暗黒騎士物語

根崎タケル

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第6章 魔界の姫君

第22話 邪神の争い

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 蒼の森はアケロン山脈の南に広がる森である。
 蒼の森は枝が生い茂り、昼間でも暗い。
 その奥深くには御菓子の城があり、恐ろしい魔女が住み着いている。
 魔女は多くの魔物を操り、森に入った人を食べると、そう言い伝えられている。
 レムスはその蒼の森の中をカリスと共に進む。
 他の団員達とはぐれてしまったので2人だけであった。

「大丈夫? カリス?」

 レムスはカリスの左足を見る。
 カリスの太ももにまかれた白い布が赤く染まっている。
 これは4度目の巨大な甲虫の魔物と赤帽子のゴブリン達の襲撃の時の傷である。
 獣の霊感を持つ者は高い自己治癒能力を持っている。
 だから、これぐらいの傷ならばすぐに治るはずであった。
 しかし、傷は塞がらず血を流し続けている。
 おそらく赤帽子のゴブリンの刃物には何らかの毒が塗られていたのだろうとレムスは推測する。
 しかも危険な毒の可能性が高い。
 毒の耐性も持っているカリスの傷が癒えないのだから。

「うん、大丈夫だよ。レムスの薬草のおかげだね」

 カリスは平気そうな顔をする。
 確かに大丈夫そうにレムスには見えた。
 だけど、無理はできないだろう。

「念のために持ってきた薬草が役に立って良かったよ……」

 戦いで役に立てないレムスは他の事で役に立とうと薬草学を勉強した。
 今までは自己治癒により、カリスは薬草がいらなかったから、役に立つことはなかった。
 だけど今回は役に立った。レムスは薬草の女神ファナケアに感謝する。

「みんなとはぐれちゃった。探さないと……」

 カリスは周りを見て言う。
 襲撃を受けるたびに仲間は散り散りになって、ついにはレムス達だけになってしまった。
 みんな無事だと良い。しかし、今は仲間を探すべきではない。

「駄目だよ、カリス。今は野営地に戻ろう」

 レムスは周囲を見て言う。
 森には桃色の霧が立ち込めている。
 そのため視界が悪い。
 しかも、この桃色の霧には甘い匂いがして、思考を鈍らせる。
 カリスも怪我をしている以上、ここにいるのは危険であった。

「でも……」
「団長なら大丈夫だよ。あんなに強いのだからさ」

 レムスは団長であるアルカスの無事を確信している。
 赤熊の異名を持つアルカスは強く、簡単にやられるとは思えなかった。

「それでも探しに行くなら僕もついていくよ。カリスだけに行かせるわけにはいかないからね」

 レムスははっきりと言う。

「わかった。これ以上はレムスが死ぬかもしれない。ここは一旦戻るよ」

 カリスは渋々了承する。
 戦神トールズや、その娘であるアマゾナの信徒は退く事を知らないと言われているけど、それは違う。
 大部分がそうだけど、退く事が出来る者だっている。
 カリスやアルカスがそうで、だからこそ今まで戦い続ける事ができたのだ。
 レムス達は森から脱出するべく歩き始める。

「待って! レムス!!」

 突然カリスが立ち止まる。
 カリスの瞳が豹のように金色に輝く。
 その様子から魔物が近くにいる事がレムスにはわかる。
 レムスはスリングを構える。
 非力なレムスは正面から戦う事は難しい。
 そこでレムスは遠距離から攻撃できるスリングを使うことにしたのだ。
 弾はそこに転がっている石を使う事が多いが、レムスは工夫を凝らし油脂や薬草を調合して、煙幕等の様々な効果を持つ弾を持っている。
 レムスが今もっているのは破裂すると煙幕を張る事ができる、特殊な弾である。
 レムスとカリスは互いに背を合わせ、油断なく構える。
 2人しかいないのでかなり厳しい。

「そこだ!!」

 カリスは飛び上がると霧の奥にいる者に斬りかかる。
 ガキンと金属のぶつかる音がする。

「待って!! 待ってくれ!!」
「えっ?」

 カリスの戸惑う声。
 そして、覚えのある声がレムスに聞こえる。
 レムスはカリスが飛び掛かった先へと向かう。
 近づくと知った顔が見える。

「トルクス!!?」

 カリスは驚く声を出す。
 そこにいたのは同じ赤熊の戦士団団員のトルクスだった。
 トルクスはカリスの斧を剣で防いだ状態で立っている。

「そ、そうだよ! 仲間のトルクスさんだよ! 間違えないでくれよ!!」

 トルクスは笑いながら言う。
 レムスはその笑い声がなんだかいつもと違うように感じる。

「ごめん! トルクス! ゴブリンだと思っちゃった!!」

 カリスは斧を引いてトルクスに謝る。

「酷いなあ!! カリスちゃん! どっかどう見ても人間だろ! ゴブリンじゃないだろ!!」

 トルクスは両手を広げて自身を見せる。
 その言葉にレムスは疑問に思う。
 トルクスはカリスの事をちゃんづけで呼ばないからだ。
 姿はトルクスだけどまるで中身が別人みたいであった。

「確かにトルクスだね。ごめん、霧で感覚がおかしくなっているのかも……。仲間をゴブリンと間違えるだなんて」

 カリスは首を傾げる。
 その時だった。
 突然、空が輝くと何者かが降りて来る。

「カリスちゃん! 無事だったのね!!」
「シロネ様!?」

 レムスは降りて来た者を見て驚く。
 空から降りて来たのは勇者の仲間のシロネであった。

「空から貴方達が見えたから降りて来たの。無事で良かったわ」

 シロネはレムス達を見て笑う。

「この森は貴方達の手にはおえない。これは将軍の命令でもあるわ。さあ早く撤退して。あちらに進めば野営地に出られるわ」

 シロネはそう言って、森のある一点を指差す。

「ありがとうございます。それから団長達は……」
「ああ、あの赤熊のおじさんなら無事だよ、今頃戻っているかも……、ん?」

 レムス達を見るシロネの目がある一点でとまる。
 そこにはトルクスがいる。
 トルクスは横を向いてシロネから目を反らしている。
 その顔から大量の汗が流れているのがレムスには見える。

「ゴブリンっぽい顔……。どこかで見た事があるような?」

 シロネはトルクスをまじまじと見る。
 トルクスは相変わらず顔を反らしている。

(その態度は失礼じゃないだろうか? そして、トルクスがゴブリン顔とはどういう事だろう?)

 レムスは疑問に思う。
 レムスが見る限り、トルクスはどちらかといえば男前だ。醜いゴブリンには似ていない。

「あのシロネ様。この森に入る出陣の時に僕達は最前列にいました。その時ではないでしょうか?」

 レムスは一応そう言う。

「そうかな……。でも、まっ、良いか。君達は早く戻るんだよ。この辺りには魔物はいないから、あっちの方角を真っ直ぐ歩けば戻れるはずだよ」

 そう言ってシロネは再び空を飛ぶ。

「助かった~」

 トルクスは安堵の溜息を吐く。
 助かったとはどういう意味だろうとレムスは疑問に思う。

「どうしたの、トルクス? 顔色が悪いよ」

 カリスが心配そうに言う。

「ははははは! いやいや、何でもない! さあ早く行こう!!」

 トルクスは大声で笑うとシロネの指した方角を歩きはじめる。

「何だろう一体?」

 レムスとカリスは顔を見合わせるとトルクスの後を追うのだった。








「誰が! お前なんぞにレーナを渡すか――――!!!!!」
「振られた男共がみっともないぜ!! 返り討ちにしてやる!!」
「誰が振られただと!! その言葉を取り消せ!!!」
「手前をぶっ殺せば!! レーナも目を覚ますだろうよ!!」
「やっちまえ――――!!」
「おらあああああああ!!」

 御菓子の城のはるか上空でレイジと邪神達の戦いが目の前で繰り広げられる。
 その様子は完全に乱戦であった。
 そのため、チユキは魔法の援護がしにくい。

「チユキさん。あの争いに入って行きたくないんだけど」

 リノが困った顔をして言う。

「私もよ、リノさん。でも、戦いが長引くようなら、加勢をしないといけないわね 」

 邪神達は興味がないのか、レイジを除きチユキ達をガン無視である。
 そもそも、彼らが何でレイジに喧嘩を売っているのかというと、レイジをレーナの恋人と認めたくないからだ。
 彼らの言葉からもそれはわかる。
 レイジもまたレーナを賭けて、彼らの挑戦を受けている。
 退くつもりはないようであった。

「チユキさ~ん。リノちゃ~ん」

 シロネの声が聞こえる。
 チユキが声のした方を見るとシロネとナオがこちらに飛んで来るのがわかる。
 シロネは翼を生やし、ナオは半獣形態になっている。
 彼女達は自由戦士を撤退させに行ってもらっていたのだ。

「ご苦労様。2人とも。どうだった?」
「被害は大きいっすね。でも生き残った人達は全員撤退をしてるっすよ」
「カリスちゃんとレムス君も無事だよ」
「そう。良かった。カリスさん達は無事なようね」
「ところでこっちはどうなの? チユキさん?」
「見ての通りよ。シロネさん。レイジ君だけで大丈夫っぽいわ」

 チユキはレイジ達の方を見る。
 邪神達の数は多いが、優勢なのはレイジの方だ。
 たった一人で邪神達を圧倒している。
 これはレイジが強いというよりも、邪神達の足並みが全くそろっていないからである。
 むしろ足を引っ張り合っている。
 まあ彼らにすればレイジと同じく他の邪神もまた敵なのだろう。

「レーナちゃんはボクチンのです!!!」
「おいデブ!! 何を言っていやがる!! レーナは俺んだ!!」
「何を言っているでおじゃる!? 天上の美姫にふさわしいのはこの麻呂でおじゃる!! 気持ち悪い下賤の者は下がるでおじゃるよ!!」
「なんだとこの野郎!! 手前の方がよっぽど気持ち悪いんだよ!!」
「その通りだ! このキモ野郎!!! 手前からぶっとばしてやろうか!!」

 邪神達の怒声がここまで聞こえる。

「何だか仲間割れを始めたよ、チユキさん……」

 リノが何をやっているのだろうという顔をする。
 レイジを放っておいて、邪神の一部が別に争いを始め出した。

「ホントね……。まあおかげでレイジ君は大丈夫みたいだけど。それにしても、見ていて、とても醜い。実に醜いわね」

 チユキは呆れた顔をして仲間割れをした邪神達を見る。
 シロネとナオも白けた顔をしている。

「レーナと●×△をするのは俺だ!!」
「いや!! 俺様だ! あのでっかいお〇ぱいで□×▲をして楽しんでやる!!!!」
「何を~! だったら我はレーナ殿と◇■×〇●をしてやる!!!!!!!!!」
「なんて下品な奴らだ! 俺様のお○ぱいを横取りするつもりか!!!!」
「はあ~?! 何を言っておる!! お主は! レーナちゃんの芸術的なおっ○いは儂のものじゃ~!!!!!」

 聞くに耐えない下品な言葉が飛び交っている。
 彼らの声は無駄に大きい。
 耳を塞いでも聞こえてきそうであった。
 チユキはちょっとレーナが可哀そうになってくる。
 チユキ達は頭を抱える。

「ねえ、極大の爆裂魔法で吹き飛ばしても良いかしら?」
「いや!! 気持ちはわかるっすけど! 駄目っすよ、チユキさん! レイジ先輩もいるっすよ!!」

 チユキが極大の爆裂魔法で全員を吹き飛ばそうとするのを、ナオは慌てて止める。
 しかし、チユキにとってはあの争いに積極的に参加しているレイジも吹き飛ばしたい気持ちだったりする。

「はあ、全く何をやっているのかしら……」

 チユキ達は白けた目で争いを眺める。

「でも、チユキさん。いい加減、加勢をしないと争いが終わりそうにないよ」
「そうね、リノさん。私達もそろそろ動くべきかしら」
「おや、それは困るねえ。ゲロゲロ」

 チユキがそう言った瞬間だった。
 突然何者かに声をかけられる。
 チユキは声がした方を見ると、そこには三つ首の蛙の姿をした者が浮かんでいる。

「ゲロゲロ、邪魔をさせるわけにはいかないねえ。ここはこの婆が相手をしてあげるよ。ギルタル、手伝ってもらうよ。見てばかりじゃつまらないだろ」
「仕方がありませんね。ヘルカート殿。手伝ってあげましょう」

 蛙のお婆さんがそう言うと今度は赤銅色の肌をした男が蛙のお婆さんの横に出てくる。

「あれ? 結構イケメンさん」

 リノがギルタルを見て呟く。

「惑わされないでリノさん。蠍の尾が生えているわ。おそらく本当の姿は違うわ」

 チユキはギルタルを見る。
 ギルタルは一見普通の人間の男性に見えるが、衣装のから蠍の尾が見えていた。
 そこから、本当の姿は別なのだろうとチユキは判断する。
 
「彼らには共倒れになってくれなければ困るのですよ。ですからお嬢さん達には、このまま大人しくしてもらいましょうか」

 ギルタルは笑うと姿を変えていく、肩から巨大な鋏が生え、腕と足が増える。
 肌も甲殻類のように変形していき、最終的には蠍が直立した姿へと変わる。
 ギルタルが化け物の姿に変わり、リノが残念そうな声を出す。

「みんな下がって! 多分強いよ!」

 シロネが剣を構える。

「さて、この婆とギルタルがお前さんたちの相手をしてあげるよ。ゲロゲロゲロ」

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

少し加筆です。
この世界でもスリングはあります。
主にゴブリンが使う武器だったりします。

なかなか思った以上に執筆が進まなかったりします。
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