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第6章 魔界の姫君
第7話 アスピドケロンの島
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魔王宮の北西の沿岸にはオーク族の国であるノソイ王国がある。
クロキとポレンは今その国に来ている。
オークはモデスの母ナルゴルにより作られた種族だ。
モデスがナルゴルを裏切った時にオーク族は2つに分かれた。
ナルゴルが倒された今では、モデスに従わなかったオーク達は神の加護を失って力が弱くなり、従ったオークは強くなった。
モデスに従うオークのほとんどはナルゴルに住んでいる。
そのためナルゴルの地の外のオークは原始的な暮らしをしている。
それに対して、このノソイ王国の文明レベルはこの世界の人間達に比べても引けを取らない。
オークといっても様々な種類がある。
支配階級である女性のオーク、戦士階級である黒肌のブラックオーク、司祭階級の青肌のブルーオーク、奴隷階級である緑肌のグリーンオークだ。
たまに赤肌のレッドオークが生まれる事があるが、例外であり通常数に含めない。
オーク族は女性の数が極端に少なく、そのほとんどは男性である。
ただし、女性は多産であり、他の種族と子どもを作る事も可能なので数は多い。
また、ブラックオークが父親であれば生まれる男の子もブラックオークになるわけではなく、どの肌色のオークが生まれるのかわからない。
クロキはノソイの城の窓から外を見る。
城は海に突き出たように建造され、窓から多くの船が停泊している様子が見えた。
ここからクラ―ケンのいる海へと行く予定だ。
ナルゴルの地は暗く、その近海もまた暗くどんよりとしている。
海水浴には向かないのは確かであった。
「あのクロキ先生。本当に行くのですか? 船が沈んだりしないのでしょうか?」
クロキの横にいるポレンが不安そうに言う。
ポレンは行きたくなさそうであった。
クロキはその表情を見て、失敗だったかなと思う。
クラ―ケンを獲る事を思いついたのはモデスとポレンを仲直りさせたかったからだ。
両者とも相手を大事だと考えているように思っているのは確かである。
だからこそ、これがきっかけになればとクロキは思ったのだ。
しかし、無理矢理連れて出しても、良い事にはならない。
これでは余計な事をしているだけだ。
他者の気持ちも考えず、考えを押し付ける事はしてはいけない。
だけど、ここまで来て今更引く事は難しい。
「大丈夫ですよ、殿下。そんな簡単に沈んだりしませんよ。それにいざとなれば空を飛べば良いのですから」
クロキはなるべく明るく答える。
本当はクラ―ケン漁で沈む船はあるらしい、しかし不安をあおるような事は言えない。
「あの……。私……飛翔の魔法を使えないし、泳げないのですが」
ポレンは不安そうに言う。
その目はとても泣きそうだ。
「その時は自分が抱えて飛びます。だから大丈夫ですよ、殿下」
クロキはこれで不安を払しょくできるかわからないが言ってみる。
これで「何、言ってんの?」とか思われたらどうしよう。
「抱えてくれる!? 本当に!?」
クロキの心配とは裏腹に、突然ポレンは目を開いて大声を出す。
その顔は何かを期待しているみたいであった。
「あの……。殿下」
「よっし! 俄然やる気が出てきた! これはぜひとも船から落ちないと!!」
先程と違いポレンが元気になる。
(何故かはわからないが、やる気になってくれたなら良しとしよう)
クロキがそんな事を考えていると誰かがこちらにやってくる気配を感じる。
「ここにいましたか。殿下に閣下」
やって来たのはノソイの女王であるネフである。
ネフはクロキ達に頭を下げる。
「港を貸して頂きありがとうございます。女王ネフ殿」
クロキはネフにお礼を言う。
「いえ、いえ。これぐらいおやすい御用ですよ。それからこちらは我が娘のエザサ。此度の旅のお供に連れて行って下さい」
「エザサです。よろしくお願い致します、殿下に閣下」
「いえ、こちらこそよろしく頼みます。エザサ姫」
女王の娘という事は姫という事だ。しかし、オーク族であるためクロキよりも体格が良い。そのため、姫と呼ぶ事に違和感があった。
そもそも、オーク族は男性よりも女性の方が強く、体格も男性よりも女性の方が大きいのだ。
有名なオークであるグレンデルも、母親には敵わなかったとクロキは聞いていた。
また、オークの女性は特殊なフェロモンを発していて、オークの男性はそのフェロモンを嗅ぐと逆らえなくなる。
女性を中心とした社会を築くのもそれが理由であった。
「エザサ~。でかいのが来たぜ」
間の伸びた声で一匹のブラックオークが入って来る。
「あんた! 殿下と閣下の前だよ! まずは挨拶をしな! 申し訳ございません閣下! これはあたいの第一の夫のオスマでございます。力は我が国一なのですが、どうにも気が利かなくて……」
エザサが頭を下げる。
かなり、強そうなオークに見えるが完全にエザサの尻に敷かれている。
オークの女性は複数の夫を持つのが普通であり、オスマはその夫の中の筆頭のようであった。
オスマは強そうだが、頭は良くなさそうで魔王の娘がいても気にする様子はない。
もっとも、クロキもポレンもその態度を気にしたりはしない。
「いえ、気にしないで下さい。エザサ殿。それよりもでかいのとは? もしかして?」
クロキはさっきオスマが口にした事を尋ねる。
「はい。どうやら到着したようです。アスピドケロンが」
エザサの言葉でクロキは再び城の外を見る。
すると島が1つこちら来るのが見えた。
島が来ると言うのは何かの比喩ではない。
実際にその島は動いていて、ノソイへと近づいて来ているのだ。
島に見えたのは大海獣アスピドケロンである。
巨大な亀の姿をした海獣は甲羅部分を常に水面に出して泳ぐ。
やがて、この甲羅にはコケが生え、土が溜まり、植物が育ち島のようになる。
アスピドケロンはとても大人しい性格をしているので、上に住むことも可能である。
モデスはこのアスピドケロンを飼いならし、甲羅の上に別荘を作っている。
クロキ達はこのアスピドケロンに乗って氷海の近くまで行くつもりだ。
アスピドケロンから何かが飛んで来る。
飛んで来るのは竜を人間サイズまで小さくした者だ。
「お待たせいたしました。殿下に閣下」
やって来たのは竜魔将軍リブルム。
リブルムはこのアスピドケロンの管理者でもある。
リブルムはドラゴニュートと呼ばれる種族で、竜と人が合わさったような姿をしている。
ドラゴニュートは平均で体長2メートルほどあり、蜥蜴人の上位種族である。
またドラゴニュートは蜥蜴人と違い周囲の景色に溶け込む能力はないが、空を飛ぶ翼と強力な戦闘能力を持っている。
ただ、竜を信仰する所は同じで、竜の因子を持つクロキに対しても敬意を持って接してくれる。
そのリブルムが来た事で用意を整ったようであった。
「いえ、そんなに待ってはいませんよ。リブルム将軍殿。それでは殿下。行きましょう」
「はい!! クロキ先生!!」
◆
ダークフェアリーのティベルの気配を感じて、屋敷の寝室で目を覚ます。
クロキを見送った後、再び寝ていたようだ。
周りを見るとグゥノ達はまだ寝ている。
情けない奴らだとクーナは思うが、特に何も言うつもりはなかった。
「クーナ様ぁ~。大丈夫ですか~」
クーナが起きるとティベルが騒がしく飛んで来る。
「騒がしいぞ。ティベル。大丈夫に決まっているだろう」
ティベルは何故かクーナがクロキに苦しめられていると思っているようであった。
説明するべきかクーナは迷うが、ティベルは頭が悪いので相手にしても仕方がないと諦める。
「そうですか~。クーナ様は一緒に行かないのですか?」
「男が外にいる時に家を守るのも妻の仕事だ。もちろん、帰って来た時には、愛情を持って出迎えるぞ」
「なるほど~。エプロンだけを着てた時の事ですね~」
「そうだぞ。ティベル。あれをやるとクロキはすごく喜ぶ」
「さすがクーナ様ですぅ~」
ティベルは楽しそうに部屋の中を飛ぶ。
「そんなに褒めるな。ティベル。それから何か報告があるのではないのか?」
「そうでした~。クーナ様ぁ~。勇者達はまだ、ヴェロスに来ていないようですぅ~。全く寄り道が多い奴らですぅ~」
ティベルの報告を聞いてクーナは何をやっているのだと思う。
「そうか、引き続き道化に見張らせろ。それに師匠がどう動くのかも気になる」
そう言ってクーナは蒼の森の方角を見るのだった。
◆
御菓子の城の大広間をゴズは歩く。
白い焼き菓子の床は歩くたびに甘すぎる匂いがして、大量に嗅いだゴズは気分が悪くなる。
ゴズは甘い物が何よりも嫌いなのだ。
大広間には赤帽子を被ったゴブリンの戦士達が整列している。
赤帽子はゴブリン達の中でも特に特殊な戦士に与えられる帽子だ。
ただ力が強いだけでは赤帽子は授けられない。
あらゆる戦闘技能を持った者だけが赤帽子を授けられる。
正直に言って敵に回したくない奴らであった。
大広間の奥には赤帽子達の主人であるゴズの母が偉そうにふんぞり返っている。
ゴズはその母の前まで行くと跪く。
「良く来たね。ゴズ」
ゴズの母ダティエは機嫌悪そうに言う。
ゴズは母親の顔を見る。
心なしか顔色が悪い。
そのため醜い顔がより醜く見えた。
(かなり、追い詰められている。さすがの母もあの白銀の魔女は怖いようだな)
ゴズは白銀の魔女クーナの姿を思い出す。
白銀の魔女はとても美しいが、その心は氷海の風よりも冷たい。
その白銀の魔女クーナにダティエは追い詰められている。
精鋭の赤帽子を連れて来ているのが何よりの証拠である。
ゴズは心の中で母を嘲笑う。
「母上。一体何の御用でしょうか?」
ゴズはすっとぼけて聞く。
あの暗く冷たい牢獄に閉じ込められた恨みを忘れてはいない。
「とぼけるな。ゴズ。また牢に戻りたいのかい? お前はこれから来る勇者の相手をするんだよ。もし、勇者を倒す事が出来たら、これまでの事を許してやるよ」
ダティエはそう言って笑う。
ゴズを呼び出したのは少しでも戦力が欲しいからだ。
ダティエはゴズを勇者にぶつけるつもりなのである。
(とぼけた事を言うのはどっちだよ。これっぽっちも勝てるとは思っていないくせによお)
ゴズは心の中でそんな事を考えるが、当然顔には出さない。
「本当ですか母上! きっと勇者を倒してみせましょう」
ゴズは嬉しそうな声を無理やり出す。
もちろん、まともに戦うつもりはない。
絶対に隙を見て逃げ出してやるつもりだ。
「ああ、必ずだよ。必ずこの母を守っておくれ……」
「どうやら相当追い詰められているようだね。ダティエ」
突然、大広間の天井から声がする。
すると突然黒い球が現れる。
黒い球は大広間の真ん中へと降りて来る。
突然現れた黒い球に赤帽子達が武器を抜き取り囲む。
黒い球は大広間の床に降りると突然霧散する。
中から現れたのは三つ首のカエルの顔を持つ者であった。
「ヘ!? ヘルカート様っ!? どうしてここに!?」
ダティエは三つ首の蛙頭の者を見るなり、駆け寄って跪く。
その姿にゴズは驚く。
それは無理もない事であった。なにしろあの大柄な母が額を床にこすり付けているのだ。
赤帽子達も仕える女王の様子に驚いている。
現れたヘルカートとか言うカエル女はダティエに対してかなり小柄だ。
そのため、その姿は異様に見える。
(何者だ?)
ゴズはヘルカートを見る。
「顔を上げな。ダティエ」
「はい……。ヘルカート様……」
顔を上げたダティエの顔は涙と鼻水でさらに酷くなっていた。
「全く馬鹿な事を考えたもんだね。あの暗黒騎士に手を出そうだなんて。お前の色馬鹿にも飽きれるよ……。少しは押さえようとは思わないのかい?」
そう言ってヘルカートは母の側に控える人間の男共を見る。
全員美青年だ。
ただし、その瞳は虚ろである。
魔法や薬でそうなっているのではなく、無理やりダティエの相手をさせられたからである。
「あううう……」
ダティエは力なく項垂れる。
「全く、親子は……。どうしようもないね、ゲロゲロゲロ」
ヘルカートはそう言ってゴズを見る。
その六つの目がゴズを捕える。
とんでもない圧力であった。
(俺の事も知っているだと!?)
睨まれてゴズは尿意が込み上げて来る。
漏らしそうであった。
ゴズは逃げだしたいが、逃げれば殺されるだろう。
再びヴェロスの色街に行くまでは死ぬつもりはないのでゴズは我慢する。
「良いかい? ダティエ? あの黒い嵐の暗黒騎士は可愛いモデス坊やにとって有益な存在だ。あんたよりもね。それを敵に回すようなら殺すよ」
そう言うとヘルカートの体から強力な魔力の風が発せられる。
「わかってますぅ! ヘルカート様ああ! だから、助けて下さいいいいい!!!」
ダティエは再びひれ伏し、ヘルカートの足にすりよる。
「全く調子の良い奴だね。仕方がないね。今回だけは助けてやるさ。良い方法を思いついたからね。そいつを試してみるさ。ゲロゲロゲロ」
ヘルカートは笑う。
その顔はダティエに負けず不気味であった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
みんな大好き?ゴズの再登場です。
そして、オークですが、かのト〇ルキン先生はベオウルフのグレンデルを元ネタにされたようです。
グレンデルはオークナスと呼ばれる種族で、そこからオークが生まれたそうです。
女性が強いのもグレンデルの母親の方が強かった事からだったりします。
クロキとポレンは今その国に来ている。
オークはモデスの母ナルゴルにより作られた種族だ。
モデスがナルゴルを裏切った時にオーク族は2つに分かれた。
ナルゴルが倒された今では、モデスに従わなかったオーク達は神の加護を失って力が弱くなり、従ったオークは強くなった。
モデスに従うオークのほとんどはナルゴルに住んでいる。
そのためナルゴルの地の外のオークは原始的な暮らしをしている。
それに対して、このノソイ王国の文明レベルはこの世界の人間達に比べても引けを取らない。
オークといっても様々な種類がある。
支配階級である女性のオーク、戦士階級である黒肌のブラックオーク、司祭階級の青肌のブルーオーク、奴隷階級である緑肌のグリーンオークだ。
たまに赤肌のレッドオークが生まれる事があるが、例外であり通常数に含めない。
オーク族は女性の数が極端に少なく、そのほとんどは男性である。
ただし、女性は多産であり、他の種族と子どもを作る事も可能なので数は多い。
また、ブラックオークが父親であれば生まれる男の子もブラックオークになるわけではなく、どの肌色のオークが生まれるのかわからない。
クロキはノソイの城の窓から外を見る。
城は海に突き出たように建造され、窓から多くの船が停泊している様子が見えた。
ここからクラ―ケンのいる海へと行く予定だ。
ナルゴルの地は暗く、その近海もまた暗くどんよりとしている。
海水浴には向かないのは確かであった。
「あのクロキ先生。本当に行くのですか? 船が沈んだりしないのでしょうか?」
クロキの横にいるポレンが不安そうに言う。
ポレンは行きたくなさそうであった。
クロキはその表情を見て、失敗だったかなと思う。
クラ―ケンを獲る事を思いついたのはモデスとポレンを仲直りさせたかったからだ。
両者とも相手を大事だと考えているように思っているのは確かである。
だからこそ、これがきっかけになればとクロキは思ったのだ。
しかし、無理矢理連れて出しても、良い事にはならない。
これでは余計な事をしているだけだ。
他者の気持ちも考えず、考えを押し付ける事はしてはいけない。
だけど、ここまで来て今更引く事は難しい。
「大丈夫ですよ、殿下。そんな簡単に沈んだりしませんよ。それにいざとなれば空を飛べば良いのですから」
クロキはなるべく明るく答える。
本当はクラ―ケン漁で沈む船はあるらしい、しかし不安をあおるような事は言えない。
「あの……。私……飛翔の魔法を使えないし、泳げないのですが」
ポレンは不安そうに言う。
その目はとても泣きそうだ。
「その時は自分が抱えて飛びます。だから大丈夫ですよ、殿下」
クロキはこれで不安を払しょくできるかわからないが言ってみる。
これで「何、言ってんの?」とか思われたらどうしよう。
「抱えてくれる!? 本当に!?」
クロキの心配とは裏腹に、突然ポレンは目を開いて大声を出す。
その顔は何かを期待しているみたいであった。
「あの……。殿下」
「よっし! 俄然やる気が出てきた! これはぜひとも船から落ちないと!!」
先程と違いポレンが元気になる。
(何故かはわからないが、やる気になってくれたなら良しとしよう)
クロキがそんな事を考えていると誰かがこちらにやってくる気配を感じる。
「ここにいましたか。殿下に閣下」
やって来たのはノソイの女王であるネフである。
ネフはクロキ達に頭を下げる。
「港を貸して頂きありがとうございます。女王ネフ殿」
クロキはネフにお礼を言う。
「いえ、いえ。これぐらいおやすい御用ですよ。それからこちらは我が娘のエザサ。此度の旅のお供に連れて行って下さい」
「エザサです。よろしくお願い致します、殿下に閣下」
「いえ、こちらこそよろしく頼みます。エザサ姫」
女王の娘という事は姫という事だ。しかし、オーク族であるためクロキよりも体格が良い。そのため、姫と呼ぶ事に違和感があった。
そもそも、オーク族は男性よりも女性の方が強く、体格も男性よりも女性の方が大きいのだ。
有名なオークであるグレンデルも、母親には敵わなかったとクロキは聞いていた。
また、オークの女性は特殊なフェロモンを発していて、オークの男性はそのフェロモンを嗅ぐと逆らえなくなる。
女性を中心とした社会を築くのもそれが理由であった。
「エザサ~。でかいのが来たぜ」
間の伸びた声で一匹のブラックオークが入って来る。
「あんた! 殿下と閣下の前だよ! まずは挨拶をしな! 申し訳ございません閣下! これはあたいの第一の夫のオスマでございます。力は我が国一なのですが、どうにも気が利かなくて……」
エザサが頭を下げる。
かなり、強そうなオークに見えるが完全にエザサの尻に敷かれている。
オークの女性は複数の夫を持つのが普通であり、オスマはその夫の中の筆頭のようであった。
オスマは強そうだが、頭は良くなさそうで魔王の娘がいても気にする様子はない。
もっとも、クロキもポレンもその態度を気にしたりはしない。
「いえ、気にしないで下さい。エザサ殿。それよりもでかいのとは? もしかして?」
クロキはさっきオスマが口にした事を尋ねる。
「はい。どうやら到着したようです。アスピドケロンが」
エザサの言葉でクロキは再び城の外を見る。
すると島が1つこちら来るのが見えた。
島が来ると言うのは何かの比喩ではない。
実際にその島は動いていて、ノソイへと近づいて来ているのだ。
島に見えたのは大海獣アスピドケロンである。
巨大な亀の姿をした海獣は甲羅部分を常に水面に出して泳ぐ。
やがて、この甲羅にはコケが生え、土が溜まり、植物が育ち島のようになる。
アスピドケロンはとても大人しい性格をしているので、上に住むことも可能である。
モデスはこのアスピドケロンを飼いならし、甲羅の上に別荘を作っている。
クロキ達はこのアスピドケロンに乗って氷海の近くまで行くつもりだ。
アスピドケロンから何かが飛んで来る。
飛んで来るのは竜を人間サイズまで小さくした者だ。
「お待たせいたしました。殿下に閣下」
やって来たのは竜魔将軍リブルム。
リブルムはこのアスピドケロンの管理者でもある。
リブルムはドラゴニュートと呼ばれる種族で、竜と人が合わさったような姿をしている。
ドラゴニュートは平均で体長2メートルほどあり、蜥蜴人の上位種族である。
またドラゴニュートは蜥蜴人と違い周囲の景色に溶け込む能力はないが、空を飛ぶ翼と強力な戦闘能力を持っている。
ただ、竜を信仰する所は同じで、竜の因子を持つクロキに対しても敬意を持って接してくれる。
そのリブルムが来た事で用意を整ったようであった。
「いえ、そんなに待ってはいませんよ。リブルム将軍殿。それでは殿下。行きましょう」
「はい!! クロキ先生!!」
◆
ダークフェアリーのティベルの気配を感じて、屋敷の寝室で目を覚ます。
クロキを見送った後、再び寝ていたようだ。
周りを見るとグゥノ達はまだ寝ている。
情けない奴らだとクーナは思うが、特に何も言うつもりはなかった。
「クーナ様ぁ~。大丈夫ですか~」
クーナが起きるとティベルが騒がしく飛んで来る。
「騒がしいぞ。ティベル。大丈夫に決まっているだろう」
ティベルは何故かクーナがクロキに苦しめられていると思っているようであった。
説明するべきかクーナは迷うが、ティベルは頭が悪いので相手にしても仕方がないと諦める。
「そうですか~。クーナ様は一緒に行かないのですか?」
「男が外にいる時に家を守るのも妻の仕事だ。もちろん、帰って来た時には、愛情を持って出迎えるぞ」
「なるほど~。エプロンだけを着てた時の事ですね~」
「そうだぞ。ティベル。あれをやるとクロキはすごく喜ぶ」
「さすがクーナ様ですぅ~」
ティベルは楽しそうに部屋の中を飛ぶ。
「そんなに褒めるな。ティベル。それから何か報告があるのではないのか?」
「そうでした~。クーナ様ぁ~。勇者達はまだ、ヴェロスに来ていないようですぅ~。全く寄り道が多い奴らですぅ~」
ティベルの報告を聞いてクーナは何をやっているのだと思う。
「そうか、引き続き道化に見張らせろ。それに師匠がどう動くのかも気になる」
そう言ってクーナは蒼の森の方角を見るのだった。
◆
御菓子の城の大広間をゴズは歩く。
白い焼き菓子の床は歩くたびに甘すぎる匂いがして、大量に嗅いだゴズは気分が悪くなる。
ゴズは甘い物が何よりも嫌いなのだ。
大広間には赤帽子を被ったゴブリンの戦士達が整列している。
赤帽子はゴブリン達の中でも特に特殊な戦士に与えられる帽子だ。
ただ力が強いだけでは赤帽子は授けられない。
あらゆる戦闘技能を持った者だけが赤帽子を授けられる。
正直に言って敵に回したくない奴らであった。
大広間の奥には赤帽子達の主人であるゴズの母が偉そうにふんぞり返っている。
ゴズはその母の前まで行くと跪く。
「良く来たね。ゴズ」
ゴズの母ダティエは機嫌悪そうに言う。
ゴズは母親の顔を見る。
心なしか顔色が悪い。
そのため醜い顔がより醜く見えた。
(かなり、追い詰められている。さすがの母もあの白銀の魔女は怖いようだな)
ゴズは白銀の魔女クーナの姿を思い出す。
白銀の魔女はとても美しいが、その心は氷海の風よりも冷たい。
その白銀の魔女クーナにダティエは追い詰められている。
精鋭の赤帽子を連れて来ているのが何よりの証拠である。
ゴズは心の中で母を嘲笑う。
「母上。一体何の御用でしょうか?」
ゴズはすっとぼけて聞く。
あの暗く冷たい牢獄に閉じ込められた恨みを忘れてはいない。
「とぼけるな。ゴズ。また牢に戻りたいのかい? お前はこれから来る勇者の相手をするんだよ。もし、勇者を倒す事が出来たら、これまでの事を許してやるよ」
ダティエはそう言って笑う。
ゴズを呼び出したのは少しでも戦力が欲しいからだ。
ダティエはゴズを勇者にぶつけるつもりなのである。
(とぼけた事を言うのはどっちだよ。これっぽっちも勝てるとは思っていないくせによお)
ゴズは心の中でそんな事を考えるが、当然顔には出さない。
「本当ですか母上! きっと勇者を倒してみせましょう」
ゴズは嬉しそうな声を無理やり出す。
もちろん、まともに戦うつもりはない。
絶対に隙を見て逃げ出してやるつもりだ。
「ああ、必ずだよ。必ずこの母を守っておくれ……」
「どうやら相当追い詰められているようだね。ダティエ」
突然、大広間の天井から声がする。
すると突然黒い球が現れる。
黒い球は大広間の真ん中へと降りて来る。
突然現れた黒い球に赤帽子達が武器を抜き取り囲む。
黒い球は大広間の床に降りると突然霧散する。
中から現れたのは三つ首のカエルの顔を持つ者であった。
「ヘ!? ヘルカート様っ!? どうしてここに!?」
ダティエは三つ首の蛙頭の者を見るなり、駆け寄って跪く。
その姿にゴズは驚く。
それは無理もない事であった。なにしろあの大柄な母が額を床にこすり付けているのだ。
赤帽子達も仕える女王の様子に驚いている。
現れたヘルカートとか言うカエル女はダティエに対してかなり小柄だ。
そのため、その姿は異様に見える。
(何者だ?)
ゴズはヘルカートを見る。
「顔を上げな。ダティエ」
「はい……。ヘルカート様……」
顔を上げたダティエの顔は涙と鼻水でさらに酷くなっていた。
「全く馬鹿な事を考えたもんだね。あの暗黒騎士に手を出そうだなんて。お前の色馬鹿にも飽きれるよ……。少しは押さえようとは思わないのかい?」
そう言ってヘルカートは母の側に控える人間の男共を見る。
全員美青年だ。
ただし、その瞳は虚ろである。
魔法や薬でそうなっているのではなく、無理やりダティエの相手をさせられたからである。
「あううう……」
ダティエは力なく項垂れる。
「全く、親子は……。どうしようもないね、ゲロゲロゲロ」
ヘルカートはそう言ってゴズを見る。
その六つの目がゴズを捕える。
とんでもない圧力であった。
(俺の事も知っているだと!?)
睨まれてゴズは尿意が込み上げて来る。
漏らしそうであった。
ゴズは逃げだしたいが、逃げれば殺されるだろう。
再びヴェロスの色街に行くまでは死ぬつもりはないのでゴズは我慢する。
「良いかい? ダティエ? あの黒い嵐の暗黒騎士は可愛いモデス坊やにとって有益な存在だ。あんたよりもね。それを敵に回すようなら殺すよ」
そう言うとヘルカートの体から強力な魔力の風が発せられる。
「わかってますぅ! ヘルカート様ああ! だから、助けて下さいいいいい!!!」
ダティエは再びひれ伏し、ヘルカートの足にすりよる。
「全く調子の良い奴だね。仕方がないね。今回だけは助けてやるさ。良い方法を思いついたからね。そいつを試してみるさ。ゲロゲロゲロ」
ヘルカートは笑う。
その顔はダティエに負けず不気味であった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
みんな大好き?ゴズの再登場です。
そして、オークですが、かのト〇ルキン先生はベオウルフのグレンデルを元ネタにされたようです。
グレンデルはオークナスと呼ばれる種族で、そこからオークが生まれたそうです。
女性が強いのもグレンデルの母親の方が強かった事からだったりします。
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貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
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十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
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