暗黒騎士物語

根崎タケル

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第7章 砂漠の獣神

第22話 光を喰らう者を喰らう者

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 暗雲の立ち込める砂漠でジプシールとアポフィスの2つの陣営が対峙する。
 その中でジプシールの陣営に歓声が上がる。
 理由は勝利の女神レーナが来たからである。
 特にジプシールの王子ハルセスは大喜びだ。
 そして、敵の邪神達の中にも歓声を上げる者がいる。
 それほどレーナは人気なのである。
 レーナに愛された男は永遠に勝利し続ける。
 そう男性の神々の間で噂されている。
 それも男神達がレーナを得ようと必死になる理由である。
 そのレーナが来てくれた事でこちらに勝機が生まれた。
 さすが勝利の女神だとクロキは思う。

「よくも、性懲りも無く現れたなレーナ!! 我が父を誑かしたミナの孫娘にして!! モデスを誑かしたメルフィナの娘よ!! 次は誰を誑かし裏切らせるつもりか?!!」

 ディアドナは怒声を出す。
 ディアドナから見ればレーナの血筋はもっとも忌まわしいのである。
 その怒りの視線を向けられていないのにも関わらず、クロキは体が震えそうになる。

「誑かす? 何を言っているのかしら?」

 レーナはそんなディアドナの視線をものともせずに答える。
 そして、レーナは答えた後、クロキを見る。

(何だかすごく見られている気がする。それにしてもレーナは相変わらずすごいな)

 クロキはレーナを見てそう思う。
 レーナはディアドナの視線をものともしていない。
 それは賞賛すべき事であった。 
 ディアドナの視線には魔力が込められている。
 盾で防いでも、なおあの視線はきついはずであった。
 レーナは涼しい顔をしている。
 どんな時でも凛として前を向き恐れない。
 それが彼女の魅力でもあるのだろうとクロキは思う。

「すまないレーナ。君が来てくれたのに」

 レイジは申し訳なさそうにレーナに謝る。
 その顔は少し辛そうであった。

「謝るのは後よ、レイジ!! 貴方は回復に専念しなさい!! イシュティア様!! トトナ!! 敵の攻撃を防ぐわ!! 手伝って!! 輝ける光の盾よ!! 壁を作りなさい!!」

 レーナは自らの盾を掲げ叫ぶ。
 すると輝く巨大な魔法の盾が複数現れる。
 レーナの盾は最硬のアダマントで作られた魔法の盾であり、レーナの防御魔法を高める能力を持つ。

「わかったわレーナちゃん!!」
「仕方ない。わかったレーナ」

 トトナとイシュティアは魔力を送りレーナのサポートをする。
 三柱の女神による複合魔法による魔法の盾は硬く、例え破られても新しい魔法の盾を次々と作る。
 これで時間が稼げるはずであった。

「おのれレーナ!! 忌まわしき女神め!!」

 攻撃が一切届かなくなったためか、蛇の女王ディアドナは再び憎々しげに叫ぶ。

「言っておくけど長くは持たないわよ。その間に対策をしなさい」

 レーナは涼しい顔をして言う。
 しかし、どこか、きつそうにクロキには見えた。
 それはトトナやイシュティアも同じである。

(これだけの巨大な魔法の壁を作ったのだ、無理もない。急いで何とかしないと……)

 クロキは上空を見る。
 暗い空を飛ぶエクリプスの闇の波動がクロキ達を襲う。
 この波動を受けた者は力が徐々に失われる。
 レーナの魔法の盾も浸食されるが、その度にレーナは魔法の盾を補強する。
 撤退するだけの余裕はない。
 かなり厳しい状況である。

「どうするつもり、クロキ?」

 トトナはクロキに不安そうに聞く。

「エクリプスを自分のものにします」

 クロキは空を見上げる。
 闇の上位精霊であるエクリプスはレイジの召喚したベンヌを押さえるために全力を出してはいない。
 しかし、それも時間の問題だ。
 光を喰らう者ライトイーターと呼ばれるだけあって、エクリプスは光の精霊の天敵である。
 光の上位精霊であるベンヌの輝きが小さくなっていく。
 いずれ消滅してしまうだろう。
 そうなれば、ただでさえ強力な力を持つエクリプスが全力を出せるようになってしまう。

「敵の支配下にある精霊を奪うというの?それは難しいわよ?」

 レーナもまたクロキを見て言う。
 もちろん、それが難しい事をクロキは知っている。
 ルーガスの授業でクロキは精霊の使役方法を学んだ。
 精霊を使役するには特別な力が必要である。
 クロキにはその才能がない。
 なぜなら、力の弱い下位の精霊ですら満足に使えないからだ。
 それにもかかわらず、クロキは上位精霊を得ようとしている。
 無謀と言わざるを得ない。
 竜の力も使えない。
 クロキ自身の心だけで精霊と向き合わなければならない。
 しかも、敵が支配している精霊であり、難易度はさらに高くなっている。
 しかし、クロキにはどうしてもやらなければならない理由があった。

「レーナ。クロキならできる。クロキは強い。信じるべき」

 レーナを魔法で補助しながらトトナは言う。
 クロキはそれを聞いて嬉しく思う。

(トトナは自分を信頼してくれている。その信頼に応えないと……。だけど、なぜだろうレーナから何か黒いオーラを感じる)

 現在クロキはトトナとレーナに挟まれている。
 トトナの反対側にはレーナがいて、笑っている。
 しかし、クロキはレーナが絶対に怒っている事がわかる。

「ふふふ。別に信じてないわけじゃないのだけど……。それにしてもトトナ。何だか彼と仲良さそうねえ。一体どういう事なのかしら?」
「答える必要はない。クロキと私の仲はレーナには関係ない」

 トトナはレーナの問いを無視する。
 その時のレーナの表情を、クロキはとても見る事が出来なかった。
 クロキは思わずレーナに対して背を向ける。
 美人が怒ると、これ程冷たく感じるとは思わなかったのである。

「い! い! え!! トトナ!! 関係ありありありありありありありありありまくりです!!!!!!!」

 レーナは語気を強めて言う。
 クロキの目の前で2柱の女神が睨み合う。

(まずい。今レーナとトトナが喧嘩すると勝てなくなってしまう。ただ、自分が止めると火に油のような気がする)
  
 クロキは自身が原因なような気がしてオロオロする。

「ちょっと!!落ち着いて!!レーナちゃん!!大好きなレイジを倒した暗黒騎士とトトナちゃんが仲良くするのは確かに面白くないでしょうけど!!今は盾を作る事に集中して!!」

 争いになりそうなレーナとトトナを見てさすがにイシュティアは止める。

「うっ!!まさかイシュティア様にそんな事を言われるなんて!!ちょっと否定する所もありますが!!わかりました!!でも後で問い詰めさせてもらいますからね!!トトナ!!!」

 レーナはトトナに怒って言う。
 争いは一応収まったが、クロキは何だか胃が痛くなり、この戦いが終わったら後が怖いような気がする。
 しかし、その憂いも今からやる事に対して無事だった時の話だ。
 クロキはエクリプスを見上げる。
 今はエクリプスに集中すべきであった。

「今からエクリプスに突っ込みます!! 自分が通る穴を開けて下さい!!」
「わかったわ!!」

 クロキの言葉でレーナは結界に人が一人通れる穴を開ける。
 穴が開いたのを見て、クロキは魔法を発動して飛ぶ。
 そして、クロキはレーナが作った魔法の盾の隙間から飛び出てエクリプスへと向かう。

「何をするつもりだ!! 暗黒騎士!! 血迷ったか!!」

 ザルキシスは叫ぶ。
 クロキは自身が無謀な事をしようとしている事がわかっていた。
 だけどやらなければならなかった。
 クロキは弱っているベンヌを見る。
 光の上位精霊ベンヌはレイジが呼び出した精霊である。
 レイジは光の上位精霊を手に入れ、強くなろうとしている。
 次に戦えばクロキは負けるかもしれなかった。
 それは、クロキにとって、怖くて、怖くてたまらない事だった。
 クロキがクーナを手に入れて幸せを手に入れたのは勝ったからだ。
 クーナに限らず勝って無ければ誰もクロキ自身を見ようとはしないだろう。
 勝てない男を誰も愛さない。
 弱い奴は食われるだけだ。
 そして、負ければ全てを失う。
 それは、とてもみじめである。
 そんな思いは絶対に嫌だとクロキは思った。

(折角可愛いクーナを得られたのに失うなんて嫌だ!! だからこそエクリプスを手に入れなければいけない。 上位精霊を自分のものにする!! レイジに出来て自分に出来ないなんて許されない!! これはエリオスのためでもジプシールのためでも、シロネの為でもないんだ。 何よりも自分の為に!! 何よりも自分の為に!! 何よりも自分の為に戦わなければならないんだ!!)

 クロキは心の中に黒い炎が噴き出すのを感じる。

「エクリプス!!お前を喰ってやる!!!!」

 クロキは叫ぶと得意ではない精神魔法を駆使してエクリプスの心に接触する。
 そして、そのままクロキはエクリプスの口の中へと飲み込まれる。
 暗い闇の空間で、クロキはエクリプスの力が自身の精神を喰らおうとするのを感じる。

(負けるものか!! 逆に喰らってやる!! 絶対!! 絶対!! 負けるものか!!)

 クロキは暗い闇の中で、歯を食いしばるのだった。






 トトナの目の前で巨大な竜の姿をしたエクリプスが、暗黒騎士となったクロキを飲み込む。

「ちょっとトトナちゃん!! 飲み込まれちゃったわよ!!」

 イシュティアは慌てた声を出す。
 慌てているのはイシュティアだけではない。
 黒髪の賢者チユキも王子ハルセスも軍神のイスデスも慌てている。
 トトナの隣にいるネルや猫達なんて大慌てだ。
 光の勇者レイジも何をやっているのだと怒りの声を上げている。
 そんなレーナだけは落ち着いている。
 トトナはその横顔を見て、不思議に思う。

「がははははははは!!! 馬鹿な奴!!! 自らエクリプスに喰われよったわ!!!」

 死神ザルキシスは嘲笑する。
 蛇の女王ディアドナも笑う。
 邪神達も馬鹿にした表情で空を見ている。
 だけど、その喜びもすぐに終わるであろう事をトトナは知っている。
 クロキは必ず戻ってくるとトトナはそう信じている。

「はははは!! 暗黒騎士は自ら死んだぞ!!光の勇者も倒れたままで戦えまい!! これで貴様達に勝ち目はないぞ!! エリオスの女神達を渡さなかった事を悔やむが良い!!」

 ディアドナは目を光らせて言う。
 トトナ達を絶対に逃がさないつもりのようであった。
 だけど、逃げる必要があるとトトナは思っていない。

「蛇の女王よ!! 光の勇者と違って暗黒騎士は戻ってくる!! レーナの光の勇者と一緒にしないで!! レーナの愛する男なんかよりもすごく強いのだから!!」

 トトナははっきりとディアドナに言う。
 その言葉を聞いたレイジが「ぐはっ!」と呻き声を出すのが聞こえる。

「ふふふ。何かしらトトナ? いつも私を怖れて引きこもっている貴方にしては珍しわね? 何だか私に喧嘩を売っているように聞こえるのだけど?」

 レーナは笑いながらトトナを見る。

「別にそんなつもりはない。本当の事を言っただけ、負けた貴方の愛する男と違いクロキは勝つ」

 トトナはレーナの方を見ずに白々しく言う。

(私のクロキは必ず勝つ。レーナの勇者よりも強い)

 トトナはクロキと初めて会った時、自身と同じ匂いがした。
 その後、トトナはクロキと何度も会い、会話した。
 そして、トトナはクロキの過去を聞いて、自身と同じだと思った。
 光の影に隠れてしまう者。
 眩い光を羨みながらも光になれない日陰者。
 それが、トトナとクロキの共通点であった。
 だけど、違う点もあった。
 トトナは光であるレーナと比べられるのを恐れて引きこもっていたのに対して、クロキは光に打ち勝とうと努力していた事だ。
 トトナはいつもレーナの影に隠れていた。
 レーナは生まれた時から誰よりも美しく、何でも出来る子であった。
 レーナは子供の時から、トトナよりも遥かに優れていた。
 トトナとレーナは同世代で姉妹のように育てられ、いつも比較の対象だった。
 それでも、トトナはレーナと仲良く出来ていたら気にならなかっただろう。
 しかし、レーナはとても意地悪であった。
 レーナはトトナの母であるフェリアや他の神の前では良い子で要領が良いので意地悪である事に誰も気付かない。
 だから、トトナはレーナから逃げるために引きこもるしかなかった。
 どう考えてもレーナには敵わないのだから。
 そうして、トトナは暗い影で本を読み、自分だけの世界にいたのである。
 だけど、クロキは違っていたのであう。
 クロキは勝てないとわかっていても、戦いから逃げなかった。
 そして、ついには輝くアルフォスにすら勝ってしまった。
 戦ったからこそ勝ったのだ。
 トトナにはクロキが眩しく見えた。
 自ら輝く闇がクロキなのである。

「愛する男? 誰の事を言っているのかわからないわね~。トトナ。私の愛する男が負けるわけがないわよ!!」

 レーナは語気を強めて言う。
 トトナはそんなレーナを珍しいと思う。
 普段のレーナはいつも澄ましていて、こんな風に感情を露わにしたりはしないからだ。

「ふん!! 何を言っている忌まわしき女神よ!! もはやベンヌも力尽きようとしている!! エクリプスが本気を出せばお前たちの作る壁などすぐに破壊できるはずだ!! ザルキシス!! 何をしているさっさとベンヌを打ち消せ!!」

 ディアドナは怒る。
 エクリプスが本気を出し、ザルキシスとディアドナの力を合わせればトトナ達が作った壁を破壊できるだろう。
 もしそうなれば、トトナ達は終わりである。

「わかっている!! ディアドナ!! しかし先程からエクリプスが言う事を聞かぬ!! 何故だ!!」

 ザルキシスは慌てる。
 頭上ではエクリプスが激しく舞っている。
 しかし、それは苦しんでいるようにも見えた。
 すると、突然エクリプスは大きく口を開くと黒い炎を天に向かって吹き出す。
 黒い炎が空を覆う。

「おい、黒い炎を吐いたぞ! どういう事だ?!!」

 邪神の一柱が叫ぶと邪神達が慌てだす。
 誰が見ても明らかにエクリプスの状態は変であった。

「黒い炎の中に誰かがいるぞ!!」

 別の邪神が黒い炎の中心を指差す。
 その黒い炎の中にいるのは漆黒の鎧を纏った暗黒騎士。
 当然クロキである。
 エクリプスから吐き出されたクロキは黒い炎を身に纏い空に浮かんでいる。
 まるで、この暗天を支配しているかのようだった。

「何!!? エクリプスに喰われなかっただと!!? 信じられん!! ええいエクリプスよ!! 再び暗黒騎士を飲み込め!!」

 ザルキシスは叫ぶ。
 しかし、エクリプスはザルキシスの呼び声に応える様子はない。
 エクリプスはクロキの身を守るようにその周囲を飛んでいる。

「馬鹿な!!? エクリプスの支配を奪ったというのか!!?」

 ディアドナは信じられないと首を振る。
 信じられないのは、この場にいる者達全員であった。
 光を喰らう者をもってしても喰らう事が出来ない者。
 その場にいる誰もがその事実に畏怖する。
 暗黒に輝くクロキは悠然と空に浮かんでいる。
 まさにその姿は暗黒の太陽であった。


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