暗黒騎士物語

根崎タケル

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第6章 魔界の姫君

第29話 女神は貴方を離さない

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 ヴェロス王国に戻る途中。日が落ち始めたので戦士達は野営の準備を始める。
 そんな戦士達の間をレムスは歩く。
 戦士達の数は行く時よりも半分ぐらいの人数であった。
 それだけ、被害が多かったと言う事である。
 レムスとカリスも剣の乙女シロネの助けがなければ死んでいただろう。
 運が良かったとレムス思う。
 やがて赤熊の戦士団の野営地へレムスは辿り着く。

「ただいま戻りました団長」

 レムスが天幕に入ると団員のほとんどが集まっていた。

「ああ、ごくろうだったな、レムス。で、どうだった?」

 団長のアルカスがレムスを労う。
 レムスは先程までポルトス将軍の元に報告のために行っていた。
 本当は団長であるアルカスが行かなくてはいけないが、怪我をしてしまったので代わりにレムスが行っていたのだ。
 ポルトス将軍はその報告書類をまとめてヴェロス王に謁見するだろう。

「まだ、わかりません。ですが報酬は出ると思います」

 レムスはポルトス将軍から聞いた話をする。
 森の異変を解決することは出来なかった。
 そもそも、人の手に負えるものではなかった。
 何しろ、あの光の勇者ですらどうにも出来なかったのだ。
 だけど、その森の危険性がわかっただけでも成果だと将軍であるポルトスはレムスに言った。
 だから、報酬は出るとレムスは思う。
 栄えあるトールズの戦士が金に固執するのは良くない事だ。しかし、背に腹は代えられない。
 お金がなければどうにもならない事は多いのだ。

「そうか、それじゃあまとまった金が入る事だし、予定通りアリアディア共和国に行くとするか!!!」

 アルカスがそう言うと団員達がおおっと叫ぶ。
 アリアディア共和国は遥か西にある大国である。
 そのアリアディア共和国のあるミノン平野には強力な魔物が潜む大迷宮がある。
 赤熊の戦士団はその迷宮に挑戦するために向かうつもりだ。
 最初から、この仕事が終わったら向かう予定だったのである。
 もっとも、それは表向きの理由だ。
 実は迷宮よりも世界一の大国を見に行く事が目的だったりする。
 ずっと戦ってばかりだったので、たまには良いだろうとレムスは思う。

「世界一の大国か、行くのが楽しみだね、レムス」

 カリスが嬉しそうに言う。

「そうだね。カリス。大国なのだからきっと色々な本があるだろうな~」

 カリスと同じくレムスも楽しみであった。
 レムスはアリアディア共和国の事を思い浮かべる。
 黒髪の賢者チユキの紹介でリジェナという女性を頼る事になっている。
 向こうに付いても路頭に迷う事はないはずであった。

「ぐふふふふ。世界一の大国か、色々な美女がいるのだろうなあ」

 レムスの側にいるトルクスがいやらしく笑う。
 その笑い声を聞いてレムスは眉を顰める。
 明らかにトルクスの性格が変わっている。
 あの森の影響で頭がおかしくなったのかもしれないとレムスは推測する。
 カリスがそっとレムスの後ろに隠れる。
 怖れ知らずのカリスにしては珍しい事であった。
 それとも、カリスの持つ獣の超感覚がトルクスから何かを感じ取っているようであった。
 レムスとしては以前に比べて丸くなったので、助かる。
 しかし、どうしても違和感が消えない。
 トルクスはアリアディアの事を考えてにやにやとしている。
 以前はこんなスケベエではなかった。
 レムスとカリスはそんなトルクスを眺めるのだった。






 邪神達との戦いから一晩が経過した。
 しかし、チユキ達は未だにエルド王国に戻れていない。
 2隻の空船は並んで青い空をゆっくりと進んでいる。
 チユキは甲板から外を眺める。
 外には白い雲がのんびりと通り過ぎている。
 とても、のどかであった。
 普通ならこの高さを飛んでいたらかなり空気が薄く、肌寒い。
 しかし、魔法で守られた空船の甲板の上は快適であった。

「どうぞ、美しき黒髪の女神チユキ様」

 チユキが外を眺めていると半裸の男性の天使が飲み物をすすめてくれる。

「えっ、ええ。ありがとう」

 チユキがお礼を言うと杯に果実酒を注いで渡してくれる。
 彼は愛と美の女神イシュティアに仕える愛の天使である。
 愛の天使達は時々下界に降りては、人間の願いを聞いて縁結び等をする。
 恋人が多く生まれ、人の数が増える事で人類の発展に貢献しているのである。
 注ぎ終わると愛の天使はにっこりと笑って離れる。
 チユキはなるべく彼の方を見ないようにする。
 彼らはほとんど裸だ。
 小さな前掛けの隙間から、ぷるんぷるんとしたものが見え隠れしている。
 まともに見る事が出来ない。
 だから、チユキは彼らの方を見ずに違う方向を見る。
 チユキの目の前には様々な美食が並べられ、変声期を迎えていない人間の美男子達が歌っている。
 これらは全て愛と美の女神イシュティアがこの船に持ち込んだものである。
 そのため、レーナの空船の甲板は小さな宴会場へと変わってしまった。

「全く何をやっているのかしら……」

 チユキは溜息を吐く。
 チユキ達はレーナの空船に乗ってエルド王国へと戻る最中である。
 転移魔法を使えばすぐに戻れる。
 先程エリオスに帰還した知識と書物の女神トトナのようにだ。
 チユキは彼女と色々と話をしてみたかったのだが、兄である力と戦いの神トールズの治療のため一足先に戻らざるをえなかった。
 チユキはそれを残念に思う。
 チユキ達もシロネが気になるから転移魔法で早く帰りたいのだけど、それは出来なかった。
 なぜなら愛と美の女神イシュティアがレイジを離してくれないからだ。
 シロネは現在停滞の魔法をかけられ、眠るように横たわっている。
 停滞の魔法は肉体の時間を止める事ができる。
 これ以上、容体が悪化する事はないので、急いで戻らなくても大丈夫である。
 そのため、イシュティア達と一緒に戻る事になったのだ。
 2人はイシュティアが持ち込んだ長椅子に並んで座っている。
 彼女は自身の空船に乗らずにレーナの空船に乗り込んできている。
 そして、レイジにぴったりくっついて離れない。
 その周りにはイシュティアの侍女達がレイジをもてなしている。
 それを面白く無いと思ったのだろうかレーナはこの船にある自室に籠ってしまった。
 翌日になり、もう昼になるというのに出て来ない。
 かなり怒っているようであった。
 チユキもその気持ちは分かる。
 好きな男が他の女性にデレデレしていたら面白くないだろう。
 それに対してレイジはちょっと嬉しそう。
 まあ、あれほどの美女がヤキモチを焼いてくれているのだから仕方がないだろうとチユキは思う。
 もっとも、この船の戦乙女達は面白くない。
 イシュティアはそんなチユキ達の態度を察したのか、近侍である男性達に私達の接待をさせている。
 そのため、リノは御満悦だ。
 しかし、チユキには少し刺激が強すぎる。
 普段男性との付き合いが少ない、ニーア達戦乙女も困っているようだ。
 チユキは席を外してシロネの所にいく。

「シロネさんの様子は大丈夫ですか?」

 チユキはシロネが眠っている場所にいくと、付き添いの天使が頭を下げる。
 彼はイシュティアの配下の天使達の中でもっとも治癒魔法の能力が高い。
 だから、シロネを任せているのだ。 

「停滞の魔法をかけておりますので、大丈夫です。今ファナケア様に連絡を取り、解毒薬を取り寄せております。解毒薬さえあれば、すぐに回復するでしょう」

 天使は断言する。
 シロネは蠍神ギルタルの毒にやられていたのだ。
 トールズのように、深くは刺されなかったが、針がかすっていたのだ。
 戦っているうちに毒が回り、シロネは動けなくなったのである。
 幸い毒は神族を殺せる程には強力ではないので、シロネが死に至る事はないようであった。
 しかし、早めに解毒薬を投与した方が良く、その薬を取り寄せている最中である。

「そうだと良いのだけど……」

 チユキは横たわるシロネの顔を見るのだった。






「改めてお礼を言うよ。レーナ。ありがとう。本当は直接会いたいのだけど、彼女達が離してくれなくてね。だから通信の魔法で我慢して欲しい」
「えっ?あっそう? 別に大した事じゃないわ。アルフォス。お礼なんていらないわ」

 アルフォスが通信魔法でレーナにお礼を言う。
 今アルフォスは詩の女神ミューサ達に看病されているはずであった。アルフォスの声に混じって沢山の女性の声がレーナの耳に聞こえる。

「それにしても君が僕を命がけで庇ってくれるとは思わなかったよ。暗黒騎士には負けたけど晴れやかな気分だ」

 アルフォスはすごく感動したような声を出す。

「はあ?」

 レーナは変な声を出す。

(全く何を言っているのかしら?)

 レーナとしてはあんなのでも兄なので、助けたのは間違いない。
 だけど、命がけではなかった。

「それじゃあレーナ。エリオスで再会しよう」

 アルフォスの通信が切れる。
 何か勘違いをしているが、まあ良いだろうレーナは判断する。
 アルフォスはレーナが命がけで助けに来たと思っているようだが、それは違う。
 そもそもレーナがクロキに危険を感じるわけがないのである。
 レーナはすぐ隣で寝ているクロキの顔を見る。
 安らかな寝顔だ。先程までが嘘みたいだ。
 空船をこっそり抜け出したレーナは御菓子の城へとやって来た。
 すでに後片付けのために残ったクロキとクーナを除いたナルゴルの者達は去っている。
 そして寝室に来たときにはクロキは半ば正気を失っていた。
 無理もない。
 あれ程の力を無理やり抑え込んだのだ。
 むしろ、よく自我をあそこまで保っていられたなとレーナは思う。

「ふふ、私の為に頑張ってくれたのね。きっとすごくきつかったに違いない」

 レーナはそんなクロキを愛おしく思う。
 力の後遺症のため暴れるクロキをレーナとクーナはなんとか鎮めた。
 レーナはとても大変だったが、自身の為に力を押さえてくれたクロキのためなら耐える事ができた。
 そして、暴れ終わったクロキは気を失い眠っている。
 安らかな寝顔を見ていると、とても危険な存在とは誰も思わないだろう。

「全く。何を言っているのかしらアルフォスは? クロキが私を傷つける訳がないのに……。クロキは私を愛している。私を愛して愛してどうしようも無いはず。そのクロキが私を傷つける訳が無いわ」

 レーナはクロキの頬を撫でる。
 
「問題はクロキが私の所に来てくれない事よね。 それとも、私を攫いに来るのだろうか?」

 レーナはそれはそれで面白いような気がした。
 しかし、レーナはエリオスの女神である。
 この立場は捨てられない。
 攫いに来たら、少しは抵抗するつもりである。
 そして、クロキの力にあらがう事ができず、強引に攫われるのだ。
 レーナはその情景を思い浮かべて笑う。

「さて、そろそろ戻らないとニーアに感づかれるわね」

 レーナはそっと寝台から立ち上がる。

「戻るのかレーナ?」

 振り向くとクロキを挟んで反対側で寝ていたクーナが上体を起こしてレーナを見ている。

「ええ、そろそろ戻らないとニーアが無理やり部屋に入ってくるかもしれないもの」

 レーナはそう言って落ちている服を拾う。
 レーナは空船の自身の部屋に誰も入れないようしているが、長い時間静かだと心配して無理やり入ってくるかもしれない。
 そして、レーナが空船を抜け出した事に気付くだろう。
 そうなったら騒ぎになる。
 それまでに戻るべきであった。

「そうか……。それならレーナよ、1つ言っておきたい事がある。勇者共はやっかいだ。何をするのかわからない。しっかりと手綱を握っておくべきだぞ」
「そんな事はわかっているわよ、クーナ。だけど、レイジ達は強いわ。行動を制限するのは難しいのよ」

 レーナは額を押さえる。
 レイジ達の力は神々に匹敵する。そんな彼らを操る事は難しい。
 レーナがそう言うとクーナは「むうっ」と唸る。

「だが、あの長い黒髪の女は危険だ。クロキが元いた世界へ戻る方法を探している。それだけは阻止しなければならないぞ」

 クーナがそう言うとレーナは頷く。
 チユキは独自で元の世界に戻る方法を探している。
 クーナはその事を危険視しているのだ。

「そうね。もし、その方法を見つけたらクロキまでこの世界からいなくなってしまうかもしれないものね。もちろん、そんな事はさせないわ」

 レーナはチユキが元の世界に戻る方法を探す邪魔をするつもりであった。
 レーナは身支度を整えると再度クロキの顔を見る。
 とても無邪気に寝ている。まるでコウキのようであった。
 コウキは間違いなく父親似だとレーナは思っている。
 世話役の天使達を残しているが、泣いていないだろうかと心配する。
 そろそろ戻らねばならないだろう。
 レーナはクロキの頬にそっと触れる。

「クロキ。貴方はこの世界で私と共に永遠に生きるの!! 絶対に元の世界に帰したりしないわ!!」


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