暗黒騎士物語

根崎タケル

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第7章 砂漠の獣神

第7話 ギプティスのスフィンクス

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 チユキ達はイシュス王国から船に乗り、ナイアル川を南上するとギプティス王国へとたどり着く。
 魔法の櫂で進む船は速く1日でたどり着いてしまった。
 これが、人間の奴隷に漕がせたなら5日以上はかかるだろう。
 ギプティス王国はナイアル川下流の下ジプシールとナイアル川上流の上ジプシールの境にある国だ。
 ここから、さらに南に行くとジプシールの神々が住まうアルナックへと辿り着く。
 ただし、許可なき者はギプティスより南に行くことはできない。
 そして、ギプティスはアルナックに入るための関所でもある。
 チユキ達はここで船を降りて、アルナックへと向かう予定であった。
 船は今ギプティスの川港に停泊している。
 チユキは船の甲板で空を見上げる。
 空を見上げると綺麗な星空が見える。
 時刻は夜である。
 日中の暑さが嘘みたいに涼しい風がチユキの頬を撫でる。
 砂漠地帯では昼と夜の寒暖の差が激しい。
 遠視の魔法でギプティスの街を見ると、焼きレンガで作られた街並みから異国情緒を感じる。
 大通りにはいたる所にスフィンクスの像が飾られ、通りを歩く者を見守っている。
 通りには様々な種族が歩いている。
 犬人に猫人、河馬人に鰐人に蠍人にフンコロガシ人。
 また、ケンタウロスにミノタウロスにサテュロスの姿も見える。
 他の地域なら、この3種族は仲が良くないので肩を並べて歩くことはない。
 このような光景を見る事が出来るのはジプシールだけだ。
 そして、エリオスの神々の眷属である筈の人間やドワーフの姿も見える。
 街並みを眺めていると、3名の人間が酒を飲んでいる姿がチユキの目に入る。
 明らかにジプシールに住む人間ではない。
 服装から見て中央大陸西部のどこかの国から来たのだろう。
 小槌の御守りを持っているところから、宝神ヘイボスと商神クヴェリアを信仰する商人のようであった。
 ジプシールは許可さえあれば、どのような種族でも商売をする事ができる。
 交易の為に外からジプシールに来たのだろう。
 商人は酒場でエール酒を美味しそうに飲んでいる。
 ナイアル川の恵みにより、ジプシールは農業が盛んだ。
 世界有数の麦の産地であり、下層の民も上等なパンやエールを飲む事が出来る。
 ジプシール産のエールは輸出され、各地で人気がある。
 他にも様々なものが輸出されている。
 特に一番有名なのは金細工である。
 ジプシールは金が豊富に取れ、黄金の都アルナックは砂金で出来た砂漠の中にある。
 今チユキが身に着けている金細工もジプシール産である。
 中央に大きなラピスラズリが嵌め込まれた首飾りはかなりの値打ちものだろう。
 ジプシール風の衣装に金細工を身に着けたチユキは異国の御姫様のようであった。
 実際に女神イシュティアの侍女達はチユキを魔術師の姫を縮めて、魔姫と呼んでいるのである。

「はあ~。いつまで船にいるの? イシュティア」

 チユキは溜息を吐いて、イシュティアに聞く。
 実はチユキ達は船の上で待機中だ。
 なぜなら、現在アルナックに行く道が封鎖中だからである。
 詳しい理由はわからない。
 イシュティアがギプティスのファラオに問い合わせた所、ファラオ自ら説明をしに来てくれるそうであった。
 しかし、そのファラオが中々来ない。
 チユキは仕方がないからナイアル川の魚をつまみながら、特産のエール酒を飲んでいるのである。
 使う魚は鯉系の魚に鰻にカワハゼ、変わった所でサカサナマズである。
 塩、胡椒、クミン、ニンニク等を使った煮込み料理などは中々の美味である。
 他にも蜂蜜が入ったパンケーキ等が饗されて、甲板の上では可愛い猫人の踊り子が舞っている。
 侍女達が入れ替わりチユキ達を接待する。

(シロネさんが大変な時にこんな事をしていて良いのかしら?)

 チユキは待っているサホコ達に申し訳なく思う。

「う~ん。私にもわからないのよ、チユキ。いつもなら、直ぐに行けるのに。どうしようか、レイジ~」

 イシュティアはそう言うと横のレイジに体を寄せる。
 チユキはそれを見て「おい! 何やってんだ!」と言いたくなる。
 レイジはまんざらでもないのかイシュティアを押しのけたりしない。
 チユキは少しイライラしながら、レイジとイシュティアを見る。
 イシュティアの外見は20歳に見えるが、神族なので不老である。
 実際の年齢はチユキよりも遥かに上だ。
 イシュティアは恋多き女性なので、チユキやレイジよりも年上の子供だっている。
 それにも関わらず、この色っぽさは反則であった。
 この色気を使い、様々な男性との愛の神話がある。
 中には実の娘である詩の女神ミューサと美男神アルフォスを取り合う話すらある。
 全く、とんでもない女神様だとチユキは思う。

「イシュティア様。ファラオであるマート様が見えられました」

 そんな事をしていると侍女がファラオの到来を告げる。
 ようやく来たのかとチユキは溜息を吐く。

(ギプティスのファラオはスフィンクスだったわよね。スフィンクス族に会うのは初めてだ。どんな感じなのだろう)

 チユキは初めて会う種族に興味を持つ。

「やっと来たの? 通してちょうだい」

 イシュティアがそう言うと侍女が1名の女性を連れて来る。
 すると、1名の獣人ビーストマンが現れる。

(彼女がスフィンクスなのだろうか?)

 チユキは現れた獣人ビーストマンを見る。
 スフィンクスは顔が人間でライオンの体に翼が生えている女性の姿が一般的だ。
 そのため、4足歩行するのかと思っていたが獣人ビーストマンは2本の足で歩いている。
 ただし、手足はライオンっぽく。翼が生えている所は話に聞くスフィンクスそのものであった。
 その姿は翼の生えたライオン娘と言ったところだろう。

「お久しぶりでございます。愛の女神イシュティア様」
「久しぶりね、マート。こちらに来て話を聞かせて頂戴」

 ファラオであるマートは胸の所で腕を交差させて頭を下げると、イシュティアは彼女を近くに呼ぶ。
 
(やはり彼女がスフィンクス族出身のギプティスのファラオであるマートなのね)

 チユキはマートの事を聞いていた。
 天秤の主マート。
 ギプティスのファラオにして、他の国のファラオ達を監督する立場にある。
 公正な性格をして、ジプシールの神々が定めた法を厳格に執行する。
 マートの羽より重い者は裁かれ永劫の苦しみを味わうと言われている。
 様々な種族が共存できるのは彼女の手腕であった。

「はい。イシュティア様」

 マートはイシュティアの前へと来る。
 マートは黒いオカッパの髪にハヤブサの形の金細工の飾、品の良い白いワンピースには金糸をあしらっている衣装を着ている。
 その凛とした佇まいに、チユキは目を奪われる。

「では、マート。教えてくれるかしら?なぜアルナックへの道が封鎖されているの?」
「はい。ですがイシュティア様。その前にその方達はどなたなのでしょうか? できれば客殿には聞かれたくはないのですが……」

 マートはチユキ達の方を見る
 チユキ達の事を聞いていないようであった。

「彼が光の勇者レイジよ、マート。貴方も噂は聞いているでしょ? そして、その隣にいるのがレイジの仲間のチユキよ」

 イシュティアが紹介するとマートは驚く。

「それでは、貴方がハルセス様をブッ飛ばした。光の勇者なのですね?」

 マートは眉を顰める。
 チユキはレイジがジプシールの光の神であるハルセスをブッ飛ばしていた事を思い出す。

(もしかして、不味いのでは? ジプシールの神を傷つけたレイジは大罪人なのかも……)

 チユキはレイジの横顔を見る。
 すました表情である。
 何とも思っていないようであった。
 これで、解毒薬の材料を手に入れる事が出来なかったらどうしようと、チユキは不安に思う。

「マート。男の戦いに女が口を出すべきではないわ。それに、何か問題起こっているのでしょう? 彼ならば解決できると思うのだけど?」

 イシュティアがそう言うとマートは考え込む。

「確かに今起こっている問題はわたくしの手に余りますね。それにハルセス様の事はいずれアルナックに向かわれるのでしたら、彼の地で裁定が下されるでしょう。わかりました、光の勇者の力を借りる事にします」

 マートは頷くと、説明を始める。

「アルナックへの道を封鎖した理由なのですが、実はその道でアルナックの神官が数名行方不明になっているのです」
「アルナックの神官が? という事はスフィンクスなの?」

 イシュティアの問いにマートは頷く。

「はい。おそらくは何者かに殺されたのだと思います」

 チユキはマートの言葉に驚く。
 スフィンクスは他の地域では魔獣扱いだが、このジプシールでは神々の眷属であり、ジプシールに住む獣人ビーストマン達の頂点に立つ神聖なる存在だ。
 つまり、スフィンクスを殺すという事は神に背く大罪である。
 そして、チユキが調べたところによると、スフィンクスは天使に匹敵する程の力を持つはずであった。
 そのスフィンクスを殺せる程の者がジプシールにいる事になる。

「それで、危険だから、道を封鎖しているわけね」
「はい今、アルナックへの道は危険です。軍神イスデス様がその何者かを捜索している最中なのです」

 イスデスはジャッカルの頭をした犬人の神だ。
 軍神として有名でジプシールの守護者でもある。
 そのイスデスが調査をしているようであった。

「でも、それなら大丈夫よ、マート。私のレイジは強いのよ。何者かわからないけど返り討ちにしてくれるわ」

「確かに噂通りの強さならば問題ないでしょう。あの暴神ラヴュリュスを打ち破った力を借りることにいたします」

 さりげなくレイジを私のもの呼ばわりするイシュティアにマートは頷く。

(これで、アルナックへの道は開かれたわ。何が待ち構えているかわからないけど、先に進むしかないようね)

 チユキは行く先を不安に思うのだった。





 トトナと共にキマイラに乗り星の海を飛ぶ。
 キマイラの上から地上を見下ろすと、ギプティス王国の街の灯が見える。
 そのギプティス王国の周囲にはジプシールを象徴する建造物であるピラミッドがある。
 その横には巨大なスフィンクスの像。
 ピラミッドは魔法の装置であり、ジプシールの国々を守る魔法の結界を張るために各地に配置されている。
 巨大なスフィンクスの像は実はゴーレムであり、ピラミッドを守るためにその側に鎮座している。
 本来ならスフィンクス族には女性しかいない。
 しかし、このスフィンクス型ゴーレムは男性の顔をして翼がない。
 なぜ、そうしているのかはわからないが、クロキは面白く思う。

「あれが、ギプティス王国なのですね? トトナ?」

 クロキは前でキマイラを操るトトナに聞く。

「そう、あれがギプティス。ジプシールで最大の国」

 ギプティスはジプシールで最大の国にして、アルナックに行くための関所でもある。
 このギプティスを治める、スフィンクス族のファラオの許可がなければ、アルナックに行くことは許されない。
 クロキとトトナはキマイラに乗りギプティスの王宮へと向かう。
 王宮に近づくと突然複数の矢が飛んでくる。

「トトナ!? 矢が来ます!!」

「わかってる。メジェド。キマイラが飛んできているから、仕方がない」

 慌てるクロキとは裏腹にトトナは落ち着いている。
 おそらく、キマイラが襲撃してきたと思っているに違いない。
 何とか敵ではない事を伝えなければならないだろう。

「どうするのですか? トトナ?」
「説明するのが面倒くさい。このまま突破する」
「えっ!?」

 トトナがキマイラの速度を上げる。
 飛んでくる矢は届く前にキマイラの炎により燃え尽きる。

(無茶苦茶だ!!)

 クロキはトトナの意外な面を知り驚く。
 キマイラは王宮の上を飛び中庭へと降りる。
 王宮の中庭に降りると槍と弓を持った犬人に取り囲まれる。

「待ちなさい! 戦士達よ! 私は知識の神トトナ! ファラオであるマートを連れて来なさい!!」

 トトナが叫ぶと犬人の戦士達が顔を見合せる。
 戦士達の誰かが、後ろに下がるファラオを呼びに行ったのかもしれない。
 程なくして翼を持つ女性が一名現れる。
 黒く長いオカッパの頭にハヤブサの形を金細工が星の光りを反射している。
 両腕には毛が生えていて猫科の動物を思わせる。
 気品のある顔立ちにきびきびとした足取りをして、クロキ達に近づく。

(彼女がスフィンクス族出身の王(ファラオ)なのだろう?)

 クロキは現れた獣人ビーストマンの女性を見る。

「お久しぶりでございます。トトナ様。イシュティア様に続いて、貴方様まで来られるなんて……」
「久しぶりマート。イシュティア様はもうこのギプティスに来たのね」

 そう言うとトトナはキマイラを降りる。
 その後にクロキも続く。

「はい、今しがた来られて、このギプティスを発ちました」
「なるほど、それなら今から行けば追いつけるかもしれない」

 今回はレイジ達を助けるのが目的だ。
 正体さえ気付かれなければ側にいた方が良いだろう。
 後を追いかけて合流した方が良いかもしれなかった。

「マート。アルナックへ行かせてもらうけど良い?」

 トトナは一応マートの許可を得ようとする。

「お待ちください。トトナ様。今アルナックへの道は危険です」
「何か問題が起こっている事は知っている。でも大丈夫、マート。私には強い味方がついている」

 トトナは「フッ」と笑う。
 クロキはトトナのこんな表情を見るのは初めてであった。

「確かにトトナ様達には強いと噂の光の勇者がおりますね。彼がもう少し線が細かったら危ない所でした……」

 マートがうんうんと頷く。
 何故か最後の方の言葉小さくなる。

「わかったのなら。行かせてもらう」
「いえ! まだです! お待ち下さい! トトナ様!!」

 しかし、マートはそのまま行こうとするトトナを呼び止める。

「何? マート?」
「その者を連れて行くつもりですか?」

 マートの目が険しくなっている。

「この子なら大丈夫。私の支配下にある」

 トトナがキマイラを指して言う。

「違います。トトナ様。貴方様の後ろにいる者です」

 マートの視線はメジェドの姿をしたクロキに向けられている。

「なんでしょうか? その面妖な生き物は? 怪しすぎです!!」
「えっ!!?」

 いきなり指を差されてクロキは驚きの声をあげる。

「その者から怪しい気配を感じます! いかにトトナ様といえども、その者を通す事はできません!!」

 マートはクロキを指さす。

(どうしよう? やはり、この格好は怪しすぎたか? 脱いだ方が良いだろうか?)

 クロキはそんな事を考えるが、布の下には何も履いていない。脱ぐ事は出来なかった
 暗黒騎士の鎧を呼び出せば隠す事ができるが、そんな事をすれば正体が一発でバレてしまうだろう。
 クロキとしては出来れば暗黒騎士がこの地に来ている事は隠したい。

「彼はメジェド。私の護衛。怪しい者ではない」

 トトナはすかさずフォローする。
 そのトトナの横でクロキは身振りで怪しくない事を表現しようとする。
 しかし、さらにマートの表情は険しくなるだけだった。

「何でしょうか、その怪しい踊りは? 申し訳ございませんが。危険では無いか調べさせてもらいます」

 マートはクロキに近づく。

(まずい!! 獣人ビーストマンの感性は良くわからないけど、普通は布一枚の下がスッポンポンの男は間違いなく変態だ。こんな姿は見せられない。

 クロキの額に冷たい汗が流れる。

「怪しいですね。何か危険なモノでも隠しているのではないですか?」
「エリオス美少年全裸画像集第13弾」

 マートが近づくと、突然トトナが小さく呟く。
 するとマートの歩みが止る。

「……トトナ様。何の事でしょうか?」

 マートは震える声でトトナに聞く。
 何故か、マートの頬に汗が流れている。

「貴方が寝室に隠しているモノ。寝る前にこっそり読んで自分を慰めている」
「わー!! わー!!!」

 突然マートは叫び出す。
 後ろにいる配下の犬人達が驚く。
 何事かと思っている様子であった。

「ど、どうしてそれを!?」

 マートは素早くトトナに詰め寄ると小声で聞く。

「ネルに聞いた。貴方が、か弱くて、線の細い美少年に目がないと」
「姫様~。なんで、それを知っているのですか~。しかも、何でそれをバラしてくれちゃっているのですか~」

 トトナが涼しげな表情で言うと、マートは泣き顔になる。

「あのですねトトナ様。私にも立場がありまして……そのような話は配下の前で、その……」

 こほんと咳をするとマートは真面目な顔に戻る。

(何だろう。デキる女性から、急にポンコツになったような気がする)

 クロキは思わず脱力してしまう。
 マートは自身のちらちらと後ろを見ている。
 犬人の戦士達がどういう事だろうと、クロキ達の様子を見ている。

「何も言わず、通してくれたら新作を手に入れてあげる」

 トトナが再び小さく呟く。
 その時、マートの耳がぴくりと動くのをクロキは見逃さなかった。

「こほん。わかりました。トトナ様。そこまで言われるのなら大丈夫なのでしょう」
「ありがとうマート」
「別に構いません。さすがは賢神トトナ様。私の弱い所を突くとは、……新作お願いします」
「わかった。任せてマート。さあ行こう。メジェド」

 トトナが言うとクロキは頷く。

(何だか、すごくダメなやり取りを目にしたような気がするが、気のせいだろう。うん、そうに違いない。見なかった事にしよう)

 クロキはそんな事を考えながらトトナの後ろに乗る。
 キマイラは咆哮すると再び星空へと飛び上がるのだった。

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

次回予告です。
「アルナックへと向かうチユキ達は途中で襲撃者に襲われる。その時チユキは巨大な蛇を目の当たりにするのだった。次回蛇との遭遇。ポロリもあるよ」

次回も暗黒騎士物語をよろしくおねがいします。
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