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第9章 妖精の森
第12話 剣の乙女と白銀の魔女
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エルフの都アルセイディアにてチユキ達は白銀の魔女クーナと再会する。
もちろん、望まぬ再会だ。
場所はアルセイディアに来た客人のために用意された館の最上位の部屋。
険悪な雰囲気が部屋に漂う。
「シロネか? それはこちらの台詞だ。なぜ、お前達こそ、ここにいる? 全く面倒な奴らだ」
クーナは面倒臭さそうにシロネを見る。
シロネとクーナが睨みあう。
「誰が面倒よ!! 何を企んでいるの!?」
シロネは剣の柄に手を当てる。
このまま斬りかかりそうであった。
それに対して、クーナは冷静である。
「何も企んでいないぞ。シロネ。そもそも、お前達と争うつもりはない……」
そこまで、言うとクーナは考え込む。
「お前の事など知らんぞ……にゃあ。そういう事にするにゃあ。クーナはただの猫人にゃあ」
突然語尾に「にゃあ」を付けて、ごまかし始めるクーナ。
当然、バレバレだ。
しかし、猫の真似がちょっと可愛いとチユキは思ってしまう。
チユキは可愛いと思ってしまったが、シロネにとっては馬鹿にされているように感じたのだろう。
シロネの背中が怒りで震えている。
「ふざけないで!!」
「別にふざけていないぞ、シロネ……にゃあ。クーナはお忍びでここに来ているぞにゃあ。だから、お前なぞ知らないにゃあ」
クーナは「知らんな」と言う割にはシロネの名前をはっきりと言う。
そもそも、お忍びと言う割には、全然忍べていない。
どう見ても目立つので、お忍びなんて無理なのは誰が見ても明らかだ。
クーナはそっぽを向く。
本気で相手をするつもりはないよう様子だ。
「でも、本当に何でこの子がここにいるかな?」
「本当に謎っすね。リノちゃん。ところでチユキさん。どうするっすか? 捕まえて吐かせるっすか? かなり難しそうっすけど」
ナオがチユキにそう言ったあと部屋の中を見渡す。
見ている先にはただ部屋の壁があるだけだ。
誰もいないように見える。
だけど、もちろんチユキにはわかる。
誰もいないように見えて、何かがいるのだ。
「何か部屋にいるの? ナオさん?」
「部屋中に壁に擬態している蟲がいるっす」
「なるほど……。確かにそうみたいね」
チユキは部屋の壁を見る。
魔法を使うまでもなく、感知能力が高いナオがいうのだから間違いないだろう。
蟲はクーナが使役していると見るべきであった。
もし、戦いになればその蟲達が襲い掛かってくる。
チユキはクーナを見る。
その周りに蒼白く輝く蝶が舞っている。
(あの蝶はやっかいね)
チユキは過去にクーナが蝶を使っているところを見ている。
蝶を使うと距離は短いが、転移を簡単に出来る。
チユキ自身やリノを狙われたら敵わない。
ナオであっても守りきれるかどうかわからない。
それにドワーフ達も操られているように見えない。
彼らはクーナの味方をするかもしれなかった。
ここで彼女と戦うべきではないとチユキは思う。
「お忍び? やっぱり何か企んでいるんじゃない。何を企んでいるの! 言いなさい!」
そんなチユキの気も知らず、シロネはクーナを問い詰める。
「お前と言い争うつもりはないぞ。前は亡き者にしてやろうと思ったが、今は違うぞ。そもそも、シロネ、お前なぞ、クーナの敵じゃないぞ」
「どういう意味よ!?」
ようやく猫の真似をやめたクーナにシロネが激昂する。
「それはクロキへの愛の差だぞ、シロネ。クーナはクロキを愛している。その愛はお前なぞとは比べ物にならない。そして、クロキもクーナを必要としている。相思相愛だ。だから、お前なぞ敵ではない」
「なっ!? 何よ、それ! 何でクロキが貴方を必要としているってわかるのよ!?」
シロネはクーナに詰め寄る。
そのシロネに白銀の魔女は呆れた表情をして立ち上がる。
両者が向き合う状態だ。
「はあ? 何を言っている? シロネ? クーナが存在している事が、クロキがクーナを必要としているという事だぞ! クーナはクロキに愛されるために生まれたのだ!」
クーナは胸に手を置いて堂々と宣言する。
すごい自信であった。
背中の様子からシロネが絶句している様子がチユキにはわかる。
もちろんチユキも驚いている。
「リ、リノさん。彼女は本気で言っているのかしら?」
チユキは横にいるリノに聞く。
リノは嘘を感知する事が出来る。
だから、クーナが本気で言っているのかわかるはずであった。
「う、うん。チユキさん。あの子、嘘を吐いていないよ。本気であんな事を堂々と言えるなんて……。愛されるために生まれたなんて、リノも自信をもってあんな事を言ってみたい……」
リノは口に手を当てて呟く。
「そうっすね……、すごい自信っす。それにしても、あんな美少女にあそこまで愛されているなんて、こりゃシロネさんに勝ち目はないんじゃないっすか?」
「いや、ナオさん。それはちょっとシロネさんが可哀想かも……」
ナオの言葉にチユキはそう言うとシロネの方を見る。
シロネは後退して、よろけている。
かなりのショックを受けている様子であった。
そもそもシロネは幼馴染がクーナに利用されているのだと思っている。
だけど、クーナは本気でシロネの幼馴染を愛していたのだ。
(もしかすると、シロネさんの幼馴染は洗脳されてはいないのかもしれない。彼女は魔王の娘らしいし。 これほどの美少女に愛されたら、父である魔王を守ろうとするかもしれないわね)
チユキは額を押さえる。
操られていないのなら、なおさら取り戻すのは難しい。
今後どうすれば良いのか悩む。
「う、嘘……。あのクロキが、こんな美少女に愛されるなんて……」
衝撃を受けたシロネはそう言うと力なく崩れ膝を付き、項垂れる。
「まあ、そういう事だ。だから、争うつもりはないぞ」
クーナは勝ち誇った様子で言う。
それに対してシロネは敗北したかのようであり、チユキは見ていられなくなる。
「待って、シロネさん! 元気を出して! 幼馴染の彼は貴方を助けるためにジプシールで戦っていたわ! 貴方の事を大切に思っているはずよ!」
チユキは見ていられず、思わず声を出す。
すると、シロネは両手を床に手を付けた状態でおそるおそる振り向く。
「えっと、そうかな……。チユキさん……」
「そうよ! シロネさん! だから、彼女の言葉に惑わされないで!」
チユキはジプシールでの事を思い出す。
シロネの幼馴染のクロキはシロネを助けるために蠍神と戦いその尾を引きちぎったのだ。
少なくともシロネの事も大切に思っているはずであった。
「た、確かにそうだよね! 貴方との関係が私とクロキの関係より上だなんて認めないからね!」
シロネは立ち上がり、再びクーナを睨む。
「何か、一瞬で立ち直ったっすよ……」
「うん。そうだね、ナオちゃん。シロネさん、ちょろい……」
ナオとリノが呆れた声を出す。
本当にちょろいとチユキも思い、シロネの将来が心配になる。
「賢者殿。あの麗しい少女は何者です? 紹介をしてもらえませんか?」
横のタムリエルが聞いてくる。
クーナの事が気になるようだ。
「あー。ちょっとした知り合いよ。気にしないで」
チユキは眉間を抑えながら返事をする。
そして、タムリエルの反応がチユキ達と出会った時より反応が違う事に釈然としないものを感じる。
「で、最初の話に戻るけど。何故貴方がここにいるのよ? 何を企んでいるの?」
立ち直ったシロネがクーナに再び問う。
「面倒な奴だな。何も企んでないと言っている。それに、クーナも聞きたいぞ。お前達こそ何故ここにいる?」
クーナは面倒臭そうに言う。
「何事ですか? 騒がしいですね?」
誰かがこの部屋に入ってくる。
新しく入って来たのはエルフだ。
かなり豪華な服装であり、ハイエルフで身分の高い者だろう。
見た目だけならチユキ達よりも少し年下に見える。
しかし、エルフの年齢はわからない。
入ってきたエルフはもしかすると、かなりの年上かもしれなかった。
「これは!? 女王陛下!? どうしてここに!?」
部屋に入って来たエルフを見て、タムリエルが片膝を床に付けると頭を下げる。
「えっ? 女王陛下? どうして!?」
チユキは驚く。
エルフの女王という事は彼女がタタニアなのだろう。
(外見は中学生ぐらいなのでそうは見えないのだけど、本当にエルフの年齢はわかりにくい)
もっとも長く生きているエルフであり、世界中のエルフの頂点に立つのがタタニアである。
その容姿はルウシエンよりも若く見えるため、チユキは彼女が女王とは思わなかったのだ。
「久しぶりだな、チユキ。まさかお前達がここに来ているとはな、連絡が来た時はビックリしたぞ」
タタニアの後ろから、新たに誰かが部屋に入って来る。
「「「ニーアさん!?」」」
チユキとリノとナオの声が重なる。
入って来たのはレーナの側近の天使、戦乙女のニーアであった。
「たまたま、アルセイディアに来ている時にお前達が来ていると連絡を受けたのでな、女王を伴ってこちらに来たのだ」
ニーアが説明する。
チユキ達がカータホフの砦に着いた時に、タムリエルは先に女王に対して連絡を入れていた。
その時にニーアはアルセイディアに降臨していた。
天使とエルフでは天使の方が上位だ。
女王を動かす事が出来ても不思議ではない。
「それなんだけどね、ニーアさん。エルフのお姫様が攫った子どもを取り戻しに来たの」
チユキがそう言うとニーアは首を傾げる。
「子ども? わざわざ、そんな事のために来たのか? もしかして、お前達の誰かが生んだ子どもか?」
「違います。私達が生んだ子どもじゃないです。エルドの神殿に預けられていた子どもです」
「神殿に預けられていた子ども? まさか、レーナ様の神殿か?」
「そうです!」
チユキがそう言うとニーアは眉を顰める。
そして、反応を示したのはニーアだけではなかった。
「神殿から、子どもが攫われただと? 黒髪、その話クーナにも聞かせろ」
クーナがチユキの方に来る。
その顔は真剣であり、チユキは戸惑う。
「おまえ……、いや貴方は?」
ニーアがクーナを見て驚く。
「あれ? ニーアさん。この子の事知っているの?」
リノがニーアに聞く。
それはチユキも聞きたい事であった。
先程の反応からニーアはクーナに前に会った事がある様子である。
「ええと……」
問われてニーアはクーナを見る。
話をしても良いのか迷っている顔であった。
「クーナはお忍びだ。そういう事だぞ。それよりも詳しい話を聞きたいぞ」
クーナがそう言うとニーアは何も言わなくなる。
(やはり、彼女の事を知っているみたいね。どういう事かしら?)
チユキはニーアとクーナを見る。
「確かに今は子どもの事を聞くべきか。女王よ。一応聞くが最近この国に連れてこられた人間の子どもがいるのは間違いないか?」
「はいニーア様。ルウシエンが確か人間の子どもを1人、連れて帰りました。ですが、たかが、人の子。我らエルフと共にある方が良いはずです。気にする程ではないと思いますが?」
ニーアが聞くとタタニアは悪びれずに答える。
この辺りはエルフの共通認識なのだろう。もちろんチユキは納得できない。
「確かにいつもならそう思うのだがな……。チユキ、念のために聞かせてくれ。攫われた子どもの名は?」
「コウキって子よ」
「「!?」」
チユキがコウキの名を出した時だった。
クーナとニーアは驚いた顔を見せる。
「ああーーーーー!! 女王よ!! 何てことをしてくれたのだ!! これは大変な事だぞ!!」
ニーアが大声を上げて女王の肩を揺さぶる。
「あ、あの? ニーア様あ!? どうされたのですか? な、何が大変なのでしょうか?」
「大変も大変だ!! この事がバレたらとんでもなくお怒りになられるぞ!!」
ニーアは叫ぶ。
その様子をチユキ達はポカンとした表情で見る。
「すでに遅い。なぜ、こんなに怒っているのかわからなかったが、ようやく判明した。そして既に降りて来ている。これは面倒だぞ」
クーナは天を見上げて呟く。
クーナとニーアが慌てている中でチユキ達は意味が分からず顔を見合わせる。
「ねえ、どういう事? 貴方、何か知っているの?」
シロネはクーナに聞く。
「ふん、答えるつもりはない。しかし、なぜお前達がここにいるのかわかったぞ。間違いなくコウキはお前達の元に戻って来る。だから、さっさと帰れ、クーナはお前と争う気はないぞ」
そう言ってクーナはそっぽを向く。
(もしかして、コウキの事を知っている? どういう事なの?)
チユキはクーナを見る。
クーナはこれ以上取り合う気がないのか背中を向けている。
シロネもどうすべきか迷っているのか、これ以上問い詰める事が出来ずにいる。
「ねえ、チユキさん。どういう事っすかね?」
「さあ、わからないわ。でも、私達が知らないところで何かが起こっているみたい」
そう言ってチユキは首を傾げるのだった。
◆
ドワーフの里のクタルに来たルウシエンとテスとコウキは客用の部屋に案内される。
アルセイディアの外来用の館の最下級の部屋と比べてもみすぼらしい。
「殺風景ですが、広さだけはありますね。ルウシエン様」
テスは部屋を見渡して言う。
ドワーフはエルフの繊細な意匠を嫌い、重厚な意匠を好む。
そのためか華やかさにかける。
いかにも鈍重なドワーフらしい趣味であった。
しかし、今はそんな事などルウシエンにとってどうでも良い事である。
それよりもやる事があるのだ。
「ねえ、テス。貴方あの剣士の事が気になるのでしょう。しばらく暇そうだから行っても良いわよ」
「えっ!? 本当ですか? それじゃあ行ってきますね」
そう言うなりテスは部屋から出て行く。
素早い動きだ。
よほど、あの剣士が気になるらしい。
今はアーベロンと一緒にいるはずなので、そこに向かうだろう。
(さてこれで邪魔者はいなくなったわね)
今この部屋にはルウシエンとコウキしかいない。
オレオラは鹿車を見ている。
ピアラはクタルの見物中。
つまり、ここにはいない。
ルウシエンはコウキを見つめる。
その視線が気になったのか、コウキはルウシエンを不思議そうに見ている。
とても綺麗な瞳だ。
そんな瞳で見つめられるとルウシエンは下腹が熱くなってしまう。
「ふふ、これで私達だけね」
ルウシエンはコウキににじり寄る。
「あ、あの、どうかしたのですか?」
コウキが後ろに下がる。
だけど逃がさない。
(コウキ。貴方が悪いのよ。帰りたいなどというから)
ルウシエンは床に膝を付くとコウキの頬に手を添える。
「ふふ、別にどうもしないわ……。貴方が私から離れられないようにするつもりよ」
コウキはきょとんとした目をしている。
(驚いているの? あれ、でも変ね。私を見ていない)
そこでルウシエンは気付く。
コウキはルウシエンの後ろを見ている事に。
「へえ、誰から離れられないようにするつもりなのかしら?」
突然ルウシエンの後ろから声がする。とても冷たい声だ。
(私達以外に誰かいる)
ルウシエンはコウキに夢中になって部屋に誰かが入って来たことに気付かなかった。
もちろん、テス達ではない。
そして、その声には聞き覚えがあった。
ルウシエンはおそるおそる振り返る。
そこにはゴミを見るような目でルウシエンを見る女神レーナが立っているのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
ようやくレーナ登場です。
この回は少し書き直したかったです。
それにしても、登場キャラの多さに苦しくなりました(≧◇≦)
チユキ、ナオ、リノ、シロネ、クーナ、タムリエル、タタニア、ニーア……。
吐きそう。でも、自業自得なのですけどね……。
もちろん、望まぬ再会だ。
場所はアルセイディアに来た客人のために用意された館の最上位の部屋。
険悪な雰囲気が部屋に漂う。
「シロネか? それはこちらの台詞だ。なぜ、お前達こそ、ここにいる? 全く面倒な奴らだ」
クーナは面倒臭さそうにシロネを見る。
シロネとクーナが睨みあう。
「誰が面倒よ!! 何を企んでいるの!?」
シロネは剣の柄に手を当てる。
このまま斬りかかりそうであった。
それに対して、クーナは冷静である。
「何も企んでいないぞ。シロネ。そもそも、お前達と争うつもりはない……」
そこまで、言うとクーナは考え込む。
「お前の事など知らんぞ……にゃあ。そういう事にするにゃあ。クーナはただの猫人にゃあ」
突然語尾に「にゃあ」を付けて、ごまかし始めるクーナ。
当然、バレバレだ。
しかし、猫の真似がちょっと可愛いとチユキは思ってしまう。
チユキは可愛いと思ってしまったが、シロネにとっては馬鹿にされているように感じたのだろう。
シロネの背中が怒りで震えている。
「ふざけないで!!」
「別にふざけていないぞ、シロネ……にゃあ。クーナはお忍びでここに来ているぞにゃあ。だから、お前なぞ知らないにゃあ」
クーナは「知らんな」と言う割にはシロネの名前をはっきりと言う。
そもそも、お忍びと言う割には、全然忍べていない。
どう見ても目立つので、お忍びなんて無理なのは誰が見ても明らかだ。
クーナはそっぽを向く。
本気で相手をするつもりはないよう様子だ。
「でも、本当に何でこの子がここにいるかな?」
「本当に謎っすね。リノちゃん。ところでチユキさん。どうするっすか? 捕まえて吐かせるっすか? かなり難しそうっすけど」
ナオがチユキにそう言ったあと部屋の中を見渡す。
見ている先にはただ部屋の壁があるだけだ。
誰もいないように見える。
だけど、もちろんチユキにはわかる。
誰もいないように見えて、何かがいるのだ。
「何か部屋にいるの? ナオさん?」
「部屋中に壁に擬態している蟲がいるっす」
「なるほど……。確かにそうみたいね」
チユキは部屋の壁を見る。
魔法を使うまでもなく、感知能力が高いナオがいうのだから間違いないだろう。
蟲はクーナが使役していると見るべきであった。
もし、戦いになればその蟲達が襲い掛かってくる。
チユキはクーナを見る。
その周りに蒼白く輝く蝶が舞っている。
(あの蝶はやっかいね)
チユキは過去にクーナが蝶を使っているところを見ている。
蝶を使うと距離は短いが、転移を簡単に出来る。
チユキ自身やリノを狙われたら敵わない。
ナオであっても守りきれるかどうかわからない。
それにドワーフ達も操られているように見えない。
彼らはクーナの味方をするかもしれなかった。
ここで彼女と戦うべきではないとチユキは思う。
「お忍び? やっぱり何か企んでいるんじゃない。何を企んでいるの! 言いなさい!」
そんなチユキの気も知らず、シロネはクーナを問い詰める。
「お前と言い争うつもりはないぞ。前は亡き者にしてやろうと思ったが、今は違うぞ。そもそも、シロネ、お前なぞ、クーナの敵じゃないぞ」
「どういう意味よ!?」
ようやく猫の真似をやめたクーナにシロネが激昂する。
「それはクロキへの愛の差だぞ、シロネ。クーナはクロキを愛している。その愛はお前なぞとは比べ物にならない。そして、クロキもクーナを必要としている。相思相愛だ。だから、お前なぞ敵ではない」
「なっ!? 何よ、それ! 何でクロキが貴方を必要としているってわかるのよ!?」
シロネはクーナに詰め寄る。
そのシロネに白銀の魔女は呆れた表情をして立ち上がる。
両者が向き合う状態だ。
「はあ? 何を言っている? シロネ? クーナが存在している事が、クロキがクーナを必要としているという事だぞ! クーナはクロキに愛されるために生まれたのだ!」
クーナは胸に手を置いて堂々と宣言する。
すごい自信であった。
背中の様子からシロネが絶句している様子がチユキにはわかる。
もちろんチユキも驚いている。
「リ、リノさん。彼女は本気で言っているのかしら?」
チユキは横にいるリノに聞く。
リノは嘘を感知する事が出来る。
だから、クーナが本気で言っているのかわかるはずであった。
「う、うん。チユキさん。あの子、嘘を吐いていないよ。本気であんな事を堂々と言えるなんて……。愛されるために生まれたなんて、リノも自信をもってあんな事を言ってみたい……」
リノは口に手を当てて呟く。
「そうっすね……、すごい自信っす。それにしても、あんな美少女にあそこまで愛されているなんて、こりゃシロネさんに勝ち目はないんじゃないっすか?」
「いや、ナオさん。それはちょっとシロネさんが可哀想かも……」
ナオの言葉にチユキはそう言うとシロネの方を見る。
シロネは後退して、よろけている。
かなりのショックを受けている様子であった。
そもそもシロネは幼馴染がクーナに利用されているのだと思っている。
だけど、クーナは本気でシロネの幼馴染を愛していたのだ。
(もしかすると、シロネさんの幼馴染は洗脳されてはいないのかもしれない。彼女は魔王の娘らしいし。 これほどの美少女に愛されたら、父である魔王を守ろうとするかもしれないわね)
チユキは額を押さえる。
操られていないのなら、なおさら取り戻すのは難しい。
今後どうすれば良いのか悩む。
「う、嘘……。あのクロキが、こんな美少女に愛されるなんて……」
衝撃を受けたシロネはそう言うと力なく崩れ膝を付き、項垂れる。
「まあ、そういう事だ。だから、争うつもりはないぞ」
クーナは勝ち誇った様子で言う。
それに対してシロネは敗北したかのようであり、チユキは見ていられなくなる。
「待って、シロネさん! 元気を出して! 幼馴染の彼は貴方を助けるためにジプシールで戦っていたわ! 貴方の事を大切に思っているはずよ!」
チユキは見ていられず、思わず声を出す。
すると、シロネは両手を床に手を付けた状態でおそるおそる振り向く。
「えっと、そうかな……。チユキさん……」
「そうよ! シロネさん! だから、彼女の言葉に惑わされないで!」
チユキはジプシールでの事を思い出す。
シロネの幼馴染のクロキはシロネを助けるために蠍神と戦いその尾を引きちぎったのだ。
少なくともシロネの事も大切に思っているはずであった。
「た、確かにそうだよね! 貴方との関係が私とクロキの関係より上だなんて認めないからね!」
シロネは立ち上がり、再びクーナを睨む。
「何か、一瞬で立ち直ったっすよ……」
「うん。そうだね、ナオちゃん。シロネさん、ちょろい……」
ナオとリノが呆れた声を出す。
本当にちょろいとチユキも思い、シロネの将来が心配になる。
「賢者殿。あの麗しい少女は何者です? 紹介をしてもらえませんか?」
横のタムリエルが聞いてくる。
クーナの事が気になるようだ。
「あー。ちょっとした知り合いよ。気にしないで」
チユキは眉間を抑えながら返事をする。
そして、タムリエルの反応がチユキ達と出会った時より反応が違う事に釈然としないものを感じる。
「で、最初の話に戻るけど。何故貴方がここにいるのよ? 何を企んでいるの?」
立ち直ったシロネがクーナに再び問う。
「面倒な奴だな。何も企んでないと言っている。それに、クーナも聞きたいぞ。お前達こそ何故ここにいる?」
クーナは面倒臭そうに言う。
「何事ですか? 騒がしいですね?」
誰かがこの部屋に入ってくる。
新しく入って来たのはエルフだ。
かなり豪華な服装であり、ハイエルフで身分の高い者だろう。
見た目だけならチユキ達よりも少し年下に見える。
しかし、エルフの年齢はわからない。
入ってきたエルフはもしかすると、かなりの年上かもしれなかった。
「これは!? 女王陛下!? どうしてここに!?」
部屋に入って来たエルフを見て、タムリエルが片膝を床に付けると頭を下げる。
「えっ? 女王陛下? どうして!?」
チユキは驚く。
エルフの女王という事は彼女がタタニアなのだろう。
(外見は中学生ぐらいなのでそうは見えないのだけど、本当にエルフの年齢はわかりにくい)
もっとも長く生きているエルフであり、世界中のエルフの頂点に立つのがタタニアである。
その容姿はルウシエンよりも若く見えるため、チユキは彼女が女王とは思わなかったのだ。
「久しぶりだな、チユキ。まさかお前達がここに来ているとはな、連絡が来た時はビックリしたぞ」
タタニアの後ろから、新たに誰かが部屋に入って来る。
「「「ニーアさん!?」」」
チユキとリノとナオの声が重なる。
入って来たのはレーナの側近の天使、戦乙女のニーアであった。
「たまたま、アルセイディアに来ている時にお前達が来ていると連絡を受けたのでな、女王を伴ってこちらに来たのだ」
ニーアが説明する。
チユキ達がカータホフの砦に着いた時に、タムリエルは先に女王に対して連絡を入れていた。
その時にニーアはアルセイディアに降臨していた。
天使とエルフでは天使の方が上位だ。
女王を動かす事が出来ても不思議ではない。
「それなんだけどね、ニーアさん。エルフのお姫様が攫った子どもを取り戻しに来たの」
チユキがそう言うとニーアは首を傾げる。
「子ども? わざわざ、そんな事のために来たのか? もしかして、お前達の誰かが生んだ子どもか?」
「違います。私達が生んだ子どもじゃないです。エルドの神殿に預けられていた子どもです」
「神殿に預けられていた子ども? まさか、レーナ様の神殿か?」
「そうです!」
チユキがそう言うとニーアは眉を顰める。
そして、反応を示したのはニーアだけではなかった。
「神殿から、子どもが攫われただと? 黒髪、その話クーナにも聞かせろ」
クーナがチユキの方に来る。
その顔は真剣であり、チユキは戸惑う。
「おまえ……、いや貴方は?」
ニーアがクーナを見て驚く。
「あれ? ニーアさん。この子の事知っているの?」
リノがニーアに聞く。
それはチユキも聞きたい事であった。
先程の反応からニーアはクーナに前に会った事がある様子である。
「ええと……」
問われてニーアはクーナを見る。
話をしても良いのか迷っている顔であった。
「クーナはお忍びだ。そういう事だぞ。それよりも詳しい話を聞きたいぞ」
クーナがそう言うとニーアは何も言わなくなる。
(やはり、彼女の事を知っているみたいね。どういう事かしら?)
チユキはニーアとクーナを見る。
「確かに今は子どもの事を聞くべきか。女王よ。一応聞くが最近この国に連れてこられた人間の子どもがいるのは間違いないか?」
「はいニーア様。ルウシエンが確か人間の子どもを1人、連れて帰りました。ですが、たかが、人の子。我らエルフと共にある方が良いはずです。気にする程ではないと思いますが?」
ニーアが聞くとタタニアは悪びれずに答える。
この辺りはエルフの共通認識なのだろう。もちろんチユキは納得できない。
「確かにいつもならそう思うのだがな……。チユキ、念のために聞かせてくれ。攫われた子どもの名は?」
「コウキって子よ」
「「!?」」
チユキがコウキの名を出した時だった。
クーナとニーアは驚いた顔を見せる。
「ああーーーーー!! 女王よ!! 何てことをしてくれたのだ!! これは大変な事だぞ!!」
ニーアが大声を上げて女王の肩を揺さぶる。
「あ、あの? ニーア様あ!? どうされたのですか? な、何が大変なのでしょうか?」
「大変も大変だ!! この事がバレたらとんでもなくお怒りになられるぞ!!」
ニーアは叫ぶ。
その様子をチユキ達はポカンとした表情で見る。
「すでに遅い。なぜ、こんなに怒っているのかわからなかったが、ようやく判明した。そして既に降りて来ている。これは面倒だぞ」
クーナは天を見上げて呟く。
クーナとニーアが慌てている中でチユキ達は意味が分からず顔を見合わせる。
「ねえ、どういう事? 貴方、何か知っているの?」
シロネはクーナに聞く。
「ふん、答えるつもりはない。しかし、なぜお前達がここにいるのかわかったぞ。間違いなくコウキはお前達の元に戻って来る。だから、さっさと帰れ、クーナはお前と争う気はないぞ」
そう言ってクーナはそっぽを向く。
(もしかして、コウキの事を知っている? どういう事なの?)
チユキはクーナを見る。
クーナはこれ以上取り合う気がないのか背中を向けている。
シロネもどうすべきか迷っているのか、これ以上問い詰める事が出来ずにいる。
「ねえ、チユキさん。どういう事っすかね?」
「さあ、わからないわ。でも、私達が知らないところで何かが起こっているみたい」
そう言ってチユキは首を傾げるのだった。
◆
ドワーフの里のクタルに来たルウシエンとテスとコウキは客用の部屋に案内される。
アルセイディアの外来用の館の最下級の部屋と比べてもみすぼらしい。
「殺風景ですが、広さだけはありますね。ルウシエン様」
テスは部屋を見渡して言う。
ドワーフはエルフの繊細な意匠を嫌い、重厚な意匠を好む。
そのためか華やかさにかける。
いかにも鈍重なドワーフらしい趣味であった。
しかし、今はそんな事などルウシエンにとってどうでも良い事である。
それよりもやる事があるのだ。
「ねえ、テス。貴方あの剣士の事が気になるのでしょう。しばらく暇そうだから行っても良いわよ」
「えっ!? 本当ですか? それじゃあ行ってきますね」
そう言うなりテスは部屋から出て行く。
素早い動きだ。
よほど、あの剣士が気になるらしい。
今はアーベロンと一緒にいるはずなので、そこに向かうだろう。
(さてこれで邪魔者はいなくなったわね)
今この部屋にはルウシエンとコウキしかいない。
オレオラは鹿車を見ている。
ピアラはクタルの見物中。
つまり、ここにはいない。
ルウシエンはコウキを見つめる。
その視線が気になったのか、コウキはルウシエンを不思議そうに見ている。
とても綺麗な瞳だ。
そんな瞳で見つめられるとルウシエンは下腹が熱くなってしまう。
「ふふ、これで私達だけね」
ルウシエンはコウキににじり寄る。
「あ、あの、どうかしたのですか?」
コウキが後ろに下がる。
だけど逃がさない。
(コウキ。貴方が悪いのよ。帰りたいなどというから)
ルウシエンは床に膝を付くとコウキの頬に手を添える。
「ふふ、別にどうもしないわ……。貴方が私から離れられないようにするつもりよ」
コウキはきょとんとした目をしている。
(驚いているの? あれ、でも変ね。私を見ていない)
そこでルウシエンは気付く。
コウキはルウシエンの後ろを見ている事に。
「へえ、誰から離れられないようにするつもりなのかしら?」
突然ルウシエンの後ろから声がする。とても冷たい声だ。
(私達以外に誰かいる)
ルウシエンはコウキに夢中になって部屋に誰かが入って来たことに気付かなかった。
もちろん、テス達ではない。
そして、その声には聞き覚えがあった。
ルウシエンはおそるおそる振り返る。
そこにはゴミを見るような目でルウシエンを見る女神レーナが立っているのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
ようやくレーナ登場です。
この回は少し書き直したかったです。
それにしても、登場キャラの多さに苦しくなりました(≧◇≦)
チユキ、ナオ、リノ、シロネ、クーナ、タムリエル、タタニア、ニーア……。
吐きそう。でも、自業自得なのですけどね……。
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