暗黒騎士物語

根崎タケル

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第10章 紺碧の魔海

第2話 真珠の都ムルミル

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 クロキ達がサイクロプスの島に降りてから翌日の朝、海神ダラウゴンの使いが島へと来る。
 当然使いとして来たのはマーマンだ。
 マーマンは魚顔で全身に鱗が生えた人間のような姿をしている種族だ。
 元はマーメイドと共にマーロウともメロウとも呼ばれる種族であったが、男女で別れ、男性はマーマン、女性はマーメイドと呼ばれるようになった。
 マーメイドが美しい姿なのに対しマーマンの容姿は醜い。
 それが男女で種族を分ける原因でもあった。
 そのマーマン達が島の入り江と来ている。
 連絡を受けてクロキ達は入江へ集まる。

「ピピポレンナ殿下。お迎えにあがりましたぜ」

 代表のマーマンが頭を下げる。
 クロキはそのマーマンに見覚えがあった。
 ダラウゴンの側近であり、オーマサと言う名のはずである。
 そのオーマサ達の側には小舟程の大亀が待機していて、どうやらこの亀に乗って行くらしい。

「お迎えありがとうございます。それじゃあ行くよ。ええとクロキ先生は海の中は大丈夫ですよね」

 ポレンはクロキに聞く。
 クロキは海の民ではない、そして海の民でない者は水の中で呼吸ができないのが普通だ。
 そのためポレンは念のために聞いたのである。
 
「大丈夫です。殿下。水竜の力を得ていますので、海の中でも呼吸はできます」
「おお、さすが先生。ほら、ぷーちゃんも水の護符に頼らず息ができるように頑張らないと。私にだって出来たんだから頑張ればできるはずだよ」

 そう言ってポレンはプチナを見る。
 ポレンは魔法を使わずに水中でも息が出来る。
 水泳の練習中溺れかけて無我夢中で息をしようとしたら、呼吸ができたようだ。
 普通はありえないが、なぜか出来たらしい。

「いや、普通はできないのさ……」

 プチナは呆れた顔をする。
 この場合はプチナの方が正しいだろうとクロキは思う。
 できない方が普通なのである。
 水の中で呼吸ができないプチナは魚の形をした魔法の道具を首飾りにして身につけている。
 この魔法の道具は陸の民でも水中で呼吸ができ、さらに会話もできる。
 ちなみにマーマンは水陸両用なので、陸上でも水の中でも呼吸ができるので問題ない。

「ほらほら、そんな事を言ってないで行くよ。あっそうだ。クロキ先生。トヨちゃんの前で兜を取らないで下さい。お願いします」
「は、はあ。わかりました……」

 実は今クロキは暗黒騎士の姿になっていて、兜で顔が見えない状態だ。
 これが正装であり、魔王の娘の護衛として来ているのだから、当然である。
 しかし、改めて念を押されるのは意味がわからない。
 またトヨちゃんと言うのはポレンの親友であるダラウゴンの娘トヨティマの事だろう。
 なぜ彼女の前で兜を取ってはいけないのかもわからない。
 クロキは首を傾げるが、ポレンの頼みなので従うことにする…

「ぜーたい! 兜を取ったらダメですからね! さあ、出発して下さい」
「はい。わかりやしたぜ。行くぞ、オメエら」
「「「おう」」」

 オーマサの一声にマーマン達が掛け声を出す。
 クロキ達が乗り込むと大亀は海へと入り潜り出す。
 水中に入ると景色が一変し、一面青の景色となる。
 セアードの内海は荒々しい外海と違い穏やかで、色とりどりの多くの魚が泳ぐ姿が見える。
 スキューバダイビングをしたことがないクロキには新鮮な光景であった。
 クロキ達を乗せた大亀はさらに深く潜る。
 青の景色はより深い青へと変わり、暗くなる。
 そんな時だった海底に光る何かが見える。
 クロキはその場所を見る。
 光る何かそれは街である。
 海底に街があるのだ。
 目を凝らし、よく見ると街中のあちこちにある真珠が光っているのだ。
 乳白色、青色、桃色。
 色とりどりの真珠が飾られ光、街を輝かせている。
 その街中をマーマンや蛸人や魚達が泳いでいる。
 そして、街の中心にはほぼ真珠で出来た宮殿が一際輝いている。

「へへ、見えて来ましたぜ、あれがわちらの家、真珠の都ムルミルでさあ」

 オーマサが誇らしげに言う。
 確かにオーマサが誇らしく思うだけあって美しい都であった。
 クロキ達を乗せた大亀は真珠の宮殿へと向かう。

「へえ、ここが真珠の都なんだ。綺麗だね。ぷーちゃん」
「あちきにはそう言うのはわからないのさ。まあ美味しいものがあればどこでも良いのさ」

 海の中に入るのが嫌なプチナとしては真珠の都の美しさなどどうでも良いみたいで、さっさと用件を済ませて帰りたいようだ。
 
「もう、ぷーちゃんたら」

 ポレンは残念そうにため息を吐く。
 やがて、大亀は宮殿の入口へと辿り着く。
 さすがに魔王宮よりは小さいが真珠の宮殿は大きい。
 巨体であるダラウゴンに合わせているようであった。 
 大亀は宮殿の中をそのまま進み、やがて巨大な門の前で止まる。
 その門の前で誰かが立っている。
 見た事がある顔だ。
 黒い海藻色の法衣、首の上は蛸になっている。
 さらにその蛸の頭には巻貝のような帽子を被っている。
 つまりは人間の頭の代わりにアンモナイトが首の上に乗っているような姿である。

 海の賢神アンモン。

 それがその者の名前である。
 蛸人達の神であり、古代から生きている老神だ。
 神族ではあるが、力は弱くダラウゴンに従属することで生きながらえている。
 モデスとルーガスの関係に似ていると言える。
 実際にアンモンはルーガスと仲が良い。
 アンモンもまたダラウゴンと共にナルゴルに来た事があり、クロキ達と面識があった。

「よう来られましたな、ポレン殿下に暗黒騎士殿。お館様とお嬢様がお待ちでございますぞ」

 アンモンは笑うと門に入るように促す。
 
「あっ、ちょっと待って下さい! アンモン老さんにオーマサさん、驚かないでくださいね。変身しますから」

 ポレンはそう言うと通常の状態から美少女型へと姿を変える。
 すると周囲にいたマーマン達が驚く。
 
「な!? なんと? どういうことだ!?」
「美少女が殿下に化けていたのか?」
「本物の殿下は一体? 殿下はブタの姿をしているはずだ!」

 マーマン達は警戒する。
 
「落ち着いて下さい。こちらにいますのは間違いなくポレン殿下です。この姿は殿下のもう一つの姿なのですよ」
「そうなのさ。殿下はあちきと一緒で2つの姿を持っているのさ。いつもは食っちゃ寝の見た目通りのブタだけど。最近可愛い子に変身するできるようになったのさ」
「ぷーちゃん……。何か言い過ぎなんだけど……」

 クロキとプチナは説明する。
 ただ、ポレンはプチナの説明に納得がいかない様子であった。

「な、なるほど。まさか殿下にそのような秘密が……。これはお嬢様も驚くでしょうなあ」
「ええ、全くですぜ」

 クロキの説明でアンモンとオーマサは納得する。
 アンモンもオーマサはナルゴルに来た時にクロキと何度か話をした事があり、プチナとも面識がある。
 さすがに全てを疑う事はしない。
 声が同じでもポレンの姿が急激に変わった事があまりにも信じられなかったのである。

「それでは中に入りましょう。お館様。ピピポレンナ殿下がお見えでございますぞ」

 アンモンが扉を開けると巨大なマーマンがそこにいる。
 でっぷりと太った腹を持った魚人、海神ダラウゴンに間違いなかった。
 
「おお、来たか! 久しぶりやな、モデスんとこの嬢ちゃん! それに暗黒騎士も一緒やな! うん!?」

 ダラウゴンがクロキ達を出迎えようとした時だった。
 ポレンを見て立ち止まる。
 その目は美少女となったポレンに釘付けであった。

「お久しぶりです。ダラウゴンおじ様。ピピポレンナです」
「えっ!? ポレン? ええーー!? どう言うこっちゃー!?」

 ポレンは優雅に挨拶をした時だったダラウゴンは大声を出して驚く。

「お館様、実はですね……」

 アンモンはダラウゴンに近づき説明する。

「そ、そういう事か。えろうめんこくなって、驚いたえ。がははは、モデスんとこの嬢ちゃんじゃなければ嫁に来て欲しかったところやで」
「あははは……。それはちょっと……」

 ダラウゴンはそう言って笑うとポレンも笑う。
 ただ、ポレンの笑顔は引きつっている。
それはクーナがダラウゴンを相手にしている時と同じで、嫌そうであった。

「あっ!? そういえばトヨちゃんは? ここにいないみたいですけど」

 ポレンは部屋中を見る。
 そもそも、ここに来た目的はダラウゴンの娘に会うためだ。
 その肝心の本人がいない。

「おお、おトヨか? もうすぐ来るはずやで」

 ダラウゴンがそう言った時だった。

「大親分。お嬢が来ましたぜ」

 扉が開き、誰かが入って来る。
 クロキはその入って来た者を見て声を出しそうになる。
 入って来たのは美しい少女であった。
 赤と青を基調した衣を着た少女は深い海を思わせる青黒い髪に、ほっそりとした体、目鼻立ちは整っている。
 青い肌なのを除けば人間の美少女と言っても通じるだろう。
 どうやら彼女がダラウゴンの娘のトヨティマのようであった。
 父親と全く似ていないなクロキは思う。

「久しぶりやなあ、ポレの字。引きこもりのあんさんが外に出れるようになったと聞いて驚いたで……。あれ? ポレの字は?」

 トヨティマは周囲を見る。
 美少女形態となったポレンの事がわからないのだ。
 クロキはポレンを見る。
 ポレンの方から名乗らなければずっと気付かないだろう。
 しかし、ポレンは驚いた表情でトヨティマを見ている。
 もしかすると目の前の少女はトヨティマではないのかもしれなかった。

「ええと、もしかしてトヨちゃん……なの?」

 ポレンはおそるおそるトヨティマに聞く。
 
「えっ? どういう事や? あんさん誰や? 確かにうちはトヨティマやけど……。ポレの字はどこや……」
「ポレの字。ピピポレンナは私だよ……」
「えっ? うん? その声は……」

 そこでトヨティマは気付いたのかポレンを指さす。

「えーっつ!!? まさかポレの字! どう言うことや!? うちの知っているポレの字はブタみたいな面やったはずや! どういうことや!」
「それはこっちの台詞だよ、トヨちゃん! 私の知っているトヨちゃんは不機嫌そうなアンコウみたいな顔なのにどう言うことなの!!?」

 ポレンとトヨティマは互いの顔を睨み合う。
 ダラウゴンはそんな両者を見て笑う。
 事情がわかっているみたいだ。
 それに対してクロキは訳がわからず立ち尽くすのだった。



「なんや、そういう事か。くー! 折角ポレの字を驚かそ思たのにー!」

 アンコウの顔の少女が悔しそうにする。
 この姿こそがトヨティマのもう1つの姿である。
 先程の美少女形態とはかなり違っている。

「それはこっちも同じだよ。折角驚かそうと思ったのに。まさか綺麗な姿に変身できるとは思わなかったよ」

 トヨティマと同じく美少女形態から通常の状態に戻ったポレンが残念そうに言う。
 ちなみに互いに通常の姿に戻り、確認しあった後である。
 場所は客人をもてなす応接間に移り、卓を挟んで向き合っている最中だ。
 場にいるのはポレンとトヨティマはもちろん、クロキとダラウゴンにプチナとアンモンである。

「まあ、うちを産んだあん人は綺麗やからなあ……。一応その血を引いとると言うことやろな」

 トヨティマは遠いエリオスの方角を見て言う。
 クロキが聞いた所によるとトヨティマの母親はイシュティアである。
 ダラウゴンは小島程の真珠と引き換えにイシュティアと一晩を過ごさせて欲しいと願い、イシュティアも真珠に目が眩み、一晩を過ごした。
 その結果生まれたのが、トヨティマである。
 ただ、イシュティアはあまりにも醜いので生まれたばかりのトヨティマを自身の娘とは認めなかったらしい。
 そのためかトヨティマもまたイシュティアを母とは呼ばないようだ。

「それにしても、どうしたのトヨちゃん? お祭りがあるって聞いたけど」

 少し場が湿っぽくなったのに気付いたのかポレンは話題を変えることにする。

「ああ、それか。まあ、お祭りっちゃお祭りや。なんせうちがセアードの女王になるんやからな。ポレの字にも立ち会うてもらいたいんよ」

 トヨティマは笑う。
 
「セアードの女王に? どう言う事なの?」

 ポレンは首を傾げる。

「それはな、嬢ちゃん儂が説明するわ。暗黒騎士に来てもろたんも関係するからな」

 そう言うとダラウゴンはクロキを見る。
 確かにクロキも不思議に思っていた。
 ただ、ポレンが親友に会うだけならば、クロキを呼ぶ必要はない。
 クロキを呼ぶ必要性が何かあるはずなのだ。

「さて、何から話をすべきやろかな。儂の恥になることやけど、儂とトライデンが争っているのは知っとるやろ。暗黒騎士」
「ええ、聞いたことがあります」
「それなら、その原因も知っているやろ」
「ええと、それは……」

 クロキは何と言って良いか迷う。
 海神ダラウゴンと海王トライデンの争いは有名である。
 原因はダラウゴンの妻である人魚の女王メローラをトライデンが寝取ったからだ。
 メローラはトライデンを新たなセアードの支配者と定め、自身が住む離宮に迎え入れた。
 結果ダラウゴンとトライデンはセアードの内海の覇権をかけて争うことになったのである。
 寝取られた側であるダラウゴンにとって触れられたくない過去だろう。
 そのため言葉が出なかったのである。

「まあ、気を使わんで良いで、メローラの奴が原因や。そしてなまだ儂とメローラがここに一緒に暮らしとった頃にな。儂はメローラにある物を送ったんや」
「ある物ですか?」
「そう、セアードの額環をな」

 ダラウゴンはそう言って説明する。
 セアードの額環は巨大な魔法のアクアマリンを中央につけ、黄金と真珠をふんだんに使った美しい額環だ。
 ダラウゴンはメローラの気を引くために自身の宝であるアクアマリンを使い、ヴォルガスとヘイボスに額環を作ってもらったのである。
 身に着ける事が出来るのは女性だけで、海の中限定だが身に着けた者に強力な水の魔力を与える。
 その事から額環を被る者はセアードの女王の称号を得られるとされている。
 メローラは額環を喜んだが、ダラウゴンを愛する事はなく、トライデンの元へと行こうとする。
 その時に争いになり、メローラはセアードの額環をムルミルから持ち出す事が出来なかった。
 怒ったダラウゴンは額環を隠し、誰の目にも触れられないようにした。
 そして、長い間額環を被る者はいなかった。
 まあ途中でイシュティア等が欲しがったが、額環は海の中でしか輝かず、ずっと海の中に住みたくないので諦めたようである。
 しかし、その美しい額環を愛娘であるトヨティマが欲しがり、ついに先日ダラウゴンはトヨティマに額環を与えることにしたのだ。
 つまり、お祭りと言うのはトヨティマの戴冠式と言うことだ。
 その晴れの舞台に親友のポレンを呼んだのである。 

「じゃがなあ、どこから嗅ぎつけたのかメローラの奴が、抗議してきてな。額環は自分のものだから、他の娘に渡すのは許さないと言ってきよった。おそらく戴冠式を邪魔するつもりやろな」

 ダラウゴンは渋い顔をして言う。
 額環の前の持ち主であるメローラとしては自身以外の女性が身に着ける事が我慢ならなかったようだ。
 そして、額環を取り戻そうとしてくるらしかった。

「なるほど、その戴冠式の護衛をするために自分を呼んだと言う訳ですね。ですが、自分が来なくてもムルミルの戦士達で大丈夫だと思うのですが、精鋭の彼らがトリトン達に遅れを取るとは思えませんが」

 クロキはオーマサ達の事を考える。
 ムルミルを守るマーマンの戦士達はムルミッロと呼ばれ、セアードの内海で最強の戦士団だ。
 トライデンの配下であるトリトン族の網戦士レティアリイにも負けないだろう。
 クロキが動くまでもないはずである。

「それがですな、暗黒騎士殿。邪魔をしに来るのはトリトンだけとは限らぬのですよ」

 ダラウゴンの代わりに答えたのはアンモンだ。
 アンモンは続けて説明する。 

「蛇の女王ディアドナも額環を狙っていると聞きます。そして、またメローラ様ですが、なんと地上にいる光の勇者レイジに助けを求めたらしいのですじゃ!!」
「えっ!? レイジ!?」

 突然レイジの名前を出されクロキは驚く。

「まあ、そう言うこっちゃ。お前さんにはその光の勇者の相手をしてもらいたいんや。どうか手伝ってくれんやろか?」

 ダラウゴンはクロキにお願いする。

「は、はあ……」

 まさかセアードの内海でレイジと争うことになるとは思わず、クロキは戸惑う声を出すのであった。


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