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第11章 魔術の学院
第28話 キャットファイト
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「まさか、これほどの死の眷属が魔術の学び舎たる場に入りこんでいるとは……。由々しき事態ですね」
ケプラーはサリアの街を歩きながら、周囲を見る。
既に時刻は夜であり、天には月が昇っている。
綺麗な月だが、今は見ている場合ではない。
夜になった事でストリゲス達がサリアの上空を飛んでいる。
また、ストリゲス以外にも動いている者達もいる。
どうやら、万死の女王を信仰するストリガ達のようだ。
ストリガ達はサリア内部に侵入してアンデッドを街に放っている。
すでに城壁外ではゾンビ達が多数出現しており、サリアの内と外で悲鳴が聞こえている。
大賢者マギウスはアンデッドが苦手とする光明の魔法を得意とするケプラーにも対処を要請した。
そのため、ケプラーは彼の教えを受けた輝ける魔術師達と共に街を移動しているのである。
もちろんケプラー以外にも動いている者はいる。
サリアの街を守る雇われた戦士達に戦士でもある魔術師のみで構成された星護の戦士団だ。
星護の戦士とは魔法を示す五芒星に守護された戦士という意味である。
魔法を使える彼らは実体を持たない幽霊等に有効な手段を持っているので活躍しているようだ。
ただ、対応のために動いているのは彼らと1部の魔術師だけで、一般的な魔術師は逃げ回っているのが実情である。
そもそも、魔術師は戦いが専門ではなく、学問が第一だ。
むしろ優秀で研究熱心な魔術師程戸惑っているように見える。
(生きている限り、戦わなくてはいけない時もあるという事ですね……)
ケプラーは溜息を吐く。
ケプラーもまた戦いが好きではない。
しかし、魔術師協会の幹部であり、この街を守る責任があるので戦わなければならない。
前方からゾンビが来る。
ケプラーは杖を振るうとその先端が光輝きゾンビを消滅させる。
ゾンビやスケルトンのような下位アンデッドならば簡単に消す事ができる。
吸血鬼や幽鬼の騎士のような上位アンデッドがいないのが幸いであった。
これらがいたら、かなりの被害になっていただろう。
「へえ、やるじゃないかい」
「本当ねえ」
上空から何者かが降りてくる。
梟の翼と目を持つ女性、ストリゲスだ。
それも3匹である。
彼女達はケプラーを取り囲むように降り立つ。
「反対側のジジイと黄金獅子の仮面のお前。動いている者達で、強そうなのはお前達だけだ」
そう言って1匹のストリゲスがケプラーに翼を向ける。
(反対側。おそらくガドフェス殿だろうな。マギウス殿は賢者の塔で各方面に指示を出しているだろうし……)
ケプラーはそう判断する。
他に動いている練技の賢者ギムリンは鍛冶等の腕は良いが戦いが得意なわけではない。
また、星見の賢者ガーヤと深緑の賢者ラストスも戦えなかったりする。
「ここでお前とジジイと倒してこの街の人間を恐怖に落としてやる!」
別のストリゲスが嘲笑う。
「ガドフェス殿を甘く見ないほうが良いですよ。あの御仁は貴方達にやられるような方ではありません」
ケプラーは首を振る。
放浪の賢者ガドフェスが戦っている姿を見たことはない。
しかし、人間が行くには危険な地を平然と行って帰って来るのだ。
何らかの力があると見て良いだろう。
「何を言っている! 魔力の弱い人間ごときにやられる我らのではないわ!」
最後のストリゲスが叫ぶ。
(私は人間ではないのだがな……)
ケプラーはフンコロガシ人である
そして、フンコロガシ人は普通の人間と違いかなり魔力が強い。
また、ストリゲスよりも魔力が強かったりする。
その中でもケプラーはもっとも魔力が強いのだ。
「私を甘く見ないでください。学び子達も見ている事ですし、黄金の賢者と呼ばれた私の力を見せてあげましょう」
ケプラーの全身が光輝く。
フンコロガシ人は光明の魔法を得意とし、ケプラーは錬金術でさらに強化している。
闇に生きるストリゲスには苦手とするはずであった。
「馬鹿な!」
「何という魔力なの!」
「人間とは思えないわ!」
ストリゲス達が驚く。
「さて、行きますよ!」
ケプラーは杖を掲げる。すると周囲に光球が7個現れる。
「怯むな! 我らの女王が復活さえすればこのような者は怖れるに足りぬ!」
ストリゲスの1匹が仲間を鼓舞する。
「さて、それはどうでしょうか? 貴方達の女王が復活したところで状況は変わらないと思いますよ」
ケプラーは仮面の下で笑う。
図書館の下で何が起きているのかはわからない。
しかし、ケプラーは勝利を確信しているのであった。
◆
「悪霊よ! 死霊よ! 我が内なる煉獄に集い、命を狩る奔流となれ!」
死の智ザースが唱えると口から悪霊と死霊の集合体が奔流となってチユキ達に襲いかかる。
死霊砲と呼ばれる魔法だ。
死霊砲は即死魔法であり、しかもこの魔法で死んだ者はその後アンデッドと化してしまう、おまけ付きである。
この死霊砲は魔力のない物体等を貫通する。
つまり盾や鎧では防げないのだ。つまり、防げなければ魔法抵抗力で抵抗するしかない。
ただ、死霊砲は元となる悪霊や死霊の元となった種族と同等か下等な種族でなければ効果は薄い。
悪霊と死霊は元人間であり、人間よりも遥かに高位な種族である神や天使にはほぼ無効であった。
「そんな魔法、効きませんわよ」
キョウカはスカーフを広げて死霊砲を防ぐ。
チユキもキョウカも着ているのは魔法の服だ。
小妖精の絹で作られた服は対魔法に特化していて、また霊的な防御にも強い。
また、キョウカもチユキと同じように神族と同等な力を持つ、元が人間である悪霊や死霊が直撃しても死ぬことはない。
「申し訳ございません。母上。私では役に立てないみたいです」
「ええい! 格上の相手には全く無力の奴じゃ! それならこれじゃ!」
ラーサは突然ザースを掴む。
「えっ? 母上? 何を?」
「どりゃああああ!」
ザースの驚く声に構わずラーサは振りかぶるとそのまま投げる。
「うっ! 痛いですわ!」
ザースは真っすぐに飛び、キョウカの右手に当たると鞭を遠くに弾き飛ばす。
「良くやった! ザース! そのまま鞭を咥えて逃げ回れ!」
「はい~。母上」
ザースは転がる鞭を咥えて逃げようとする。
「お待ちなさい!」
「おおっと、させぬわ!
ラーサはすかさず距離を取ると翼を広げる。
羽矢を再び放つつもりだ。
「それはこっちの台詞よ!」
ザースが逃げた先にはチユキがいた。
鞭を持つキョウカの方ばかり注意しすぎていたようだ。
チユキは杖を振りかぶり、勢いよく振るとザースを叩き飛ばす。
「ふぎゃ!」
ザースはラーサの顔面にあたりのけぞらせ倒す。
「ナイスですわ! チユキさん!」
「ええ! 当たるとは思わなかったわ! 杖が折れちゃったけどね!」
チユキとキョウカは喋りながらラーサに向かう。
ザガートに斬られた所がもろくなっていたのだろう。
杖はザースを叩くと折れてしまったのである。
短くなりすぎたのでチユキは杖を捨てる。
杖をなくし、鞭を取られた以上、接近戦に持ち込むしかない。
急ぎチユキとキョウカはラーサに向かう。
「痛たた……。やりおったな小娘共……。ぬうっ!?」
涙目になったラーサは起き上がると怒りの表情を浮かべる。
しかし、距離は充分につめた。
後は取り押さえるだけだ。
チユキとキョウカはラーサに掴みかかる。
「捕まえましたわ!」
「大人しくしなさい!」
「離せ! 小娘共!」
チユキとキョウカが掴みかかるとラーサは激しく抵抗する。
禁書庫の奥、3名の女性が絡み合う。
「ちょっと髪を引っ張らないでよ!」
「離さぬお主が悪い! 小娘が!」
「小娘はそちらですわ! 大人しくなさい!」
「ええい、でか乳も離せ! 妾の本当の姿はお主などに負けぬぐらい大きいんじゃぞ!」
何が大きいのかわからないが、ラーサの今の姿は本当ではないらしい。
そういえば最初に羽矢と共に使っていた魔法も弱かった。
万死の女王とかいう大仰な名前のわりに弱いと思ったのだ。
だけど、弱っているからといって手加減はできない。
チユキはラーサを押さえつけようとする。
「ちょっと! 服をひっぱらないでくださいまし!」
「いやじゃあ! 離せえ!!」
「ああ、もう破けるじゃない! 諦めて大人しくして!」
ラーサは激しく抵抗し、チユキとキョウカも力を込める。
わずかの時間であるが、何度も3名は絡み合う。
そんな時だった。
「あああああああーーーーーー!!!」
突然何も出来ずにただ見ているだけしかできなかったザースが叫ぶ。
突然の事にチユキとキョウカは思わずザースを見る。
「今じゃ!」
「ああっ!」
不意を突かれ、ラーサはチユキとキョウカから逃げ出す。
「くうううう! 酷い目にあったわい! ザース! ザガートはまだか!? この小娘共を八つ裂きにせねば気がすまぬ!」
チユキとキョウカから距離を取り、飛び上がるとラーサは憎しみの目を向ける。
「あの~。それなのですが、母上……。ザガートの気配が消えました……」
ザースは申し訳なさそうに言う。
少しの時間、ラーサとザースは顔を見合わせる。
「……は!? ど、どういう事じゃ!?」
ラーサは慌てふためく。
「決まっていますわよ。クロキさんが倒したのですわ」
「まあ、そうよね……。彼が負けるとは思えないしね」
チユキは頷く。
「何じゃと、お主らの仲間が倒したじゃと? 馬鹿な……ザガートはかなりの強さなのじゃぞ。光の勇者はおらぬはずじゃし。そこら辺の奴に簡単にくたばるわけがないわ!」
ラーサは吠える。
「まあ、ちょっと時間がかかったみたいだし、強かったのでしょうね……」
「そうですわ。でも、あのクロキさんを相手にしたのが運の尽きでしたわね」
チユキとキョウカは憐みの目を向ける。
クロキは強い。
何しろあのレイジに勝ったのだ。光の勇者よりも強い相手が来ていたのだから運がないといえるだろう。
「大丈夫ですか!? キョウカさん!?」
そんな事を考えていると暗黒騎士の姿をした者が広間に入って来る。
当然クロキである。
入って来たクロキは飛んでいるラーサを見る。
空を飛んでいるだけにすぐに目に入ったのだろう。
クロキとラーサの視線が交差する。
「あああああああああ! 何じゃあお前はあああああああ!」
突然ラーサは目を大きく開くと叫び出す。
「母上! どうしたのですか!」
「勝てるかああああ! 見た瞬間わかったわ! お主が感じていた不安じゃな! まさかお主のような奴が来ておったとはわあああああああああ!」
ラーサは飛びながら頭を抱える。
「えっ? 何? キョウカさん達は?」
突然叫び出したラーサに驚くクロキはチユキとキョウカを探す。
「遅いじゃないの!」
「待っていましたわ! クロキさん!」
チユキとキョウカはクロキに駆け寄る。
「すみません。遅く……。えっ!?」
クロキはチユキとキョウカを見ると驚きの声を出す。
「どうしたの? ってああ!」
チユキはそこで自身の格好に気付く。
ラーサと取っ組み合いをしている時に服が破け、下着が丸出しであった。
「ちょっと! 見ないでよ!」
チユキは右手で胸を隠すと、思わず左の掌で、クロキの目を覆う。
「そうですわ。クロキさん。チユキさんを見ないで、わたくしを見るべきですわ」
キョウカが少し妬みを含んだ声で言う。
「今じゃ! 逃げるぞ! ザース!」
「待って母上!」
クロキが目を覆われた瞬間だった。
ラーサは翼を広げ。
大急ぎで広間を出る。
「あっ! お待ちなさい!」
キョウカは大急ぎで床に落ちたチユキの杖の先端を投げる。
ラーサに比べ動きが鈍いのか逃げ遅れたザースに当たる。
ザースは床に転がる。
「やばい……。逃がしちゃったわ……」
ラーサが逃げた方を見てチユキは頭が痛くなる。
クロキと合流した事で気が抜けたのだ。
油断である。
「は、早く戻らないとまずい! 行きましょう!」
クロキはチユキ達の姿をなるだけ見ないようにすると慌てて言う。
確かにそうだ急いで追いかけないとまずいだろう。
戻ったラーサがサリアの人達を襲うかもしれない。
「ええ、そうね。悪いけど先頭を走ってくれる」
チユキは床に転がるザースを掴むとクロキに言う。
「はい……」
クロキは小さく返事をして元来た道を戻る。
禁書庫での戦いは終わり、チユキ達は地上へと戻るのだった。
ケプラーはサリアの街を歩きながら、周囲を見る。
既に時刻は夜であり、天には月が昇っている。
綺麗な月だが、今は見ている場合ではない。
夜になった事でストリゲス達がサリアの上空を飛んでいる。
また、ストリゲス以外にも動いている者達もいる。
どうやら、万死の女王を信仰するストリガ達のようだ。
ストリガ達はサリア内部に侵入してアンデッドを街に放っている。
すでに城壁外ではゾンビ達が多数出現しており、サリアの内と外で悲鳴が聞こえている。
大賢者マギウスはアンデッドが苦手とする光明の魔法を得意とするケプラーにも対処を要請した。
そのため、ケプラーは彼の教えを受けた輝ける魔術師達と共に街を移動しているのである。
もちろんケプラー以外にも動いている者はいる。
サリアの街を守る雇われた戦士達に戦士でもある魔術師のみで構成された星護の戦士団だ。
星護の戦士とは魔法を示す五芒星に守護された戦士という意味である。
魔法を使える彼らは実体を持たない幽霊等に有効な手段を持っているので活躍しているようだ。
ただ、対応のために動いているのは彼らと1部の魔術師だけで、一般的な魔術師は逃げ回っているのが実情である。
そもそも、魔術師は戦いが専門ではなく、学問が第一だ。
むしろ優秀で研究熱心な魔術師程戸惑っているように見える。
(生きている限り、戦わなくてはいけない時もあるという事ですね……)
ケプラーは溜息を吐く。
ケプラーもまた戦いが好きではない。
しかし、魔術師協会の幹部であり、この街を守る責任があるので戦わなければならない。
前方からゾンビが来る。
ケプラーは杖を振るうとその先端が光輝きゾンビを消滅させる。
ゾンビやスケルトンのような下位アンデッドならば簡単に消す事ができる。
吸血鬼や幽鬼の騎士のような上位アンデッドがいないのが幸いであった。
これらがいたら、かなりの被害になっていただろう。
「へえ、やるじゃないかい」
「本当ねえ」
上空から何者かが降りてくる。
梟の翼と目を持つ女性、ストリゲスだ。
それも3匹である。
彼女達はケプラーを取り囲むように降り立つ。
「反対側のジジイと黄金獅子の仮面のお前。動いている者達で、強そうなのはお前達だけだ」
そう言って1匹のストリゲスがケプラーに翼を向ける。
(反対側。おそらくガドフェス殿だろうな。マギウス殿は賢者の塔で各方面に指示を出しているだろうし……)
ケプラーはそう判断する。
他に動いている練技の賢者ギムリンは鍛冶等の腕は良いが戦いが得意なわけではない。
また、星見の賢者ガーヤと深緑の賢者ラストスも戦えなかったりする。
「ここでお前とジジイと倒してこの街の人間を恐怖に落としてやる!」
別のストリゲスが嘲笑う。
「ガドフェス殿を甘く見ないほうが良いですよ。あの御仁は貴方達にやられるような方ではありません」
ケプラーは首を振る。
放浪の賢者ガドフェスが戦っている姿を見たことはない。
しかし、人間が行くには危険な地を平然と行って帰って来るのだ。
何らかの力があると見て良いだろう。
「何を言っている! 魔力の弱い人間ごときにやられる我らのではないわ!」
最後のストリゲスが叫ぶ。
(私は人間ではないのだがな……)
ケプラーはフンコロガシ人である
そして、フンコロガシ人は普通の人間と違いかなり魔力が強い。
また、ストリゲスよりも魔力が強かったりする。
その中でもケプラーはもっとも魔力が強いのだ。
「私を甘く見ないでください。学び子達も見ている事ですし、黄金の賢者と呼ばれた私の力を見せてあげましょう」
ケプラーの全身が光輝く。
フンコロガシ人は光明の魔法を得意とし、ケプラーは錬金術でさらに強化している。
闇に生きるストリゲスには苦手とするはずであった。
「馬鹿な!」
「何という魔力なの!」
「人間とは思えないわ!」
ストリゲス達が驚く。
「さて、行きますよ!」
ケプラーは杖を掲げる。すると周囲に光球が7個現れる。
「怯むな! 我らの女王が復活さえすればこのような者は怖れるに足りぬ!」
ストリゲスの1匹が仲間を鼓舞する。
「さて、それはどうでしょうか? 貴方達の女王が復活したところで状況は変わらないと思いますよ」
ケプラーは仮面の下で笑う。
図書館の下で何が起きているのかはわからない。
しかし、ケプラーは勝利を確信しているのであった。
◆
「悪霊よ! 死霊よ! 我が内なる煉獄に集い、命を狩る奔流となれ!」
死の智ザースが唱えると口から悪霊と死霊の集合体が奔流となってチユキ達に襲いかかる。
死霊砲と呼ばれる魔法だ。
死霊砲は即死魔法であり、しかもこの魔法で死んだ者はその後アンデッドと化してしまう、おまけ付きである。
この死霊砲は魔力のない物体等を貫通する。
つまり盾や鎧では防げないのだ。つまり、防げなければ魔法抵抗力で抵抗するしかない。
ただ、死霊砲は元となる悪霊や死霊の元となった種族と同等か下等な種族でなければ効果は薄い。
悪霊と死霊は元人間であり、人間よりも遥かに高位な種族である神や天使にはほぼ無効であった。
「そんな魔法、効きませんわよ」
キョウカはスカーフを広げて死霊砲を防ぐ。
チユキもキョウカも着ているのは魔法の服だ。
小妖精の絹で作られた服は対魔法に特化していて、また霊的な防御にも強い。
また、キョウカもチユキと同じように神族と同等な力を持つ、元が人間である悪霊や死霊が直撃しても死ぬことはない。
「申し訳ございません。母上。私では役に立てないみたいです」
「ええい! 格上の相手には全く無力の奴じゃ! それならこれじゃ!」
ラーサは突然ザースを掴む。
「えっ? 母上? 何を?」
「どりゃああああ!」
ザースの驚く声に構わずラーサは振りかぶるとそのまま投げる。
「うっ! 痛いですわ!」
ザースは真っすぐに飛び、キョウカの右手に当たると鞭を遠くに弾き飛ばす。
「良くやった! ザース! そのまま鞭を咥えて逃げ回れ!」
「はい~。母上」
ザースは転がる鞭を咥えて逃げようとする。
「お待ちなさい!」
「おおっと、させぬわ!
ラーサはすかさず距離を取ると翼を広げる。
羽矢を再び放つつもりだ。
「それはこっちの台詞よ!」
ザースが逃げた先にはチユキがいた。
鞭を持つキョウカの方ばかり注意しすぎていたようだ。
チユキは杖を振りかぶり、勢いよく振るとザースを叩き飛ばす。
「ふぎゃ!」
ザースはラーサの顔面にあたりのけぞらせ倒す。
「ナイスですわ! チユキさん!」
「ええ! 当たるとは思わなかったわ! 杖が折れちゃったけどね!」
チユキとキョウカは喋りながらラーサに向かう。
ザガートに斬られた所がもろくなっていたのだろう。
杖はザースを叩くと折れてしまったのである。
短くなりすぎたのでチユキは杖を捨てる。
杖をなくし、鞭を取られた以上、接近戦に持ち込むしかない。
急ぎチユキとキョウカはラーサに向かう。
「痛たた……。やりおったな小娘共……。ぬうっ!?」
涙目になったラーサは起き上がると怒りの表情を浮かべる。
しかし、距離は充分につめた。
後は取り押さえるだけだ。
チユキとキョウカはラーサに掴みかかる。
「捕まえましたわ!」
「大人しくしなさい!」
「離せ! 小娘共!」
チユキとキョウカが掴みかかるとラーサは激しく抵抗する。
禁書庫の奥、3名の女性が絡み合う。
「ちょっと髪を引っ張らないでよ!」
「離さぬお主が悪い! 小娘が!」
「小娘はそちらですわ! 大人しくなさい!」
「ええい、でか乳も離せ! 妾の本当の姿はお主などに負けぬぐらい大きいんじゃぞ!」
何が大きいのかわからないが、ラーサの今の姿は本当ではないらしい。
そういえば最初に羽矢と共に使っていた魔法も弱かった。
万死の女王とかいう大仰な名前のわりに弱いと思ったのだ。
だけど、弱っているからといって手加減はできない。
チユキはラーサを押さえつけようとする。
「ちょっと! 服をひっぱらないでくださいまし!」
「いやじゃあ! 離せえ!!」
「ああ、もう破けるじゃない! 諦めて大人しくして!」
ラーサは激しく抵抗し、チユキとキョウカも力を込める。
わずかの時間であるが、何度も3名は絡み合う。
そんな時だった。
「あああああああーーーーーー!!!」
突然何も出来ずにただ見ているだけしかできなかったザースが叫ぶ。
突然の事にチユキとキョウカは思わずザースを見る。
「今じゃ!」
「ああっ!」
不意を突かれ、ラーサはチユキとキョウカから逃げ出す。
「くうううう! 酷い目にあったわい! ザース! ザガートはまだか!? この小娘共を八つ裂きにせねば気がすまぬ!」
チユキとキョウカから距離を取り、飛び上がるとラーサは憎しみの目を向ける。
「あの~。それなのですが、母上……。ザガートの気配が消えました……」
ザースは申し訳なさそうに言う。
少しの時間、ラーサとザースは顔を見合わせる。
「……は!? ど、どういう事じゃ!?」
ラーサは慌てふためく。
「決まっていますわよ。クロキさんが倒したのですわ」
「まあ、そうよね……。彼が負けるとは思えないしね」
チユキは頷く。
「何じゃと、お主らの仲間が倒したじゃと? 馬鹿な……ザガートはかなりの強さなのじゃぞ。光の勇者はおらぬはずじゃし。そこら辺の奴に簡単にくたばるわけがないわ!」
ラーサは吠える。
「まあ、ちょっと時間がかかったみたいだし、強かったのでしょうね……」
「そうですわ。でも、あのクロキさんを相手にしたのが運の尽きでしたわね」
チユキとキョウカは憐みの目を向ける。
クロキは強い。
何しろあのレイジに勝ったのだ。光の勇者よりも強い相手が来ていたのだから運がないといえるだろう。
「大丈夫ですか!? キョウカさん!?」
そんな事を考えていると暗黒騎士の姿をした者が広間に入って来る。
当然クロキである。
入って来たクロキは飛んでいるラーサを見る。
空を飛んでいるだけにすぐに目に入ったのだろう。
クロキとラーサの視線が交差する。
「あああああああああ! 何じゃあお前はあああああああ!」
突然ラーサは目を大きく開くと叫び出す。
「母上! どうしたのですか!」
「勝てるかああああ! 見た瞬間わかったわ! お主が感じていた不安じゃな! まさかお主のような奴が来ておったとはわあああああああああ!」
ラーサは飛びながら頭を抱える。
「えっ? 何? キョウカさん達は?」
突然叫び出したラーサに驚くクロキはチユキとキョウカを探す。
「遅いじゃないの!」
「待っていましたわ! クロキさん!」
チユキとキョウカはクロキに駆け寄る。
「すみません。遅く……。えっ!?」
クロキはチユキとキョウカを見ると驚きの声を出す。
「どうしたの? ってああ!」
チユキはそこで自身の格好に気付く。
ラーサと取っ組み合いをしている時に服が破け、下着が丸出しであった。
「ちょっと! 見ないでよ!」
チユキは右手で胸を隠すと、思わず左の掌で、クロキの目を覆う。
「そうですわ。クロキさん。チユキさんを見ないで、わたくしを見るべきですわ」
キョウカが少し妬みを含んだ声で言う。
「今じゃ! 逃げるぞ! ザース!」
「待って母上!」
クロキが目を覆われた瞬間だった。
ラーサは翼を広げ。
大急ぎで広間を出る。
「あっ! お待ちなさい!」
キョウカは大急ぎで床に落ちたチユキの杖の先端を投げる。
ラーサに比べ動きが鈍いのか逃げ遅れたザースに当たる。
ザースは床に転がる。
「やばい……。逃がしちゃったわ……」
ラーサが逃げた方を見てチユキは頭が痛くなる。
クロキと合流した事で気が抜けたのだ。
油断である。
「は、早く戻らないとまずい! 行きましょう!」
クロキはチユキ達の姿をなるだけ見ないようにすると慌てて言う。
確かにそうだ急いで追いかけないとまずいだろう。
戻ったラーサがサリアの人達を襲うかもしれない。
「ええ、そうね。悪いけど先頭を走ってくれる」
チユキは床に転がるザースを掴むとクロキに言う。
「はい……」
クロキは小さく返事をして元来た道を戻る。
禁書庫での戦いは終わり、チユキ達は地上へと戻るのだった。
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