暗黒騎士物語

根崎タケル

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第8章 幽幻の死都

第11話 静かな夜、騒がしい夜

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 紅玉の公子ザシャが去った事でブリュンド王国の危機は去り、市内中を飛んでいた幽霊の群れは、全て消えた。
 ブリュンド王国の人々は喜び、静かな夜を迎える。
 これは珍しい事であった。
 死の貴族は人々に恐怖を植え付ける。
 例え死の貴族に襲われ、生き延びても心は平穏ではいられない。
 常に亡者の群れに襲われる、光景が脳裏から離れないのだ。
 しかし、ブリュンドの王国の人々に恐怖はない。
 なぜなら、人々に勇気を与えてくれる戦乙女ワルキューレがいるからであった。

「ポナメル殿。モンド殿の様子はどうですか?」

 ブリュンド王国の王子クーリは広間に寝かされているモンドを見る。
 モンドはザシャの攻撃で他の者よりも大きく傷ついた。
 ポナメルの治癒の魔法で傷は治ったはずだが、体が動かないようであった。

「大丈夫だ。少し休めば動けるようになる」
 
 モンドはそう言って立ち上がろうとする。

「ダメですよ。貴方はまだ動けるからだではありません。いえ、戦う事そのものをやめるべきかもしれません……」

 モンドが立ち上がろうとするとポナメルが止める。
 フルティンの妻であり女神フェリアの司祭でもあるポナメルは治療院で人々を癒す仕事をしている。
 ポナメルはモンドを癒すために先程王城へと来たのである。
 すでに40近い年齢だが、ポナメルは若い頃はかなりの美人であった。
 その片鱗は今でもあり、その綺麗な顔を曇らせる。

「そうはいかない。亡者達を支配する邪神が戻ったらしいのだ。放っておく事はできない」
「ですが、貴方の体は……」
「どうしたのというのだ? モンド殿に何かあるのか?」

 クーリと同じようにフルティンがポナメルに聞く。

「あなた……。モンド殿の体はとても衰弱しています。普通ならいつ死んでもおかしくない程です」

 ポナメルがそう言うとその場にいた者達が驚く。

「問題ない。これは亡者と戦う者の宿命だ。だが、薬を飲めばまだ戦えるはずだ」

 モンドは説明する。
 アンデッドハンターはアンデッドと戦う過程で瘴気を浴びる事が多い。
 瘴気は清めれば消すことが出来るが、瘴気を浴びる事で肉体は衰弱していくのである。
 もちろん、長期間休めば元に戻るが、亡者を亡ぼす事に固執するアンデッドハンターは休まず、連戦する。 衰弱した体は特殊な薬を飲むことで補い、優れた戦士と同等の力を持つことも出来る。
 問題は命を縮めるところであった。

「あの薬はダメです。これ以上飲めば貴方は本当に死にますよ」

 ポナメルは止める。

「ダメだ。ワルキアに向かうには私の案内が必要なはずだ。だから、休むわけにはいかない」

 モンドは首を振る。
 モンドがそう言うとクーリとフルティンは顔を見合わせる。
 クーリもフルティンもワルキアの近くまで行った事はあるが、中に足を踏み入れた事はない。
 そのため、モンドの案内は欲しいところであった。

「それにこれは戦乙女様のためでもあるはずだ。だから、私は行かねばならない」

 モンドは続けて言う。
 その瞳には有無を言わせるつもりはないようであった。
 クーリはクーナの事を考える。
 クーナはワルキアに行くそのためにクーリ達にも、陽動として行くことを要請したのである。

「ポナメル。仕方のない事だ。もちろん、無駄死をさせるつもりはない。我々はあくまで戦乙女様の手助けに徹するべきだ」

 フルティンは厳しい表情で言う。
 クーリもそう思う。
 今戦乙女クーナはこの場にいない。
 この城の客室に戻ってしまった。
 クーリの父であるグンデル王は彼女を最上級の客人として遇するつもりであり、大臣のコアックにそう命じた。
 そのグンデルは兵士を伴って王国を巡回している。
 残っているアンデッドがいないか探し、倒さねばならない。
 アンデッドは瘴気を発生させる、怖ろしい魔物である。
 瘴気は人々を病気にして、新たなアンデッドを生み出す元となる。
 新たなアンデッドが増えれば瘴気はさらに増える事になる。
 瘴気は太陽の光や清めた水で浄化できるので、早めに対処が必要だ。
 そのためグンデルは巡回をしているのである。
 戦士のマルダスも仲間を引き連れて巡回をしているのでこの場にはいない。
 ちなみにクーリの側にいたマローナを始めとした姫達は戦乙女の元へと行っている。
 マローナは失礼な事をしたと思っているようで、償いがしたいようであり、他の姫達は美しい戦乙女に近づきたいからである。
 クーリも彼女の側に行きたいが、あまりにも大勢の人が行ったので出遅れてしまったのである。
 
「死の都モードガルか……」

 クーリは思わず呟く。
 彼女はそこに向かうつもりのようであった。
 幽幻の死都モードガルの事はクーリも聞いた事があった。
 悪しき死の神が支配する亡者達の都。
 ワルキアのどこかにあると伝えられているが、実際にあるのかどうかは不明であった。
 しかし、戦乙女が現れた事で存在する事は間違いないようであった。
 クーリは美しい戦乙女の身を案じるのだった。



「さあ、姫君様方。戦乙女様は休息をしたいようです。我々は退出しましょう」

 この国の大臣であるコアックがそう言うと集まった人達が不満そうな顔をする。
 全員クーナに近づきたい様子である。
 特にマローナという姫は残念そうであった。
 そんな人々をクロキは横で見る。
 彼らのほとんどはクーナばかりを見て、クロキを見ていない。
 クロキの事は従者か何かだと思っているようであった。
 もっとも、クロキとしてはどう思われようが特に気にする事ではないので、訂正をするつもりはない。
 やがて、コアック大臣に促されて人々は部屋から出ていく。
 中にはかなり身分の高い貴族もいたようだが、王の名を出され渋々と引っ込む。

「それでは戦乙女様。何かありましたら、お伝えください。私どもでできる事でしたらすぐに用意させます」

 コアックも部屋から去る。
 これでこの部屋にはクロキとクーナとティベルだけになる。
 ティベルは姿を消しているので、人々の目には見えない。
 もっとも、見えても戦乙女であるクーナの連れに何かしようとは思わないだろう。
 クロキは部屋を見る。
 クロキ達があてがわれた部屋は主人用と従者用の部屋の2つであり、隣り合っている。
 この城で最上の客のための部屋のようであった。
 クロキは寝台に腰掛ける。
 この地域での一般的な寝台は藁のマットレスにシーツを掛け、掛布団は羊毛を袋に詰めたものが一般的だ。
 しかし、この部屋の主人用の寝台は大きく、マットレスは藁ではなく羊毛であり、掛布団の袋の中身は羽毛のようであった。
 さすがに従者用の寝台は藁のようだが、藁の上に掛けるシーツはかなり上質のようである。
 水差しは銀で作られ、中の水からは花の香がする。
 これらの全てがクーナのために用意されたものである。

「ところで、モードガルに行くと伝えて良かったのかな? もし、ワルキア側にバレたら警戒されるんじゃ?」
「それは警戒されるぞ、クロキ。ワルキアに入る道は全て監視されているらしいからな。今更考えても意味はない。だが、クロキがここにいる事にまでは気付いていないはず。所詮は人間相手の警戒。そこまで気にする事はないぞ」

 クーナは頷いて言う。
 確かにクーナの言う通り、クロキの存在にまでは気付かれなかった。
 そして、クーナも人間の戦乙女と勘違いしていた。
 ザルキシス達は人間の事をそこまで警戒はしない。
 また、翼のある天使が地を歩いて来るとは考えないはずであった。
 これまでの情報からクロキもそうだろうと思う。
 普通瘴気で満ちたザルキシスの都に近づきたがる神はいない。
 例外はクロキぐらいだろう。
 クロキが近づいて来ている事に気付かれさえしなければ、そこまで警戒はしない可能性が高い。
 だが、あくまで可能性である。
 もしかすると、クロキを警戒している可能性もある。
 だから、クロキは目立つ事が嫌だったりする。
 それに対してクーナはレーナに似ているのか、そのあたりが楽観的である。
 そして、最終的に合わせるのはクロキであった。
 
「そうですよ~。気にしすぎですう~。クロキ様あ~。人間ヤーフ達を囮にして、安全に入るですよ~」

 ティベルが空を飛びながら言う。
 ダークフェアリーのティベルに王達は驚いていたが、戦乙女の御供なのだから、珍しい種族がいてもおかしくないと思ったようである。
 丁寧にティベルのための寝床までも用意してくれていた。

「うーん、ワルキアの境界までならそこまで危険はないだろうけどね……。被害がないと良いのだけど……。まあ今様考えても仕方がないか、今日はもう休もう」

 クロキは呟く。
 明日はいよいよワルキアへと向かう。
 そのためにも今日はもう休んだ方が良いだろう。
 もっとも、強靭な肉体を持つクロキ達なら、よほど消耗していない限り、数日間眠らなくても大丈夫だが、休める時に休む方が正しいので眠った方が良い。
 風呂には入っていないが、クロキとクーナは魔法である程度体を浄化できるので、問題はない。
 この地域では風呂と言えば蒸し風呂が一般的だが、毎日入浴する習慣はなく、お湯で体を拭くぐらいですませている。
 それでも、全く何もしない地域もあるらしいのでましであった。

「そうか、それなら服を脱ごう」

 クーナはそう言って服を脱ぎだす。
 いつ見ても飽きない、見事な曲線美であった。
 地域によっては寝間着がない地域があり、チューエンもそうである。
 服を脱ぐとクーナはクロキの座っている寝台に横になる。

「さあ、クロキ一緒に寝よう」

 クーナは蠱惑的に笑うとクロキを誘う。
 隣の部屋にクロキの寝床が用意されているが、使うつもりはない。

(明日の事は明日考えよう……)

 クロキも服を脱ぐとクーナの横になっている寝台に入るのだった。 
 

 


 幽霊空船に乗ったザシャはワルキアの北部にあるカルンスタイン城へと戻って来る。
 ザシャが空船から城に入ると、中から血と花の交じった香りがする。
 この香りをザシャは知っていた。
 姉であるザファラーダがこの城にやって来たのだ。
 そもそも、この城の本当の主はザファラーダである。
 ジュシオはただ預かっているだけにすぎない。

「公子様。姫様が待っておられます。急ぎましょう」
「わかっている、ジュシオ卿。急ごう」

 ジュシオとザシャは謁見の間へと行く。
 そこには鎧姿の騎士達が整列している。
 ザファラーダの親衛隊である紅牙騎士団オーダーオブクリムゾンファングのである。
 紅牙騎士団オーダー・オブ・ザ・クリムゾンファング吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトで構成された騎士団でジュシオもその団員である。
 ただ、吸血鬼伯となった後は他の団員と行動を共にしていなかったりする。
 その騎士達が並ぶ謁見の間。
 城主が座る椅子には真紅の衣を纏った女性が座っている。

 鮮血の姫ザファラーダ。

 死の神ザルキシスの子ども達筆頭の存在でザシャが怖れる存在である。

 
「全くどこに行っていたのかしら? ザシャ? ジュシオは私の騎士。勝手に持ち出すなんて悪い子ね。どういうつもりかしら」
「ひいっ! そ、それはですね! 父上の復活のお祝いの品を探しに行っていたのです!」

 ザファラーダが笑うとザシャは恐怖の声を上げ弁明する。

「あら? そうなの? それなら仕方がないわね。で、その品はどこにあるの? 私が選別してあげるわ」
「うっ!」

 ザシャは呻き声を出す。
 クーナに阻まれたので連れて来た娘はいない。
 つまり、手ぶらである。

「姫様。公子様は姫様がお呼びになられたので、品を探す前に急ぎ戻ったのです。そのため品はないです……、ぐっ!?」

 ジュシオがザシャを庇おうとした時だった。
 ザファラーダの人差し指から紅い光が放たれ、ジュシオを貫く。
 胸を貫かれたジュシオは苦悶の表情を浮かべる。
 吸血鬼といえども、強力な魔法は体を傷つけ痛みを与える。
 
「勝手に口を挟まないで? ジュシオ? それにザシャの品がないのは私のせいなのかしら?」
「いえ、そのような事は……」

 ジュシオが痛そうにするとザファラーダは嗜虐的な笑みを浮かべる。
 ザシャはその横で震える。
 死の御子最強であるザファラーダに逆らえば兄弟といえどもただでは済まない。
 
「ふふ、まあ良いわ。ザシャ。お父様がいよいよモードガルを復活させます。貴方も来なさい」
「モ、モードガルですか? あの都をついに?」

 幽幻の死都モードガルは死の神ザルキシスの都だ。
 今まで隠されていたが、ついに復活させるようであった。

「そうよ。急いで向かいます。他の者も呼ばなくてはいけないから、急いで支度をしなさい」

 ザファラーダはそう言って南の方角を見る。
 その方向にモードガルがあるのである。
 幽幻の死都モードガルは所在が不確かであり、どこにあるのかわかりにくい。
 正確な位置がわかるのはザルキシスと死の御子の一部だけである。
 位置のわかるザファラーダはそのため忙しいのである。
 ザシャも南の方角を見る。
 死の都の復活。
 ワルキアの地が騒がしくなりそうであった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


この世界のちょっとした解説。
実はこの世界には木綿がなかったりします。その代わりバロメッツの羊毛があったりします。
そして、入浴の設定については悩むところがあります。
アリアディアのように進んだ地域ならともかく、貧しい地域ではどうするのか考え中です。
あんまり汚いのは嫌だけど、入浴の設備が整いすぎているのもおかしい。
今後どうするのかそのうち決めたいと思います。

誤字脱字等おかしな点があったら指摘して下さると嬉しいです。
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