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第4章 邪神の迷宮
第29話 リザードマン
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「偉大ナル竜人様。貴方様ニ従イマス」
クロキの目の前でリザードマン達は腹を下にして大の字になる。
いわゆる五体投地というやつである。
リザードマンは8匹。
全て闘技場から逃げ出した元奴隷達だ。
朝になりクロキは目的である祠の敷地に入った。
クロキはこの祠へと1人で来た。
シロネ達はいない。
シロネは一緒に付いて来たがったが、一緒に結界の中に入れば暗黒騎士と勇者の仲間が手を組んだ事をラヴュリュスに知られる可能性がある。
レイジを救出するには秘密にしておいた方が良いだろう。
それに、シロネは人間の側に立つ者だ。勇者の仲間であるシロネ達の手を借りるわけにはいかない。
これはクロキの手でやらなければならない。
リジェナも一緒に来たがったがシロネに止められた。
祠は小規模な殿舎という意味だが、人間よりもはるかに巨体な生物に合わせているためか、祠は大きく、敷地は広い。
この祠が作られたのはかなり昔のはずなのに、大部分の建物が原型を留めている。
石造りの建物の装飾は美しく、かなりの繁栄を誇ったようだ。
だけど、それも昔の話だ。
暗黒騎士の姿になったのは、場合によっては力づくで言う事を聞かせようと思ったからだ。
だけど、その心配は杞憂に終わる。
クロキが彼らの前に現れると、リザードマン達はあっさりと言う事を聞いてくれた。
どうやらリザードマンは、クロキの中にある竜の力を感じ取ったようだ。
ナルゴルのリザードマンと同じく、竜を信仰していたので話が早く済んだ。
1匹のリザードマンが忠誠を誓うと、この地のリザードマン全てを集めた。
そして、全てのリザードマンがクロキにひれ伏している。
「申し訳ないけど……。しばらくこの地から移動して欲しいんだ。これから、この迷宮の邪神を相手にしなければならないから」
リザードマンを五体投地から起こして言う。
崇められるような存在ではない。
だから頭を下げる必要はない。
「竜人様ハコノ迷宮の奥ニイル者ヲ相手ニスルノデスカ?」
リザードマンの1匹がクロキに聞く。
「そうなんだ。その時に君達がいるとこちらが動きにくい」
クロキがそう言うとリザードマンは顔を見合わせる。
「ナラバ我ラガ役ニ立ツト思イマス」
その言葉に少し驚く。
「どういう意味?」
「ドウヤラ迷宮ハ、河ト繋ガッテイルヨウナノデス。我ラハ、河ノ中ヲ行ク事ガ出来マス。何カ役ニ立テルカモシレマセン」
リザードマンの言葉を聞き、考える。
そしてヘイボス神から貰った迷宮の設計図の事を思い出す。
レイジ達が閉じ込められている第5階層の地下庭園には湖がある。その水はどこから来たのだろう?
設計図は迷宮の構造だけで迷宮の外の事は描かれていない。ヘイボス神も迷宮を作ってから地形が変わっているだろうから、とあえて迷宮外の事を説明しなかった。
ヘイボス神は庭園を造る時に近くの河の水を利用したらしい。
迷宮が出来てからすでに何百年も経過している。
だけど地形はそこまで変わっていないのかもしれない。
リザードマンの詳しい話を聞いて、設計図と照らし合わせた方が良いのかもしれない。
「ちなみに、河から迷宮に入る事はできる?」
クロキが聞くとリザードマンは首を振る。
「我ラヲ阻ム不可視ノ壁ガ有リマス。水ハ通シマスガ我ラハ入レマセン」
リザードマンの話から結界が張られているのだろうと推測する。
迷宮の5階層は牢獄になっているらしい。
だけど元々は牢獄ではなかった。どこかに綻びがあるかもしれない。
そして、キシュ河に張られた結界はその綻びを埋める為に張られたのかもしれない。
一度戻ってシロネ達と相談した方が良いかもしれない。
そう考えている時だった。
突然、リザードマン達がある方向を一斉に見る。
「どうしたの?」
「竜人様。何者カガ入ッテ来タ様デス」
クロキが疑問に思うとリザードマンが説明してくれる。
この祠の周囲にはリザードマンの呪術により結界が張られている。
誰かが入って来ると結界の外の空気が入って来る。
そのため、誰かが入って来ると少しだけ空気が振動するらしいのだ。
リザードマンは人間よりも感覚機能に優れている。わずかな空気の振動でも感じ取れるそうだ。
この祠にいるかぎり、リザードマンは侵入者に対して先手を取れる。
その上、ここにいるリザードマンの何匹かは、周囲の景色に合わせて体色を変える事ができるそうだ。
今までの自由戦士達も待ち伏せして倒していたらしい。
「なるほど……」
そう言うとクロキは視線を飛ばす。遠見の魔法は結界の中にいる者なら見る事ができる。
そして、見た。
侵入して来たのは昨日会った自由戦士達だ。ノヴィスもいる。
昨日会った時よりも男の数が増えている。
弓を持った男と槍を持った男。見た所、実力はノヴィスと同じ位みたいだ。
「何故彼らがここに?」
考えられるのはここにいるリザードマンを退治するためだろう。
「竜人様。侵入者ヲ撃退シマス。コノ場ヲ離レテ宜シイデショウカ?」
そう言うリザードマンの声に怒りを感じる。
彼らは人間に捕えられて奴隷とされ、無理やり戦わされて見世物にされたそうだ。
そして、調べた所によると同じリザードマン同士で戦わされた事もあったそうだ。
彼らの人間に対する怒りは理解できる。
(そう。なんとなくだけど理解はできる……)
だけど、その怒りは共有できない。
彼らが人間に復讐したいと言ってもクロキは手を貸す事はできないだろう。
人間の側にも魔物の側にも行けないものを感じる。
だから、クロキは行動にぶれがでる。
特に信念も無く行動している事は最悪なのかもしれない。
正義感も無ければ、思想信条も特に持っていない。
(むしろ、自分は利己的な人間だ。自己の欲のために魔王に従う暗黒騎士だ。リザードマンを助ける事も、ただ気まぐれだ)
クロキは少しだけ自己嫌悪に陥る。
「いや、自分が行くよ。君達は下がっていてくれないか……」
リザードマンの言葉に首を振って答える。
「オオ! 竜人様ガ自ラ行カレルトハ!」
そう言うとリザードマンは頭を下げる。
それを見て頭を下げないで欲しいとクロキは思う。
ノヴィス達の方へ歩き出す。
(最近、覚えたばかりの魔法を使ってみよう)
そう思いながら歩を進める。
正直に言うと、どっちを守るために行くのかクロキもわからない。
ノヴィスと一緒にいる男達はかなり強そうだ。
そして、リザードマン達も闘技場で生き抜いた猛者達だ。
戦えばどうなるかわからない。
クロキはノヴィス達の方へと歩く。
(ここはあえてリザードマンの味方という事にしておこう。運が良い。勇者の邪魔をするのが暗黒騎士の仕事なのだから)
本当なら勇者を助けるなんておかしいはずである。しかし、今回は本来の仕事に戻らせてもらおうと思うのだった。
◆
昼前になりシズフェ達はようやく目的の祠へと辿り着く。
全員が集まるのを待っていたら遅くなってしまった。
と言うのもノヴィスが寝坊するのが悪い。4勇者で仲良く前祝いなんかするからだ。
地水火風の4人の勇者を先頭に私達は迷宮へと向かう。
勇者以外ではシズフェとケイナとマディにノーラにレイリアのいつもの仲間達。
そして今回はゴーダンの妹のジャスティも一緒に付いて来ていた。
ジャスティは自由戦士ではないが戦う事もできる。
ゴーダンの予備の武器である巨大なモーニングスターを持って来ている。
そのモーニングスターはシズフェはもちろん、ケイナも持ちあげる事が出来ないぐらい重い。
それを軽々と持ちあげるジャスティは、シズフェよりも自由戦士に向いていると言えるだろう。
シズフェはジャスティを見る。
どう見てもイシュティア信徒には見えない。
愛と美の女神イシュティアに仕える戦巫女は戦舞バトルダンスという特殊な技を使える。
その戦巫女が使う武器は曲刀だったり、戦扇だったり、柔らかい鉄でできた帯だったりする。
その武器の中にモーニングスターはない。
モーニングスターを使って舞う姿はあまり綺麗ではない。
(優美な動作を求められるイシュティア信徒らしくないよね)
シズフェはそんな事を考えるが、こんな事は本人を前にしては言えない。
彼女は敬虔な信徒なのだからだ。
やがて祠の敷地の入口へとたどり着く。
「こっからは気を引き締めてくれ」
風の勇者ゼファはシズフェ達を見て言う。
ゼファがこの団体の司令官だ。
リザードマンの情報を一番多く集めているゼファに従うのはもっともである。
仲間達全員が頷くと敷地へと入る。
敷地の中に入るとシズフェは空気が変わったような気がした。
迷宮の時と同じく結界の影響だろう。
ただ、前と違うのはとても静かと言う事だ。
前回はいきなりゴブリンとコカトリスに襲われた。
巨大な祠からは何の気配も感じない。
「しかし、姿が見えねえな、本当にいるのか?」
ゴーダンが周囲を見て言う。リザードマンらしき姿は見えない。
確かにリザードマンがいるかどうかわからない。
「情報が確かならいるはずだ。奴らは昼の間はこの祠の中にいるらしいからな。全員武器を取って備えてくれ、おそらくすでに俺達が来ている事に気付いているはずだ」
ゼファはそう言うと弓に矢を番えていつでも矢を放てるようにする。
水の勇者のネフィムも槍を構える。
「気付く? どういう事だ?」
ノヴィスがゼファを問い詰める。
「そういきり立つなよ火の勇者。リザードマンは人間よりも感覚が優れている。よほど隠密に優れている奴じゃない限り隠れるのは無理だ」
「あの、それではリザードマンさんは既に逃げているのではないのですか?」
「いや、それはないと思う。よほどの人数じゃない限り、逃げたりはしないはずだ。俺達よりも大人数の奴らが返り討ちにあっているからな。だからこそ、いつでも戦えるように構えてくれ」
レイリアの問いにゼファが答える。
「なるほどな。みんな、何時襲われても対処できるように武器を取った方が良さそうだぜ」
ケイナの言葉で各々武器を取る。
シズフェも剣を抜き構える。
そうして全員が進む。
マディとノーラを真ん中に先頭をゼファとゴーダン、次にシズフェとジャスティ、左右をノヴィスとネフィム、殿はケイナとレイリアである。
「どこにいるのかな……。祠の中にいるのかな」
マディが不安そうに言う。
「目には頼りすぎるな魔術師の姉ちゃん。奴らは周囲の景色に合わせて体色を変える。もしかするとすぐ側にいるかもしれねえ。だから俺の能力で奴らを見つける。それからそこのエルフのねーちゃんの力も頼りにしてるぜ」
ゼファがノーラに言う。
「責任重大だな……」
いつでも矢を放てるようにしているノーラが答える。
ノーラの長い耳がぴくぴくと動く。
わずかな音も聞き逃さないと言わんばかりだ。
エルフのノーラはするどい感覚を持つ。
それから風の勇者ゼファもまた野伏として優れている。
この2人に発見できないのなら他の者も発見できないだろう。
「おい、ゼファ! 本当に勝てるんだろうな!? ケンタウロスに負けた時みたいになるんじゃねえだろうな?」
ケイナが不安そうに聞くとゼファは「ぐっ!!」と呻き声を出す。
「そう言ってくれるなよ、ケイナ……。前は油断したが今度は負けねえ。そもそも奴らは普通の奴らとは違う。闘技場で生き抜いた奴らだ。通常の奴らと同じに考えたらいけねえ。だが、今度は違う。入念に調査して対策も練ってある。それにな……」
そしてゼファはネフィム、ゴーダン、ノヴィスを見る。
「この面子だったら負ける気はしねえ」
そう言ってゼファはにやりと笑う。
それを聞きその場にいる勇者達が笑う。
(考えてみると確かにすごい面子よね。レイジ様達を除けば最強かもしれない)
シズフェの知る限り勇者の称号は戦士でも最高である。
その称号を持つ者が4人も集まっている。
力が強く魔法の盾を持つ地の勇者ゴーダンは、前衛となり全ての攻撃を防ぐ。
火力の高い攻撃魔法を使える火の勇者ノヴィスが攻撃を行い敵を倒す。
水の魔法や治癒魔法を使える水の勇者ネフィムが仲間を癒す。
エルフに匹敵する感知能力を持つ風の勇者ゼファが敵を発見して、戦闘では得意の弓で仲間を援護する。
4人が連携を取ればかなり強い魔物でも倒す事ができるだろう。
「本当にそうだと良いんだけどな……」
ケイナがやれやれと水を差すような事を言う。
どうしてもゼファの事を誉める気はないようである。
そもそも、ケイナもシズフェと同じようにこのリザードマン退治に乗り気ではない。
4勇者を除くシズフェ達がまともに相手をする事ができるのはせいぜいゴブリンぐらいだ。それ以上になるとかなりキツイ。
リザードマンを退治すればかなりの報酬がでるらしいが、それでも死んだらお終いであった。
それでも参加したのはノヴィスに押し切られたせいである。
「待て、止まれ! 祠の前に誰かいる!」
先頭を行くゼファが全員を止める。
シズフェが前を見ると漆黒の鎧を纏った騎士のような者が立っていた。
漆黒の重厚な鎧を身に纏い、黒いマントを身に付けた漆黒の騎士。
騎士の鎧は遠目から見ても立派で何かの魔法を帯びているみたいだ。
その姿はまるで夜の闇を切り取ったかのようだ。
その漆黒の鎧を纏った騎士が幽鬼のようにシズフェ達の前に立っている。
漆黒の騎士を見た瞬間、背筋がざわつく。熱くはないはずなのに汗が出て来る。
「そこで止まってもらおうか?」
漆黒の騎士が低い声でそう言うとシズフェ達は動けなくなるのだった。
クロキの目の前でリザードマン達は腹を下にして大の字になる。
いわゆる五体投地というやつである。
リザードマンは8匹。
全て闘技場から逃げ出した元奴隷達だ。
朝になりクロキは目的である祠の敷地に入った。
クロキはこの祠へと1人で来た。
シロネ達はいない。
シロネは一緒に付いて来たがったが、一緒に結界の中に入れば暗黒騎士と勇者の仲間が手を組んだ事をラヴュリュスに知られる可能性がある。
レイジを救出するには秘密にしておいた方が良いだろう。
それに、シロネは人間の側に立つ者だ。勇者の仲間であるシロネ達の手を借りるわけにはいかない。
これはクロキの手でやらなければならない。
リジェナも一緒に来たがったがシロネに止められた。
祠は小規模な殿舎という意味だが、人間よりもはるかに巨体な生物に合わせているためか、祠は大きく、敷地は広い。
この祠が作られたのはかなり昔のはずなのに、大部分の建物が原型を留めている。
石造りの建物の装飾は美しく、かなりの繁栄を誇ったようだ。
だけど、それも昔の話だ。
暗黒騎士の姿になったのは、場合によっては力づくで言う事を聞かせようと思ったからだ。
だけど、その心配は杞憂に終わる。
クロキが彼らの前に現れると、リザードマン達はあっさりと言う事を聞いてくれた。
どうやらリザードマンは、クロキの中にある竜の力を感じ取ったようだ。
ナルゴルのリザードマンと同じく、竜を信仰していたので話が早く済んだ。
1匹のリザードマンが忠誠を誓うと、この地のリザードマン全てを集めた。
そして、全てのリザードマンがクロキにひれ伏している。
「申し訳ないけど……。しばらくこの地から移動して欲しいんだ。これから、この迷宮の邪神を相手にしなければならないから」
リザードマンを五体投地から起こして言う。
崇められるような存在ではない。
だから頭を下げる必要はない。
「竜人様ハコノ迷宮の奥ニイル者ヲ相手ニスルノデスカ?」
リザードマンの1匹がクロキに聞く。
「そうなんだ。その時に君達がいるとこちらが動きにくい」
クロキがそう言うとリザードマンは顔を見合わせる。
「ナラバ我ラガ役ニ立ツト思イマス」
その言葉に少し驚く。
「どういう意味?」
「ドウヤラ迷宮ハ、河ト繋ガッテイルヨウナノデス。我ラハ、河ノ中ヲ行ク事ガ出来マス。何カ役ニ立テルカモシレマセン」
リザードマンの言葉を聞き、考える。
そしてヘイボス神から貰った迷宮の設計図の事を思い出す。
レイジ達が閉じ込められている第5階層の地下庭園には湖がある。その水はどこから来たのだろう?
設計図は迷宮の構造だけで迷宮の外の事は描かれていない。ヘイボス神も迷宮を作ってから地形が変わっているだろうから、とあえて迷宮外の事を説明しなかった。
ヘイボス神は庭園を造る時に近くの河の水を利用したらしい。
迷宮が出来てからすでに何百年も経過している。
だけど地形はそこまで変わっていないのかもしれない。
リザードマンの詳しい話を聞いて、設計図と照らし合わせた方が良いのかもしれない。
「ちなみに、河から迷宮に入る事はできる?」
クロキが聞くとリザードマンは首を振る。
「我ラヲ阻ム不可視ノ壁ガ有リマス。水ハ通シマスガ我ラハ入レマセン」
リザードマンの話から結界が張られているのだろうと推測する。
迷宮の5階層は牢獄になっているらしい。
だけど元々は牢獄ではなかった。どこかに綻びがあるかもしれない。
そして、キシュ河に張られた結界はその綻びを埋める為に張られたのかもしれない。
一度戻ってシロネ達と相談した方が良いかもしれない。
そう考えている時だった。
突然、リザードマン達がある方向を一斉に見る。
「どうしたの?」
「竜人様。何者カガ入ッテ来タ様デス」
クロキが疑問に思うとリザードマンが説明してくれる。
この祠の周囲にはリザードマンの呪術により結界が張られている。
誰かが入って来ると結界の外の空気が入って来る。
そのため、誰かが入って来ると少しだけ空気が振動するらしいのだ。
リザードマンは人間よりも感覚機能に優れている。わずかな空気の振動でも感じ取れるそうだ。
この祠にいるかぎり、リザードマンは侵入者に対して先手を取れる。
その上、ここにいるリザードマンの何匹かは、周囲の景色に合わせて体色を変える事ができるそうだ。
今までの自由戦士達も待ち伏せして倒していたらしい。
「なるほど……」
そう言うとクロキは視線を飛ばす。遠見の魔法は結界の中にいる者なら見る事ができる。
そして、見た。
侵入して来たのは昨日会った自由戦士達だ。ノヴィスもいる。
昨日会った時よりも男の数が増えている。
弓を持った男と槍を持った男。見た所、実力はノヴィスと同じ位みたいだ。
「何故彼らがここに?」
考えられるのはここにいるリザードマンを退治するためだろう。
「竜人様。侵入者ヲ撃退シマス。コノ場ヲ離レテ宜シイデショウカ?」
そう言うリザードマンの声に怒りを感じる。
彼らは人間に捕えられて奴隷とされ、無理やり戦わされて見世物にされたそうだ。
そして、調べた所によると同じリザードマン同士で戦わされた事もあったそうだ。
彼らの人間に対する怒りは理解できる。
(そう。なんとなくだけど理解はできる……)
だけど、その怒りは共有できない。
彼らが人間に復讐したいと言ってもクロキは手を貸す事はできないだろう。
人間の側にも魔物の側にも行けないものを感じる。
だから、クロキは行動にぶれがでる。
特に信念も無く行動している事は最悪なのかもしれない。
正義感も無ければ、思想信条も特に持っていない。
(むしろ、自分は利己的な人間だ。自己の欲のために魔王に従う暗黒騎士だ。リザードマンを助ける事も、ただ気まぐれだ)
クロキは少しだけ自己嫌悪に陥る。
「いや、自分が行くよ。君達は下がっていてくれないか……」
リザードマンの言葉に首を振って答える。
「オオ! 竜人様ガ自ラ行カレルトハ!」
そう言うとリザードマンは頭を下げる。
それを見て頭を下げないで欲しいとクロキは思う。
ノヴィス達の方へ歩き出す。
(最近、覚えたばかりの魔法を使ってみよう)
そう思いながら歩を進める。
正直に言うと、どっちを守るために行くのかクロキもわからない。
ノヴィスと一緒にいる男達はかなり強そうだ。
そして、リザードマン達も闘技場で生き抜いた猛者達だ。
戦えばどうなるかわからない。
クロキはノヴィス達の方へと歩く。
(ここはあえてリザードマンの味方という事にしておこう。運が良い。勇者の邪魔をするのが暗黒騎士の仕事なのだから)
本当なら勇者を助けるなんておかしいはずである。しかし、今回は本来の仕事に戻らせてもらおうと思うのだった。
◆
昼前になりシズフェ達はようやく目的の祠へと辿り着く。
全員が集まるのを待っていたら遅くなってしまった。
と言うのもノヴィスが寝坊するのが悪い。4勇者で仲良く前祝いなんかするからだ。
地水火風の4人の勇者を先頭に私達は迷宮へと向かう。
勇者以外ではシズフェとケイナとマディにノーラにレイリアのいつもの仲間達。
そして今回はゴーダンの妹のジャスティも一緒に付いて来ていた。
ジャスティは自由戦士ではないが戦う事もできる。
ゴーダンの予備の武器である巨大なモーニングスターを持って来ている。
そのモーニングスターはシズフェはもちろん、ケイナも持ちあげる事が出来ないぐらい重い。
それを軽々と持ちあげるジャスティは、シズフェよりも自由戦士に向いていると言えるだろう。
シズフェはジャスティを見る。
どう見てもイシュティア信徒には見えない。
愛と美の女神イシュティアに仕える戦巫女は戦舞バトルダンスという特殊な技を使える。
その戦巫女が使う武器は曲刀だったり、戦扇だったり、柔らかい鉄でできた帯だったりする。
その武器の中にモーニングスターはない。
モーニングスターを使って舞う姿はあまり綺麗ではない。
(優美な動作を求められるイシュティア信徒らしくないよね)
シズフェはそんな事を考えるが、こんな事は本人を前にしては言えない。
彼女は敬虔な信徒なのだからだ。
やがて祠の敷地の入口へとたどり着く。
「こっからは気を引き締めてくれ」
風の勇者ゼファはシズフェ達を見て言う。
ゼファがこの団体の司令官だ。
リザードマンの情報を一番多く集めているゼファに従うのはもっともである。
仲間達全員が頷くと敷地へと入る。
敷地の中に入るとシズフェは空気が変わったような気がした。
迷宮の時と同じく結界の影響だろう。
ただ、前と違うのはとても静かと言う事だ。
前回はいきなりゴブリンとコカトリスに襲われた。
巨大な祠からは何の気配も感じない。
「しかし、姿が見えねえな、本当にいるのか?」
ゴーダンが周囲を見て言う。リザードマンらしき姿は見えない。
確かにリザードマンがいるかどうかわからない。
「情報が確かならいるはずだ。奴らは昼の間はこの祠の中にいるらしいからな。全員武器を取って備えてくれ、おそらくすでに俺達が来ている事に気付いているはずだ」
ゼファはそう言うと弓に矢を番えていつでも矢を放てるようにする。
水の勇者のネフィムも槍を構える。
「気付く? どういう事だ?」
ノヴィスがゼファを問い詰める。
「そういきり立つなよ火の勇者。リザードマンは人間よりも感覚が優れている。よほど隠密に優れている奴じゃない限り隠れるのは無理だ」
「あの、それではリザードマンさんは既に逃げているのではないのですか?」
「いや、それはないと思う。よほどの人数じゃない限り、逃げたりはしないはずだ。俺達よりも大人数の奴らが返り討ちにあっているからな。だからこそ、いつでも戦えるように構えてくれ」
レイリアの問いにゼファが答える。
「なるほどな。みんな、何時襲われても対処できるように武器を取った方が良さそうだぜ」
ケイナの言葉で各々武器を取る。
シズフェも剣を抜き構える。
そうして全員が進む。
マディとノーラを真ん中に先頭をゼファとゴーダン、次にシズフェとジャスティ、左右をノヴィスとネフィム、殿はケイナとレイリアである。
「どこにいるのかな……。祠の中にいるのかな」
マディが不安そうに言う。
「目には頼りすぎるな魔術師の姉ちゃん。奴らは周囲の景色に合わせて体色を変える。もしかするとすぐ側にいるかもしれねえ。だから俺の能力で奴らを見つける。それからそこのエルフのねーちゃんの力も頼りにしてるぜ」
ゼファがノーラに言う。
「責任重大だな……」
いつでも矢を放てるようにしているノーラが答える。
ノーラの長い耳がぴくぴくと動く。
わずかな音も聞き逃さないと言わんばかりだ。
エルフのノーラはするどい感覚を持つ。
それから風の勇者ゼファもまた野伏として優れている。
この2人に発見できないのなら他の者も発見できないだろう。
「おい、ゼファ! 本当に勝てるんだろうな!? ケンタウロスに負けた時みたいになるんじゃねえだろうな?」
ケイナが不安そうに聞くとゼファは「ぐっ!!」と呻き声を出す。
「そう言ってくれるなよ、ケイナ……。前は油断したが今度は負けねえ。そもそも奴らは普通の奴らとは違う。闘技場で生き抜いた奴らだ。通常の奴らと同じに考えたらいけねえ。だが、今度は違う。入念に調査して対策も練ってある。それにな……」
そしてゼファはネフィム、ゴーダン、ノヴィスを見る。
「この面子だったら負ける気はしねえ」
そう言ってゼファはにやりと笑う。
それを聞きその場にいる勇者達が笑う。
(考えてみると確かにすごい面子よね。レイジ様達を除けば最強かもしれない)
シズフェの知る限り勇者の称号は戦士でも最高である。
その称号を持つ者が4人も集まっている。
力が強く魔法の盾を持つ地の勇者ゴーダンは、前衛となり全ての攻撃を防ぐ。
火力の高い攻撃魔法を使える火の勇者ノヴィスが攻撃を行い敵を倒す。
水の魔法や治癒魔法を使える水の勇者ネフィムが仲間を癒す。
エルフに匹敵する感知能力を持つ風の勇者ゼファが敵を発見して、戦闘では得意の弓で仲間を援護する。
4人が連携を取ればかなり強い魔物でも倒す事ができるだろう。
「本当にそうだと良いんだけどな……」
ケイナがやれやれと水を差すような事を言う。
どうしてもゼファの事を誉める気はないようである。
そもそも、ケイナもシズフェと同じようにこのリザードマン退治に乗り気ではない。
4勇者を除くシズフェ達がまともに相手をする事ができるのはせいぜいゴブリンぐらいだ。それ以上になるとかなりキツイ。
リザードマンを退治すればかなりの報酬がでるらしいが、それでも死んだらお終いであった。
それでも参加したのはノヴィスに押し切られたせいである。
「待て、止まれ! 祠の前に誰かいる!」
先頭を行くゼファが全員を止める。
シズフェが前を見ると漆黒の鎧を纏った騎士のような者が立っていた。
漆黒の重厚な鎧を身に纏い、黒いマントを身に付けた漆黒の騎士。
騎士の鎧は遠目から見ても立派で何かの魔法を帯びているみたいだ。
その姿はまるで夜の闇を切り取ったかのようだ。
その漆黒の鎧を纏った騎士が幽鬼のようにシズフェ達の前に立っている。
漆黒の騎士を見た瞬間、背筋がざわつく。熱くはないはずなのに汗が出て来る。
「そこで止まってもらおうか?」
漆黒の騎士が低い声でそう言うとシズフェ達は動けなくなるのだった。
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婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
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「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
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