暗黒騎士物語

根崎タケル

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第4章 邪神の迷宮

第2話 天界の書物庫

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 最初は原初の混沌の海ナンムしかなかった。
 しかし、ある時ナンムしかいない世界に、時空を超えて原初の天空神エリオスが現れる。
 エリオスは自らが生きる場所を確保するためにナンムを押しのけ空間を作った。
 それが世界の始まりだった。
 エリオスは火を作り出すとナンムの体の一部を燃やす。
 海は固まると大地になり、大陸となった。燃やされた一部の体は清浄な水となり海となった。
 エリオスは大地が出来るともっとも高い山へと降り立つ。
 そこが今も残るエリオス山である。
 エリオスは降り立つと原初の種族である竜と巨人を作り出す。
 そして、最後に2柱の神を産み落とす。
 それが大いなる角を持つ闇の女神ナルゴルと大いなる翼を持つ月の男神オルギスである。
 エリオスはこの世界を2柱の神に任せると、また違う世界へと旅立ってしまう。
 ナルゴルの方が神としての力が強かったので、ナルゴルが世界の統治者となりオルギスは副統治者となった。
 そして2神は共同して世界を統治した。
 ナルゴルとオルギスは夫婦となり、ナルゴルは多く神々を産み、子供達のために沢山の生物を作った。
 その結果、世界は多くの生き物で溢れかえった。
 しかし、オルギスは不満だった。
 自分よりもナルゴルの方が強く、オルギスはいつもナルゴルの尻に敷かれていたからだ。
 またナルゴルは凶暴であり、気に入らない者は自分の子供でも殺す事があった。
 そのため、いつもオルギスはナルゴルに怯えていた。
 また、生まれた子供達にも不満があった。
 ナルゴルとの間に生まれた子供はほとんどが醜く、そうでない者にも不満があった。
 オルギスはナルゴルの姿が美しくないせいだと考え、異界から別の女神を呼ぶ。
 するとオルギスの呼び声に応えて異界から美しき女神が現れる。
 それが、太陽の女神ミナである。
 オルギスはナルゴルに隠れてミナと愛を育む。
 オルギスとミナの間からは次々と神々が生まれた。
 男神は光り輝くオーディス、力強きトライデン、器用なるヘイボス。女神は賢きメルフィナ、気高きフェリア、美しきイシュティア等である。
 その他にも沢山の美しい神々が生まれた事でオルギスは喜んだ。
 そして、ミナの子供達を守る為に自分の体の一部とミナの体の一部を使い天使族を作った。
 だが、やがてオルギスの不審な行動を怪しんだナルゴルに気付かれる。
 ミナの存在を知ったナルゴルはオルギスの裏切りに怒り、破壊神へと変貌する。
 ナルゴルはミナに襲いかかると殺してしまう。
 ミナを殺されたオルギスは嘆き悲しむ。
 だがそれだけでは終わらなかった。ナルゴルは破壊の巨人達を作りだすとミナの子供を殺すように命じる。
 オルギスはミナとの子供を守るためにナルゴルと争う事になる。
 ナルゴルは自身の子供達に自分に味方するよう命令した。
 ここでナルゴルの子達は、母であるナルゴルに従った神と従わずに中立を守った神の2つに分かれる。
 母に従った者達はナルゴルに従う者、通称「ナルゴルの者」と呼ばれるようになる。
 ナルゴルの者達は蛇の女王ディアドナ、死神ザルキシス、凶獣フェリオンを筆頭にミナの子供達を攻撃する。
 ナルゴルの者達の前にミナの子供達は次々と殺されていく。
 オルギスはミナとその子供達を守る為に母に従わなかった中立の神々に協力を求める。
 すると中立を守った者達から協力する神が現れた。
 それが予知能力を持つ千の翼を持つカーサ、鍛冶工芸に優れた単眼巨神のヴォルガス、武芸に優れた四つ足のサジュタリスである。
 カーサはミナの子達に魔法を教え、サジュタリスは武芸を教え、ヴォルガスはヘイボスに鍛冶工芸の能力を与えた。
 ミナの子供達はオーディスを中心にナルゴルの者達と戦う事になる。
 しかし、それでもナルゴルの者達の力は強大で互角に戦える者はオーディスとトライデンだけであった。
 このままではミナの子達は全て殺されてしまう。そう思ったオルギスは盾となりナルゴルの者達と戦う。
 ナルゴルの者は父であるオルギスを倒す事が出来ず、ミナの子は守られる。
 それを見たナルゴルは、あくまでミナの子を守ろうとしたオルギスへの怒りに我を忘れ、オルギスを殺してしまう。
 そして、正気を取り戻した時に自らの夫を殺してしまった事を嘆く。
 ナルゴルはオルギスに代わる神を作ろうと、オルギスの亡骸を自らの体に吸収して自身をも超える最後の子を産む。
 それが最後にして最強、最愛の息子である黒い炎の魔王モデスである。
 ナルゴルはモデスとナルゴルの者を使い、この世界を滅ぼし、新たな世界を作る事にする。
 ミナとその子供達を滅ぼすべく、モデスを大将にナルゴルの者達は進撃する。
 もはやミナの子供達は風前の灯だった。
 だが、ここで賢き女神メルフィナが動く。
 メルフィナはその美貌を駆使してモデスを誘惑して自分達の味方にしようとしたのである。
 美しい女神に言い寄られモデスは心動かされる。
 しかし、それを知ったナルゴルは怒りメルフィナを殺す。
 メルフィナは死ぬ間際に双子を産み、この世界から消えてしまう。その双子が美しい男神アルフォスと美しい女神レーナである。
 そしてメルフィナを殺された事でモデスはナルゴルに怒り、母に反旗を翻した。
 モデスはオーディスと協力して母であるナルゴルとナルゴルの者達と戦う事にする。
 最愛の息子に裏切られたナルゴルとナルゴルの者達は追い詰められる。
 死神ザルキシスは殺され、凶獣フェリオンは封じられ、蛇の女王ディアドナはモデスを怖れ戦線を離脱する。
 他のナルゴルの者達も倒され、もしくは逃亡し、またはモデスに降伏する。
 そして遂にナルゴルはオーディスとモデスにより北の大地で倒される。そして、ナルゴルが死んだ地は「ナルゴルの地」と呼ばれるようになった。
 勝利したオーディス達はこの世で最も高い山であるエリオスに宮殿を構え世界の統治者を名乗る。これが「エリオスの神々」である。
 オーディスはフェリアを妻とすると神王を名乗り、エリオスの神々の頂点に立った。
 これで世界は一応平穏となった。
 しかし、問題が起こった。
 ナルゴルの子で中立を守った神々達とどう付き合うかで意見が分かれたのである。
 モデスとヴォルガスはエリオスに迎え入れる事を主張する。
 しかし、フェリアとイシュティアとレーナは反対する。また他のミナの子である女神達も反対だった。
 特にイシュティアとレーナは猛反対であった。
 なぜならイシュティアは醜い海神ダラウゴンに言い寄られ、レーナは粗暴な荒神ラヴュリュスに言い寄られていたからである。
 他の女神達もまた醜いナルゴルの血を引く男神に言い寄られていたので中立の神々を迎え入れる事に反対した。
 結果エリオスの神々はミナの血を引く女神達に押し切られ、中立の神々を仲間とする事はできなくなった。
 だが、この結果はエリオスの神々の内部でミナの子である神達とナルゴルの子である神達の間で亀裂が入る事になる。
 それでもまだ世界は平和だった。
 ある日の事だった。フェリアは世界がナルゴルが生み出した種族で溢れている事を面白くなく感じ、自分達が作った種族で世界を溢れさせようと考えた。
 しかし、ミナの子達の中で誰も新しい種族を作る方法がわからなかった。
 フェリアはヘイボスに相談する。
 ヘイボスは種族を作る方法はわからないと言う。
 それでもフェリアは諦めず、ヘイボスに種族を作るための魔法の道具を作成するように言う。
 困ったヘイボスはモデスに協力を求める。
 モデスは母より生命を作る能力を与えてもらっていたのでヘイボスに協力する事にする。
 ただし、フェリアがモデスを嫌っている事を知っていたので協力する事は秘密にされた。
 2神は協力して共同で生命の大釜を作る。この大釜の力を使えばミナの子でも生き物を作れるようになるはずだった。
 だけど、それだけでは駄目だった。大釜に入れる材料が必要だったのである。
 種族を作る材料として中心となる神の体の一部と数多の材料、そして大きな魔力が必要だった。
 ヘイボスは中心となる神の体の一部として母であるミナの亡骸を使う事にする。
 数多の材料はモデスが用意した。
 まずはためしにモデスが大釜を使い種族を作った。
 すると美しい魔族が生まれた。
 次にヘイボスが大釜を使い種族を作った。
 すると工芸に優れたドワーフが生まれた。
 それを見たヘイボスは満足して大釜をフェリアに渡した。
 喜んだフェリアはオーディスとその他のミナの子達を集めて様々な種族を作った。
 それが最初に生まれたのがエルフ族。
 次に生まれたのが小さき種族ピュグマイオイ族。
 そして、最後に生まれたのが万能なる種族のヤーフ族、つまり人間族である。
 人間が生まれた事でエリオスの神々は満足した。
 エリオスの神々は生まれた種族を増やし世界へと送った。
 人間達は順調に数を増やしていった。
 だけど問題が起こった。増えた種族と先に住んでいた種族との間で争いが起こったのである。
 それを見たフェリアは怒ってオーディスとの間に生まれた戦神トールズを派遣してその種族を攻撃した。
 だがその事により、その種族を眷属としていた中立の神々との間に争いが起きる事になった。
 フェリアは中立の神々を邪神と呼び戦う事を主張する。
 賛成したのはレーナとトールズを始めとするミナの血を引く多くの神々である。
 反対したのはモデスとヴォルガスを中心とするナルゴルの血を引く神々である。
 不満に思ったフェリアは、レーナと共謀して反対派の中心であるモデスとヴォルガスを排除する事にする。
 女神達は元々醜いモデスとヴォルガスを嫌っていたので、ほとんどの女神がモデスとヴォルガスを排除する事に賛成した。
 まずはモデスを追放する。それを行ったのはレーナである。モデスは愛するメルフィナの娘に反抗する事ができず、自身に従う魔族を引き連れて北のナルゴルの地へと行く。
 そして、今度はヴォルガスである。フェリアはヴォルガスもモデスと同じように追放しようとした。
 しかし、公明正大なヴォルガスに対しては何もできず追放はできなかった。
 だが、ここで事件が起きる。
 直情的で思慮の浅い戦いの神トールズがヴォルガスを殺したのである。
 エリオスの神々は驚愕する。ヴォルガスを邪魔だと思っていても殺す事までは考えてなかったからである。
 また、その事に戦慄したナルゴルの血を引く神々はエリオスを離れてしまう。
 そしてヴォルガスを師と呼び慕っていたヘイボスは嘆いて引きこもり、表に出なくなった。
 続いて、トライデンを始めとしたヴォルガスに恩義を感じていたミナの血を引く一部の者もエリオスを離れる。
 そのため、エリオスは弱体化した。
 オーディスもさすがにこの事を嘆く。ヴォルガスはナルゴルとの戦いで味方になってくれた恩人である。それを殺す事は許される事ではなかった。
 しかし、オーディスは自分の子であるトールズを罰する事ができなかった。
 その結果、規律が乱れさらにエリオスは弱体化することになった。邪神と戦うどころではない。
 そのため邪神との間に争いは起こらず、世界は平穏のままであった。




 ここまで読んで、クロキはエメラルドタブレットを読むのを止める。
 エメラルドタブレットには様々な知識が記録されている。タッチパネル方式で知りたい記録を呼び出す事ができる。タブレットには映像と文字が映し出されてわかりやすかった。
 文字もナルゴルで学んだ物と変わらなかったので問題なく読む事ができた。

「人間達の伝承とかなり違うな……」

 思わずそう呟く。
 そもそも人間の伝承では、モデスはオーディス達の仲間になっていない。
 つまり、エリオスの神々の1柱になってはいないのである。だから追放される話もない。
 またエリオスの神々が人間を作って世界に増やした時、モデスは素晴らしい種族を作ったエリオスの神々に嫉妬して、オークやゴブリン等の魔物を世界に放って人間を滅ぼそうとした事になっている。
 エメラルドタブレットでは全くの逆だ。
 オークやゴブリンが住んでいる場所に後から人間が住みついている。
 正直に言って人間達の伝承はエリオスの神々に都合よくなっているようにクロキは感じる。
 もっとも、このタブレットの内容が間違っている可能性もあるだろう。
 それから生命の大釜とはクーナを作り出したあの魔法の装置の事だろうと推測する。
 クロキが使った時にはさらに改造がされているみたいだったが、中心となる魔法の道具の形が似ている。
 おそらくモデスは追放される時に生命の大釜をナルゴルへと持ってきたに違いないと思う。
 また、神々の姿を考える。
 オルギスとナルゴルの姿はエメラルドタブレットに記録されていない。だからどんな姿かわからない。
 だけど、ミナの姿だけは人間の姿と同じだと判明していた。
 そのためか、ミナの血を引く光の神々は人間と同じ姿をしている。
 それに対してナルゴルの血を引く闇の神々は人間とはかけ離れた姿をしている。
 ただ、神話に書かれているように、ミナの血を引く神々の全てが美しいわけではないようであった。
 ヘイボス神には悪いけど美男子とは言えない。
 そして、ナルゴルの血を引く神々も全てが醜いわけではない。
 クロキが映像で見る限りカーサとサジュタリスは美しい姿をしている。
 もっとも、2神はナルゴルの子なので、人間とは違う姿をしている。
 カーサは羽毛の髪を持つ美しい女性の上半身に、下半身と背中から無数の翼が生えている。
 サジュタリスは、神話に出て来るケンタウロスと同じ姿である。
 また、ナルゴルとオルギスが作った種族に美しいのもいる。マーメイドやセイレーンはかなりの美形だ。
 それにしてもなぜこの世界には元いた世界の伝説上の生き物が溢れかえっているのだろうとクロキは疑問に思う。
 本当に謎であった。

「さて、そろそろ帰るか」

 クロキはエメラルドタブレットを使うのをやめる。
 水晶でできた魔法の時計を見る。かなりの時間が経過している。そろそろナルゴルに戻るべきであった。
 クロキはエメラルドタブレットを持って少し離れた所で本を読んでいる少女の所へと行く。
 彼女の読んでいる本はエメラルドタブレットと違い普通の本の形をしている。
 この世界の一般的な本はクロキ達の世界と変わらない。
 人間の国によっては木簡や粘土版等が使われているみたいだが、紙の本を使っている所もある。
 ドワーフ族が作成した製紙の道具があるため、紙も手に入りやすい。
 もっとも、紙の原料はこの世界特有の葦が一般的だったりする。
 ちなみに、この書庫の大半の本は特殊な魔法の繊維で作られた紙で出来ていて、劣化する事はない。
 エメラルドタブレットと同じくクロキ達がいた世界には無い道具である。

「ありがとうございました、トトナ殿」

 声かけると少女がクロキを見る。
 髪を後ろで結った綺麗な顔立ちの少女だ。
 レーナやクーナに比べるとかなり地味であるが、充分に美少女で通るだろう。
 少女の名は知識と書物の女神トトナ。
 このエリオスにある天界の書物庫の管理者である。
 トトナは神王オーディスと女神フェリアの娘である。
 つまり、エリオスが弱体化した原因である戦神トールズの妹でもある。
 そして、クロキが読んでいたエメラルドタブレットの内容を記録した張本人でもある。
 だから、タブレットの内容はあくまで彼女の知識であり主観が入っている。
 そして、わからない事は記憶されてない。
 また、生まれる前の事は彼女も見たわけではないから知識が間違っている可能性もあるとクロキは聞いていた。
 それは他ならぬ彼女自身がそう言っていたのである。
 そもそも死神ザルキシスは生きていたのだから、このタブレットの内容は間違っているといえる。

「もう良いの? 暗黒騎士?」

 タブレットを受け取るとトトナがそっけなく聞く。
 前に会った時と同じようにトトナは無表情である。
 クロキは最初は嫌われているのかと思ったが、そうでもないようだ。

「はい、お陰で色々な事がわかりました」

 クロキはトトナに頭を下げる。
 ヘイボスから鎧を貰った次の日の事である。
 ルーガスの書庫で調べものをしていたら、ルーガスからエリオスの書物庫の方が資料が豊富である事を教えられた。
 そこでエリオスの書物庫に行けないだろうかと相談したら、トトナに紹介状を書いてもらえる事になったのである。
 なんでも書庫の管理者であるトトナは、モデスがエリオスに居た頃はルーガスの弟子だったらしく、そのため、モデスがエリオスを追放される時は一緒に付いて行こうしたそうであった。
 しかし、彼女の母親であるフェリアが大反対したためエリオスに残らなければならなかった。
 トトナはクロキがルーガスの紹介状を持って行くと書物庫にあるものは自由に読む事を認めてくれた。
 また、天界の書物庫はヘイボスの居所からすぐ近くにあるため見つからずに行くことができた。
 この天界の書物庫にある本は面白く、紙で出来ているとは限らなかった。
 エメラルドタブレットもその1つである。このエメラルドで出来た石板には何万冊以上もの本の内容が記録されているらしい。
 クロキは貸して欲しいと思うが、エメラルドタブレットはエリオスでも貴重な物らしく無理のようであった。
 だからもう一度読みたければここに来るしかない。

「そういえば、暗黒騎士。前に来た銀髪の娘はどうした?」

 クロキは前にここに来た時クーナも一緒だった。
 トトナはその事を覚えていたのである。

「クーナは少し体を悪くしまして……」

 クロキは苦笑いを浮かべる。
 クーナは体を癒すために今は眠っている。
 原因はクロキでもあり、クーナ自身でもある。
 クーナに飲ませられたお茶の影響でクロキの中に眠っていた暴竜が目を覚ましてしまい、クーナと周りにいた女性を襲ってしまった。
 クロキが正気を取り戻した時にはクーナはボロボロになっていた。そのボロボロになった体を癒すためにクーナは眠りについている。
 またクロキの体も問題だった。
 薬の影響か、常時体の中で暴竜が目を覚ましている状態である。
 クロキは何とか理性で抑えているが、ふとしたはずみで暴竜が動きそうになってしまう。
 今もトトナからも良い匂いがするので、暴竜が暴れそうであった。

「体を悪く? 何かあったの?」

 トトナが訝しげに聞く。

「いえ……大丈夫です、大した事はありません……」

 クロキは遠い所を見ながら答える。

(本当はすごい事が有りました……。でも誰にも言えないよ。それにしてもトトナ神がクーナの事を気にかけてくれるとは思わなかったな)

 クロキは疑問に思う。
 前に会った時にクーナはトトナに失礼な態度を取った。
 クーナはどうやらトトナの事が気に食わないらしく、その態度はリジェナに対する態度と同じだったりする。
 だから、失礼な事をしたクーナの身を気にしてくれるとは思わなかったのである。

「そう……まあ良いわ。そうだ、あなたに言わなくていけない事があるの」
「何があったのです?」
「前にあなたが来て帰った後にレーナがここに来た」
「レーナがですか?」

 トトナが頷く。

「レーナは私があなたに近づかないように警告した。おそらくナルゴルに間諜がいる。あなたがここに来ている事がばれている」

 クロキはその言葉に衝撃を受ける。それと同時にやはりと思う。
 ナルゴルに間諜がいる事にクロキは気付いていた。
 だけどそれが何者かわからない。
 そもそも、モデス達は機密を守るという意識が薄い。そのため、情報がダダ漏れである。
 そのため、調べればナルゴルの情報は誰でも知る事ができる。

「すみません、トトナ殿」

 クロキは頭を下げる。

「どうしたの、暗黒騎士? 急に謝って」
「自分がここに来る事でトトナ殿に、迷惑がかかるのではないでしょうか? 自分はここに来ない方が良いのかもしれません」

 クロキはトトナに迷惑をかけたくなかった。
 何しろエリオスで数少ないモデスの味方だ。
 モデスはエリオスの神々と争っている。
 その配下である暗黒騎士がここに来ることは良くない。
 そして、クロキがここに来る事で彼女の立場が悪くなるかもしれず、それは何としても避けたかった。

「そんな事はない! 迷惑ではない!!」

 トトナが急に大声を出す。

「えっ、はい……?」

 クロキは急に大声を出されたのでびっくりする。
 感情を表に出さないトトナにしては珍しい事であった。

「レーナの事なんか私は気にしない。お母様の事も気にしない。他のエリオスの神々の事なんか知らない。だから……また来て欲しい……」

 クロキには最後の言葉はかすれて良く聞こえなかった。
 そして、良く見るとトトナの顔が紅くなっている。
 トトナがなぜ急にこんな態度を取ったのかはクロキにはわからない。
 だけど、クロキもトトナの所にまた来たいと思う。

「はい。できれば自分もまた来たいです」

 だから、クロキは笑って答える。

「そうか、良かった……」

 そう言うとトトナの顔が笑顔になる。
 それはクロキが初めて見る顔で、可愛いと思ってしまう。

「それでは、トトナ殿。もう遅いですから自分は帰りますね」
「待って、暗黒騎士」

 帰ろうとしたらトトナが呼び止める。

「なんでしょうか?」

 クロキは振り向いてトトナを見る。

「トトナ殿ではなく、トトナと呼んで欲しい。それから私もあなたの本当の名前で呼ぶことを許して欲しい」

 トトナは小さな声でお願いする。
 その顔は無表情であるが、どこか不安そうにクロキは感じた。
 だから、クロキは安心させるように笑う。

「もちろんです。これからもよろしくお願いしますね、トトナ」

 クロキは頭を下げると書物庫を出る。
 見つからないようにヘイボスの居所に戻らなければならない。
 そして、急ぎ足で移動している時だった。
 気配を感じ、クロキは立ち止まる。
 ヘイボスの居所の前で何者かがいる。
 それは見た顔であった。

「なぜ、あなたがここに? レーナ?」
「ふふ、それはこちらの台詞よクロキ。ナルゴルの暗黒騎士がなぜここにいるのかしら?」

 そう言ってレーナは笑う。
 その笑顔を見てクロキは何も言えなくなる。
 トトナと会っていた事を知られるわけにはいかない。
 知られればトトナに迷惑がかかるからだ。
 何と言おうかクロキが迷った時だった。
 レーナが近付いてきて、クロキの唇にそっと人差し指を添える。

「何も言わなくても良いわ。トトナと何もないみたいだしね」
「なっ!?」

 クロキは驚く。

(全部バレてる? なんで?)

 疑問に思うが、クロキは答えを出せなかった。

「どうして? それを?」
「さて、なぜかしら?」

 レーナは意味ありげにクロキの指輪を見る。

「あの……。この事は」
「良いわよ。本を読むくらいわね。ただ、覚えておきなさいクロキ。あなたは私の騎士になるべきなのよ」
 
 レーナはそう言うと自身の下腹を触る。
 クロキには何の事かわからない。

「じゃあね、クロキ。また会いましょう」
「え、はい」

 クロキはレーナを見送る。
 やがて、その姿が見えなくなる。

「何しに来たんだレーナは?」
 
 クロキは首を傾げるのだった。



 クロキはエリオスからナルゴルに戻る。
 屋敷に戻ると魔族の女性達が出迎えてくれる。
 魔族は生命の大釜を使い、モデスによって作られた存在だ。女神ミナの欠片を元にしているためか、ナルゴルの他の種族に比べて美しい。
 モデスはナルゴルに来た後で魔族達を補佐するために下級の魔族を作った。
 だから彼女達は上級魔族と呼ばれる事もある。

「おかえりなさいませ、閣下」

 魔族の女性達が頭を下げる。

「ただ今帰りました、グゥノ卿」

 クロキも魔族の女性達に頭を下げる。グゥノはクロキに仕える魔族の女騎士達のリーダーである。
 モデスの命令でクロキの所に来たのである。

「頭をお上げ下さい、閣下! 私達は閣下に身も心も捧げた下僕でございます! どうかそのように私共を扱い下さい!!!」

 そう言うグゥノの目は真剣だった。
 他の魔族の女性の目も同じである。
 それを見てクロキはごめんなさいと心の中で謝る。
 クーナのお茶を飲んだ時に彼女達もその場にいた。
 クーナ程ではないが彼女達もボロボロになっていたのを覚えている。
 それ以来、彼女達はクロキに絶対の忠誠を誓うようになった。
 はっきり言ってクロキは罪悪感で胃が痛かった。

「そ……そうですか。卿達の忠誠を有難く思います」

 言っている側からクロキの胃がきりきりと痛む。
 その言葉を聞いた魔族の女性達が恍惚とした表情をする。

「ははは……」

 クロキは渇いた笑い声を出しながら屋敷に入る。
 そして、クーナが眠っている部屋まで来る。
 部屋を空けるとクーナが胸に飛び込んできた。

「おかえり、クロキ。さみしかった」

 クーナは瞳を潤ませて言う。
 その表情が艶っぽくてクロキはドキドキしてしまう。危うく暴竜が目覚めてしまう所だった。

「ごめんね、クーナ。起きてて大丈夫?」
「大丈夫。次からはきっと平気」

 次があるのですかいと、クロキは思わずつっこみそうになる。

「そう。でも今はまだ寝ていようね」

 そう言ってクロキはクーナを抱き上げて天蓋付きの寝台へと運ぶ。
 そして、寝るまで側にいる。

「閣下。よろしいでしょうか?」

 クーナを寝かせると扉の外から声がかけられる。

「どうしたのですか、グゥノ卿?」
「陛下から使いの者が来ました。閣下に相談したい事があるそうです。魔王城に来て欲しいとの事です」

 グゥノの言葉にクロキは首を傾げる。

(モデスが自分に? 一体何の用だろう?)

 疑問に思うが、緊急の用事ならいかねばならない。
 クロキは立ち上がる。

「わかりました。すぐに支度をします」
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