れているのも何人かいるだろう。

「さすがですね……、隊長殿。こうも簡単に見破るとは……。さっさと済ませて飲みなおす事にしましょうか」

 側にいるフリョンは剣を抜く。
 残りの騎士も同じように剣を構える。
 一応彼らも騎士である。修羅場には慣れているのである。
 これぐらいでは動じない。
 ヒュロスも剣を抜く。
 女や出て来た者達は対して強くない。
 まやかしの技も程度が低い。

「ああ、そうだな……。いや、待てよ……。飲みに行くのはなしだ。もしかするとこいつらが巫女様の言っていた危険かもしれないな。こいつらを片付けて急いで戻るぞ」

 ヒュロスは舌打ちをする。
 まさか、白鳥の騎士団の支部がある場所で堂々と襲ってくるとは思わなかったのである。
 急いで戻る必要があった。



「はあ、良いな、ギルフォス達は……。俺達は外で見張りなのによ」

 コウキの隣にいるネッケスがスープを飲みながら不満そうに言う。
 ギルフォス達は中で巫女の近くで警備をしてコウキとネッケス達は外で見張りをすることになった。
 ネッケスはそれが不満なのである。 

「仕方がないよ。これも任務さ」

 コウキもスープを飲みながらネッケスを慰める。
 スープはほんの少しの肉とたくさんの蕪と青菜が入ったものだ。
 味付けは塩のみだが、温かい食事にありつけるだけでも良いと思わなければならないだろう。
 場合によっては堅いパンだけで食事を済ませねばならない事もあるのだから。
 コウキとネッケスは毛布を被り見張りを続ける。
 夜は冷えているので風邪をひかないようにしなければならない。
 暖かい室内にいるギルフォスを羨ましく思うのも無理はない。
 実はコウキはギルフォスと同じように中で休んでも良いと言われていたが、進んで任務に従事する事にしたのである。
 
「暫くしたら交代してもらえるんだから我慢しよう? それにこういう事を従事してこそ、立派な騎士になれる筈だよ」

 見張りをするのはコウキとネッケスだけではない。
 支部の騎士と従騎士も行う。
 コウキ達は明日も巫女の護衛をしなければならないので、コウキ達が先に見張りをして途中で交代してくれる事になっている。
 時間も支部の者達の方が長い。
 それまでの辛抱である。

「そうか、まあ確かにそうだな。コウキの言う通り、見張りを頑張るとするか」

 ネッケスは笑って答える。

「そうだよ……。うん?」

 コウキは目を細めて闇の中を見る。
 コウキとネッケスは支部側面、正面入り口ではない所だ。
 支部の後ろは崖になっていて普通の人では入り難い。
 側面も岩があり、その向こうは川である。
 つまり、人が住んでいない場所だ。
 その岩陰で何かが動いた気がしたのである。

「どうしたんだ、コウキ?」

 コウキの様子を見てネッケスが声を掛ける。
 ネッケスには見えていなかったようだ。

「ネッケ……。気を付けて何かが来るかも……」

 コウキはそう言って剣の柄に手を添えるのだった。 
 
 
 
 

 
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