暗黒騎士物語

根崎タケル

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第4章 邪神の迷宮

第12話 パシパエア王国

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「ち! この程度か!」

 オークのフマレタイは悪態をつく。
 先程人間の集団を襲ったところだ。
 場所はミノンの平野の南部であり、フマレタイが捕らわれていたアリアディア共和国から少し離れた所だ。
 襲った相手は商人と呼ばれる者が率いていて、人間の戦士を護衛として連れていた。
 フマレタイは積み荷を運んでいたロバの生肉を頬張ると倒れた人間を見る。
 数は少なく大した相手ではなかった。
 だが、それはどうでも良い。
 積み荷は大した事はなく、女が全くいない。それが問題であった。

「さすがはフマレタイだ! 全くの無傷だぜ!」

 フマレタイの手下のオーク達が褒めたたえる。
 手下のオーク達はフマレタイと同じくアリアディア共和国に捕らわれていた。
 魔法の拘束はなくフマレタイ達は自由である。
 過去に人間の罠にかかり、フマレタイは捕らわれの身になった。
 魔法の拘束具を付けられたため脱出する事もできず。無理やり闘技場で戦わされていた。
 しかし、数日前に突然解放されて今にいたるのである。
 フマレタイは今度は不覚を取らないと決意する。
 身を隠すように動き、常に奇襲を心がける。
 先程の人間達も奇襲で倒したところだ。

「当たり前だ! お前達とは違うんだよ! ガハハハハ!」

 フマレタイは笑う。
 フマレタイは普通のオークと違い、ブラックオークと呼ばれる種族だ。
 オークの中でもっとも多いのは緑肌のグリーンオークである。
 種族としてオークは強靭な肌を持ち、グリーンオークの肌は人間の着る皮鎧と同じ強度がある。
 そのグリーンオークの上位種族であるブラックオークは鉄肌と呼ばれ魔法の力を帯びない金属性の武器を通さない程強靭であった。
 先程の討伐隊でフマレタイを傷つけた者はいない。
 手応えのなさにフマレタイは正直呆れかえっていた。
 だが、そのような事は些細な事だ。
 護衛の戦士の中に美人の女戦士がいなかったのである。
 フマレタイは美女の向ける敵意のある目が好きだ。
 彼女達に攻撃されるとゾクゾクするのである。
 そもそも、人間の女戦士の数は少なくフマレタイは不満足であった。

「それよりも周囲を警戒しろ! 人間の中には油断できない者もいるからな!」

 フマレタイは手下に命令する。
 危なそうな相手には手を出さない。危険な相手からは逃げる。
 それを守っている限り、大丈夫なはずであった。

「フマレタイ! また、人間の集団が来ている! しかも、良い匂いだ! こいつは女の匂いだ!」

 手下が声を出す。
 フマレタイも匂いを嗅ぐと、人間の女の匂いがする。
 オークは鼻が良く、遠く離れた場所の匂いを嗅ぐことができる。
 漂ってくるのは、かなり上質な女の匂いだ。
 しかも複数である。
 フマレタイは笑いそうになる。
 人間の女を襲い、数を増やして、このミノン平野に自身の王国を築く。
 それがフマレタイの野望だ。

「急いで、こいつらを茂みに隠せ!」

 フマレタイが命じると、手下達は先程倒した人間の死体を隠す。
 血は残っているが、人間の視力なら近くに寄らなければ気付かないはずである。
 しばらくすると馬車が一台近づいて来る。
 数は少ない。
 しかし、数は問題ではなかった。
 馬車を護衛する人間達の中には女の姿が見える。
 そして、姿は見えないが馬車の中からも匂ってくる。
 しかも、かなり上質であった。
 フマレタイ達は茂みに身を隠し、馬車が近付くのを待つ。
 しかし、馬車は近づく前に止まる。
 そして、護衛達が武器を取りはじめる。
 
(しまった! 気付かれたか! 奇襲は失敗だが、こんな上質な女を逃す手はない!)

 フマレタイは意を決して襲う事にする。

「お前達! 馬車を取り囲め! 逃がすんじゃねえぞ!」

 フマレタイが叫ぶと手下達が馬車を取り囲むように移動を始める。

「オ! オークだ! かなり数が多いぞ!」
「ど! どうする!」

 人間達が慌てた声を出す。
 だが、もはや遅い。
 男はともかく女を逃がす事はできない。
 護衛の人間達は輪になり馬車を守るように動く。

「ど! どうします! キョウカ様!」

 人間の女戦士が馬車に向かって叫ぶ。
 すると馬車の扉が開き、中から1人の女が出てくる。
 その女を見た時だったフマレタイは体の中で電流が走ったような気がした。
 中から出て来た女はとんでもない美女であった。

「どうやら、この辺りを襲っていたオークさん達で間違いないようですわね。カヤ」

 キョウカと呼ばれた女が周囲を見ながら言う。

「はい。間違いないでしょうお嬢様。チユキ様の策はあたったようですね。女戦士を複数連れて動き回れば向こうから出てくる。さすがです」

 キョウカの後ろからもう1人女が出てくる。
 キョウカ程ではないがこちらもかなりの美女のようであった。

「そうね。ではさっさと終わらせて帰りましょう」
「はい。お嬢様。ブラックオークがいるようですが、そんなに時間はかからないでしょう」

 カヤと呼ばれた女が前に出てくる。
 その手には何も持ってはいない。
 フマレタイは首を傾げる。

(どういうつもりだ? まあ良いこの女の目はゾクゾクする)

 フマレタイはカヤの目を見る。
 まるで汚いものを見るかのような目つきだ。
 武器を持っていないのなら、殴られて踏まれてみたいと思う。
 もっとも、フマレタイは傷つかないだろう。
 何しろ先程何名のも戦士の鉄の剣を受けたが傷1つ付かなかったのだから。

「ブラックオークの肉体は強靭と聞きますが、はたして内部はどうでしょうか?」

 カヤはそう言うとフマレタイの腹部に掌を添える。

「おいおいどういうつもりだ? 撫でてくれるのか?」

 フマレタイがそう言った時だった。
 突然衝撃が体の中を駆け巡る。
 そして、それは気のせいではなかった。

「何を……? あれ景色が回るぞ」

 フマレタイの景色が回る。
 気が付くとカヤを見上げている。
 オークは人間よりも体格が良く、その中でもブラックオークは最大である。
 人間を見下ろす事は普通はない。

「フマレタイ! どうした!」
「なぜ急に倒れたんだ!」

 手下達の声がする。
 そこでフマレタイは自身が倒れている事に気付く。
 起き上がろうとするが、体が動かない。
 力を込めて立ち上がろうとすると、喉から何かがこみ上げてくる。
 
「ぐえっ!」

 フマレタイが吐き出すとそれは血のようであった。

「気を送り、貴方の内臓を破壊しました。さすがに内部までは強靭ではなかったようですね」

 カヤの冷たい言葉。
 その言葉にフマレタイはゾクゾクする。
 目の前にカヤの足。
 何となく踏まれたいと思いながら、フマレタイの意識は闇へと沈むのだった。

 



 
「どうやらみんな頑張っているみたいね」

 シロネはアリアド湾やミノン平野の空を飛びながら、仲間達の活躍を見る。
 シロネの役割はいざという時の救援だ。
 空を飛び、もっともはやく駆け付けられるシロネならでは役割である。
 しかし、シロネの出番はなさそうであった。
 アリアド湾ではリノが、ミノン平野ではナオとキョウカとカヤが魔物退治をしている。
 シロネが手伝う必要はなさそうであった。
 
「あれ!? あれは!?」

 シロネが飛んでいる時だった。
 雲の上に何かが飛んでいるのが見える。
 シロネが近付くとそれは巨大な空飛ぶ船である。
 それは前にも見た事があった。

「む!? シロネか!」
「ニーアさん!? どうしてここに!?」

 シロネは船の上にいる女天使に声を掛ける。
 女天使ニーアは女神レーナの側近の戦乙女だ。
 シロネはどうしたのだろうかと疑問に思う。

「もちろんレーナ様のお供だ。レーナ様は今地上に降臨されている。今この地で起こっている事件が気になられたようでな。様子を見に来られたのだ」
「えっ! そうなの!?」

 シロネは驚く。
 基本的にレーナを初めとしたエリオスの神々は動かない。
 レーナが動いているという事はそれだけ大きな事態なのかもしれない。

「ああ、今頃は地上のどこかにおられるはずだ。我々はもしもの時があったら何時でも駆け付けるつもりだ」

 そう言うとニーアは地上を見る。
 シロネも一緒に地上を見る。
 
「やっぱり、レイジ君が気になるのかな?」

 シロネは呟く。
 地上のある部分ではレイジ達が戦っている。
 レーナもその様子を見に来たのかもしれないと思うのだった。





 パシパエア王国はアリアディア共和国の北、キシュ河を上ったミノン平野の中部にある。
 農業大国であり、多くの作物を輸出している。
 大国だが市民の数は少なく3000人ぐらいである。
 住民の9割は市民権を持たない小作人ばかりであり、ゴブリンの奴隷も多い。 
 市民とそうでない者の差が大きく、それは他国から批判の対象になる事が多い。
 特に耕す者の権利が守られていないと大地と豊穣の女神ゲナを信仰する修道会は改善を要求している。
 しかし、パシパエア王家は聞く耳を持っておらず、女王自身がゲナの神官となり、うるさいゲナの修道僧を遠ざけている。
 そのパシパエア王国は数日前から危機が訪れていた。
 南部の迷宮から牛頭人身のミノタウロスが魔物を率いて攻めて来たのである。
 そのミノタウロスは城壁外の離宮を占拠して王国を荒らしまわっている。
 その離宮で戦いが行われている最中であった。

「これで終わりだ!」
「ぶもおおおおおお!」

 光の勇者レイジの目の前でミノタウロスが悲鳴を上げて倒れる。
 ミノタウロスはパシパエア王国を魔物を率いて暴れまわっていた。
 レイジはそれを今倒したところである。
 ミノタウロスが率いていた残りの魔物は逃げた。
 率いる者がいないので、後はパシパエアの兵士と自由戦士だけで大丈夫だろう。

「さすがレイジ様!」

 パシパエア王国の姫であるエウリアが感嘆の声を上げる。
 パシパエアの騎士が総出で立ち向かっても倒せなかったミノタウロスをレイジは簡単に倒してしまった。
 エウリアがレイジを讃えるのも当然であった。
 エウリアはとろけたような瞳をレイジに向ける。
 それを見てチユキとサホコは溜息を吐く。
 レイジとチユキとサホコは一緒にパシパエア王国に魔物退治に来ているところであった。
 この国での魔物の被害を減らさなくてはアリアディア共和国の食料事情は悪くなる。
 ミノタウロスを倒した事でその事態は防げたといえる。

「さて、これで終わりね。アリアディア共和国に戻りましょう。地上の魔物を一掃できたのなら聖レナリア共和国に帰っても良いかもしれないわね」

 チユキはレイジに言う。
 他の仲間達は別行動を取り、魔物達を退治している。
 おそらく大部分の魔物は退治されているはずであった。
 チユキとしては大部分の魔物がいなくなったのなら、聖レナリア共和国に戻っても良いと思っている。

「えっ? もう戻られるのですか? このミノタウロスは迷宮から出てきました。迷宮を調査してはもらえないのですか?」

 横で聞いていたエウリアが意外そうな顔をする。

「確かにそうだぜチユキ。突然ミノタウロスが出て来た原因を調べないと、また再び問題が起こるかもしれないぜ」

 レイジがこちらに来る。

「そうだよチユキさん。この地域の人達も困っているみたいだよ。この国はそうでもないけど、すごい被害に遭った人達も大勢いるよ」

 サホコもレイジと同じように言う。

「確かにそうなのだけどね……」

 問われてチユキは悩む。
 今回の事件でこの地域の国々は多くの被害を出した。
 ただ、その多くは他所の地域であれば、その国の人だけで対処できるものが大半であった。
 魔物が少ない地域であり、城壁の整備を怠っていたのである。
 だから、チユキは自業自得だと思う所もある。
 それに迷宮に行きたくない理由は別にある。
 この国の南にある迷宮都市ラヴュリュントスはかなり危険な場所である。
 地上も危険だが、その下には迷宮が広がっていて、最奥に何が待ち構えているのかわからない。
 レイジの性格を考えれば一度入れば最奥まで行こうとする可能性があった。
 チユキはロクス王国で危険な目にあった事を思い出す。
 この世界にはレイジでも対処できない事がある。
 そのためチユキは慎重になるのである。
 
「だけど危険だわ。魔王宮の前の事やロクス王国を思い出してサホコさん。レイジ君を危険な目に遭わせたくないでしょ」
「う~ん。確かにレイ君が危険な目に遭うのは嫌かも……」

 サホコは頷く。
 レイジは過去の死にそうになったのだ。レイジを大切に思うサホコは納得する。
 
「だが、危険を恐れていたら問題は解決しない。調査はするべきだチユキ」
「確かにそうかもしれないわね。でも調査だけなら中に入らなくても良いはずだわ。なるべく危険は避けるべきだわ。レイジ君」

 チユキがそう言うとレイジも納得せざるを得ず、黙る。

「さて、そろそろ戻りましょう。みんながまっているわ」
「わかった。取り合えず戻る事にしよう」

 チユキ達はアリアディア共和国に戻る事にする。
 しかし、その様子を見ているエウリアの目がすっと細くなった事に誰も気付かなかった。





 レイジ達がパシパエア王国を離れたその夜の事である。
 パシパエアの城壁の尖塔でピュグマイオイの夫婦が会話をしている。

「あなた。まだ起きているのですか」
「ああ、手紙の仕分けが終わらなくてな」

 ピュグマイオイの夫は妻の問いに手紙を仕分けながら答える。
 今、アリアド同盟諸国は危機的な状況にある。
 今までと違い街道が危険になった。
 そのため情報のやり取りをするためにピュグマイオイ族の仕事が増えた。
 魔物はほとんどが陸の魔物のため空はまだまだ安全だからである。
 手紙がいつもに比べて多い。効率良く配達しなければならない。
 だが妻の言う通り、もう夜も遅い。灯りももったいないしそろそろ寝た方が良いだろう。

「うわあああああああ!!」

 突然叫び声が聞こえる。
 ピュグマイオイの夫は妻と顔を見合わせる。
 叫び声は続けて複数聞こえる。

「城壁の方からだ! 様子を見て来る!!」
「あなた、気を付けてください……」

 心配そうに妻が言う。

「わかっている!!」

 夫は服を着替え鳥小屋へと向かう。
 鳥の縄を外し、乗って飛ぶ。
 鳥は自分を乗せて城壁の塔から飛び出す。
 そして見た。

「これは……。魔物の大群だ」

 ピュグマイオイは人間と違って暗視の能力がある。だからはっきりと見えた。
 地上には魔物が沢山いて、自分が住むパシパエア王国の城壁に取りついている。
 悲鳴は城兵の声だ。

「まずいぞ……。このままではこの国は滅ぶ」

 ピュグマイオイの夫は地を埋め尽くす魔物を見て茫然とするのだった。
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