暗黒騎士物語

根崎タケル

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第5章 黒い嵐

第14話 山羊男の行方

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 時刻はもう夜になろうとしているためか、辺りはだいぶ暗くなっている。
 普通の国であれば庶民も貴族も家に帰っている頃だろう。
 燃料となる物は節約しなければならないので明かりがあるのは魔物から国を守るための城壁ぐらいである。
 しかし、豊かなアリアディア共和国は安く油が手に入るため、夜でも通りの端にはランプが街灯のように並べられているため明るい。
 魔法の照明を使わなくても普通に歩く事ができそうであった。

「ほえ~。何か、すごい格好のお姉さんがいっぱいいるっすよチユキさん」

 ナオはきょろきょろと周りを見る。
 チユキとナオとデキウスが歩いているのは城壁の外にある街だ。
 この界隈には低所得者向けの宿屋兼食堂がある。
 ナオが見ているのはその宿屋の店員で客引きをしている女性である。
 しかし、彼女達は店員であると同時に店専属の娼婦でもある。
 宿泊代と食事代は店の収入となり、一晩の愛の代金は彼女達の物になる。

「もう、ナオさん。あまり見ては駄目よ」

 チユキはナオを窘める。
 彼女達の服は露出が多い。
 明らかに異性に訴えかけるための服装だ。
 じろじろと見て良いものではない。

「御免なさいっす、チユキさん。それにしても、むふふ、まさか、このナオさんも声を掛けられるとは思わなかったす」

 ナオは誘われた事を喜ぶ。
 ナオはリノやサホコやシロネに比べて男性から声を掛けられる事はほとんどない。
 だから、誘われた事が素直に嬉しいのだろう。
 この界隈にいる女性はほぼ娼婦である。
 城壁の外は魔物だらけのこの世界。
 女性で旅をする者は少ない。
 そのため、宿屋に泊るのは男性がほとんどであり、女性はその男性目当ての娼婦ばかりになるのである。
 だからだろう、この界隈を歩いているチユキとナオは娼婦に間違われて沢山の男性に声を掛けられたのである。
 どうみても娼婦の格好ではないと思うのだが、そんな事はおかまいなしだ。
 おかげで追い払うのが大変だったのである。
 よって、なるべくデキウスの側を離れないようして歩こうとチユキは思う。

(それにしてもナオさんは喜んでいるけど、あんなのに声を掛けられて嬉しいのかしら?)

 チユキは周りを見るが良い男はいない。
 顔だけならレイジの方が圧倒的に勝っている。
 また、デキウスもかなりの美男子だ。しかも、レイジと違って誠実である。
 問題はこういった顔が良くて真面目な男性はチユキの所には来ない事だろう。

(……考えるのはやめよう。悲しくなってきた)

 チユキの横のデキウスは美女が2人もいるのに全く見向きもせずに歩いている。
 まあ、見向きをしたら、それはそれで困るので別にチユキとしては問題ないのだが。
 彼が女性に興味があるのか怪しい所でもある。
 デキウスは道にいる美しい娼婦達を全く見ようともせずに進んでいる。
 もっとも、向こうも見られたいと思っていないようであった。
 デキウスが歩くと周りの娼婦達は隠れるのである。
 隠れるのは娼婦だけでなく、その場にいる者のほぼ全員がデキウスから身を隠すように動いていた。
 実を言うと彼を連れて来たのは失敗だったかなとチユキは思う。
 法の騎士はここにいる人達にとってありがたくない存在だ。
 マルシャスも逃げるかもしれない。
 そんな事をチユキはデキウスを横目で見ながら考える。

「チユキ殿。シェンナはこの道を歩いているというのは間違いないのでしょうか」

 外街を歩いている時だったデキウスが不安そうにチユキに聞く。

「間違いないわデキウス卿。私の目にはシェンナさん達の姿がちゃんと見えているもの」

 チユキは頷く。
 実はチユキはシェンナがここを通った時刻を過去視の魔法で見ながら進んでいるのだ。
 チユキの目には過去の光景が幻影として映っている。
 その幻影の中にシェンナが姿があった。
 幻影の彼女は物陰に視線の先にいる男を追跡している様子である。
 その男は痩せて細い長い顔をしていて、おせじにも顔は良くなかった。
 最初に会った時はサテュロスに扮していたので顔はわからなかったが、その男がマルシャスだとチユキは推測する。
 どちらも今この場にはいない者達でナオとデキウスには彼女達が見えてはいない。
 チユキとナオとデキウスはシェンナ達の辿った軌跡を進む。
 
「どこに向かっているのかしら……。うっ!!?」

 チユキは突然目を押えて座り込む。

「どうしたんっすかチユキさん!?」
「どうされたのですかチユキ殿!?」

 急にチユキが座り込んだので、ナオとデキウスが駆け寄る。

「ごめんなさい……。過去視が魔法が解けちゃった。おそらく、魔法による視線を阻害をしている者があの建物の近くにいたようね。そいつが視界に入ったから私の魔法が解けたのみたい」

 眼を押えながらチユキは説明する。
 遠視、透視、過去視、邪視等の魔法による視線を阻害する事が出来る魔法がいくつかある。
 それを使われると、魔法で見る事が出来なくなるのだ。
 その魔法を使っている者が近くにいたためチユキの魔法は解けてしまった。

「えっ!? チユキさんの力でも見る事が出来ない者がいたって事っすか?」
 
 チユキが言うとナオは驚く。
 魔法による視線を阻害するには少なくともその者に匹敵する魔力を持っていなければ防げない。
 つまりチユキに匹敵する魔力を持つ者がいる事になる。

「そういう事になるわねナオさん。私は眼の魔法に特化しているわけじゃないから、すごく強いわけじゃないかもしれないけど」

 チユキは眼を使った魔法に特化しているわけではないので、自身よりも弱い魔力を持つ者でも過去視を防ぐ事ができる。
 もっとも、それでも普通の人間の魔力では不可能であった。
 つまり、シェンナがいた時刻のこの場所に只者ではない者がいた事になる。

「何者でしょうか?」
「わからないわ。デキウス卿。マルシャスと関係があるのか、それともただ偶然居合わせただけなのか? でも、これじゃ過去視を使うのは難しいわね。その人物が視界に入る限り過去視は出来ないのだから」

 チユキは立ち上がって何とか目を開く。
 目の前には大きな建物がある。
 現在の建物は扉が閉まっていて、窓からも明かりが見えない。
 誰もいないようであった。
 過去の幻影であるマルシャスはその建物へと近づいていたようにチユキは思ったが、断言できなかった。

「それでは別の方法で捜索いたしましょう。もしかするとマルシャスがこの辺りにいるかもしれません」
「確かにそうね。ナオさん、少し周りを見てもらっても良いかしら? もしかするとマルシャスがその辺を歩いているかもしれないしね」

 マルシャスの似顔絵は劇団員に描いてもらっている。それを見れば直接顔を見ていないナオでもマルシャスがわかるはずであった。

「わかったっす」

 そう言った瞬間にナオの姿が消える。

「えっ?」

 デキウスはナオの姿を探してきょろきょろする。
 デキウスにはナオの動きが知覚できなかったのである。
 そのため、急に消えたように感じたのだ。
 当然の反応だとチユキは思う。
 実はチユキもナオの動きを見切る事ができない。
 戦闘に長けたシロネやカヤでも完璧には見切れない程にナオの動きは速いのである。
 ナオの動きを完璧に見切る事ができるのはレイジぐらいである。
 あの2人が本気を出して走り出すと誰も付いて行けないのでチユキは困る事があった。
 しばらくするとナオが戻って来る。

「おかえりナオさん。見つかった?」

 チユキが聞くとナオは首を振る。

「見つからなかったっすけど、誰かが戦った後が見つかったっす」
「戦った後?」
「はいっす。チユキさん、ちょっと一緒に来て欲しいっす」

 チユキは頷く。

「行きましょうデキウス卿」

 デキウスは頷くとチユキとナオの後ろに続く。
 ナオは人通りの少ない場所へと来る。

「この上っす」

 そう言うとナオは屋根の上へと飛ぶ。

「デキウス卿は飛べますか?」
「いえ、さすがに……」
「では私が引っ張りますますね」

 チユキはデキウスの手を掴むと同じように屋根の上へと魔法で飛ぶ。
 デキウスが情けない声を上げるが気にしない。

「見て下さいっす。屋根に穴が開いているっす」

 屋根の上に登るとナオがある部分をさして言う。
 ナオの言う通り、屋根の上にはところどころ穴が開いている。
 ただ、チユキには戦った後なのかどうかわからない。
 だけど、穴は最近できた物みたいであった。
 その痕跡は広く、激しい戦いが繰り広げられている様子であった。

「ねえナオさん、誰と誰が戦ったものか、わかる?」
「わからないっすけど、どちらも普通の人じゃないみたいっすね。かなり激しく立ち回ったみたいっす」

 ナオの言葉にチユキは考え込む。

「なるほど、それじゃあ。もう一度過去視を使ってみるわ」

 チユキは再び過去視の魔法を使うと、視界が過去を遡る。
 しかし、ある時点で再び過去視の魔法が解けてしまう。

「また、解けちゃったわ。駄目みたいね。デキウス卿はどう思いますか? 戦っている一方は妹のシェンナさんだと思いますか?」

 目を押えながらチユキはデキウスに問う。

「わかりません。ですがシェンナが戦っていたのなら。何か手がかりを残しているかもしれません」
「手がかりですか?」
「はい、手がかりです。シェンナは頭の良い子です。もし、何かあったら何かを残していると思うのです」
「なるほど……」
「ですから物体捜索の魔法を使ってみようと思います」

 デキウスの言葉にチユキは感心する。
 物体捜索の魔法はロケートオブジェクトと呼ばれ、特定の物体を探す魔法である。
 ただし、その物体をよく知っているか、はっきりと視覚的に思い描けなければ見付ける事はできない。
 ちなみにチユキもその魔法を使う事ができるが、シェンナの持ち物を知らないのでデキウスが使うべきであった。

「では使います。あまり捜索できる範囲は広くないのですが……。何とかやってみます」

 デキウスは目を閉じると意識を集中させる。
 デキウスの体から魔力を感じる。
 数分の後デキウスの顔から汗が流れる。無理をして捜索の範囲を広げているのが、その表情からわかる。
 チユキとナオはデキウスの邪魔をしないように静かに見守る。
 そして、デキウスは突然目を開く。

「はあ……はあ……。見つけました」

 肩で息をするとデキウスは膝を付く。

「デキウス卿。大丈夫ですか?」
「大丈夫です賢者殿。それよりも行きましょう」

 チユキ達は屋根から降りるとデキウスを先頭にして進む。

「ここです」

 デキウスは2棟の建物の間を示す。

「この狭い場所に、シェンナの曲刀があると思うのですが」

 チユキは狭い路地裏を見る。
 人が何とか通れそうだけどゴミが積まれていて出来れば入りたくないと思う。

「うう、何だか汚いっすね」
「おそらく不法なゴミ投棄場だったみたいね。正直入りたくないわね」

 チユキは魔法の手を複数作ると狭い路地裏へと伸ばす。
 手探りで周囲を探すと、曲刀らしき物を見つけ出す。
 魔法の手を戻しデキウスに渡す。

「やはりシェンナの剣ですね」

 曲刀を見てデキウスが言う。

「そうですか……。だとしたらやはり屋根の上で戦っていたのはシェンナさんようですね。無事だと良いのですが……」

 チユキは目を下げて言う。

「はい……。おそらく魔王崇拝者に追われたのでしょう。シェンナは逃げ足が速いので、きっと無事だと思います。しかし、もしかすると怪我をしているのかもしれません。急いで見つけないと」
「そうですね……うん?」

 チユキは曲刀を見て首を傾げる。

「どうしたんっすかチユキさん?」
「見てナオさん。刀身に何か書かれているわ」

 チユキはナオに曲刀を見せる。

「ホントっすね。何が書かれているっす」
「月光の女神って書かれているわ。どういう意味かしら? デキウス卿、わかりますか?」

 チユキは曲刀の文字をデキウスに見せる。

「これは間違いなくシェンナの字ですね……。そして、月光の女神ですか? まさか?」
「何か思い当たる事でもあるのですかデキウス卿? おそらく、これはシェンナさんがデキウス卿に宛てたもののはずです。短い文なのはそれしか書けなかったからだと思います。何でも良いから思い出して下さい」

 チユキがそう言うとデキウスは考え込む。

「思い当たる事はあります。宴席でチユキ様達に出会った時に話した女性の事に間違いないでしょう。宴の前の夜にシェンナと一緒に歩いていると不思議な女性に会ったのです。美しい女性でした……。月明かりに照らされた彼女はまさに月光の女神でした。私が月光の女神と聞いて思いつくのはその女性だけです」

 デキウスは月を見上げて言う。
 その表情はその女性を思い浮かべているようであった。
 ナオがそれを聞いて、ひゅーっと口笛を吹く。

(私達を見ても何も反応しなかった堅物が、そこまで言う程の女性だなんて……。何者だろう)

 チユキは少し面白くなく感じるが、今はそんな事を考えている場合ではない。

「それにしても、あの宴の時に話されていた女性が……。デキウス卿、その女性の名前は聞きましたか?」
「いえ、すぐに立ち去ってしまいましたので……。ただ、光の勇者殿を見に来たと言っていました」
「レイジ君に会いにねえ? 普通ならただお近づきになりたいだけと思うだけだけど。もし彼女がカルキノスを操っているのなら何か良からぬ目的があるのかもしれないわね」
「確かにそうっすねチユキさん。その女の人は何者っすかね」
「申し訳ございません。チユキ殿、ナオ殿。こんな事なら名前と滞在先を聞いておくのでした」
「はあ、わからないのは仕方がないわね。でも、その女性が月光の女神である事は間違いなさそうね。さて、手掛かりが1つ見つかったけど、これから、どうしましょうか? もう少し捜査を続けてみる」

 チユキがそう言うとナオとデキウスが頷く。

「さっき、一通り見て回ったっすが、新しい発見もあるかもしれないっすからね」
「私も捜査を続けたいと思います。何か手掛かりがあるかもしれません」
「決まりね。もう少し捜査を続けましょうか?」

 こうしてチユキ達は引き続き外街を歩くのだった。 


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

ミダスの元ネタは「王様の耳はロバの耳」のフリギア王ミダスからです。
イシュティア信徒なのはキュベレーと同じくフリギア繋がりだったりします。

※キュベレーはフリギアで崇拝されていました。
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