暗黒騎士物語

根崎タケル

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第12章 勇者の王国

第28話 害虫駆除

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 砦から外に出たクロキとクーナは魔竜グロリアスの背に乗り、遥か上空から見下ろす。

「あれはヤンマじゃないか……。まさか、ここにも生息していたなんて?」

 砦から外に出てきた巨大竜羽虫ドラゴンフライを見てクロキは呟く。
 竜羽虫ドラゴンフライと呼ばれるヤンマはナルゴルに生息する虫だ。
 そのヤンマがこの湿地にも生息して事にクロキは驚く。
 
「どうやらそうらしいな、これは驚きだぞ、クロキ。それにしてもあんな巨大なのがいるとはな」

 クーナは笑って言う。
 しかし、クーナは真実を知っている。
 あの巨大ヤンマは元々ヘルカートの住む沼地に生息していた。
 あまりにも巨大になりすぎたので駆除しようとしていたところをクーナが貰ったのである。
 その巨大ヤンマをある者に渡し、今こうしてここにいるのだ。

「ああ、まさかリザードマン達があんな巨大なヤンマを飼っているとは思わなかったよ。でもあれじゃあレイジには勝てない」

 クロキは首を振る。
 光の勇者レイジの力は強大だ。
 いかに巨大ヤンマでも太刀打ちできないだろう。

「どうする、クロキ?」
「そうだね、どうしようか……」

 クロキは迷う。
 今回の戦いにクロキは無関係だ。
 しかし、竜人の知り合いがいるクロキはアズムルを見捨てるのも気が引けるのである。

「とりあえず様子を見るよ」

 そういってクロキはレイジとリザードマン達の成り行きを見守るのだった。






 大畑は息子のオセロスに孫のオディムスと共にエルドにあるオーディス神殿へと来る。
 理由は捕らえられたハムレに会うためだ。
 本来なら司祭の立ち合いなしに被疑者に会う事は出来ない。
 しかし、そこは大貴族の大畑である。
 神殿に勤務している者に顔が効く。
 もっとも、司祭であるソガスがいたら無理だっただろう。
 彼がおらず、丁度良く顔が効く者のみが残っていたのでハムレに会いに来ることが出来たのである。
 まるでソガスが大畑に来ても良いと言っているようであった。

「本当に大丈夫でしょうか?」

 ここまで案内してくれた神殿の職員が不安そうな顔をする。
 オーディスの教えでは法に則った裁きを与えるのが良いとされる。
 今回職員の彼がしている行為はそれに反する行為だ。
 大畑に恩があり、断れば何をされるかわからない以上従うしかない。

「安心するのだな。私は忠実な者を見捨てたりはしない」

 大畑はそう言って笑う。
 これは本当の事であった。
 大畑は味方には優しく、約束を守る。
 そして、気前よく利益を与える。そのため、彼を慕う者も多い。
 敵も多いが味方も多い。それが大畑であり、彼のために働こうと考える者は後を絶たないのである。

「それは……。ありがとうございます。では何かありましたらお呼び下さい……」

 職員は下がる。
 その顔はまだ不安そうであった。
 職員が去り大畑はハムレを見る。
 ハムレは部屋の奥に鎖に繋がれ下を向いている。
 こちらに気付いているのか、時々体を動かしている。

「ハムレよ、全く愚かな奴め……。大人しくしていれば、良かったものを」

 大畑は首を振る。
 そして、大畑と呼ばれる前、まだオイデスと名乗っていた頃を思い出す。
 オイデスが若い頃、彼の家は小さかった。
 取り巻く環境は悪く、敵対する貴族も多かった。
 しかし、当主である兄のハムロスは穏やかな男でとても争い事に向きそうにない。
 敵に対しても寛容であり、このままでは滅んでしまうだろう。
 そこでオイデスは兄を病気に見せかけて毒殺し、幼いハムレの後見という形で家を乗っ取ったのである。
 オイデスの手腕によって家は大きくなり、聖レナリア共和国で一番の貴族となった。
 大畑と呼ばれるようになったのもその頃である。
 ハムレは大きくなったが、精神的な病という事にして閉じ込めたのである。
 このまま何もしないのなら殺すつもりはなかった。
 だが、家を蝕む害虫となるなら殺すしかないだろう。

「オセロス、あれを出せ」
「えっ、あの……。父上。その……」

 オセロスは嫌そうな顔をする。
 その表情を見てオイデスは苦虫をつぶしたような顔になる。
 3人目の息子であるオセロスは意気地のない性格をしている。
 従弟を殺す事に躊躇しているのだろう。
 身内同士の骨肉の争い。
 しかし、家が大きくなるには必要な犠牲だ。
 場合によっては身内であっても斬り捨てる。
 オイデスはそうやって生きてきたのだ。
 あえて配下の者をここまで連れて来ずに身内だけを連れて来たのはそれを見せるためだ。
 
「嫌かならばオディムス! 父親に代わりお前がやれ!」

 オイデスは孫のオディムスを見る。
 
「はい、お爺様」

 オディムスはそう言うと父の手から毒の入った酒壺を取る。
 このエルドの大畑家を継ぐのは自身だと思っている。
 必要とならば身内も殺す。
 その覚悟がオディムスにあった。
 腹違いの弟オズロスも家を割る可能性があるなら殺すつもりである。

「ふふ、どうやらお前は見込みがあるようだ」

 オイデスは笑う。
 これでエルドの大畑家も安泰であった。

「申し訳ないですな……。ハムレ殿、貴方には死んでいただき……。うん?」

 オディムスが近づいた時、ハムレが顔を上げたのだ。
 その表情を見てオディムスは異変に気付く。
 ハムレの様子が明らかにおかしい。
 目は焦点があっておらず、口は半分開き、涎が出しっぱなしだ。
 
「うん、何だ? これは……。特に拷問も何もされていないはずだが……」

 オイデスがそう言った時、ハムレの体が爆発するように四散し、強力な酸の霧が部屋に充満するのであった。



 エルドの近く湿地帯のはずれにあるリザードマン達が作った砦が壊れ、中から巨大な竜羽虫ドラゴンフライが現れる。

「全くこんなものが、砦の中にあったなんてね……」

 チユキは溜息を吐く。
 全く気付かなかった。
 エルドという身近な場所であっただけに驚きである。
 
「確かにそうですな……。しかし、勇者様がおられます。あのような虫ごときすぐに駆除してくださるでしょう」

 側に来たソガスが笑って言う。
 空には両手に剣を持ったレイジが飛んでいる。
 確かにレイジならあの程度、すぐに追い払えるだろう。
 
「恐れるな! 勇者を虫の餌にするのだ!」

 竜人アズムルが鼓舞する。
 しかし、その声にあるのは恐れである。
 何しろレイジは彼らの主である蒼き竜アズィミドですら敵わなかったのだ。
 巨大な竜羽虫ドラゴンフライがいたからと言って勝てる事はないだろう。
 下からだが、レイジが笑っているのがわかる。
 
「行くぜ!」

 レイジの周囲に光の玉が数体現れる。
 それを見たリザードマン達が怯えだす。

「怯むでないぞ! 背を向けるな!」

 アズムルが叱咤する。
 しかし、リザードマン達を逃げ出さないようにするのがやっとであった。
 
「行け我が僕よ!」

 アズムルが巨大竜羽虫ドラゴンフライをレイジに向かわせる。
 レイジは千列の光弾を放ち迎え撃つ。

「何っ!!」

 驚いたのはレイジである。
 巨大竜羽虫ドラゴンフライは光弾によって傷ついているが、耐えて向かって来たのである。
 レイジは身を翻し巨大竜羽虫ドラゴンフライから逃げる。
 それを見たリザードマン達が歓声を上げる。
 
「チユキさん……。あれって……」
「ええ、シロネさん。レイジ君の魔法に対する防御が張られているわね……」

 チユキは眉を顰めて言う。
 巨大竜羽虫ドラゴンフライには光の魔法に対する何らかの処置が施されていたようだ。

「でも、あれぐらいではお兄様に勝てませんわ」
「そうですね。少し耐えたぐらいでは……。それにレイジ様も本気ではないようですし」

 キョウカとカヤの言う通りあれぐらいでは一時しのぎにしかならない。
 レイジは空中で体制を立て直すと再び光弾を放つ。

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 巨大竜羽虫ドラゴンフライは苦しそうに鳴き出す。
 かなり効いているようである。
 さすがのリザードマン達もアズムルに加勢する。
 
「悪いがまとめて害虫駆除だ!」

 レイジは新たな光弾を作ると竜羽虫ドラゴンフライに乗るリザードマン達に放つ。
 絶叫と共に撃ち落されるリザードマン達。

「おのれえええええ!!」

 アズムルは叫び声と共に巨大竜羽虫ドラゴンフライを向かわせる。

「ふん! それぐらいで! はあっ!」

 レイジは気合と共に剣を振る。
 2本の光の剣の斬撃により巨大竜羽虫ドラゴンフライは4つに斬り裂かれる。
 全くと言って良いほど勝負にならない。
 リザードマン達は全て地表へと撃ち落された。
 共に来たエルドの人々が歓声を上げる。
 しかし、これで終わったわけではない。
 チユキはリノを見る。
 リノは先程から遥か上空を見上げている。

「もしかして、降りてくるかもしれない」

 リノは呟く。

「うん。来ているのはあの子だけじゃない。クロキも来ている」

 シロネも頷く。
 その言葉にチユキは頭が痛くなるのだった。



 コウキ達は光の勇者レイジと巨大竜羽虫ドラゴンフライとの戦いを地上から見上げる。

「すごいや! 勇者様! あんな巨大な虫を簡単に倒すなんて!」
「ああ、本当にすごい! さすがは勇者様だ!」

 ボームとオズは勇者を称える。
 あの巨大な竜羽虫ドラゴンフライは光の勇者の敵ではなかった。
 全てのリザードマン達は地上へと落ちてしまった。
 レイジも地上に降りていくのが見える。
 どうやら止めを刺すつもりのようだ。
 戦いの決着はついた多くの者がそう思っただろう。
 しかし、コウキはまだ終わっていないような気がする。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 そんな時だった。
 上空から怖ろしい咆哮が聞こえたのは。

「何! 今の!?」
「わ、わからない! なんだ!」

 ボームとオズは蹲る。
 それは近くいたルウシエン達も同じで恐怖で顔を引きつらせている。

「うう、これは……。竜の咆哮……」

 ルウシエンは青ざめた表情で言う。
 竜の咆哮には魔力が込められている聞いた者を恐怖させる。
 その咆哮が上空から鳴り響いたのである。
 やがて、上空から巨大な何かが降りてくる。
 それは巨大な漆黒の竜である。
 竜羽虫ドラゴンフライのような紛い物ではない本物の竜。
 その竜の上には漆黒の鎧来た者と白銀の髪をした少女が乗っている。
 漆黒の竜よりもはるかに小さい体躯なのに漆黒の鎧を来た者をはっきりと見る事が出来た。
歓声を上げていた人間達が静かになっている。
突然現れた暗黒騎士と竜の圧力に言葉が出なくなっているのだ。
 
(砦の中で出会った暗黒騎士……)

 コウキは竜に乗る暗黒騎士を見る。
 その暗黒騎士が見ているのは地上に降りた光の勇者。
 まだ戦いは終わっていないのであった。

 

 


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