暗黒騎士物語

根崎タケル

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第4章 邪神の迷宮

第6話 女神レーナの憂鬱

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 エリオスの自身の宮殿でレーナは湯あみをする。
 周囲には彼女に仕えるエルフ達が控えている。

「レーナ様。少しよろしいでしょうか?」

 浴室の外から声がする。
 戦乙女隊の隊長であるニーアである。
 ニーアは天使族でレーナの腹心の部下だ。

「良いわ。入って来なさいニーア」

 レーナはエルフ達を下がらせるとニーアを部屋に入るように言う。
 エルフを下がらせたのはもしかすると、機密事項もあるかもしれないからだ。

「レーナ様。最近、ミノン平野で、あの暴神に何やら動きがあるようです」

 ニーアはエルフ達がいなくなるのを確認すると話始める。

「ミノン平野というとラヴュリュスかしら? あの引きこもりが急にどうしたのかしら? 大人しくしていれば良いものを……」

 レーナは首を傾げる。
 ラヴュリュスは過去に求婚して来た相手だった。
 美しいレーナは多くの男神から求婚され、ラヴュリュスもその中にいた。
 ただ、ラヴュリュスは乱暴者であり、他の求婚者と違い、レーナを無理やり攫おうとした。
 その時は運悪くオーディスや武闘派の男神達はエリオスを留守にしていた。
 むしろラヴュリュスはそれを狙って来たのだろう。
 しかし、勘の良いレーナはいち早く気付き逃げる事に成功した。
 だが、その時にヘイボスが逃げ遅れ、ラヴュリュスに連れ去られた。
 ラヴュリュスはヘイボスの命と引き換えにレーナを要求したのである。
 レーナはラヴュリュスの元に行くのを嫌がり、他の男神もラヴュリュスの領域で戦う事をためらった。
 結果ヘイボスは見殺しにされてしまった。 
 ヘイボスは殺されなかったが、ラヴュリュスのための地下宮殿を作らされる。
 ヘイボスに仕えるドワーフ達はエリオスの神々に救出を願ったが、動く事はなかった。
 代わりに動いたのは魔王モデスである。
 モデスの力は凄まじく、ラヴュリュスを締め上げて、あっさりとヘイボスを救出したのである。
 その後、ラヴュリュスはモデスがよほど怖かったのか地下宮殿を迷宮にして誰も入れないようにして引きこもってしまった。
 そのラヴュリュスが活動を再開した。
 襲われかけたレーナとしては気になる所だ。

「あの暴神が何を企んでいるのかわかりません。ただ、どうやら勇者レイジがミノン平野へと向かっているようです。」
「レイジが? ラヴュリュスが動き出して、レイジがそこに向かっている。どういう事なの? 心配だわ」

 レーナは考え込む。
 アルフォスからレイジ達を抑えるように釘を刺されている。
 レイジ達が何かしでかすのではないかとレーナは心配する。

「レーナ様。やはりレイジの事が心配なのですか?」

 レーナの様子を見た、ニーアが聞いてくる。

「そう見える? ニーア?」
「はい、最近お体が優れないように感じます。やはりレイジと何かがあったのでしょうか?」
「そう……」

 レーナは溜息を吐く。
 はっきり言ってレイジの心配なんかしていない。
 正直に言うと、やつれている原因はクーナであった。

(あの子がクロキからものすごい事をされるから、それが夢に出てくるから困るのよね……。ずるい、私もあんな事をクロキにされたい。)

 レーナはその事を思い出すと体が熱くなる。

「レーナ様はレイジの事を愛されているのですね」
「はあ!?」
 
 ニーアのその言葉を聞いてレーナはお前もかと思う。
 なぜかエリオス中でレーナはレイジと愛し合っている事になっている。
 その事を女神達に聞かれるので面倒くさいのである。
 そしてレイジの事を紹介してとレーナはエリオスの女神達から頼まれたりする。
 その時の事を思い出すとレーナは頭が痛くなる。
 また、トールズを初めとしたエリオスの男神がレイジを敵視している。
 レーナは彼らからも、さらにはエリオス以外の男神からも妻になってくれと言い寄られている。
 そのため、レーナに愛されていると思われているレイジが邪魔なのだろう。

(レイジが私の恋人という事になっているなんて、問題が起こらなければ良いのだけど……)

 もし、レイジとトールズが争いになったらレーナとしても困る。
 力と戦いの神トールズは神王オーディスとその妻である神妃フェリアの愛する息子だ。
 そのトールズをレイジが傷つけたらレーナの立場はかなりまずくなる。
 だからこそ、レーナはレイジ達をエリオスに近づけないようにしていた。
 レーナの育ての親であるフェリアはエリオスで一番怖ろしい存在であった。
 何しろ神王であるオーディスさえも頭が上がらない。
 出産と結婚の女神でもあるフェリアには戦うための力はない。
 しかし、多くの神がフェリアの世話になっているためか、逆らえる者は少ない。
 レーナは母であるメルフィナが死んだあと、フェリアに育てられた。
 だからだろうかレーナもフェリアには頭が上がらないのである。
 ちなみにレーナに限らず、聖母ミナの孫の世代であたる第2世代の神の全てがフェリアの世話になっている。
 そのため、第2世代の神はフェリアのナルゴル嫌いの影響を受けていた。
 だからこそ、ヴォルガスの悲劇が起こったのである。
 レーナはフェリアの事を考える。
 フェリアは普段は優しく思いやりがあるが、ナルゴルの事になると性格が真逆になる。
 それはオーディスに味方した者であっても変わらない。
 例外はカーサだけである。
 フェリアもさすがに恩義のあるカーサだけは嫌う事ができない。
 だけど、他の協力してくれたナルゴルの血を引く神は嫌い、その中でも特にモデスの事を嫌っている。
 レーナが見る限り、実際は嫌うのではなく恐怖しているようすであったが、同じ事である。
 ナルゴルをもっとも怖れているフェリアは、その血を色濃く引いているモデスを怖れている。
 強い影響力を持つフェリアがモデスを嫌うので、多くの女神がモデスを嫌うようになった。
 レーナもまたそうであった。

「私とレイジは魔王を倒すための同志。レイジとの関係はそれ以上でもそれ以下でもありません」

 レーナは首を振ってニーアの言葉を否定する。

「ですが、レーナ様……。その……」

 ニーアの視線がレーナのお腹に行く。
 ニーアを初めとした戦乙女達は、レーナがこんな体になったのはレイジのせいだと思っている。
 だからこそレイジの心配をするのである。

「確かにそうね……。このお腹の事もあるからそう考えるのも仕方がないわね。でも、レイジのためを思えば秘密にするしかないわ」

 レーナはお腹を撫でながら答える。
 事実は違うのだがレーナは本当の事はニーアにも言わなかった。
 今の所クロキはエリオスの敵であるモデスの仲間だ。
 そのため、本当の事を言うべきか迷ったのである。 

(まさかこの私がこんな事になるとは思わなかった。全てクロキが悪い。クロキには責任を取ってもらわないと)

 レーナはクロキをモデスの元から引き抜くつもりである。
 自身の美貌をもってすれば可能なはずであった。
 成功すればレイジはいらない。
 だからレイジを愛していると噂されても「はあっ?」と思うだけだ。

「申し訳ございません。レーナ様のお考えをわからず。勝手な事を……」

 何か勘違いしたニーアが頭を下げる。

「良いわ、ニーア。改めて言うけど、この事はレイジ達にはもちろん、誰にも言ってはダメよ。良いわね、ニーア」

 レーナに求婚している男神達がこの事を知ったら争いになりかねない。だからこの事は秘密にしなければならない。
 だからこそニーアに釘を刺す。

「はい。わかっております、レーナ様。女神が人間の男になど……。誰にも知られないようにします。レーナ様と私達だけの秘密です」

 ニーアの言葉にレーナは頷く。

(この事は信頼できる戦乙女の一部だけしか知らない。多分、大丈夫なはずだ)

 再びレーナはお腹を触る。
 まだ目立たないからゆったりした服を着ればわからないはずだ。
 そして、成長を促進する魔法を使ったから1ヶ月もしない内に生まれるはずであった。
 そもそも、神族は人間族とは違って成長が早く、誰にもばれないはずである。

「全く、私をこんなに苦しめるなんて……。早く生まれなさい、私の可愛い勇者」




 クロキはナルゴルからエリオス山麓にある樹海の外れにある祠へと転移して、エリオスの鍛冶と宝物の神ヘイボスの所へと向かっていた。
 ヘイボスの住居はトトナの所に行くときにいつも通り過ぎていた。
 その時はクロキはヘイボスに声を掛けない。
 ヘイボスは用も無いのに声を掛けられる事を嫌うからである。
 ヘイボスの応接間は様々な材料が置かれていて倉庫かと思うほど散らかっている。
 その部屋の中央で自分はヘイボス神と応対している。

「ミノン平野に行くのか。あそこには地下宮殿……、いや今は迷宮だったな。あの者が支配していた地だ」

 ヘイボスは険しい顔をする。
 クロキもヘイボスとミノン平野の関係を知っていた。
 エメラルドタブレットの情報によればあの迷宮はヘイボス神にとって屈辱そのものだ。
 エリオスでもヘイボスを憚ってその事件を口にする者はおらず、ドワーフでもその事件を知っている者は少ない。
 エリオスの書物庫での記録は本来なら部外者には見せられない記録だった。
 トトナが特別に見せてくれなければクロキも知る事はなかっただろう。

「はい、ナットを助けに行きます。ですからヘイボス殿の力を借りたいのです」

 クロキは頭を下げる。
 ナットはレイジ達に捕えられた。そのレイジはミノン平野にあるアリアディア共和国へと向かっている。
 出来る限り早く助けたかった。
 ミノン平野に北東に隣接したヒュダン高地には多くのドワーフが住んでいる。
 ヘイボスもたまにその地に行くので転移の門が設定されている。
 その門を使いヒュダン高地に行けばミノン平野はすぐそこである。
 レイジ達にもすぐに追いつけるはずであった。 

「良いだろう。ナットの奴には世話になっているからな。出来る限り手を貸してやろう」
「ありがとうございます、ヘイボス神」

 クロキは頭を下げる。

「だがな、暗黒騎士よ。ドワーフ達の報告によるとかの地を支配していたあの者が活動を再開したらしい。あの迷宮には出来る限り近づくな。危険だからな」

 ヘイボス神は髭を触りながら言う。

「そんなに強いのですか、ラヴュリュスは……」
「ああ、強い。モデスとまともに戦って命があるのだからな」
「なるほど……」

 ヘイボスの言葉にクロキは頷く。
 クロキはモデスが戦う姿を見た事はない。
 しかし、モデスと対峙していると時々背筋が震えるほど威圧される。
 だから、クロキはモデスは自分よりも強いのだろうと思っている。
 モデスと戦えば命を落とすかもしれない。
 そのモデスと戦って命があるのなら、ラヴュリュスは相当強いのだろう推測する。。

「しかもだ、あの迷宮はラヴュリュスに無限の力を与える。あそこにいる限りラヴュリュスは無限に回復できる。だからこそあの迷宮には近づくな」

 ヘイボスはクロキに念を押す。

(よほど危険みたいだな……。レイジ達がその迷宮に入らなければ良いのだけど)

 クロキはヘイボスの様子から、迷宮の危険性を感じ取る。

「わかりました。色々と教えていただきありがとうございます、ヘイボス殿。それではそろそろ行きます」
「うむ、気を付けて行くが良いぞ、暗黒騎士」

 クロキは頭を下げるとヘイボスの元を去るのだった。
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