暗黒騎士物語

根崎タケル

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第5章 黒い嵐

第3話 海上の饗宴

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 陽光が青い海を照らし海面をキラキラと輝かせている。
 その美しいアリアド湾には大きな船が沢山浮かべられている。
 大きな船は橋で繋がれて1つの大きな島があるかのようだ。
 船の上には沢山の料理が並べられ、沢山の人達が食事を食べながら談笑している。
 その船の上にいる人達を見る。
 全員が綺麗な服を着ている。
 身に付けた装飾品も豪華だ。
 周囲の人々を見てシズフェの口から溜息が出る。

「ねえシズちゃん……。私達こんな所にいても良いのかな?」

 シズフェの横にいるマディが不安そうに聞く。

「良いはずだわ……。現にここに入る事が出来ているもの……」

 シズフェも不安そうに言う。
 シズフェ達は光の勇者を讃える宴会へと出席している。
 理由はレイジがシズフェ達を誘ってくれたからだ。
 当然シズフェ達は豪華な食事ができると聞いて喜んで参加した。
 しかし、会場に来て後悔している。
 ここには周辺諸国から来た王侯貴族が沢山いる。
 下民の私たちが参加しても良いのだろうか、とシズフェは不安に思う。

「私……。おかしくないかなシズちゃん?」

 マディは着ている服をシズフェに見せる。
 今日のマディは普段の魔術師の姿ではなく。綺麗な服を着ている。
 服は店から借りた豪華な服だ。
 青色の服は彼女の可憐さを表しているとシズフェは思うが自信はなかった。

「さあ、そんな事を言われても……。私も自信がないわよ」

 シズフェは俯いて答える。
 シズフェも豪華な服を借りて着ている。
 だから服装だけなら周りにいる貴族の令嬢に見劣りはしないはずだ。
 しかし、普段は安物の服ばかり着ているので落ち着かない。
 そもそも服が似合っているかどうかもわからないのである。

「いや、シズフェはもっと自信を持って良いと思うぜ。貴族の令嬢かと思うぐらいだぜ」

 自信なさげなシズフェを見てケイナが言う。
 ケイナもまた豪華な服だ。
 赤い服が似合っている。もっとも、肌の露出が多いので娼婦に見えるだろう。

「そうですよ。私達の中でシズフェさんだけは自信を持っても良いと思います」

 レイリアはシズフェを褒める。

「ああ、シズフェは自信を持つべきだな。気が付かないのか?シズフェを見ている男は結構多いぞ」
「えー、そんなはずは……」

 ノーラの言葉でシズフェは周りを見る。

(そう言えば何人かの男性が私を見ているような気がする。正直恥ずかしいな)

 そんな時だった。
 シズフェは1人の男性と目が会う。
 とても身なりの良い若い男性だ。
 その男性が近づいて来る。
 一瞬シズフェはドキドキしたが、その男性が何者で有るのかに気付き心臓の動機が収まる。
 前に会った事のある男性であった。

「これはシズフェ殿ではないですか。お久しぶりです」

 男性は優雅に挨拶する。

「ああデキウス様でしたか……。お久しぶりです。いつもと違う格好でしたので気付きませんでした」

 シズフェも挨拶をする。
 デキウスは神王オーディスに仕える神官で法を守る騎士だ。
 デキウスは過去に事件の捜査の為に自由都市テセシアに来た。
 その時にシズフェ達はフェリア神殿の依頼でデキウスの捜査に協力した事があったのだ。
 それ以来の知り合いである。
 シズフェはデキウスの姿を見る。
 普段の彼は騎士の姿をしているが今は貴公子の姿だ。
 そのため最初は気付かなかったのである。
 そもそも、デキウスは本物の貴公子だ。
 アリアディア共和国の名家の出身で、本来ならシズフェが気安く声を掛けて良い相手ではない。
 しかし、デキウスは誰に対しても礼儀正しく、物腰もやわらかい。
 一緒に捜査をしていた時も気軽に話す事ができた。
 顔も出自も性格も良い。それがシズフェのデキウスに対する評価である。
 シズフェはノヴィスもデキウス様を見習ってもらいたいと思うのだった。

「それはこちらも同じですよ、シズフェ殿。貴方を見た時どこの令嬢かと思いました。その服はご自身で作られたのですか?」

 デキウスはシズフェの服を見て言う。

「いえまさか……。いくら私がフェリア様の信徒でも、これ程の服を作る事はできません。これは借り物です。似合いませんか?」

 シズフェは手を振って答える。
 結婚と出産の女神フェリアは織物の女神でもある。
 そして、フェリアの信徒は服を自作出来る者が多い。
 実際にシズフェの滅んだ故郷では自身の普段着はもちろん花嫁衣装も作るのが普通だったりする。
 シズフェも母から裁縫を教わった。
 今でも自身の服は縫ったり編んだりしている。
 だけど、さすがに今着ている服は借り物であった。

「いえ、とても良く似合っています。とても綺麗ですよ。シズフェ殿。まさかここで出会えるとは思いませんでした」

 デキウスが笑うとシズフェは顔が赤くなるのを感じる。
 何しろデキウスは美男子だ。
 金色の髪に整った顔立ち、背もすらっとしている。
 そんな人からお世辞でも褒められたら恥ずかしくなるのが当然であった。

「はい、勇者様のおかげで参加させてもらいました」

 シズフェは赤い顔を隠すようにお辞儀をする。

「ああ、シズフェ殿は光の勇者様に面識があるのですね。まだお会いしてはいないようですが素晴らしい方のようですね」
「はい、あれほど優しく美しく素晴らしい殿方には今まで会った事がございません」

 デキウスも良い男だけどレイジはその上を行くとシズフェは思っている。
 あれこそ、まさに光の御子様である。

「はは、そうですか。光の勇者様はとても御婦人に人気のようですね」

 デキウスは笑いながら言う。
 だけどその笑いの中にある感情が含まれている事に気付く。
 それは嫉妬だ。
 シズフェは少し意外だった。デキウスはそんな負の感情を持つ事がないと思っていたからだ。

「所で、シズフェ殿。銀色の髪をした御婦人を見かけなかったでしょうか?」

 デキウスが唐突に聞く。
 シズフェはデキウスを最初に見た時にきょろきょろしていた事を思い出す。

「銀色の髪の御婦人ですか? 銀色の髪と言う事はお年を召した方ですか?」
「いえシズフェ殿と同じぐらい年齢だと思います。どこかの国の令嬢だと思うのですが……」
「いえ、見ていません」
「そうですか……。彼女のお付の従者が勇者様を見に来たと言っていたのでここに来ていると思ったのですが……。どうやらいないようですね」

 デキウスは残念そうな顔をする。

「とても綺麗な女性なのですか?」
「はい……あれはまさしく月光の女神様でした……。できれば、もう一度お会いしたいのです」

 シズフェが聞くとデキウスは遠くを見ながら言う。
 その様子にシズフェ達全員が驚く。

(こんなデキウス様は初めて見る)

 シズフェが知る彼は堅物なオーディスの神官として有名な人だ。
 そのデキウスがこんな顔をするとは思わなかったのである。

「驚いたな……。あの堅物のデキウスの旦那があんな顔をするとはな……」
「ホントびっくりだね……」

 ケイナとマディが小声でデキウスを見ながら言う。
 シズフェも2人と同じ気持ちだ。

(たぶんデキウス様はその白銀の髪の女性に一目惚れをしてしまったのね。真面目で浮いた話が1つもないデキウス様にそんな女性が現れるなんて、どんな人だろう?)

 シズフェが聞いたところによるとデキウスは沢山の名家の女性から縁談を申し込まれているらしかった。
 しかし、デキウスは修業中だからと全て断っているとも聞いている。
 そのデキウス様が恋をするのだから一体どんな女性なのだろうかとシズフェでなくても気になるのが当然だった。

「ああ……。失礼シズフェ殿。恥ずかしい姿を見せてしまいました」

 デキウスはコホンと咳をして顔を元に戻す。

「いえ……別に……。そうだ、もしその婦人を見かけたら声をお掛けしますね」
「ありがとうございますシズフェ殿。それでは私は勇者様に挨拶をしなければいけないのでこれで失礼します」
「ああ、そうなのですか?でしたら私達もまだレイジ様に挨拶をしていません。ご一緒させてもらっても良いでしょうか?みんなも良いよね?」

 シズフェが後ろを見て仲間に聞くと。全員が賛成してくれる。

「もちろん良いですよ。それでは一緒に行きましょう」

 こうしてシズフェ達とデキウスは共に勇者様の所に向うのだった。






 アリアディア共和国の始まりはキシュ河の河口にある複数の小島の上に作られた船着き場が始まりである。
 浅瀬が多いアリアド湾には人間の敵となる海の魔物が少なく、陸の魔物も海を越えては侵入してこない。
 この天然の要塞に多くの人間が集まり、それぞれの島を橋でつなげて国を作った。
 それが初期のアリアディア共和国である。
 その後アリアディア共和国は内陸の方向へと都市を広げて現在の大きさへとなる。
 またアリアディア共和国は大陸の東西の境にある交通の要衝にあり、キシュ河とアリアド湾の船貿易で栄え、今では世界有数の大国だ。
 そして、今アリアド湾には沢山の大きな船が浮かべられている。
 大きな船は端で繋がれているため人工の島が1つ出来上がっているような感じだ。
 多くの人が船の上を行き交いしているが船が沈む事はない。
 なぜならすでに船底が海底まで沈んでいるからだ。
 この辺りには浅瀬が続いているのでこんな事が可能なのである。
 それぞれの船の上のテーブルには沢山の豪華な食事が運ばれている。
 美しい容姿の男性がチユキの所に来て飲み物を注いでくれる。
 色合いからして果実酒だろう。

「ありがとう」

 チユキは注いでくれた男性に礼を言う。

「もったいないお言葉です。黒髪の賢者チユキ様」

 男性は優雅に礼を言うと去って行く。
 おそらく彼は酒神ネクトルの従属神であるアクエリオの信徒だろうとチユキは推測する。
 胸に水瓶を模った聖印があったから間違いない。
 アクエリオは天の宮殿で酒類・食器を管理し、給仕をする神だ。
 また男性従者の神であり、女神フェリアに従属する女性従者の守護天使であるメイドリアを妻とする。
 アクエリオは本来の職分の他にオーディスやネクトルの秘書のような仕事をするとされる。
 その多様さは男性版フェリアと言って良いだろう。
 また、その職分からか一般にアクエリオは執事の神と呼ばれている。
 そして、アクエリオは楽神アルフォスと同じく美男子で知られる神様でもある。
 その信徒も美男子が多く、チユキの目を楽しませる。

「なかなかの美青年だったっすなあ。チユキさん」

 ナオがチユキの横から茶化すように声を掛けて来る。

「別に良いでしょナオさん。私達の為の饗宴なのだから」

 チユキは杯を持ったまま答える。

「でもレイジ様の方がもっと良い男ですわ」

 一緒に歩いているエウリアが言う。
 エウリアは何故かチユキ達と一緒に行動している。

「エウリアさん。何で貴方が一緒にいるの?」

 チユキは少し冷たい目で言う。

「そんな……。冷たいですわチユキさん。別に一緒にいても良いですわよね。レイジ様?」

 エウリアがレイジの腕に抱き着きながら言う。

「ああ、俺は別に構わないぜ。女の子が多い方が良いからな」

 レイジはニッっと笑いながら言う。

(そりゃ、貴方は良いでしょうね)

 チユキは心の中で悪態をつく。
 エウリアだけでなく他に何人かの女の子がレイジの後について来ている。
 それを見てリノとサホコが微妙な顔をしているのが見える。

「それにしてもシロネさんは大丈夫かしら?」

 一緒に歩いているキョウカがシロネの心配をする。
 シロネは酔いつぶれて先程リジェナによって運ばれて行った。
 これはとても珍しい事である。
 いつもならシロネは酔う事はない。
 チユキ達は魔力で酔いを調整できる。
 だから魔力をうまく使えないキョウカは酔ってしまうのだ。
 よって本来ならシロネが酔い潰れる事はない。
 しかし、魔力をうまく使う事ができず酔ってしまったようだ。
 よっぽど幼馴染が去った事がショックだったのだろう。

「ホントっすね……。いつもならキョウカさんが真っ先に酔いつぶれるんすけどね」

 ナオはキョウカを見て不思議そうに言う。
 いつもならキョウカが酔って、シロネが酔わないのだけど今回は逆だ。

「ええ、これもクロキさんのお陰ですわ。またお会いしたいですわ」

 キョウカはうっとりした表情で言う。
 キョウカは魔法を使えるようになった。
 これは驚くべき事だ。
 チユキが何度教えても上達しなかったのにだ。

(どうやら私は教える事に向いていないみたいね。少し短気なのは認めるけど、こうもあっさり習得されてしまうと少し落ち込むわね。ナオさんやカヤさんが言うには相性が悪いだけらしいけど、本当にそうなのだろうか?)

 チユキが聞いたところによると、シロネの幼馴染はキョウカにとても優しく、失敗しても叱る事はなかったそうだ。
 キョウカは褒めて伸びるタイプなのかもしれないとチユキは思い、叱らず優しくすれば良かったと後悔する。

「やめとけよキョウカ。顔はあんまり覚えていないがあれはきっとむっつりすけべだぜ」

 レイジはさらっと酷い事を言う。
 シロネがいたらきっと怒るだろう。

「確かにそうですわね……」

 しかし、キョウカは肯定する。
 それを聞いてチユキはずっこけそうになる。
 折角魔法を教えてくれた恩人を悪く言うなと、つっこみを入れたくなる。

「そうだろう。いやらしい事をされても良い、そういう覚悟があるなら別だけど、そうじゃないのなら近づかない方が良いと思うぜ」
「わかりましたわお兄様。お兄様の言う通りですわね」

 キョウカもまた頷きながら言う。

(さっきまた会いたいと言っていなかったけ? それとも、覚悟でもあるの?)

 ついチユキはそんな事を考える。

「それにしてもシロネさんは少し残念だね。折角のパーティなのに」

 リノが残念そうに言う。

「いえ、リノ様。シロネ様にとってはその方が良かったのかもしれませんよ」

 キョウカの後ろに控えているカヤがシロネが運ばれた方を見て言う。
 少し離れた海上に繋がれた大きな船とは別に船が浮かんでいる。
 船の上には天蓋があり中は薄絹で見えなくされている。
 あの中には蜥蜴人リザードマン達がいるはずだ。
 迷宮の攻略には蜥蜴人リザードマン達も活躍したのでリジェナが連れて来たのだ。
 しかし、人間の中に蜥蜴人リザードマン達がいれば騒ぎになるので少し離れた船で宴会をしてもらっている。

「どうしてあっちに行った方が良いのカヤさん?」

 リノは不思議そうに聞く。
 チユキもなぜそんな事を言うのだろうと不思議に思う。

「いえ、こちらの話でございます。それよりも前から将軍達が来るようですよ」

 チユキがカヤの言う方向を見ると、アリアディア共和国の将軍であるクラススがやって来る。

「いかがですかな? 勇者様方。楽しんでいますか?」
「ええ、クラスス将軍。楽しんでいます。それから一緒に居る方達はどなたですか?」

 クラススは1人ではなく、後ろに2人の人物を引き連れている。
 1人は豪華な服と宝石を纏った中年の太った女性。
 もう1人は質素な服装だけどなかなかの美形である中年の男性である。

「ああチユキ殿。紹介いたしましょう。この2人方は我が国の政治と財の頂点に立つ方です」

 クラススは横に移動して2人を紹介する。

「お初にお目にかかりますわ。光の勇者様方。私はトゥリアと申します。この国の商工会の会長をしておりますわ。ほほほほ」

 トゥリアと名乗った太った女性がチユキ達に挨拶する。
 商工会の会長と言う事はヘイボス神殿の関係者という事だ。
 事実トゥリアはヘイボス信徒を示す小さな槌の飾りを持っている。
 宝神ヘイボスは商人達から信仰されている神様である。
 本来ヘイボス神はドワーフや職人の神であり商業神としての性格はなかった。
 しかし、質の良い品物を作り、多くの鉱山を所有しているドワーフ達と仲良くなりたい多くの商人達がヘイボス信徒となった。
 そのためヘイボス神は商業神としての性格を帯びる事になった。
 ヘイボス神の持つ小槌は打つと金銀財宝が出て来る打ち出の小槌と言われている。
 商人はそれにあやかって小槌の飾りを持ちたがるのである。

「商工会の会長という事はヘイボス神様の信徒なのでしょうか?」
「はい、賢者様。わたくしは地下に眠る財宝の主である偉大なヘイボス様に仕える商いの女神クヴェリア様の信徒ですわ」

 トゥリアが笑うと身に着けた宝石が揺れる。
 女神クヴェリアはヘイボス神に仕え工作の為の材料や物の管理を司る女神である。
 そして、材料や物の管理の神で有る所から倉庫業者の神と思ってしまうが、扱う品物には金銀等の貨幣も含まれる。
 そしてクヴェリア信徒はその預かった貨幣を貸し出したりして利子を取ったりしている。
 つまり、女神クヴェリアは銀行や金融の神なのである。
 クヴェリア神殿はヘイボス神殿のすぐ隣に建てられる事が多く両替商も兼ねている。
 この世界ではそれぞれの国家はもちろん個人ですら貨幣を作って良い。
 そのため両替商が必要となる。
 何しろ国ごとに度量衡が違う事があるため、一度アリアディア共和国のテュカム貨幣に変える必要がある。
 そして、両替商は粗悪な貨幣を見分けるだけでなく、それぞれの通貨の交換比率決定の基準となる金銀の含有量を鑑定する技術が必要となる。
 もちろん、それは両替商に頼まれたドワーフが行う。
 何しろドワーフは触っただけで金銀含有量を鑑定する事ができるのだから。
 神同様、ドワーフとクヴェリア信徒は密接な関係にあると言える。

「それからチユキ様。トゥリア殿は我が国の元老院議員でもあります」

 チユキの横からクラススが彼女の事を説明してくれる。
 元老院は日本における国会と同じである。
 ただし、元老院議員は国会議員と違って任期はなく終身だ。
 この世界は政教分離という考えがなく、宗教団体は堂々と世俗に関わっている。
 宗教関係者が政治の要職に就く事も珍しくなく、女性政治家も珍しくない。
 むしろ、世界的に見ても女王が多い。
 この世界では女性の社会進出は珍しくなく、こういった饗宴に女性が参加しても問題はない。
 それは男女平等の考えではなく、男性の死亡率が高いからである。
 魔物が多いこの世界では男性は戦士である事を求められる。
 男性は城壁の外で畑を耕し魔物と戦い、女性は城壁の中で仕事をする。
 城壁の外は魔物が多く危険なので死亡率が高い。
 男として生まれた者の半分は魔物によって死ぬのが実情だ。
 だから、この世界の男女比は1対2。
 魔物がより多い地域では1対3ぐらいの割合で女性が多い。
 そうなると国家運営を男性だけでする事が出来ないので女性の社会進出が進むのである。
 もっともフェリア信徒は家庭に入る事が一般的なので夫がいる時は表に出て来る事はまずない。
 しかし、フェリア信徒ではないトゥリアは普通にこういう場に出て来るのである。

「私はナキウスと申します光の勇者様方。神々の王であるオーディス様に仕える者でございます」

 もう1人の中年の男性が挨拶をする。

「ナキウス……? もしかすると元老院議員の第1人者のナキウス・ペリクレトス殿ですか?」

 チユキはナキウスと名乗った中年の男を見る。
 第1人者は元老院議員筆頭と言う意味だ。
 第1人者は称号にすぎないが、この称号を持つ者の言葉は重く、ナキウスは事実上この国の政治のトップと言って良い。
 そして、ナキウスはこの国を作った最初の12人の1人であるペリクレトスの子孫だ。
 この世界には姓がはっきりと定まっていない。
 名乗りを上げる時も○○の子△△みたいに言い、△△の子は△△の子□□と名乗るのが一般的だ。
 また、同名の者がいる時は綽名が付けられる事が多い。
 例えば黒髪の○○だったり、茶髪の△△みたいにだ。
 チユキの黒髪の賢者もある意味綽名だったりする。
 それがやがて代々黒髪ならブラックという姓に、そして茶髪ならブラウンという姓になるかもしれないが、姓と呼べるまでには至っていない。
 また、ちびとかのっぽとかの身体的特徴が、外国人なら出身地などが綽名となる場合もある。
 もちろん、どれも姓とはまだ言えない。
 そんな中でナキウス・ペリクレトスは例外と言える。
 ペリクレトスの家は父の名ではなく代々初代の名を付ける。
 これはもう姓と呼んでも良いのではないだろうかとチユキは思う。
 そして、このように姓を持つ者は名家と決まっている。
 チユキが聞いた所によるとペリクレトス家からは何人も執政官を出しているらしい。
 そして、ペリクレトス家は代々オーディス神に仕える神官の家系でもある。
 彼の胸の所にもオーディスの聖印がその証拠だ。
 オーディスの聖印は丸に十字、薩摩島津家の家紋と同じ形している。
 これは太陽車輪と呼ばれ日本以外でもこのシンボルは使われていたりする。
 この世界では神王オーディスの聖印なのである。

「おお、黒髪の賢者殿のような美しい方にまで知っていただけているとは驚きですな。いかにも私がナキウス・ペリクレトスでございます。この度は我が国を救っていただき厚くお礼を申し上げます」

 ナキウスは笑いながら頭を下げる。
 チユキはオーディス信徒にしては珍しいと思いながらナキウスを見る。
 オーディス信徒は真面目でお世辞なんか言わないと思っていたからだ。
 ただ、厳しすぎる人に比べたら好感が持てるのも確かなので何も言う事はなかった。
 チユキはこの国の重鎮である3名を見る。
 これで軍事のクラスス。財政のトゥリア。政治のナキウスというアリアディアを動かす者達がここに集まった事になる。

「父上!!」

 誰かがクラスス達の後ろから来る。
 見ると1人の若者とその後ろから複数の女性達がやって来る。
 若者の顔は初めて見るが女性達は知った顔だ。

「おや、あれはシズフェさん達っすね。一緒にいるのは誰っすかね?」
「ホント誰だろう。結構なイケメンだね」

 ナオとリノの言う通り、若者と一緒に来たのはシズフェ達であった。
 
「おおデキウス、来たか。紹介します勇者様。我が息子のデキウスです」

 ナキウスが若者を紹介する。
 デキウスと呼ばれた若者は茶色の瞳に金髪。
 顔は整っていて、背丈はすらりと高い。
 なかなかレイジと同じく美男子だ。ただレイジと違って誠実そうである。

「デキウスでございます、光の勇者レイジ様。この度はアリアディア共和国を救っていただいてありがとうございます」

 デキウスは礼儀正しく挨拶をする。

「やあシズフェちゃん、良く来たね。その服とても似合っているよ。本物のお姫様みたいだ」

 レイジはデキウスを無視してシズフェと話す。

「そ……そうですか! ありがとうございます!!」

 しかし、シズフェはデキウスの後ろに隠れる。
 レイジに褒められて喜ぶよりも怯えているのがチユキにはわかった。
 横を見ると私とナオとリノを除くエウリア達女性陣がすごい目でシズフェを睨んでいる。
 普通の子だったら怖いだろう。

「ねえ……シズフェさんでしたっけ? あなたレイジ様とどういう関係なのかしら」

 エウリアはシズフェに凄む。
 さすが父親が邪神なだけあってすごい迫力だ。そのうち頭に角が生えるのではないだろうかとチユキは思う。

「いえあのその……」

 シズフェはデキウスの後ろで小さくなる。少し可哀そうだ。

「ははは、噂通りの方の様ですね。勇者様は綺麗な御婦人方に人気のようですね」

 デキウスはシズフェの前に立ち笑う。
 爽やかな笑顔だ。
 そしてシズフェを庇いながらさらりとエウリア達を褒めている。
 その笑顔にエウリア達の怒りが収まるのがわかる。
 顔が良いので効果は抜群である。

「デキウスよ、お前も少しは勇者様を見習ったらどうなのだ?もう良い歳だというのに今だに独り身で。勇者様、もし良ければどなた良い人はいませんかな? 息子に紹介してやってくださいませんか?」

 ナキウスは溜息を吐きながら言う。
 この世界では大体結婚するのは10代半ばから10代後半ぐらいだ。
 チユキが見た感じではデキウスは20代前半ぐらいに見える。
 チユキ達の世界なら行き遅れではないのだが、この世界基準だと遅いと言える。

(良い所の御曹司ならすぐに見つかりそうなのに。それとも同性愛者なのだろうか?)

 チユキはデキウスを観察してそんな事を考える。

「父上……。私はまだ修行中の身でございます。伴侶等とても……」

 デキウスは困った顔をする。

「あれ?デキウスの旦那。気になっている女性がいるんじゃなかったっけ?」
「ちょっとケイナ姉!!!」

 デキウスの後ろにいる女性の言葉でシズフェが慌てる。

「本当かデキウス?」

 ナキウスが驚いて息子に聞く。

「いえ……。その……。確かに気になると言えば気になりますが……」

 デキウスは言い難そうだ。

「これは珍しいですわね。あのデキウス卿に気になる娘がいるなんてね」
「そうですなトゥリア殿。あの真面目一筋で、全ての縁談を断っていたデキウス卿にそのような娘が現れるとは……」

 トゥリアとクラススもまた驚いた表情で話す。

「おお息子よ。その気になるという御嬢さんはどちらの娘さんなのかね?」

 しかし、父親の言葉にデキウスは首を振る。

「それがわからないのです父上。昨晩一度だけ会っただけなので……」
「へえ~。つまりたまたま出会った美女に一目惚れしちゃったってわけっすか」
「ねえその人すごい美人だったの?」

 ナオとリノが楽しそうに聞く。

「はい、あれはまさしく女神でした」

 その時の事を思い出しているのだろうかデキウスは空を見上げて言う。
 
「そいつは気になるね。俺に会いに来たのだろう? その女性は?ぜひ会ってみたいな」

 レイジは笑いながら言う。
 チユキはその言葉に頭を抱える。

(折角のデキウスの想い人を横取りするつもりかしら? レイジにはあの絶世の美女であるレーナがいると言うのに、それでも足りないの?)

 チユキはこの饗宴が終わったら聖レナリア共和国に戻って転移門を封印した方が良いのかもしれないと考える。

「きゃあああああああああああああ!!」

 その時だった大きな悲鳴が少し離れた所から上がる。

「何事だ!!」

 クラススが大きな声を出して悲鳴が上がった方向へと行く。

(あちらには饗宴の為に呼ばれた芸人達がいるはずだ。一体何事だろう?)

 チユキ達もクラススの後に続きそこへと向かう。
 どうやら何か事件が起こったみたいだった。

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