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第12章 勇者の王国
第13話 神の子
しおりを挟むこの世界に来てから何年になるだろうかとチユキは考える。
なぜそんな事を考えるかというと自身の肉体が全く年齢を重ねていないのを感じるからだ。
それはチユキと共にこの世界に来た仲間も同じだと思えた。
特に年下で成長期のリノやナオはもっと背丈が伸びていてもおかしくない。
しかし、この世界に来たときの姿のまま変わらず、成長している感じがしない。
この世界に来て肉体的な変化はあったがそれは成長でも老化でもない。
例えば猫耳を生やしたり、背中から翼を出したりできたりするのを成長とは呼ばないだろう。
チユキにはそんな大きな変化はないが、肌の張りがさらに良くなり、昔ケガをした時できた小さな痣が消えていたりする等の変化があった。
つまりは元の世界にいたときよりも美人になっているのである。
もしかすると、この世界ではもっとも良い状態の肉体になるのかもしれない。
だが、それだとリノとナオが成長していないのはおかしい。
理由として考えられるのは元の世界に戻った時の事を無意識に考えていて、この世界に来た時の肉体を本人が維持しているからかもしれない。
いずれにしても、チユキ達は普通に年齢を重ねない。
なぜなのか?
この世界の普通の人間は元の世界と同じような成長速度である。
この世界に来て、最初の頃に出会った12歳だった子どもは普通に成長して今では結婚している。
やはりレーナの言う通りチユキ達は神族と同じ存在なのだろう。
なぜ、今そんな事を考えるのかというとサーナの成長を見ているからだ。
サーナは同じ年に生まれた子と比べて成長が早い。
神族と同等であるレイジとサホコの子だからサーナも神族と同等なのだろう。
そして、もう一人神族と同等と思われる子がチユキに面会を求めて来ていた。
「そう、ゴシション先生が……」
チユキは宮殿の面会室でコウキの話を聞く。
コウキはチユキの対面に座り、その後ろにはエルフが立っている。
この面会室はレイジやチユキ達が貴族等と会談するための部屋であり、誰でも入れるわけではない。
この部屋に入る事が出来るのは掃除をする使用人を除けばエルドでも地位の高い者か特別な関係にある者だけであり、コウキもその中の1人だ。
「はい。ルウ姉さんが言うので間違いないと思うのですが」
コウキはそう言って後ろのエルフを見る。
チユキは後ろにいるエルフの姫ルウシエンを見る。
過去にルウシエンはコウキを攫おうとした。
もっとも、コウキに目をかけていたレーナに怒られたので、もう攫おうとは思わないだろう。
ルウシエンはリノと同じく嘘を感知する事ができる。
エルフの姫であるルウシエンを前に人間は嘘を隠しとおすことはできない。
そんなルウシエンが攫おうとしたコウキも只者ではない。
おそらく、神の子。エリオスの神の誰かが親なのだろうとチユキは推測している。
サーナと同じように成長が早いところからも間違いないだろう。
「そうね。そのエルフの姫が言うのなら間違いないでしょうね。それにしてもゴシション先生がねえ。まあ、彼にも理由はあるのは確かだけど……」
チユキは唸る。
ゴシションは貴族の子弟である。
しかし、ゴシションがサリアの学院に学びに行っている間に実家が大畑との権力争いに負けて没落した。
後援している実家がなくなった事でゴシションはサリアで学び続ける事が出来なくなった過去がある。
そのため恨む理由ならあるのだ。
だが、彼のこれまでの行動から既に乗り越えたと思っていた。
それとも、隠していたのだろうかとチユキは思う。
まあ後でリノが聞けばわかるだろう。
「あの、それでなのですが、耕作地に入る許可が欲しいんです」
コウキは申し訳なさそうに言う。
「ええ、それなら良いわ。私が許可してあげる。行きなさい。後ろのエルフが一緒なら安全だしね」
チユキはあっさりと許可を出す。
後ろのルウシエンはエルフの姫でありかなり優秀だ。
それにコウキも現在魔力を封じられているが、それでもかなりの力を持っているはずだ。
耕作地に向かわせても大丈夫だろうとチユキは判断する。
「それに調査を頼んでいたファブルから報告がまだ来ていないのも気になるわ。会えたら私にも教えてね、コウキ」
「はい、チユキ様」
コウキは頭を下げるとルウシエンと共に部屋から出る。
「行ったっすね」
部屋の片隅からナオが姿を現す。
最近髪を伸ばしたのか以前に比べて女の子らしくなっている。
背丈はそのままなのに髪は伸びるのだから不思議だったりする。
「ナオさん。一体いつからいたの? 気付かなかったわ」
チユキはナオがいつからいたのかわからなかったりする。
本気で姿を隠した彼女を発見するのはむつかしいのである。
「少し前っすよ。それから報告っすけど、予想通り何名か蛇の教徒達が入りこんでいるみたいっすね。さすがに全部を見つけきれなかったっす」
ナオは報告する。
この世界には暗殺者を擁する教団が2つある。
1つは愛と美の女神イシュティアを崇める教団だ。
彼女達は自分達の教団を守るために防衛組織として暗殺者を育成している。
そして、もう1つが蛇の女王ディアドナを崇める教団で一般的に拝蛇教団だ。
この教団は反人間社会的な組織であり、イシュティアの教団のように防衛の組織ではない。
蛇の女王に人の命を捧げる事を教義とする殺人教団なのだ。
そして、拝蛇教団は利益を得るために暗殺を請け負う事もある。
今回の事件で彼らが関わっているのではないかと思い、ナオは調査をしていたのだ。
「まあ、彼らは普段は普通の人を装っているから、簡単には見つからないわよね……。やっぱりリノさんの報告を待つしかないか」
チユキは溜息を吐く。
今リノはシロネと一緒にハムレの元に向かっている。
彼女が聞けばどんな相手も本当の事を話す。
これでハムレが関わっているのか知ることができるだろう。
「まあ、結局それっすよね。リノちゃん頼みになるのを仕方がないっすよね」
「そうね」
そういって2人は頷く。
「ところでちょっと気になったっすけど、コウキ君を行かせても良いっすか? 大丈夫っすかね」
ナオはコウキが出て行った扉を見る。
「大丈夫でしょ。あのエルフも一緒だし」
チユキはそう言って背を伸ばす。
ルウシエンは普通の人間に比べてはるかに強い。
それにもし強い者が現れても、時間さえかせげばチユキ達が駆けつける事ができる。
特に心配することではないとチユキは思う。
「いや、そっちじゃなくて。サーナちゃんの方っすよ。コウキ君が相手をする人がいなくなって大変じゃないっすか?」
ナオは頬を搔きながら言う。
「ああ~。そっちね……。あの子はまだ力の制御ができないしね。ちょっと様子を見に行きましょうか」
チユキは席を立つ。
サーナの普通の人間よりもはるかに強大な力を持つ。
そして、その制御が上手くできないのだ。
そのため彼女の相手を出来る者は限られてくる。
御付きの侍女の中にはサーナの魔力で死にかけた者もいるぐらいだ。
そんな中でコウキはサーナの魔力に耐える事ができるので遊び相手に丁度よかったのである。
その彼がいない今サーナの機嫌が悪くなっているかもしれない。
ちょっと様子を見に行こうと思うのだった。
◆
オズの妹シュイラはエルドの宮殿にて下働きをすることになった。
ある意味運が良かったと周囲の者は思うだろう。
宮殿で働きたいと思う者は市民でも多い。
勇者とその仲間達はこのエルドにおいては神にも等しい存在である。
彼らの寵愛を得れば金銭には代えられないような恩恵を受ける事も可能だろう。
しかし、誰もが羨む宮殿の仕事をシュイラは複雑な気持ちで行っていた。
最初は張り切ってやろうと思っていたが、この宮殿で働く者達はとても優秀だ。
シュイラ出来る事はほぼなく、役立たずである。
ただ、そんなシュイラを悪く言う者はいない。
シュイラは正式にこの宮殿で働いている者ではなく、ただ預けられた子という立ち位置だからだ。
事件が終われば元に戻される。
だから、そこまで厳しくないようであった。
(はあ、お兄ちゃんはどうしているかな……)
シュイラは兄の事を考える。
兄のオズはレーナ神殿にいるはずである。
シュイラとしては兄と同じところが良いがレーナ神殿は小さく、シュイラが出来る事はここよりもさらに少ない。
だから、ここにいるしかないのだった。
「シュイラ。今暇ですか?」
そんな時だったシュイラは声を掛けられる。
ふりかえると1人の女性が立っている。
年齢は20代後半、背が高く、濃紺の服に身を包み、黒い髪を後ろに結んでいる。
副侍女長のミカヤである。
非常に優秀な女性で、宮殿の1区画を任されている。
「はい、ミカヤ様。今は特に何もないです」
シュイラは頭を下げる。
ミカヤは市民権を持ち、エルドにおいて下級貴族と同じ扱いを受けている。
シュイラにとって遥かに身分が高い存在であった。
「それは良かったです。実はあなたに頼みたい事があるのです。付いて来なさい」
ミカヤはそう言うと背を向けて歩き始める。
「あの……。私にしてもらいたいことって、何でしょうか?」
「ああ、そうですね。貴方には姫様のお相手をお願いしたいのですよ」
「姫様のですか?」
シュイラは首を傾げる。
この宮殿で姫様と呼ばれる存在は1人しかいない。
光の勇者レイジと聖女サホコとの間に生まれた娘であるサーナである。
神の子であり、そのサーナの遊び相手に選ばれるというのはかなり名誉な事である。
普通なら貴族の子女が選ばれるのが相当だが、なぜシュイラが選ばれるのかわからなかった。
「そうです姫様のお相手です。かなり大変な事なので気を抜いてはいけませんよ。怪我をする事もありますから」
「えっ怪我!?」
「そうです。姫様は大いなる力を持っています。下手に怒らせたら死にかねません。貴方は年も近いので遊び相手として認めてくれるかもしれません。決して姫様の機嫌をそこねないようにしなさい」
ミカヤの声は淡々としているが、真剣そのものだ。
何でもサーナは力の制御ができず、たまにその力を暴走させるそうだ。
その力に耐えられるのは勇者とその仲間達とコウキという少年だけらしい。
普段は母親のサホコとコウキが遊び相手になっているが、運悪く2人とも出かけている。
遊び相手がおらず少しサーナは機嫌が悪くなっている。
このままだと魔力を暴走させかねず、お付きの侍女達はかなり困った状態になっているらしい。
そこでコウキのかわりに遊び相手として年の近いシュイラに遊び相手の代役をさせようという事になったそうだ。
それを聞いてシュイラは不安になる。
「さあ、着きました。入りますよ」
そしてある部屋の前に来るとミカヤは扉を開ける。
中には複数の大人の女性。
そして、中央には小さな女の子が座っている。
小さな女の子を見た瞬間シュイラはその子から目が離せなくなる。
とんでもなく綺麗な子である。
これほどの綺麗な子をシュイラは見た事がなかった。
その綺麗な子は大きな瞳でシュイラを見ている。
おそらくこの子がサーナに間違いなかった。
「うふふふ、姫様。遊び相手を連れてきましたよ~。機嫌を直してください~」
ミカヤはシュイラに対するのとは別人のような態度である。
「さあ、シュイラ。姫様にご挨拶をしなさい」
「え、あのシュイラです! 姫様!」
シュイラは慌てて頭を下げる。
しかし、サーナは興味なさそうに横を向く。
「コウキ? コウキは?」
サーナは機嫌が悪そうに言う。
かなり機嫌が悪いみたいだ。
「もうすぐ、サホコ様が戻ってきます。それまでお願いしますよ、シュイラ。うう、コウキ様がこれほど長時間いないとは予想外です……」
ミカヤは小さな声でシュイラに言う。
かなり困っているみたいだった。
普段のミカヤは落ち着いて慌てた様子を見せない。そのミカヤが困り泣きそうなっている姿を見るとは思わなかった。
シュイラは周囲の大人を見る。
その表情はどこか怯えている。
どうして、サーナに貴族の子女の遊び相手がいないのか理解する。
「えへへ、姫様。何をして遊びましょうか?」
シュイラは何とか笑顔を作るとサーナに話かけるのだった。
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